ダンジョンや、あぁダンジョンや、ダンジョンや(5)
日が落ちる頃、カシウス達がダンジョンの中から召喚魔法で戻ってきた。
紙を広げて、経路がどうの、順路がどうの、とってもダンジョン攻略っぽい会話が聞こえてきた。さ、寂しくないよ? でも、せっかく一緒なんだから、焚き火くらい一緒しても良いんじゃないかなぁ?
「レイジさんは何階層まで突破しましたか?」
「それを、お前に教える意味を教えてくれると有り難い。勝負の合間に偽の情報を流し、相手の気持ちを揺らがせる……。それも策略の一つだな? 教えてやろう。まだ一歩も踏み込んでは居ない。ハンデの一つもくれてやらねばなぁ? くっくっく」
俺の正直な答えに、アリアドネちゃんはクスクスと笑うだけだ。日が暮れたせいか、カシウス達には工事現場が眼に入ってないらしい。
「――――ッ! お、俺達は既に五階層を突破。門を守る巨大な魔物も倒したんですからね? あんまり俺達を舐めていると……勝負に負けますよ?」
「負けて何になる? 勝つ事よりも生き残ることが大事だろう? 情報なら、そこの気の良い冒険者どもが教えてくれる。俺はゆっくりと降りるだけさ……。五階層の魔物は何だった? 聞かせてみろよ?」
なにっ!? 中ボスとか居るのー? じゃあ、最下層には大ボスが待ってたりするファンタジーなの? ねー、教えてよ、ねーねー!!
「ミノタウロスですよ。ダンジョンの中ですからモドキになりますけどね。言葉を耳にすることも無く、ただ石斧で攻撃してくるだけの――――雑魚でしたよ!!」
明日、アルミラージュさんを向こうのダンジョンに栄養補給してやろうかな?
ミノタウロス。確か、それはとてつもなく恐ろしい魔物だったはずだ。
まず、食べられる部分が舌しかない。体から下は人間なので、うっかり持って帰ると要らぬ誤解を招く恐ろしい魔物だったはずだ。ティータ先生も仰っていた。
『ミノタウロスですかー? 珍しい魔物さんですよねー。主な武器は大きなものです。大きな人間の身体をしてるだけですから、取り立てて人間と変わるところはないですねー。あっ、ヒラヒラしたもの、マントとかを身に着けていると襲わずにはいられないそうですよ!! なぜなんでしょー? 頭から上はただのウシウシさんですから、食べられる部分は舌だけですしー。解体したあとは人間さんみたいになるので、絶対に持ち込まないでくださいねー? ティータが兵士の人達に連れて行かれては困りますよねー? おにーさんは何故、ニヤニヤしているのですかー? ティータの怒りを舐めてはいけませんよー?』
黄金の獣どののもとに持って帰りたいなぁ。顔が原型を留めなくなったミノタウロスさん。
でも、普通の牛も自前で一つは舌を持っているため、処分費用の方が嵩むミノタウロスさん。
恐ろしい魔物です。実に恐ろしい魔物です。奴隷としては従順な方で高く売れるそうだが、それは冒険者の仕事ではなく奴隷商の仕事。なので手を出したりはしない。捕獲依頼は来るが。
奴隷の中に考えるミノタウロスさんが居ても、意思疎通するのは難しそうだなぁ。
幸いこのダンジョンワームの中に存在するのはワームの細胞が分離したモドキなんだ。
まさか、ダンジョンワーム自身が考えるダンジョンワームなわけでもあるまい。
話を聞いていると、ダンジョンの階層が下がるにつれて様々な魔物達が現われてくるらしい。
でも、地下一階の茨ウリ坊モドキが一番の難敵だったそうだ。リスポーンと言う訳ではないが、生々しく、壁や天井の穴から新しく生まれ、本来なら行きと帰りで遭遇する。
これが軍隊や傭兵なら、その地点に兵を残して生まれ次第殺し、安全を確保しながら侵攻するものらしい。良いレベルアップポイントになるとかならないとか。それで、今日は俺が俺がと喧嘩になるものらしい。
楽して得を取れるなら、それに越した事も無い。
ダンジョンっぽい、すごくダンジョンっぽい!! でも、本性はチューブワーム。この異世界のファンタジーって、何かおかしくないですかー!? 神様は何を考えてこんな生き物を?
