ダンジョンや、あぁダンジョンや、ダンジョンや(8)
結局、ユグドラシル大鹿さんは、人間の手の届かない遠い奥地にまで逃げ延びた。
おかげで支援要請組も解散なのだが……。セルティさんが手を離してくれないのだ!!
このアマ、俺のことを影で散々に利用してやがったんだよっ!!
『レイジ=サクマさんは、義理人情に厚い御方です。そんな御方の前で、あまりにもオイタが過ぎると、どうなっちゃうんでしょうね? 皆さん命は一つです。大事にしましょうね?』
引き抜いてもいないのに引き抜かれた問題児達の覇王として、俺は頂点に君臨していたらしい。問題児達が俺のことを睨んでいたかと思えば、俺が恐怖政治を行なっていた結果らしい。
吟遊詩人が俺の歌ばかりを熱唱していた理由も、これで解ったよ!!
何処の国に行こうとも、冒険者ギルドとはこういうブラック企業ばかりなのかっ!?
この先、この国では大勢の民間人が困って、沢山の荒縄が売れるんだろうなぁ……。
それから御領主様主導の下、道路整備のお仕事が捗って、中間搾取があったりなかったり。
細かな魔物のことなんて手が回らないから、しばらくは身軽な冒険者達の楽園になるんだろう。人の不幸が金になる職業ってのも何だかな。医者は許されるのに冒険者は嫌われやすい。
そして、その手を離せっ!! 俺のレベルは零!! 腕力では成人女性に勝てないんだ!!
ええい、放せ! 放さんかあっ!! 見苦しいぞこのアマ!!
「俺は!! 義理人情になんか厚くはないぞ!! それは嘘だ!! 偽りだ!! いくらでも受付嬢にセクハラをするが良いわ!! 俺は何にも干渉しないっ!! 基本はニュートリノだ!! 自らの心に問い、自らの欲望に従うが良いわ!! それこそが冒険者であるぞ!!」
恐怖政治の終わり。それは何時だって、新しい恐怖の始まりだ!!
『ヒャッハー!! さっすが~、レイジ様は話がわかるッ』そんな心の声が聞こえてきた。
ダンジョンワームの賞金である金貨二百枚を奪いとり、俺はこの隣国から逃亡した。
ユグドラシル大鹿さんよりも更に高速で飛翔する、天空神の俺に追いつけると思うなよ!!
俺は、帰るっ!! 問題児の相手は自分達でなんとかしろっ!!
……。
……。
……。
「おにーさんは偉い子ですねー。精肉ギルドは解体に配送や廃棄ロスなどの関係で五割しか支払いませんが、鍛冶系のギルドは市場価格とほぼ同額で買ってくれるのにー。金属は錆びても腐りませんからねー。保管さえちゃんとしておけば、いつまでも大丈夫なんですよー?」
うん、そうですね。そう言われればそうですね。
見つけた胆嚢には鉄があった、銀があった、金があった、ファンタジーな金属があった。ダンジョンワーム名物のメタリカルパレードだった。そもそも石に見えた床や壁、あそこも肉だったらしい。ある意味ファンタジー……。
「ティータ先生。冒険者の取り分は?」
「二割ですが? どうかしましたかー? いつもと同じですよー?」
「ティータ先生。ギルドの取り分は?」
「八割ですが? 解体の必要も無く、持って行くだけですからー。ただ、十二歳のティータには、この金属の塊は重たすぎるのですよー。そこで、おにーさんにお仕事を依頼したいと思います。この重たい塊を持って、鍛冶屋のギルドに運んでください。あとはティータがお話をして、鍛冶屋のギルドに全て卸しますからー」
目の前で行なわれる堂々たるピンハネ!? もう、完全に舐められている!?
このアマ!! 何処までも調子に乗りやがって!!
「その後は、どうせヒマヒマさんなのでティータと御芝居を見に行くのです。もちろん、おにーさんの奢りですよ? 今から綺麗なお洋服に着替えてくるので、待っててくださいねー?」
「はーい!! レイジは良い子にして待ってまーす!!」
――――わりと本当に待たされた。女子時間では待たせた内には入らないらしいが。
その日のティータ先生は、聖なる魔女ティータとメルビル子爵との悲恋の物語に涙した。それを慰める俺。可憐な乙女の涙の一滴。こういう報酬も悪くない。
ふふっ、冒険者とはそういう生き物なのさ……。
……。
……。
……。
奥の院。お膝の上に斜め座りしたメイメイさまが、今日は悩んでらっしゃいます。
魔物が潜むダンジョンに単騎飛び込み暴れまわる冒険譚。ダンジョンそのものの正面に立って挑みかかる冒険譚。その二つを前にして、どちらが男らしいか悩みこんでいるらしい。
そもそも、相手の内臓に侵入しての攻撃は一寸法師だ。あまり男らしくない。その点、今回の俺は地中からダンジョンワームそのものを掘り出し、その頭部と御対面。正面衝突して戦ったのだから男の中の男だろう。
悩めるたびに、狐耳の先っぽが行ったり来たりとアゴを撫でてくすぐったいのです。
カシウスの冒険については、「話すな、耳が汚れる」だそうですよ。そんなメイメイさまが大好きです。いつのまにか、キュッと抱きしめていました。……悩んでないで、気付いて?
ついでに約束通りボルケディアスさんにカシウスの信仰について話してみたが、アリアドネさんのバストサイズの方が気になったらしい。ボクの手の平の上で弾むくらいだと教えてあげるとションボリしてました。
無駄に手が大きいからなぁ。ミレッタさんクラスじゃないと……。
カシウスの入団? 鼻で笑われましたよ。慈善事業をしたけりゃ自分一人でやってろと。
「う、うむ~? 今回の冒険はそれで終わりなのかの? 何か、他には無いのかの?」
奥の院を長く空けた割りに収穫無し。――――そもそも、ユグドラシル大鹿さんを狩るなと言ったのはメイメイさまでしょうに。ただ逃げるものを追い、そして追い詰め殺す。そんな英雄があるものかと。だから時間が掛かったんでしょー?
