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勇者のバックストーリー<注・ギブアップ>  作者: 髙田田
赤い糸より確かな質量、それは鞄でした
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幻影の兎(3)

 目が覚めた。精神的なものではなく、物理的に目覚めた。

 幻影の兎に角。アルミラージュの角で確かに心臓を突き破られた筈なのに……。

 胸に穴は開いてない。失恋もまだしていない。よし、大丈夫だ。色々と大丈夫だ。ズボンが若干以上に濡れてるけど大丈夫なんだ!!

 手も足もちゃんと動く。……足元を見てみるが自分の死体が転がっている訳でもない。異世界名物のゴーストになったと言う訳でもないようだ。

 はてさて何が起きたのか、アルミラージュは何処に消えたのか、とにかく自分の身体をよーく観察しながら調べてみた。


 あ、居たわ。アルミラージュ。俺の中に居た。

 俺の職業は勇者の鞄だ。簡単に言えば、四次元なポケットだ。死の間際、アルミラージュを内部ストレージに仕舞い込んだ。そして刺された気になって気絶した。あと尿を放り出した。

 ……うわっ、格好悪っ!!

 まぁ、誰にも見られていない。濡れたズボンも見られていない。大丈夫だよレイジくん!!

 考えてみれば、食べ物や飲み物だってストレージの中に取り込めたんだ。生き物だけが都合よく空間内に取り込めないって理屈も無い。

 俺は中身の入っていない青狸だけど、ポケットだけは優秀なのさ。

 なにせ、レジェンドクラスのアイテムさまなのだ。

 ストレージの中に取り込んだものの時間は経過しない。だから、アルミラージュは四次元空間のなかで生きてもいないし死んでもいない、不思議な状態のまま静止していることだろう。

 解放すれば、また生き物としての時計の針が進み始めるはずだ。


 この都合の良い原理については色々と考えた。熱したものが冷めない。氷が融けない。

 その答えは単純なものだった。

 通常の三次元は縦、横、高さ、そして時間で構築された四次元時空だ。

 俺の中の空間は縦、横、高さ、そして時間軸が別の空間軸に変換された四次元空間だ。

 だから、時間という概念自身が存在しない。内容量もほぼ無限だ。時間の長さと同じだけの容量が存在しているんだ。それは無限といっても過言ではないだろう。

 では、試してみようじゃないか!!


「地面に向かって~、≪幻獣王ノ死突撃アルミラージュ≫!!」

 高速で射出され、ぐっさりと地面に突き刺さったアルミラージュの一本ツノ。深々と刺さったまま、前足に後ろ足を超高速でジタバタさせているが、もう、どうにもなるまい?


「キキュー!!」

「くっくっく、余の命を狙ったこと……。今更になって後悔しても、遅いのだぞ?」

 俺は途中で落としたショートソードを拾い上げ、奴を苦しめながら殺す残酷な刑罰を考えた。

 ……だが、途中でやめた。俺はコイツを殺しに来たんだ。なら、俺がコイツに殺されたって文句を言える立場じゃないよ。

 コイツはちゃんと心臓を狙ってきた。苦しめるために飛び掛って来たんじゃない。純粋な殺意で飛び掛ってきたんだ。だから俺も、苦しめることなく純粋な殺意の一撃で仕留めよう。

 そう覚悟を決めてショートソードを振りかぶり、

「キキューーーーーーーーー!! キキキューーーーーーー!!」

 くっ……やめろ! その黒目がちなキュートでつぶらな瞳で俺を見詰めるんじゃない!!

 俺の剣を鈍らせれば、お前が苦しむだけなんだぞっ!! そこのところを解ってくれよ!!

「キキューーーーーーー!! キキキューーーーーーーーーーーーーーーーー!!」

 鳴くな!! そんな悲しそうな声で鳴くんじゃない!!


「キキキュー!!」「キキキュー!!」「キキキュー!!」「キキキュー!!」「キキキュー!!」「キキキュー!!」「キキキュー!!」「キキキュー!!」「キキキュー!!」「キキキュー!!」「キキキュー!!」「キキキュー!!」「キキキュー!!」「キキキュー!!」


 ん? なんなの、この鳴き声は?

 それと、ヘルムート草原、緑の海がうねっている。草原の葉擦れの囁きが、俺に何かを教えてくれて……。

 三百六十度、全方位から迫り飛び交う幻影の兎に角!? 幻影の速力のままにっ!?

「ええいっ!! 収納!! 収納!! 激しく収納!! しまっちゃうよ!! 襲ってくるウサギさんはしまっちゃうからね!! おじさんは仕舞っちゃうからねっ!!」

 あぁ、俺、レジェンドアイテムで良かった。

 まだ、生きてる。でも、アルミラージュはまだまだ迫り来る!! 終わりが見えない!!

「東山小学校の皆!! 見ていてくれ!! これが、ワンダフルキャッチを覚えた変態避けのレイちゃんの実力だ!! 異世界だけど見守っていてくれ!! おねがいしまーす!!」


 その日、ヘルムート草原から四桁のアルミラージュが姿を消した。勇者の鞄のなかにしまわれちゃったのだ。一辺十メートルの立方体。その箱の中に入るものなら何でも入る。何でも出せる。

 ゲームだとアイテムボックスなんて言うけど……なんであいつ等は箱持って歩いてるの?

 旅に出る時に持つのは普通、鞄でしょ? そんな事を考えられるまでには冷静になれた。

 一つ貫かれれば即死。その弾丸飛び交う戦場を、とにかく俺は生き残ったんだ!!

