ダンジョンや、あぁダンジョンや、ダンジョンや(7)
久方ぶりの≪土ノ香≫。
「女性がー、その場の雰囲気に流されてーっていうのは、どうかと思うんですよー?」
「それはそうですが、勢いに任せてみるというのも男性には必要なことだと思うのです」
「勢いよりも前に、愛を育むべきだと思うのですよー。そう、まずは愛なのです!!」
「……その芽は消えました。レイジさまが完膚なきまでに踏み躙りました」
「えー、そんなー。折角の出会い、一歩一歩、段階を踏むべきところだと思うのですよー」
「男性には一足飛びで駆け上がる勢いも必要だと、私は常々考えています」
カシウスくんには、一歩一歩を着実にって言ってたくーせーにー。
『アリアドネ!! 今日はここまでにしよう、召喚してくれ』
「今、忙しいので後にしてください」
『ア、アリアドネ!?』
くっくっく、カシウスめ、初めての拒絶にうろたえておるわ。
お前が俺の名前をバラしたお陰で、セルティさんと碌に会えなくなった報復、今ここで晴らしてくれるわ!!
本人を目の前にして謡う吟遊詩人さんの熱い眼差し、あれは伝説のパンクロッカーに出会ったインディーズバンドの瞳だ!!
そして謡われる詩はスンゴク出鱈目だ!! なんだか知らないが、山賊退治もしたらしい。
さらには問題児達が俺を付け狙うようになったんだぞ!?
俺を殺せば魔王殺し殺しになれるとかなんとか!! 俺は一人も殺してないわっ!!
「はやく頭を上げてはいただけませんか? カシウス達にあらぬ誤解をされてしまいます」
「どの辺が誤解なんでしょうか? ……はい!! レイジは今、立ち上がりました!!」
鬼娘から電撃を喰らいながら、他の女を求め続けた伝説の男。……彼は凄い漢だっちゃ。
しかし、召喚魔法は不思議だなぁ。
幾何学的な魔方陣が浮かび上がり、その場に無かったものが突然現われる。……ハエを巻き込むと混ざったりしないのかな? そして子供も大変なことになるんだよ。
一番不思議なのは、そこにあった空気と重なったなら、身体がバーンと破裂しそうなものだがその気配もない。物体が割り込むことで風が吹く様子も無いところをみると、空間自身を入れ替えているのだろうか?
空間系の魔法は、どうにも理屈の付けようのない物が多い。俺自身がそうなんだけどね?
「今日は九層まで辿り着きましたよ。レイジさんは何層まで?」
「いや、拙者、未だ一歩たりともダンジョンには足を踏み入れておらぬ。そんなことよりもアリアドネさんを口説くのに必死でなぁ。早く十五層まで辿り着くが良い。そうしてから貴様には真の絶望の味を教えてやるわ」
仲間に医療魔法を施していたアリアドネさんが、プッと噴き出した。いまだ脈アリ。
だけど、医療行為中に手元が狂うと不味かったりしないのかな?
「――――ッ!! また今日もですか!! さらにアリアドネを口説くのに忙しいって、貴方は何のために冒険者をやっているんですか!?」
「…………何のためって、俺自身の為? それ以外に何かあるの? カシウスくんはー?」
「弱き者のためです!! 強き者には弱き者を助ける義務があるのです!!」
「その義務、どこで誰が決めたのー? 何時何分何秒? 地球が何回回ったときー?」
「地球? とにかく義務なのです!! 強き者が弱き者を助けることは、偉大なる神がお定めになった尊い責務なのです!! 強き人、これ、弱き者を助けよ。聖典の一句ですよ!?」
あぁ、ブラック保険屋さんの聖なる教義さまなのね。
じゃあブラック保険屋お前がやれよ。お前が一番強いんだろ? さっさと弱者助けろよ。
魔王達が神官達にムカついた理由が、少しだけ解った気がする――――。
ほら、弱者だぞ助けに来い。お前を信奉する弱者どもだぞ? 何故見捨てるんだ?