ユグドラシル大鹿さんは暴れるから、僻地行きの空輸も大変だったんですからねー?
ちなみに十メートル平方に掛かる大気圧は千トン重。一秒辺り、千トンの重量に約秒速十メートル加速させるだけの力がある。でも、そんな力で引っ張られると大鹿さんが泣いちゃう。
お肌が引っ張られて、痛い痛いと泣いちゃうの。
だから、休み休みで運ぶのは、とっても大変でした。逃げるし!!
あとは……あ、居た。けど、怒るのかな? 笑うのかな?
「不死王さんと西の国で出会いました。日中だからって灰の姿で、面白い吸血鬼さんですね」
「うむ、奴は吸血鬼としての美学を守る古き良き吸血鬼よ。日の光で灰にならぬ、心臓に喰い打たれ灰にならぬ、首を斬られて灰にならぬ。吸血鬼の吸血鬼足るところを忘れたド阿呆どもとは一味違う美しさを弁えた魔王であるぞ。吸血鬼たるもの、やはり心の底から美しくあらねばな?」
「日の光に当たっても滅びない吸血鬼って居るんですか?」
「なんぞ、全身タイツのようなものを着込んだり塗り込んだり、それで日の光を克服したとかなんとか抜かしておる大ウツケなら沢山な? そ奴等は見つけ次第に滅ぼしてやるがよいわ。まっこと生き汚き吸血鬼どもよ。生き残る事に必死で、おのれ等の美学を見失いおった。弱さも己の内ぞ? 貧すれば鈍するのは、生者も死者も変わり無きことなのじゃろうな……」
昼間だから灰だった。昼間だから襲わなかった。清らかなボディーだから狙われた。
美学に乗っ取った不死王さんには悪いことをしてしまった。ここは素直に怒られよう。
「不死王さん。夜になったなら真の姿を見せてやるとか言ってましたけど、無防備にも灰の姿で現われました。なので、お空の風に撒き散らしてやりましたー!! バーンとっ!!」
「……なんとっ!? それは……ふむ、興味深き出来事じゃのぅ?」
あれ? なんだか求めていた反応と違うな?
吸血鬼の誇りを踏み躙った阿呆だと、お仕置きが待っているものだとばかり……。
「アヤツはな強者を好む傾向があっての、ツワモノ喰いで有名な吸血鬼じゃぞ? 妖艶なる手練手管で蕩けさせ、骨抜きにした後、自ら下僕となることを誓わせる。美しき魔性の女じゃ」
「え? ――――女? 女性?」
「くふふっ、惜しい事をしたのぅ? 一晩、二晩、閨を共にしても良かったのではないか?」
「あ、ああああ、セディロードさんは……ハスキーボイスであって、男性では無かったと?」
「うむ、その通りじゃ。そして、強者達へ下僕になるようその妖艶なる肢体を使って、な?」
俺は! なんて! ことをっ!! してしまったんだっ!?
次は夜に来いって、そういう意味で御座いましたかっ!? 少々言葉が足りませぬよっ!!
「もしかして、残念かの?」
「いいえ~、まったく~? 世界が平和になって嬉しいな~」
「そうか、ワシの耳は真偽を見抜くからの。男の強がりも見逃してやれるのじゃよ」
「メイメイさまぁ……」
頭を撫で撫でではなく、太腿をペシペシされて笑われた。酷いですよ!!
「他には無いのか? ワシを笑わせられそうな土産話の一つや二つは?」
笑い話? 笑えない笑い話?
――――あ、
「あ、ありませぬ。決して、御座りませぬで候!!」
「ワシの耳でなくとも真偽を見抜くことの出来る素直な言葉じゃの。さぁ、はよう口にするのじゃ!! そなたの不幸はワシの甘露ゆえなぁ? くふふふっ!」
それを目の前で、本人の目の前で言わなくても……。
「くすん。カシウスの保護者、メトセラのアリアドネさん……。彼女を口説き、良い雰囲気になって、二人が共にその場の甘い空気に流されたのです。野の原を閨とするほどに……」
「ほほぅ? そ~れ~か~ら~?」
あぁ、もう狐魂に火が着いてる。これが狐火?
「彼女は平原に横たわり、力を抜いて、ボクにその身のすべてを委ねました。でも、ボクはその時になって気が付いたのです!! 彼女は初体験!! きっと、ボクの身体に全力でしがみ付いてきた事でしょう!! 腕を握り、手を絡ませた事でしょう!! それも力一杯に!! ですが、ボクのレベルは零!! 彼女のレベルは凄く高い!! トマトがブシャーっと!! ボクは、その危機から間一髪にして逃れたのですよ!!」
ぐらりと膝から滑り落ち、ローリングしながら畳の上をベシベシと叩きまわるメイメイさま。
おのれ、レベル差め!! それさえなければ!! くそう!! くそう!! くそう!!
「そうじゃな? そうなるであろうな? 不憫な子じゃのう!! くふふふふふふふっ!!」
「メイメイさまぁぁぁぁぁぁぁ!! 人の不幸がそんなに楽しいですかー!!」
俺がこんなにも滂沱の涙で滝を作っているというのに!!
メイメイさまには、人の心が解らぬのですかー!!
「面白いぞ、もっと泣けっ!! くふふふふふふふふふふふふふふふふふふふっ!!」
「メイメイさまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
でも、最後には慰めてくれるメイメイさまがボクは大好きです。一時間後でしたけどー。