表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者のバックストーリー<注・ギブアップ>  作者: 髙田田
赤い糸より確かな質量、それは鞄でした
2/59

幻影の兎(2)

 それは、いつもの帰り道。学校からの帰り道、すれ違いで終わるはずの関係だった。

 一人の美少年を挟んで、二人の美少女が大岡裁きを繰り広げていたのだ。

 右の腕にはムニムニと、左の腕ではプニプニと形を変える幸せな光景。

 その四者一両徳の風情ある景色に出くわしたのだった。

 美少年は左右から豊満なおっぱいに挟まれて幸せ。右の子は美少年に抱きつけて幸せ。左の子も美少年に抱きつけて幸せ。俺は、形を変えるたわわに実った乳房模様を見られて幸せ。……全てが至福に満たされた素晴らしき世界かな。


 『ただしイケメンに限る』という言葉が太陽系第三惑星の日本には存在した。

 確かにその通りだった。その発情の情景には羨ましいと感じた。けれど、妬ましさや苛立ちなどの負の感情が湧いてこなかった。少しばかり不思議な感覚だった。

 これだけの美少年なんだ。美少女二人を侍らせていても、まぁ、いたしかたのないことだ。

 納得する気持ちが先行し、苛立つこともなくムニムニさんプニプニさんが姿を変える様を堪能させていただきました。ありがたや、ありがたや。


 眼福だけでも、おこぼれちょーだい!!


 そんなことを考えたせいか、大岡裁きの勢いで美少年の手から鞄がこぼれ落ちた。

 通りがかり、通り過ぎざまの一幕だったので、何の気なしに俺が拾い上げて、美少年に手渡すと「ありがとう」その値千金の微笑に俺の胸がキュン。やだっ! この感情はなんなの!?

 運命の赤い糸なんかよりも確実で明確な、鞄という物質で結ばれた美少年と俺の運命の絆。

 それを神々が光のシャワーで祝福し、そして二人の絆は……いや、光のシャワーじゃなくて物理的に光ってます。四人が共に。

 なにこれ? 美少年と美少女を狙ったキャトルミューティレーション?

「宇宙人さーん!! サンプルとして間違ってますよー!! 数は男女四人ですけど、三人ほどは標準からかなり離れた美形様ですからー!!」

 俺の抗議の声も虚しく、こうして俺は彼等の勇者召喚の儀式に巻き込まれたのであった。


 長い長い戦いの果て、勇者とそれを支えた二人の美姫は人生の最後に平和を望んだ。その行き先が太陽系第三惑星地球の片隅であったそうな。

 異世界に生まれながらも三人の絆は断ち難く、人生は常に一緒であったらしい。


 そんな勇者様達がこの異世界に呼び戻された理由……。

 それは、世界の守護者たる大きな魂を三つも失った世界。無防備になった世界を欲さんと幾多の魔王がこの世界への侵略に身を乗り出したからだった。

 まずは人の力で魔王に立ち向かった。人の力で魔王に抗った。耐えて、耐えて、耐え忍びながらも耐え切れず、圧倒的な魔力に押し流された。

 そして三人の魂を再度、この争い渦巻く大地へと呼び戻してしまったのだ。

 美少年勇者様に、美少女プリンセス様。三人にとっては魂の故郷。地球のことは気に掛かるものの、この世界を見捨てる気にもなれなかったらしい。

 ふるさとが二つある、不思議な感覚だったそうだ。

 具体的には父方のおばーちゃんの家と、母方のおばーちゃんの家の感覚。超納得。とりあえず守らねばと想うその気持ちにも。

 聖なる剣を手に取り、聖なる杖を握り、再び世界に平和をもたらさんと盛り上がる三人衆。

 それを、異世界語が解らずにオロオロと見ているだけの俺でした。周囲の目が怖かったので、内心はオロオロ、身体はカチカチになって、礼儀正しく椅子の上で正座して固まっていました。


 美少年の名は、日高 範次郎。神力の勇者ハンジロウ。マイティーブレイバー。

 美少女の名は、氷河 流子。魔砲の姫リュウコ。キャストプリンセス。

 もう一人の名、十文字 隼子。舞剣の姫ハヤコ。ブレイドプリンセス。


 そして、俺の名は佐久間 玲人。職業は学生だと思っていたのだけど、違いましたー。

 無職でした! いや、無職ですらありませんでした!! 超絶に偉大なる魔法で調べた結果、俺の職業は勇者の鞄でした。職業ですらないですとっ!? 生命ですらないですとっ!?

 鞄の勇者ではありません。勇者の鞄です。勇者の鞄持ちでもありません……。

 勇者様の所有物。もうこれ、職業じゃなくてアイテムだよ? 人間ではなく革製品だよ?

 ……三人の祝福された方々が、共に気まずそうな顔をしてくれたことだけが印象的でした。

 召喚の際、勇者様とは鞄で繋がっていた。だから、勇者様の鞄なのだと世界に認識された。

 さまざまな方法で転職が試された。だがしかし転職とは人間が、生物がするものだ。

 鞄がいったい何に転職できるというのだろう?

