勇者のバックストーリー(3)
天空の王者さんが今日も何処かの天空で吼えている。
巨大なクレーター。魔王の墜落記念の跡地は、ちょっとした観光地になった。
ただ、この時代。領地間を移動できるのは行商人か傭兵か貴族程度なもの。わざわざクレータの横に神殿を隣接し、普通の人々でも巡礼できるように手を回すとは……やるな、貴族も。
いずれ、ここに街が出来るんじゃないだろうか?
何十枚と剥がれた鱗、それから折れた牙が飾られ、トカゲマンの敗北を讃える神殿が……。
あ、それは俺のだぞ返せ!! と、名乗り出られないこの辛さ。ちなみにトカゲマンも観光に来たらしい。あの巨体で。そして、悔しげに一声鳴いて飛び去ったそうな。
メイメイさまが結果的に大笑いしてたから、鱗のことはべつに良いや。
ただ、膝から落ちて、コロコロ転がりながらローリング大笑いしてたのは、ちょっと寂しい。
なんだか良く分からないが、偉大なる魔法使い様が、また何かをやらかしたらしいね。
空戦を見た者は居ないので、もう、完全に創作劇だ。なんだかヒロインも居るらしい。
ヒロイン……ティータちゃんに会いたいな。会える。酒場には行ける。でも、怖いな。
「なんじゃ? また浮かぬ顔をして、わしの顔を見飽きたのかの? 男は浮気性じゃからなぁ?」
「ちーがーいーまーすー! 冒険者ギルド。除名されちゃったから、もう冒険者になれなくて悲しいんです!!」
「ほうほう、それで? 真実を語るのじゃ。わしの耳は真偽を見逃さぬのでなぁ?」
自ら耳を塞いでみたら如何でしょう?
わーわーわーって騒ぎながら。ボクが泣きますよ?
「ティータちゃんに嫌われました。傷つきました。失恋しました。終わりです」
「ふむふむ、なるほどのぅ。では、その悲恋をワシに語るのじゃ!! 乙女は、こういう話には耳ざといのじゃ!! よし、巫女の者も全てを呼ぼうぞ!! 宴じゃ!! 宴の用意じゃ!!」
「メイメイさまー!! 俺の不幸がそんなにも楽しいのですかっ!!」
「蜜の味じゃが? どうかしたかの?」
は、はい。トカゲマンさんの不幸は確かに楽しいですけれども。
本人の目の前で語るとは……メイメイ様は男らしゅう御座いますな!!
しかし、本当に宴になるとは思わなかった。いつもはメイメイさまを抱っこしながらなのに、今日は俺の独演会だ。なにんなの、この罰ゲーム。何の罪をボクは犯したというのですか!!
はい、ティータちゃんの心をこれ以上なく傷つけました。ボクは罪人ですなのですよー。
嫌われていたのは最初から、だから話は冒険の始めの始めからになる。
まずはツノ付きウサギと聞いてアルミラージュ渦巻くヘルムート草原へ、そして戦い、勝利を納めた。
おや? 何やら獣っ娘たちの反応が? ……あぁっ!! 強い雄が好きなんだっけ!!
そこで話に尾鰭を付けると、メイメイさまからのお仕置きが入った。……ひどぉい!!
人喰いクロウラーから逃げ、ビックファングフィッシュから逃げ、アルミラージュに挑んだ馬鹿一匹。超笑われました。くぅぅぅ、なんという辱めっ!!
でも、それが不幸の始まり。
アルミラージュをティータちゃんに奉納し、そして返却を求めなかったことで――――嫌われた。貴族の道楽。確かにそんな一面も……一面しかなかった。生きる糧の冒険ではない。栄誉を求める冒険でもない。強さを求める冒険でもない。退屈しのぎの冒険なんだ。
やっぱり、巫女巫女たちにも不快な話だったんだろう。首をかしげて不思議な顔をしていた。
シャドーウッドの森。ウィルキンゲトリクスさんの村を守った。
そして卑怯な手を使って、ミルメコレオの巣を破壊した。これには賛否両論。
男らしくない派と義侠心のためなら仕方が無い派に分かれて巫女巫女戦争が勃発。
リアルキャットファイトが開始されました!!
ボクのために喧嘩を……やめなくて良いです!!
服装が乱れに乱れ、汗が、肌が! あぁ、キャットファイトの良さが分かった気がする!!
