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勇者のバックストーリー<注・ギブアップ>  作者: 髙田田
赤い糸より確かな質量、それは鞄でした
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勇者のバックストーリー(2)

 空飛び爬虫類の不甲斐なさに、新たなる絶望を覚えた俺。

 久しぶりにシャドーウッドの森に顔を出す事にした。頭の悪いトカゲと話せば頭の悪さが感染する。頭の良いゴブリンさまと会話すれば知性に目覚める。環境は大事だよ。

 事実、ゴブリンによるローマ帝国は話の通じるゴブリンが多い。

 心善きゴブリンも居る。心悪しきゴブリンも居る。だが、頭悪しきゴブリンは居ない。……もしかして、現代よりも先の時代に迷い込んだのかしら?


「心の魔が騒いだときには、知性の理によって打ち倒すよう、みなには協力を求めています。心の魔とは、至極短き益を得ようとする心であると私は考えました。悪しき心にも魔は潜み、そして善き心にも魔は潜んでいるものなのです」

「……はっ! そのお言葉、胸に刻みましたぞ!!」

 乱獲による短期的な利益よりも、他の木の育成を妨げる木を選び伐る。ゆえに、その森の恵みは永遠となる。知的巨人ウィルキンゲトリクスさんとの会話は、頭の悪い会話の後では清涼剤になります。脳がスッキリする感じ。


「しかし、我が友ヴェスパールを討ち倒されたのですか。やはり貴方は偉大なる魔法使いであったのですね……。そんな御方に命を大事にとは大口が過ぎました。お恥ずかしい限りです」

 いえ、ゴブリンキック、ゴブリンパンチでわりと瀕死になる性能なので、お言葉はとてもとても役に立ちましたですよ?


 しかし……我が友ヴェスパール? あの頭の悪いトカゲと、ウィルキンゲトリクスさんが?

「天竜王ヴェ……ヴェ……トカゲマンとお知り合いなのですか?」

「魔法使い殿、我が友をそのような名で呼ばれないでくださいませ。彼は誇り高き竜。例えその身が滅びたとて、魂だけでも追いかけてくることでしょう」

 大丈夫だ。多分まだ死んでない。……生霊で来るなよ?

「えっと、すみません。祖国の言葉と大きく違うものですから発声し難いのです。天竜王ベスパーリュ。ほら、なんだか妙な感じがするでしょう?」

 太陽系第三惑星、その片隅の日本の言葉は平らだ。Vから始まるヴェ、Lで終わるル。奴の名前が一番の難敵であったような気がする。舌が回らないのだ。トビトカゲ風情が気取った名前を名乗りやがって!!

「なるほど! 世界は広く、そういったこともあるのですね!!」

 異世界を含めれば無限の宇宙。最後で無限のフロンティアですよ。

「ヴェスパール。私には簡単に口に出来ながら、そして感慨深い名になります。彼が十年前、この村を訪れたとき、私の知性は目覚めの時を迎えたのですよ……」

「え? あの頭の悪いトカゲがこの村に? そして、どうやって知性を目覚めさせたと言うのですか? ヤツとは話せば話すほど頭が悪くなりますよ?」

 ウィルキンゲトリクスさんは、肩を揺らしながら笑った。

 ちなみに、ウィルキンゲトリクスさんの発音も、ビルキンゲトリクスと聞こえるらしい。Wもジャパン人には難敵だ。

「彼がこの村に訪れたとき、我々の心は恐怖に満ち溢れ、誰も彼もが逃げ惑いました。今になって考えると愚かしい話です。彼は魔力を抑え、牙を抑え、礼節を持って訪れたというのに……」

 あぁ、あのトカゲマンはあれでも魔王だから、ただ近づくだけでゴブリンは死んでしまうのか。普通のドラゴンでさえ近づくことは難しいだろう。それだけゴブリンは弱い。

 反発力の無いステルス機のレイジくんには理解し難いが、そういうものらしい。


「人間でも同じ反応だったと思いますよ? 奴は無駄に大きいですから。えぇ、本当に無駄に大きすぎますから」

「そのようですね……。同じ竜の社会においても異質なる存在。ゆえに自分は天空を彷徨っているのだと聞きます。そんな彼が礼節をもってこの村を訪れながら、我々は逃げ惑うばかり。悲しげに一言、人は変われどお主等は変わらぬのだな。そのように述べ、憐れみを込めた瞳で見詰めていました」

 謝れ! ウィルキンゲトリクスさんに謝れ!! 爬虫類風情が!! 何様のつもりだ!!

