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ダンジョンや、あぁダンジョンや、ダンジョンや(4)

「では、レイジさま。安全のため、この髪の毛を何処かに結んでいただけますか?」

 白雪姫ちゃんが差し出したのは、白銀の髪一本。これは……匂いを嗅いでも?

「それにどんな意味が? 悪気があって聞く訳じゃないが……。意味も無く他人から物をいただく趣味は無い。それは物乞いギルドの職分だろう?」

 あそこの研修は地獄だと聞く。軍人よりも、傭兵よりも、冷たく厳しい規律の嵐。

 一人の物乞いが嫌われれば皆が嫌われる。つまり、皆が客を無くす。だから、みすぼらしい様に見せつつも不快感を味あわせない。そんな蜘蛛の糸のような細い綱渡りを要求されるのだ。

 さらには、金銭を与えた善行に見合っただけの満足感を与えなければならないんだ……。

 物乞いギルドあがりの舞台役者は多い。……どうなってんだ、この合鴨ファンタジアは?

 それで、この髪の毛はなんなのですか?

「私は魔法使いです。召喚魔法を得意とする魔法使いのアリアドネ。ダンジョンのなかで命の危機に直面した時は、この髪を頼りにして地上へと戻させていただきます」

「つまり――――この髪を持っていることで、こちらの内情が筒抜けになるわけだな? では、要らない。むしろ危険が増すばかりだ。こんな物で手の内を盗まれては堪らんからな?」

 ごめん、ホントは欲しいです。変態じゃないよ? でも、なんだかフリージングパックに入れて保存しておきたい綺麗な髪なの。……あっ! こんどメイメイさまにおねだりしてみよう。

 抜け毛の季節はいつかな~? ボクのお守りにするんだ~!!

「レイジさん!! ダンジョンは深く危険な場所ですよ? いつ水が尽きるかも、食料が尽きるかも解らない。眠りに就ける安全な場所も……。一人じゃ見張りも出来ないのに、それは無茶が過ぎますよ!! ここはアリアドネに頼って安全を確保すべきです!!」

「ふん、カシウス。全てを自分基準で判断するな。俺が要らないと言った。なら、それで終わりだ。それともやはり、この髪を使って俺の強さの秘密でも盗み出す気だったのか?」

「――――ッく!! 解りました。では、俺達は髪を結んで行きます。レイジさんは御自由にどうぞ」

 そう口にすると、ズカズカと茨ウリ虫の待つ恐怖のダンジョンへ……。生きて帰ってこいよー。……こられるのか。便利だね、ファンタジー社会。これは落盤事故でも何とかなりそうだ。

「それで、アリアドネちゃんは、この平原に一人で待ってて大丈夫なの? 退屈しない?」

「はい、これでも魔法使いですから。それに危険となればカシウス達を呼び戻します。そういう約束なんですよ。レイジさまが狼になっても大丈夫です」

 レ、レイジは紳士だよ? いきなりオオカミさんになったり出来ない紳士さんだよ?

「そ、そうなんだー。召喚魔法って便利なんだねー」

「本当に、私の髪を結んでいかないのですか? どんな強者にも不覚はあります。それにレイジさまは噂と違い、その……」

 言い淀んだ言葉は解る。

 アルエットには数千回。メイメイさまにも数百回は言われてる。

「どうも強く見えない。解ってるよ。装備の着付けからしてバラバラ。立ち方一つとっても芯が通って居ない。それになにより筋肉が足りてない。何処からどう見ても強者には見えない。おそらくその辺のチンピラの方がよっぽどマシ。そんなふうに見えるんでしょ?」

 筋力を魔力で補う事は可能だが、あるに越した事は無い。そもそも魔力とは掛け算なものらしい。木に魔力を通すより、鉄に魔力を通した方が硬くなる。トビトカゲの牙など最高レベルの素材だ。筋肉や内臓の強さもそれに準じる。

 あるいは、本当に腎臓や肝臓の機能強化されているのかもなぁ……。

 あ、でも頭が良くなる訳じゃないから、それは無いか。トビトカゲの知能がアレだし。不死王様もアレだったし。まぁ、本気で殺しに掛かってきている気がしなかった。遊んでた。もしも、遊びの無いウェルキンゲトリクスさんが魔王だったなら勝てる気がしないんだけどね?