 一度解体すれば、他のものにはなれるかもしれない。靴とか。だが、それは御免こうむった。


 結局、勇者様ゆかりの聖具という扱いになり、国内での立場が納まったのであった。

 これでもかなり勇者ハンジロウ様が大いに頭を悩ませ、融通を利かせてくれたものらしい。

 ハンジロウが呼び戻されたこの国には、奥の院と呼ばれる神域が存在した。

 歴代勇者が使用した、聖具や神器を管理保存するための聖域のことだ。王ですら立ち入ることの許されぬ、男子禁制の神域である。

 だから聖具である俺は、そこでの衣食住が保証された。名目は聖具の保存。アルエットやマリエルさんが俺なんかを構ってくれるのも、俺が勇者様の所有物であるからこそであった。

 本来なら二人が共に貴族階級で支配階級の出自。

 奥の院の大巫女、メイメイさまなどは顔を目にすることすら許されぬお方だった。

 勇者様の鞄のおまけとして付いて来ちゃった。という理由で特別待遇を受けられた。

 正直に助かった。学生Aとして放り出されたらどうしようとドキドキものだったからね。


 それでも勇者様達が魔王達との戦いに出てから、俺は孤独だった……。

 身振りと手振りしか通じない異世界。その身振り手振りも大きく違う。手の平の動かし方一つ。あっちへ行けとこっちへ来い、これが逆転しただけで喧嘩の原因になるんだ。

 言葉を覚えるのに三ヶ月。地球では『裸でニューヨークのハーレムに放り込まれりゃ、一週間で英語を覚えられるぜ?』なんて冗談があった。裸ではなかったから、俺は三ヶ月掛かった。

 意思の疎通が取れなければ、友人も家族も知人すら居ない孤独な環境の中では頑張った方だと思う…………。でも、お手伝いしてくれる巫女巫女さまが獣耳の美少女揃いだったからスンゴク頑張れた!!

 こうして、アルエットからは胸を揺らす方法、マリエルさんからは強引に逃げ切る方法、メイメイさまからは狐っ娘がすんごく可愛いことを学んだ。ボク、このウチの子になるっ!!


 イメージとしては、中世と近世をチャンポンしたようなアヒルファンタジー社会。それを前にして、こう、男の子の血が騒ぎ始めたのだ。

 求めるは冒険、そう冒険だ!! 衣食住は保証されている。だけど刺激に欠けていた!!

 だって、目の前を美少女が行ったり来たりするのに、恋人って訳じゃないんだもん!!

 冒険して、英雄になって、獣耳美少女をダース単位でお嫁さんにするんだよ!!


「俺、立派な冒険者になります!! では、いざ往かん!! 行き着く先は男の浪漫よ!!」


 メイメイさま、アルエット、マリエルさんの三人を前に毅然と宣言しての旅立ち。三人は揃って、すご~く微妙な顔をしていた。乾いた笑いと、目を逸らすような表情。

 なぜ、そんな顔を?


 まずは、城下町に出て冒険者ギルドを探した。

 ファンタジー社会に冒険者ギルドは付きもののはずだ。魔物が居る、なら、冒険者も要る。

 そして見つけたマスターティータ。九割が酒場、一割が受付という若干イメージと違う形であったが、確かに冒険者ギルドは存在した。冒険者の夢見亭。酒場にはピッタリの屋号だ。

 受付嬢兼、事務員兼、査定役兼、ギルドマスターのティータちゃん十二歳が、優しくお出迎えしてくれた。

「おにーさんは、冒険者志望の方ですかー?」

「はい、おにーさんは冒険者志望の方なのです!!」

 『おにーさん』なんとポイントの高い呼ばれ方よ。

 美人は三日で飽き、ブスは三日ですぐ慣れる? いえ、美人は一生ものですが? なにか?

 本能的には何か違和感があるなーと感じながらも、ティータちゃんの愛らしさ目当てに冒険者として登録しようとした。

 だがしかし、そこで第一の試練が立ちはだかったのである!!

「おにーさんには、冒険者になるための試験を受けて貰いますよー。簡単な魔物退治のお仕事ですよー」

 入会試験として、冒険者になるための最低限の強さを試されたのだ!!

 うむ、正直に語ろう。自信は無かった!! 勢いしか無かったのだ!!

「人喰いクロウラーを二十体かー、ビッグファングフィッシュを十匹。ツノ付きウサギを五匹。そのうちのどれかを納入してくださいねー? そうすればおにーさんも、立派な冒険者ですよー?」

 こうして三人の微妙な表情の理由を解した。『無理無理、レイジくんじゃ無理』。

 だが、俺は諦めなかった……。必ず冒険者になってやる!!

 まず人喰いクロウラーはパス! 理由は人喰いだからだ!! 何か?

 ビッグファングフィッシュもパス! 巨大牙の魚って、それは鮫のことでしょ!?

 ツノ付きウサギ。まぁ、ウサギに角が付いたくらいで、どうってことは無いだろう。

 武器屋のおっちゃんに、ショートソードと皮の鎧を見繕って貰い、装備させて貰った。正直、一度脱ぐともうちゃんと装備出来ない気がする。

 着物の着付けと同じだ。姫はじめ、その後に困る、秘め恥じ目。うむ、良き辞世の句だな。

 その後、ツノの付いたウサギで有名な場所が何処かと武器屋のおっちゃんに尋ねた。

 ――――それが、ヘルムート草原。死の渦巻く砲弾ウサギの大地であった。


 考えてみれば、人喰いクロウラーが二十体とウサギ五匹で同等の扱い、そりゃあ強いわけだよ。

 かくして俺の異世界冒険の書は灰と化してしまったのであった――――。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