十二歳のギルドマスター(2)
質素に行なわれたミレッタさんの結婚式。花婿は……豚だった。
デブ専……。どうりで酒場に通う誰にも靡かなかった訳だ……。
サキュバスボディなミレッタさんの心を射止めた男。さぞかし美男子の好青年だろうと思っていたら、豚だった。……冒険者の悪夢亭。心は一つ。アレはない。結婚祝いなのにお通夜だ。
ボルケディアスさんも落ち込んでいた……。アレはないですよね……。あと、俺を肉屋に引っ張っていった理由、ミレッタさんを守るためだったんですね。俺の魔の手から。この野郎!
お嫁に行ったミレッタさんに代わって新しく雇われたウェイトレスさんも綺麗な子だったが……ミレッタさんほど豊満ではなかった。うん、そう評価する俺達も大概だわ。
四百Gの重たい空気の中、ティータちゃんだけが一人明るく口を開いた。
「皆さんに足りていないのは無駄なお肉です!! さぁ、食べて飲んで!! 無駄なお肉を身に着けるのですよー!! 頑張るのですよー!! 男は努力ですよー!!」
男達は必死になって我先にと肉に噛り付き、酒を飲み干し、お勘定の時になって気が付いた。
――――騙されたっ!!
明けて翌日。
俺の瞳が向かい合うのは翡翠の瞳。その感情は、頬の色で分かる。
「じょ、除名処分は重すぎたとー、ギルドマスターであるティータは思ったのですよー」
「ふむふむ」
「そこでー、無償労働を一度の罰でー、許してあげようかなー、とも思ったのですねー」
「へむへむ」
「キマイラ退治は、ちょーっと厳しい罰だったかもしれませんがー、やり遂げたおーさんを、冒険者に戻してあげても良いかなーと、ちょっぴりだけど思っているのですよー?」
「ほむほむ」
「おにーさんが頭を下げるならー、冒険者として再登録してあげないこともないですよー?」
頭一つで良いの? 五体倒置法でも許さなかったのに? 不思議だねー?
精一杯、強がる姿が可愛いですよ、ティータ先生。
「解りました。ごめんなさい。心の底から謝罪します。ボクを冒険者に復帰させてください」
「おかえりなさい、おにーさん! 今日は、お仕事探しですかー? それとも魔物の買取ですかー?」
うん、ティータちゃんにはその笑顔が一番だ。
金の髪に翡翠の瞳、そしてヒマワリのような笑顔が一番似合ってる。
「魔物の買取ですよー! じゃーん、ペンデュラムスパイダーさんでーす!」
「ム、ムシムシさんは買い取り不可ですよ!? じょ、除名!! おにーさんを除名します!!」
うん、ティータちゃんの、そのうろたえぶりも一番だ!! 瞬時に萎む朝顔だ!!
でもね、ボクは気付いたのさ、ティータちゃんの理不尽に抗うための理不尽な存在に!!
「ティータちゃんのおとうさーん!!」
「好き嫌いは許さんぞ? 持ち込まれた魔物はちゃんと査定して買い取る!! それが冒険者ギルド!! ギルドマスターと言うものだ!!」
お前に相応しい悪魔は決まった!! それはリアル悪魔さんだ!!
ふふふ、天使のような小悪魔如きがリアル悪魔に勝てるわけ無いだろうに……。
「ペ、ペンデュラムスパイダーには食べられるところが無いので、買い取れないのですよ?」
「うむ? 余が聞いた所によると、前足はそこらの鋼より強靭無比なりて、武具関係のギルドに卸せるらしいが? あとは腹中の糸の材料となる袋。これが繊維関係のギルドに卸せるとも聞いたのだがなぁ?」
「……ど、どこで、その話を?」
「もちろん、通りすがりの行商人さんが教えてくれたのだよ!!」
カウンター越しのやり取りの末、体長二メートル越えの蜘蛛を担いで、精神的にも肉体的にもヨロヨロと奥に消えていくティータ先生。
そうだ、この姿だ! この必死な姿に俺は憧れたんだよ!!