 誰にも知られずに≪風王結界(コリオリ)≫に封じられた不死王よ永遠に。とりあえず惑星の自転が止まれば、その偏西風も収まるから。最悪でもそれまでの退屈な時間の我慢だよ。

 ここが木星なら大赤斑に封印したところなんだけどね?


『アリアドネ!! 茨猪、それもとても小さい奴だ!! 小さく素早くて狙い難い!! 更に硬くて削れない!! どうすれば良い!?』

「がんばってください」

『わかった!! 頑張るよ!!』

 なんだろう、いま一瞬、アリアドネちゃんの女の一面を見た気がする……。

 しかし、いきなりの強襲か。やるな、茨ウリ坊よ。ダンジョンの虫となってもその力、やはりお前が最強の魔物だ。ただし、アルミラージュは除く。や、やっぱり足そうかな?

 しかし便利なものもあるんだな。これが≪念話≫って奴なんだろうか?

 短距離念話? PHSなんてものも昔に聞いたな。携帯電話の周波数帯が医療機具に悪影響を与えるから、病院などでは今でも使われてるらしいけど。


「分離したてのダンジョン。まだ、魔物の種類も少ないようですね。アレコレと混ざった結果、強くなる事も弱くなる事もあるのですが……茨猪の子供。これは、少々厄介かもしれません」

「おや、あの厄介さを御存知なのですか?」

「はい。大きな一個体は恐ろしいものですが、小さく速い魔物の群れもまた恐ろしいものです。蟻。本当に小さな蟻が地面一杯に広がるのと、同じ重さの魔物が一体なら、一体の方が倒し易いというものですから。それに、ダンジョンという狭き場所。小さい敵の方がむしろ厄介かもしれません。これもカシウスの良い経験になるでしょう……」

 的確な判断だ。おそらくカシウスのパーティーで最強なのはこの子に違いない。

「アリアドネちゃんとカシウスくんは、やっぱり、アレ? 恋人同士とかですか?」

「いえ……母親代わりといったところです。冒険者として経験を積み、傭兵として経験を積みいずれは……。申し訳ありません、ここまでしかお話しすることが出来ません。それよりも、レイジさまはダンジョンに向かわれないのですか?」

 ダ、ダンジョンね。入りたくないの。怖いの……。本当に怖いのよ。

 あいつ、どうやって餌を捕食してるか観察してるとね、石の壁の隙間からニュルリと歯のついた細いワームが出てきて齧るの。小腸? 柔毛? あれに歯が生えた感じなのっ!!

 怖い、怖いの!! 壁や床に遺体がスーッと吸収される、そんなファンタジーな吸収を期待していたのに、生々しい捕食方法なの!! そんな内臓の中には入りたくありません!!

 そして、ウィルキンゲトリクスさんは仰った!! 貴方の命はそんなにもお安いのですか?

 いえ、私の命はダンジョンもどきなどより高いのです!! 精神衛生もまた高いのです!!

 心の安全のために入りません!! 負けても良いです!! 失うものは何も無いのです!!


「正直に申しますと、どうせ負けても失うもののない戦い。命を懸けるだけの理由が見つからない。相手の命を奪う理由が見つからない。ずいぶんと悩ましいところです……」

 生命倫理をこれでもかと逸脱した件は記憶から削除しておこう。

「レイジさまはお優しい方なのですね……。ですが、御存じないのでしょうか? この依頼放棄の懲罰金は報償の二分の一。この場合はちょうど金貨百枚に……」

「今、滅ぼさねばならぬ相手が出来ました!! では戦いましょう、勝つまでは!!」

「はい、レイジさま、行ってらっしゃいませ」

 アリアドネちゃん、アリアドネさん? が、手を振って見送ってくれた。

 さて、ダンジョンワーム、その謎に満ちた生態だが、木材を好まない事は判明している。

「≪爆真竜破斬≫!! ≪爆真竜破斬≫!! ≪爆真竜破斬≫!! ≪爆真竜破斬≫!! ≪爆真竜破斬≫!! ≪爆真竜破斬≫!! ≪爆真竜破斬≫!! ≪爆真竜破斬≫!!」

