勇者のバックストーリー(8)
翌朝。老体に鞭打って、早馬を飛ばしてきた村長さん。
「冒険者さまの言った通り、銀貨千枚。確かに約束を取り付けて参りました!! どうか、キマイラ退治のほうをよろしくお願いいたします!!」
「あぁ、終わりましたよ。既に」
村の中心部に放って置いたのだが、眼に入らなかったのだろうか?
指差すと確認して驚いたのか、疲れ果てたのか、そのまま地面へと腰を抜かして落ちた。
俺が村長さんに頼んだ事は、この地の領主ランダル男爵のもとへ、ただ三つの依頼を正しく伝える事だった。
一つ目は軍の派遣をお願いすること。貴族の私兵、常備軍とは貴重な存在だからNOだ。
二つ目は傭兵団を雇って貰えるように懇願すること。税収と報酬が見合わないからNOだ。
三つ目は村に訪れた武者修行中の冒険者が銀貨千で退治する。成功報酬で十分だと言っていたので支払って欲しい。
人間は三回続けてNOとは答え難い生き物らしいね?
答えはYES。たった銀貨千枚。それでキマイラを倒せるなら安いものだ。前金の持ち逃げの心配すら無いと言うのなら払ってやると答えるだろう。
だって、冒険者が死ねばそれまでなんだ。倒せたならラッキーさ。
家族をキマイラに嬲り殺しにされた村人が、キマイラの死体に手を掛けようとしたが止めた。
「売り物だ。お前等にその代価が支払えるのなら、いくらでも好きなだけ傷つけろ」
復讐心に燃えた村人の説得は実に簡単なものだった。……簡単だった。
あとは、荷車を用意し……乗せられなかったので近隣の街まで用立てに。荷車を二台連結、馬は四頭立て。村の男衆女衆が総出で積み。御領主さまの館までのキマイラ行列とあいなった。
顔には白い布のマスク。無意味な赤マント。そして額には謎の鏡。日光仮面のおじちゃんだ。
近隣の街を練り歩くのは……覆面姿であってもやっぱり恥ずかしかった。あと、暑い。
村が襲われた。ならば、近隣の街が襲われないという保証は何処にもなかった。
少なくとも、あの村が滅びるまでは安全だ。――――とでも考えていたのだろう。街の皆が安堵の表情を浮かべていた。ついでに喝采も。守衛は通行料を取らなかった。不真面目だなぁ。
怒りは湧いた。でも、彼等には助ける力が無いんだ。ともに溺れ死ぬ訳にもいかないんだ。
非情な判断だったが、責める資格が見つからなかった。一人で倒せる俺が異常者なんだよ。
ウィルキンゲトリクスさんなら……洞窟でも掘って、皆で中に逃げて、残った者で出られないように穴を塞いだのかな? そんな感じの戦術を立てた気がする。
そこで自ら囮役を買うのは、是非とも止めて欲しいかぎりなのだが……。
大きく寄り道をした分、大きく噂話が先行したのだろう。
大きな門を叩くまでもなく、ランダル男爵は快くキマイラ一座を迎え入れてくれた。
「たった銀貨千枚でキマイラを退治するとは……。キミはまるで古の英雄達のようだな!!」
「古の英雄。古き良き冒険者ではないですよ? 俺はもっともっと現実的な冒険者ですよ?」
「現実的な冒険者。報酬の値上げ交渉かな? ……私は笑顔のままで居たかったんだがね?」
ランダル男爵は渋い顔を見せた。あとになってゴネられ、良い顔をする人間は居ない。
ただ、銀貨千枚というのは破格の値であり、相場を無視した……実に悪い行いなんだ。
あの冒険者は銀貨千枚で引き受けたのに! ……そんな馬鹿が現われては皆が困るんだよ。
だから、その報酬を是正しなければならないのさ。
「いえ、ランダル男爵。貴方の名誉の話になります。銀貨千枚でキマイラを討ち果たした流浪の冒険者。きっとその噂は風に乗り、いま流行の英雄譚の一つになることでしょう。そして、その結びにはランダル男爵が登場し、銀貨千枚を渡して去った……。これで貴方の名誉は買えるのでしょうか?」
「…………ふむ、面白い。実に興味深い話だ、続けたまえ」
顔から渋みが消えて、あれこれと考え出したようだ。
よし、興味を惹くことには成功した。駒を次に進めよう。
「古の英雄のように颯爽と現われ、キマイラを退治した冒険者は謙虚にも銀貨千枚のみを受け取ろうとしました。ですが、ランダル男爵は英雄の行いに心をうたれ、銀貨の袋に金貨を詰めて渡すのです。そして冒険者は過ぎ去ったあと、ランダル男爵のその心意気を知るのです」
「金貨を千枚か……。それは少々高すぎないかね?」
確かに、相場を大きく外した額だ。
「えぇ、ですから、と、言うお話を表のキマイラと共に金貨三百枚で買いませんか? 剥製にして飾れば、ランダル家の歴史を飾る良い買い物になると思うのですが?」
この商取引にランダル男爵は相好を崩して笑った。
キマイラの肉や骨の単品にはあまり価値は無い。
だが、全てが揃った剥製には価値がある。さらに歴史の箔がついたものならば破格の値だ。
「本当に金貨三百で良いのか? 本来なら、さらに踏み込むべき所であろう?」
「いえ? 踏み込みますよ? 金貨三百と銀貨千です。銀貨千枚は重たいので、金貨二十枚でお願いしたいところですが」
「なるほど、君は実に商売が上手だ。古の英雄達とは似ても似つかぬ現実的な冒険者だ!!」
「実際、古の英雄たちも裏ではこんな話をしていたんじゃないでしょうかね?」
「違いない! そうに違いない! 金貨三百二十枚か、安いものだ! 確かに買ったぞ!!」
商談成立。ランダル男爵は実に気前の良いお方でした。
ただ、この話には後日談として尾鰭が付いてしまったんだよね。
流浪の冒険者は、金貨が詰まった袋をそのまま村人達に渡してしまうのだ。村の復興には金が掛かるだろう、そう述べて。
だが、事実は違う。人足の駄賃として、金貨を二十枚渡しただけなのにね?
あとは、ランダル男爵子飼いの劇作家が面白可笑しくなるよう創作を付け加えたのだろう。
悲劇も良いが、喜劇も良い。題名は銀貨千枚。新しい演目がこの異世界にうまれたのだった。