 この異世界の人達って、こんな化け物の近くで農業とかやってるの? スゲェ!!

 だとしたら、俺は地上最弱の生き物で結構です。あ、帰る前にやることやらなきゃ。ズボン履き替えないと。

 そして…………地面に串刺しにしたコイツ等五匹に止めを刺さないとなぁ?

「キキキュー!!」x5

「くっくっくっく……。もう、貴様等に仲間は居ないぞ? もう、貴様等に増援は来ないぞ? もはや、その邪悪なるつぶらな瞳に惑わされる俺ではない。お前達はな、お前達はな……やりすぎたのだよ!!」

 もう、何の躊躇いも無くその首をザシュれました。本当に、本当に、怖かったんです。こんな危険なウサギ、この地上から駆逐してやるわ!!


 慢心総意で満身創痍。異世界を舐めてました。レベル零は伊達ではありませんでした。

 自分の中から水や食料を取り出して、それを食しながらの旅路。なんだろう、凄く違和感が感じるけど、便利だから気にしなーい。そして三日の旅程でようやく王都に戻ってきました。

 直線で三十キロ、車で一時間。でも、ファンタジー世界だと三日掛かるのね。

 あと、足の血豆が凄く痛いのですよー。泣きたいのですよー。

「ティータちゃん! ちょっと遅くなったけど、ツノ付きウサギを五匹狩って来たよ!!」

 金の髪に翠の瞳。五年後、いや三年後、あと一年で女子中学生だからOKでしょ。いや、もう今すぐ唾つけちゃってもいいよね?

 そんなティータちゃんに、俺の狩って来たアルミラージュ五体を奉納した。

 残りのアルミラージュの運命……他の魔物を串刺しにするための弾丸だ。毒を持って毒を、魔物を持って魔物を征する我が覇道の第一歩よ!!

 ティータちゃんがその小さな手で、「よいしょ、よいしょ」の掛け声と共に、中型犬サイズのアルミラージュを奥に運んでいく姿は可愛いです。苦労した甲斐、ありました。

 自分の体重の半分ほどはありそうな大ウサギだ。小さな女の子がヨロヨロする姿を見てると手伝いたくもなる。けれど、お客がカウンターの中に入ることはどの世界でも失礼なことだろうから諦めた。

 RPGの勇者って、本気でなんでもアリなんだなぁ……。勇者だな。


「はい!! では、おにーさんが狩って来たアルミラージュ五体を確かに受理しましたー!! これで、おにーさんも冒険者ギルドの一員でーす!! おめでとーございまーす!!」

「ありがとーございまーす!!」

「でもー、特別ですよー? ツノ付きウサギのホーンドラビットを五匹と注文したのに、アルミラージュを持ってくるなんてー。そんな冒険心溢れる人は、おにーさんが初めてですよー。確かにツノの付いたウサギですから、特別にアルミラージュでも許してあげるティータの優しさを感じてくださいねー?」

「はい? なんですと? ホーンドラビット?」

「はい、ツノ付きウサギのホーンドラビット。ツノで巣穴を掘って、農家の人達を困らせる魔獣です。逃げ足が速いので掴まえるのは大変なんですよねー。あっ! 太腿のお肉の揚げ物はウチの酒場の名物料理なんですよー。是非とも食べていってくださいねー?」

 ……あぁ、うん、そう、農家の人を困らせる魔獣ホーンドラビットね。

 ツノが生えてなくても、ウサギって地中に穴掘って農家の人を困らせたりする害獣の一面を持ってたよね。

「ティータ先生、ボクが狩ってきたアルミラージュはどんな生き物だったんですか?」

「その質問、お答えしましょう。アルミラージュは国でも危険度が重大に分類される魔獣です。ミラージュ。幻影の名に相応しい脚力と、それを利用した突進力を防げる者は存在しないと噂されています。さらに縄張り意識が異常に強く、一匹を倒したなら千匹が現れたという嘘のような本当の記録が残る、恐るべき魔獣です。ワイバーンが空からの捕食を試みたところ、逆に撃ち落されたという記録も残っていますねー」

 ……アルミラージュよ、お前は対空砲火も兼ねるのか。もはやちょっとした兵器だな。

「へ、へー、そうなんですかー。ちなみにー、ホーンドラビットとアルミラージュってどちらが高価なんですかー?」

「その話は後日にしましょーかー? 五十年後ほどにー」

「それでー、どちらが高価なんですかー?」

「……そんなに知りたいのですかー? まず、お肉だけでも百匹分。毛皮を入れれば三百匹分。ツノは万能薬になりますから合わせて千匹分は固いですよー。おにーさんは頑張り屋さんですねー?」

「……あの、今からボクは、ホーンドラビットを捕まえに……」

「これがー、冒険者の証のゴーレムプレートですー。左の数値が功績値、右の数字が累積功績値になりますー」

「……あの、今からボクは、ホーンドラビットを捕まえに……」

「これがー、冒険者の証のゴーレムプレートですー。左の数値が功績値、右の数字が累積功績値になりますー」

「……あの、今からボクは、ホーンドラビットを捕まえに……」

「これがー、冒険者の証のゴーレムプレートですー。左の数値が功績値、右の数字が累積功績値になりますー」

 ああっ! 無限ループは本当にあったんだね!! 流石は異世界ファンタジー!!

 返して!! ヨロヨロと大きなウサギを抱きかかえて奥の方に歩いていった、天使のティータちゃんを返してっ!!


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