 キコリの人が見たなら絶対に怒る森林伐採。竜王剣ロゴスによるバッター与作によるホームラン。伐ってない、折ってる。倒れる方向は真空によって制御して、そのままズルズル運んでいるように見せかける。

 筋力がなくても魔力でどうにかしてるんだろうと、世の中の人は解釈してくれるから便利だ。

 詰める、詰める、詰める、火を着ける。終わり。これでどうにかなる相手ではないが、とりあえずの所、スモールハニーブロードサッカーこと巨大蚊の脅威は去った。

 口から蜜を吸い、針から血を吸う恐ろしい魔物だ。針からの毒には麻酔効果が含まれるらしく、茨ウリ虫の硬い毛を破り、巣に持ち帰る姿を見た。だが悲しいかな蜜蜂。その針は使い捨てで命を懸けた一撃でもある。一虫一殺。見事なり、スモールハニーブロードサッカーよ!

 バッター続きましてー、掘ります!! ダンジョンではなく、その外壁部を!!

「びえええええええええええええええええええええええええええええええええええん!!」

 そこに石の塊があるのかな~と思えば、外壁は生々しいチューブワームの群れでした!!

 大きな石を退かしたら、下にムシムシさんがギッシリ詰まってた、あの衝撃が今再び!!

 左側のチューブで喰らい、右側のチューブで吐き出す。どうやって移動しているのかと思えば、そんな生々しい移動方法。中はファンタジー、外は現実。これなーんだ? ダンジョン!

 是非ともティータ先生へのお土産にと思ったのですが、ティータ先生、ぬるぬるは駄目でも、ウネウネは平気なんだよね。食べ物だからって。でも、ぬるぬるさんも食べ物でしたけどね?


 では、この世界初のダンジョンっぽいもの退治と参りましょう。

 その深度、およそ百メートル。五メートルの二十階層建の地下高層建築物。なので、二百メートル先から、三十度角で掘り進んでいけば最深階にぶち当たる。だが、ただ横穴を掘って行っては生き埋めになる可能性が大になります。そこでとった方法は、坂道作りの露天掘り。

 二百メートル先から、テコテコと歩きながら土を削っていくだけの簡単な仕事です。土の中に居た土竜さんやミミズさん、その他の方々の苦情が入り、工事は一時中断。あれを、踏みながら進めと?

 土と決めたら土しか取り込まない自分のストレージの謙虚さには、相変わらず脱帽です。

 ツノ付きウサギも取り込まないものなぁ。土と石と砂の境界線が何処にあるのか、そこは少々尋ねてみたい。動物、植物、石を殺さない仏教の教えに従って、取り込んでは余所のダンジョンの中に捨て、取り込んでは余所のダンジョンの中に捨て……。

 アリアドネさんが文句を言わないところを見ると、まだ大丈夫らしい。

『アリアドネ!! 奴等が引っ掻き攻撃を使ってきたんだが、どうすれば良い!?』

「がんばってください」

『わかった!! 頑張るよ!!』

 なにが解ったんだろう。とりあえず、頑張れって励まして貰いたかっただけだろ!?

「アリアドネちゃん。公平にボクにも頑張ってと言ってください、お願いします」

「レイジさま、がんばってください」

「うん、ボクは頑張るよ!!」

 レイジの工事ペースが倍に上がった!!

 土をカンナで削るように、シュルシュル、シュルシュルと、見たくないものがどんどん見えてきた。ビール瓶。この場合はウィスキーの角瓶になるのかな? その一面が生々しいチューブワーム。しかも歯が付いてるの。……この外観を見て、中に入る奴が居るのかな?


 生き物が居たのは地下二メートル程度まで。地下三十メートルほどで見知らぬ魔物に遭遇したが、これの巨大芋虫は何の幼虫なんだろう? まさかジャイアントカブト虫!? 確保!!

 傾斜角三十度。正確には、徐々に傾斜を増やして行っているため、行きは良い良い、帰りはゼエゼエ。ひ、飛行術に頼りすぎたツケなんだろうか?

「レイジさま、がんばってください」

「うん、ボクは頑張るよ!!」

 ヨロヨロとよろめきながら、レイジは頑張ったよ!!


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