「そうか、では俺はお前を助けなければならんのだな? そいつは随分と意気地の無い話だ。弱者にも弱者なりの矜持がある。求められずもせず助けに入って気持ちが良いか? なんだ、不死王打倒と息巻いていた割にはこの程度のボンクラだったのか……確かに全く器じゃない。さっさと諦めて他の生き方を探すんだな。修道院なんてどうだ? お前にはお似合いだぞ?」
なぜだろう? 今のカシウスを見てると、無性にイライラとするんだ。
彼の語るそれは、たぶん正しい英雄像。
なのに、それを言葉にされ、強要されると何故だか無性にイライラする。
弱者は無条件に美しく助けるに値するものなのか? ――――その為に殺される何かよりも価値あるものなのか? ユグドラシル大鹿さんはただ生きるために逃げ回っているだけだぞ? 生き延びるために逃げ、生き延びるために食べている。それを倒せば英雄か?
ヘルムート草原へアルミラージュを殺しに出かけた俺よりも、純真無垢な存在だぞ?
茨猪などの害獣被害にあっている農家の数。実は少ないとは言えないほどの数になる。
その被害を理由にして茨猪達を悪魔だの糞豚だのと罵った先では、一頭も殺めていない。
仕事を放り出して帰ってきた。あの時の苛立ちに似ている気がする……。
生きるため仕方なかった、お互いに。喰わなきゃ生きていけないんだよな。
そもそも、向こうは野菜見っけラッキーくらいの気持ちしか持ってないんだよ。
所有権とか人間さまの道理を説きたきゃ、猪語を覚えてから頑張って説得でもしてろ。
そういや、猪の巫女巫女さんは見たことが無いな……。俺は猪語を覚えられるのかな?
もういい、カシウスと共にあることが苦痛だ。
「さて、遊びは終わりだ。俺の勝ちで終わり。ボルケディアスさんにはお前の信仰を伝えておいてやる。それが良い。ボルケディアスさんも、お前の信仰なんぞに関わらなくて済む。まさか、傭兵も収支を無視して弱者を助けるべきだ、なんて口にされちゃ敵わんだろうからな?」
さっさと自分のダンジョンワームの方へと向かい、真空牽引法を使って押し倒した。
さすがは百メートル大の今では地上構造体だ。土煙も勢いも凄いものになるな。
気持ちは悪い。でも、邪悪じゃない。
「これは俺の取り分だ。勝手にレベルを上げるなよ? お前等はずっと向こうに下がってろ。ずっとずっと向こうに下がってろ!! 俺の目に見えないところまで、下がってろっ!!」
ワーム。ダンジョンワーム。
いずれは誰かの危機となる脅威。けれど今は誰も傷つけていない脅威。
でも金貨二百枚のためだ。俺の懐を暖めるために死ね。お金があると便利なんだよ。
お金はな、俺が愛する黄金の獣どのの主食なんだ。すまないね。
「お前に相応しい氷雪は決まった!! 右手には高高度超高速気流! 左手には雲より集めた氷混じりの水蒸気!! ≪左右合成諸手噴射式永久凍土砲≫!!」
凍らせる。ただ凍らせる。もともと地熱に守られていた、剥き出しの内臓のような生き物なんだ。自分で発熱して体温を維持している魔物じゃない。内臓と皮が反対を向いたような巨大生物なんだよ。もしくは全てが内臓だ。お腹が冷えるとゴロゴロして大変だよね!!
あとは、凍った地面。いや、体表面に降り立って――――、
「お前に相応しい剣技は決まった!! 竜王剣ロゴス!! 振り下ろすは天空の力!! あと重力落下が小匙一杯!! ≪爆真竜破斬≫!! ≪爆真竜破斬≫!! ≪爆真竜破斬≫!!」
砕き、砕き、砕き。その轟速の衝撃波が、中枢部となる神経にようやく触れたらしい。
ゴーレムさんのプレートが、激しい数値の上昇を見せ、そしてピタリと止まった。
繋がっている訳でもないのに、どういうわけだかダンジョンワームの分離体も生死を共にするものらしい。魔力的な見えない神経で繋がっているのだろうか?