でも、メイメイさまが一喝して止めちゃった。意地悪ぅ……。
本職よりも上等な日雇い労働者として働いては怒られた。
ボルケディアスさんと出会い、そして魔物の卸し先を変えた。
この辺のくだりは退屈なので、合間合間にトカゲマンさんの無様を挟む笑いも忘れない。
ちゃんと戦え派とからかって面白い派でキャットファイトが! メイメイさまの意地悪ぅ。
そして決定打。ハイドラヴァイパーを氷付けにして、メルビル子爵に芝居を売り渡した。
やめて! お皿は痛いの! 皆と違ってレベル零だから!! この子は精密機器なのっ!!
「私達の感動の涙を返せっ!! 私達のティータとメルビル様を返せっ!!」
要約すると、そういうことでした。この割れた皿の嵐。誰が片付けるの? やっぱりボク?
そもそも、俺が聖具だってこと忘れてませんかっ!! 巫女巫女のみなさん!!
ハイドラヴァイパーを倒しながら、ギルドにお金を落とさなかった。
そのお金はティータちゃんのお姉さん、ミレッタさんをお嫁に出せるだけの金額だったのに……。
こうして冒険者を廃業。いやクビになったんだ。
自暴自棄と八つ当たりで天空の王者に挑み、そして地面に叩きつけた。虚しい勝利。
……死んでも良いやと思っていたのに、生き残ってしまった。残念なトカゲだったよ。
おや? 巫女巫女さんたちの頬が赤く? ……あぁ、強い雄に惹かれる習性!!
立派に役立ったぞ! トカゲマンよ!! 初めて褒めてつかわすぞ!!
「うむ、皆も解ったであろう? こやつは馬鹿じゃ。大馬鹿なのじゃ。ゆえに安心せよ。宴は終わり、解散じゃ!! ……色っぽい話ならワシの耳の届かぬところでするのじゃぞ? 男と女の話には嘘偽りが多いでな?」
「はーい」と、巫女巫女たちが立ち上がり、皿の欠片を掃除してスススッっと……あ、なんだろう、いつもより距離がとっても近い。軽く匂いを嗅がれたり。なんだか自然にスリスリされたり。……ヘブン!!
宴が終わり、メイメイ様だけが残られた。
「さて、そろそろ、良いのではないかの?」
「何が、でしょうか?」
「そのティータと言う愛し子のことじゃよ。そろそろ許してやっても良かろう?」
「……えーっと、許されない事をしたのはボクなんですが? 痛ッ! ホッペをツネツネしないでください!! メイメイさま、痛いです!!」
「ティータの分じゃ!! この阿呆がっ!!」
阿呆って……。まぁ、大体においてそうですけど?
「お主は本当に女の心に鈍い奴じゃの。ティータはの、お主を嫌っていたのではない。ただ縛られぬ、お主の在り方に憧れていただけなのじゃ。そして、無私の英雄としてミルメコレオと戦うお主を知った。本職よりもなお真面目に務めるお主を知った。……古の英雄達のように、魔王の手からも自分を救い出してくれる、白馬の王子様を夢見たのじゃよ。ハイドラヴァイパーの手配書。お主ならばもしやと思った。思ってしもうた。じゃが、その夢は儚く散った。初恋じゃったろうに、お主も罪な男じゃのぅ……」
「あのー、ティータちゃんは俺を最初から嫌いで、そして今では憎んでるんですよ?」
「お主の耳はわしの耳か? 真偽を見抜く耳をしておるのか? ……お主が謝るべきことなど一切ない。ただ、自らの失恋の痛みに耐え切れなんだだけじゃ。姉の話など方便じゃよ。実際に困窮はしておったのじゃろうがな?」
えっと、その、俺は……どうすれば?
「何をしておる? はよう行かぬか! それとも他の男に奪われたいのかの? 失恋直後の乙女ほど落ちやすいものは無いと聞くぞ? お主が落とさねば、他の誰が落とすのであろうなぁ?」
ニヤニヤとした狐っ娘の悪戯笑い。可愛い……けど、
「メイメイさまの意地悪っ!! それをもっと早くに教えてください!!」
「――――――――――――嫌じゃ」
プイッとそっぽを向かれてしまった。
おのれ狐っ娘め!! すっごい可愛いじゃねぇか!!