ちなみに本物のダンジョンとは基本的に手造りのものである。その制作主にもよるが地下要塞を指すものらしい。まぁ、無意味に地下迷宮がその辺にポンとか、本当に意味不明だしね。
誰かが何らかの意図を持って造らなきゃ、人工物が生まれるわけがないさ。
あとは、自然界の驚異が生み出した洞窟と、生き物の巣穴くらいなものだ。
どれにしても、ファンタジー成分に欠けると思うのは何故なんだろう?
ダンジョンの部屋に宝箱?
宝物庫なら理解できるが、常識的に考えて、普通の部屋に宝箱は無いだろ?
武器は武器庫に、財宝は宝物庫に、食料は食料庫。当たり前すぎる話じゃないか?
部屋の中にあるとすれば、太古の非常食や聖なる予備弾装くらいだろうね。あと私物。一万年の時を越え、古代語で書かれた自作のポエムとか転がってたりするんだろうか?
一万年を越えて語り継がれる素人のポエム。……それはレジェンドだな。
是非、公開したい。
カシウス達が明日の準備に忙しそうにする傍ら、アリアドネちゃんはボンヤリとしていた。
母親、保護者、そういう立場を崩さない。男と女の関係というよりも教師と学生。ボンヤリと眺めながらも、致命的になりそうな点だけは注意していた。明日は十階層を目指そう。口にした時、電撃が物理的に奔った。
「安全が第一ですよ? カシウス。目標はダンジョンの討伐であって、速さ比べではありません。優先すべき順序を間違えれば死に至るだけです。わかりましたね?」
痺れて地に伏せたまま、六人で「はい!!」と答えました。なぜ、俺を巻き込みますかー?
翌朝。お爺さんはダンジョンへ、お婆さんは工事現場へ向かいました。
工事現場では安全第一!! では、第二は何なのだろうか?
命が第一、健康第二、お金が第三、これが冒険者。では、工事現場でなぜ安全が第一になるのか? それは誰にとって、何の基準の第一なのか……それは企業だ!!
かつての冒険者ギルドは、冒険者を危険に追い立てるブラック企業だった。ゆえに零落した。
安全とは、企業イメージ、信用、信頼、納期、職人、資材、次の仕事、全てに繋がる一大事。
ゆえに基準は……金だ!! 儲けだ!! 銭の基準で考えて、安全が一番にくるのだ!!
安全第一、それは企業が儲けを得るために安全こそが最も重要だと言う意味の標語であり、労働者の怪我や命を考えたものでは無かったのだ……。
異世界で更なるブラックに出会い、ようやくその標語の暗黒面に気が付いたよ。
海外なんかだと、安全よりも納期が先だと言う企業も確かに多かったはずだ。
工事現場の責任者として俺は今、安全を第一に頑張っている。安全一番、納期が二番!!
具体的には一往復ごとに休むカンナ削り。傾斜がキツクなるにつれて疲れるの。ホントに。
おかしい。異世界に来て、キマイラ、ハイドラヴァイパー、不死王という伝説級の魔物達を退治したというのに、傾斜角三十度未満の坂道の方が強敵だなんて。
奥の院。あの中での上げ膳据え膳が俺の体を弱くしたというのかっ!!
だが俺は十代!! 帰宅部だ!! その底力を見せてやる!!
こうして、この角ボトルのイソギンチャクの底が見えた。四角柱、そして上部に入り口。それがこの生き物の全体像。今まで知られることの無かった全貌が今っ!!
かなり気持ち悪いっ!!
「レイジさま。お凄いですね。流石は天竜王ヴェスパールを討ち破りしお方。おみそれいたしました。完全にカシウス、いえ、我々の敗北です」
「はっはっは、褒めていただけるのは嬉しいのですが、カシウスくんが負けたことは良いのですか?」
「カシウスには焦りすぎな所があるのです。今は、一歩一歩を踏みしめていくべき年頃なのに、一足飛びに目的へ近づこうと……。人間、寿命のある身ですからいたしかたのない事なのかもしれませんが、急ぎすぎて命を落としてしまっては本末転倒です。敗北を知るべきなのです」
「アリアドネさんには寿命が無い。そんな口ぶりですが、実は魔物か何かなのでしょうか?」
正直に言って、美しすぎた。メイメイさまや勇者様、お姫様クラスの美しさだ。
デトックスが強すぎると美形になる法則でもあるんだろうか?
アルエットも、マリエルさんもそうだ。魔力が強いと顔立ちが良くなるのか?
逆説的に語ると、レベル零の俺は……それは考えてはいけない。考えてはいけない!!
そうそう、レベルが高いのにハゲてるハゲルノデスさんも居た。だから違うんだよ?
「私はメトセラです。最後の世代のメトセラになります――――」