 あぁ、魔王様でしたか。

「そして、まず私が変わったのです。巨大な竜が怯え惑うゴブリンを相手に見下し、嘲り笑っているのだと感じました。やがてそれは怒りに変わり、私は武器すら手に持たず天竜王ヴェスパールの前に立ったのです」


 ◆  ◆


 …。

 ……。

 ………

「……小さき者。貧弱にも及ばぬゴブリン。なにゆえ我が前に身を晒した?」

「大きな竜。何処に居ても同じ。なら、目の前も同じ!! 違うかっ!!」

 憐れみの巨大な瞳と、怒れる小さな瞳が交差した。

「そうか、確かにそうであるな。……だが、我に怯えぬその不遜。我が怒りを買う行いとは思わぬか? ……ゴブリン風情が!! 頭に乗るでないぞっ!! 滅ぼしてくれようかっ!!」

 ただの大声。だが、小さきゴブリンにとっては雷鳴が轟き続けるが如し。

 その轟きに膝を震わせながら、それでも小さなゴブリンは、ゴブリンの大きさの轟きを持って言葉を返した。

「遊びで殺されるより! 怒りで殺される! ずっとマシ!! 怒らせた! 不快にさせた! 心を傷つけた!! ゴブリンが勝った!! さぁ、怒れ!! もっともっと不快になれ!! それはゴブリンの勝利!!」

 続くのは轟く哄笑。

 怒りを覚える。不快を感じる。それは、心を傷つけられたことの証だ。

 ゴブリンごときに傷つけられたドラゴンハート。確かにそれは偉大なる勝利であった。

 それからのことである。巨大すぎるドラゴンと、小さなゴブリンの友誼が交わされたのは。


 信じがたい話をドラゴンは語り聞かせた。

 人が言葉も話せず、家も持たず、手に棒を持って暮らしていたという話。

 人がなぜゴブリンを襲うのか、それは、ゴブリンが人を襲うからだという逆説。

 そして、小さなゴブリンはドラゴンからウィルキンゲトリクスの名を与えられた。とある巨大な竜に立ち向かった英雄の名だとドラゴンは語る。ゴブリンと呼んでいては、他のゴブリンと紛らわしいゆえにな。ドラゴンはそんな言い訳を続けて述べた。

 名を持ち、知性を持ち、勇気を持つ小さなゴブリンは気が付けば村の長になっていた。

 年功序列を飛び越えて、偉大なるゴブリンに老いたゴブリンが頭を下げてその座を明け渡したのだ。


 それから暫くの後、人が現れた。それは大勢の鎧姿の人間達だった。

 この森がシャドーウッドと呼ばれていることを、その時になって初めて知った。

 だがウィルキンゲトリクスは一人、巨大な竜の前に立った男。人間の軍勢何するものぞ。

「なぜ、我々を襲うのですか?」

 彼は問うた。実に簡単な問いかけだった。

「はぁっ!? ……そりゃあ危険だからに決まっているだろ!! ゴブリンは人を襲う!! 俺達はこの森の木が欲しい! だから、まず危険を先に取り除く!! 当たり前の話だ!!」

「では、ゴブリンが貴方がたを襲わねば、貴方がたは我等を襲う理由を失うわけですね?」

 彼は答えた。実に簡単な解答であった。

「……それは、まぁ、そうだが。――――何処に、その証拠がある?」

 黒尽くめの鎧の男が魔力を解放したならば、小さきゴブリンはただそれだけでよろめいた。

 だが、よろめいたのは身体のみ。心は不動であり、口は動いた。

「貴方の背後の人間が、貴方を襲わぬ証拠が何処にありますかっ!?」

「信頼だ!! 長い時間を共にした信用だ!! 友誼を交わした友であることが証拠だ!!」

 彼の恫喝の如き解答に、ゴブリンは微笑みを持って斬り返す。

「では、私とも長い時間を共にすれば信用が得られるのですね? 友誼を交わせば友になれるのですね? それでは、まずは遊びから始めましょう。貴方がたの使う遊戯盤。駒と駒を戦わせる遊びです。本当の戦いの前に、遊びの戦をいたしましょうか」