戻ってきたティータ先生は、すでにカウンターの上に置かれたジャイアントハニービーを見て、手と首を振った。俺も微笑みながら手を振り替えした。なんて暖かい光景なんだろう!
「ジャ、ジャイアントハニービーはですねぇ」
「針がその辺の鋼鉄よりも硬くて槍の穂先にピッタリ! 毒腺も一応売れて、あと、運が良ければ美容成分ロイヤルゼリーが手に入るんですって! まぁ、なんて素敵なんでしょう!?」
「お、おにーさん? おにーさんは、十二歳の女の子にムシムシの解体を」
あぁ、ティータちゃんの目が潤んで……。
「ティータちゃんのおとうさーん!!」
「好き嫌いは許さんぞ!! ティータ!!」
「おとぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉさぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」
こうしてヨロヨロと奥へ、自分以上の大きさの虫を運べるって、凄いなぁ。
こうして日々、鍛えられていたんだな。そりゃ腕力くらべで敗北もするさ。
そして、ヨロヨロと戻ってきたティータちゃんを待っていたのは、
「じゃーん、幼虫さんの方でーす!!」
「これは珍しいですねー! ジャイアントハニービーの幼虫なんて、高級食材ですよー!!」
「え? これは大丈夫なの? なんで? どうしてなのー?」
「食べ物じゃないですか? 味わいは深く、非常に濃厚でクリーミィーだそうですよ?」
…………解せぬ。
この異世界ファンタ人どもの美醜の基準がまったく解せぬわ!!
「じゃあ、こっちは? グレーターブロードサッカーさんでーす!!」
「ぬ……ぬるぬる、ぬるぬるは……ぬるぬるなのですよー? ギルドマスターの命令です!! ぬるぬるを捨ててきてください!! そのぬるぬるに何の価値があるというのですかー!!」
うん、俺もそう思う。そう思っていた。
でも違ったんだよ!! こいつは空を飛んだんだ!! 偉大なるモモンガさんなんだよ!!
「おかしいなぁ? 通りすがりの行商人さんが、グレーターブロードサッカーは、吊るし切りにするとプリプリの食感がたまらない高級食材になるって言ってたんだけどなぁ?」
よくよく見たならば、コイツの見た目はアンコウっぽい。
種族は違えど色形は似ている、木の枝で突付いた弾力もたしかにプリプリしていた。
カタツムリだってエスカルゴ! ゲテモノは高級食材待ったなし!! 俺は喰わぬがな?
「あ、そうだ!! 忘れるところだった!! このヌルヌルは荒塩をつかって、よ~く手揉み洗いすると良いらしいですよ? えぇ、ブラシじゃなくて手揉み洗いでっ!!」
ティータちゃんの美しい翡翠の瞳から、色彩が消えた。
感情を消して対応を……ぬるぬるさんを奥に運ぶために手で掴み、かけて逃げ出した!!
ふははははははははははははは!! 勝った!! 余の勝利だ!! 俺の完全勝利だ!!
「ティータちゃんのお父さん。五匹ほど置いていきますんで、後はおねがいしますねー?」
「おう、任せておいてくれ。キッチリと捌き方を教えておくからよ!! あと、仕置きもな」
流石はティータちゃんのお父さんだ。娘にも全く容赦が無い。
容赦なんてしてたら、冒険者ギルドのマスターとして育たないんだよ。
ちなみに、冒険者ギルドに持ち込まれた魔物は基本的にギルド内で解体される。解体も一つの作業であり無料ではないからだ。
特殊すぎる素材。フグ……などは、専門の業者にそのまま卸されるらしいが。
冒険者の夢見亭。十二歳の少女がマスターを勤める冒険者ギルド。
そうでありながらあらゆる魔物に精通し、あらゆる魔物の解体を行なう。さすがはファンタジー世界だね。なんて簡単な話しじゃないんだろう。必死の努力の末のティータ先生だ。
これからも頼りにさせてもらいますよ。……それでは、あと十匹ほどぬるぬるを追加しておきますねー?