これでお終いだ。後は中枢神経部を示す残骸を回収……どれー? して、お終いだな。
「御感想はどうだ? 弱者のカシウスくん? そちらのダンジョンも俺が片付けるか?」
「――――最悪だっ!! 反吐が出る!! アンタ、いつでも倒せたんだろう本当はっ!?」
「その通りだが何か問題でも? 無償で遊びに付き合ってやったんだ。礼の言葉の一つもなしなのか? あぁ、代わりに報酬でも寄越すのか? そちら側のダンジョンを討伐し、その報奨金を俺に寄越してくれても構わんぞ? お金というのは幾らあっても良いものだろう?」
ダンジョンワーム。おそらく氷水などを使って外から冷やすだけでも殺せたことだろう。
ただ、ダンジョンらしきものの中に入って、中枢神経とやらを取り出す作業が生理的に嫌でした。なので、広い坂道を造成し、ダンジョンを地上建造物に建て替えましたー。
正々堂々、正面切っての戦いと言うなら、一度掘り出して、正面と向かい合わなきゃね?
俺の初ダンジョンは、まだだ!! 初体験はまだです!! ちなみに、お近くのダンジョンさんはこの成長の波を浴びてレベルアップしたんじゃないかなぁ? くっくっく。
……。
……。
……。
お隣では相変わらず安全な冒険を営んでいるらしい。俺は氷と石を相手に土木作業員を続けている。手が霜焼けしております。ティータ先生の仰っていた鉱石の塊がなかなか見つからないのですよー。持って帰らないと何を言われる事やら。
『おにーさんは向こうのギルドの受付嬢に、鼻の下をだらーっと伸ばしてきたんですねー?』
幻聴? いや、これは未来軸の現実の会話だ。
かなり堀り進み魔物モドキも沢山回収したが、それでも未だに見つからない。困ったなぁ。
そして険悪な夜の食事時、彼等に対する苛立ちの原因がようやく判明した。
「いただきます」
「レイジさま、その作法は何かの儀式なのでしょうか?」
食事の作法。合掌、そして頭を下げるジャパン人とインド人の特技であるナマステ。
それに対するファンタ人の食事の作法。感謝の祈りを捧げる姿勢はブラック保険屋流。
人間以外の生命に対する感覚が全く違った。メトセラのアリアドネさんは俺に程近い。
しかし、カシウス達は細々と続く宗教観のため、かなり感覚が違う。天上天下に地上地下。全てのものは人間さまの幸せの為だけにある。その全てを用意したのはブラック保険屋です。
だから感謝しましょう。祈りましょう。神は偉大ですよ、そんな祈りの魔法の儀式。
感謝すれば殺生が許されるわけではないとは思うが、感謝の行き先が全く違った。
そんなカルチャーに激しいギャップが生じていたんだ。
無益な殺生は良くない。日本人なら当たり前に近い感覚。
出来れば食べろ。出来なくても有益性は考えろ。無駄なく使え、もったいない。
無意味に無駄に殺生を重ねるんじゃない。ジャパン人の感性。ティータ先生は別の意味で似ている。金になる奴等を殺して来い。つまりは同じなの? あ、それはなんかヤーダー。
戦闘民族ファンタ人は殺せば殺すほど強くなる。だから、ある意味では無益な殺生が存在しない。ただ、殺せども殺せども我が肉体強くならずの俺からすると無益な殺生ばかりに見えた。
ここは、異邦人の俺が折れるべきなんだろうか?
でもそれも何だか違う気がするんだよなぁ……。
アリアドネさん。
レベルにして幾つかは解らないが、人間以上魔王未満の庇護下で戦う彼等は、檻の中の魔物を殺すパワーレベリングに近い冒険をしている。彼女の魔法で瀕死までならなんとかなる。ゲームの中じゃ脱出魔法は当たり前。失敗してもスタート地点からやり直すのも当たり前。
でも、冒険者にとっては垂涎の的だ。
帰路の安全や自分達の限界を計算に入れていない、アリアドネさんの力を背景にただ突き進む、彼等の冒険のやり方に苛立っているんだ。行きも帰りも自分の力が普通なんだ。
リアル命懸けの俺がおかしい。ゲームっぽいが、安全を保っているカシウス達が正しい。
やっぱり、俺が謝罪すべきなんだろうか?
それでも何だか違う気がするんだよなぁ?
殺しに行くんだ、殺される覚悟くらいしておけ。傭兵でも軍隊でも冒険者でもだ。
大軍を持って寡兵を叩く。安全を保ち危険には踏み込まない。それが正しく当たり前。
それに対抗する敵はその逆の立場だ。寡兵を大軍に囲まれ、安全の中から攻撃される。
戦いは命懸け。メイメイさまの言葉を借りれば、双方ともにだ。彼等のそれは一方的な狩りである。戦いになってない。挑戦になってない。冒険になっていない。
でも冒険者を名乗っている。だから無性に苛立つんだ。まだ、俺は冒険者の夢から冷め切っては居ないらしい。安全の中から一方的に攻撃する。これが本当は当たり前なんだよ。
今回、俺が使用したのは現代の戦争指針。雷撃戦のドクトリン。
殺されるかもしれない。だから、殺されないように万全以上を尽くして戦った。
よく敵を観察し、よく敵を分析し、そして不意をついて死角から一撃で仕留める戦い方だ。
まずは敵国の滑走路など主要な航空施設を破壊し、航空戦力を抑え制空権を奪う先制攻撃。
次に優位となった制空権を利用して、地上と空からの連携による高速の征圧侵攻作戦。
空の有利を失った相手側がとれる対抗手段は数少ない。市街戦などの非正規戦闘くらいだ。
攻められた側はゲリラ戦へと雪崩れ込むだけだ。民間人を巻き込むテロなどに走るだけだ。
皆殺し、ジェノサイドという手段が取れない時代だからこそ、ゲリラ戦にもなる。
だけど、合鴨ファンタジアでは違う。ジェノサイドはむしろ推奨される手段の一つだ。
報復の遺恨を残さない。基本的人権が、食べ物の名前と勘違いされる世の中ですからねー。
現代の当たり前と合鴨ファンタジアの当たり前の掛け算の結果が、ダンジョン攻略戦。
非戦闘生物である虫さんや土竜さんには避難して貰ったが、相当に根深い恨みを買ったことだろう。地中の生き物だ。いずれ、彼等がテロを仕掛けてくるかもしれない。
『俺達の生まれ育った大地を返せ!!』なーんて。
あ、ごめんなさい。ダンジョンを片付けましたらすぐに埋め戻しますんで。工事で御迷惑をお掛けしております、済みません。
とにかく、彼等の戦い方はイビツだった。他のどの冒険者よりもイビツすぎる。
傭兵になったとして、危険になれば彼等だけが特別にアリアドネに守って貰える?
他の傭兵達が口をアングリと開けっ放しにする程の好待遇だ。アリアドネが一緒に傭兵団に入団するなら、他のもっと腕のたつ傭兵の守護に回されるはずだ。適材適所。それが嫌なら出て行け。他の傭兵の士気に関わる。全体の効率が極度に落ちる。
退路が無い状況で活路を見出せない兵士は、ただ死に往くのみだ。
レベルしか持たない、逃げる事を知らないカシウス達は生きていられるのだろうか?
冒険者を経て、傭兵を経て、祖国の復興を目指す、理想的な英雄像……。
でも、最初の一歩目から踏み外した彼等の夢は叶わない。アリアドネさんは気付いているのか気付いていないのか。元々、不死王健在な限り夢は叶わないんだ。だから、わざと踏み外させていたんだろうか?
不死王不在。今から軌道修正が可能なのかどうかは解らないけれど、まぁ頑張ってください。
鬼軍曹となってバリバリやれば何とかなりますから。口答えには、全て雷撃で十分でしょう。
前と後ろにサーを付けろ、このウジ虫ども!! そこから始めましょう。アリアドネさんの石鹸で殴りましょう。きっと良い香りがしますよ。嬉しいお仕置きタイムですねー。