 差し出された遊戯盤を前に、黒尽くめの男は呆気にとられて地面に腰を落とした。

 土の上で差し向かい、駒と駒を動かし、指しつ指されつ。

 そして、盤上に最後まで残っていたのは小さなゴブリンの駒だった。

 次の局も、また次の局も、盤上に残るのはゴブリンの駒なのであった。

 敗北のたびに人は苛立ちを覚え、そして最後にはその苛立ちから手が剣に伸びた。

「その剣で私を斬ることは簡単なことでしょう。そして、貴方は永久に敗北したままになることでしょう。私は森に帰ります。どうぞお望みのままに襲ってきてください。森のなか、我々の土地にてお待ちしております」

 こうして板一枚とその駒だけが残された。

 たったそれだけを差し出して、小さなゴブリンは鎧装束の人の軍勢に勝利したのだ。


 残された遊戯板。それが伝えたものは大きい。

 駒が代われど、ゴブリンが弱かろうと、それでも軍勢が勝てる見込みが無くなった。

 森は彼等の地。力において勝れども、策略において後れをとれば敗北は必定に近い。

 勝利を得たとしても多くの犠牲が支払われる。収支が合わぬ、やはりそれは敗北だった。


 人が森に求めるのは木。ならば代わりに伐る者が居れば良い。

 だが無償ではいけない、ゴブリンは人間の奴隷ではないのだ。

 森に詳しい者が木を選び、他の木の育成を妨げる木を選び続ければ、永遠に森が栄え続ける利を説いた。そして、それに相応しき者は森の中に住む者が一番に決まっているとも。

 こうしてゴブリンからは木が、人からは布や鉄、塩などの様々なものがもたらされた。

 だがしかし、始めの頃は上手くいかなかった。

 心に魔を潜めたもの達ばかり。ゴブリン相手の商売だ、強気に出ればどうにでもなる。

 そんな商人が多くを占めた。そして味を占めた。それが首を絞めた。

 当てにしていた木が無い。儲けが無い。食う物が無い。無ければ空腹によって死ぬだけだ。


 傭兵を雇い、ゴブリンに木を差し出させようと試みた商人がいた。

 傭兵を雇い、森を守ろうとしたゴブリンがいた。そして商人達がいた。

 己の利益のみを考え、他者の利益を潰さんとするなら、それはもう争いの始まりだ。

 安定した木材の供給源がそこにはあった。それを破壊しようというのだ、商人が動くも道理。

 己の利益を守るため、商人を名乗る強盗を誅した。

 心に魔が差した。心臓に宿る魔に剣が刺された。たったそれだけのことだった。

 人とゴブリンが時間を重ねるうちに、争いごとは無くなっていき、信頼が残った。

 その全ての事柄が、小さきゴブリンの手の平の上で踊っていたわけではない。


 ただ、善きゴブリンを目指し続けた。

 巨大な竜の前に立った小さなゴブリンは、ただそれだけを目指しただけなのであった。


 ◆  ◆


「ときおりですが、訪れます。自らは暴力において優れる。それゆえに己こそがこの村の王だと名乗るホブゴブリン達が。そんな時は、より強き人に助けを求めました。彼等の信条において、より強き人はホブゴブリンの王であるのでしょうから。私は彼等の信条に任せて全てを委ねました……」

 俺は強いぞ王様だ。なら、もっと強いものが現われれば子分だな? 奴隷だな?

 しかし、ウィルキンゲトリクスさんも容赦が無い。合鴨ファンタジー社会。普通に奴隷は存在している。獣っ娘の巫女が居るんだ、亜人の奴隷が居なければむしろ不自然。

 それを見かけるのは、あまり見たくない現場ばかりになる。

 シャドーウッドの森のゴブリンに手をかけることは、暗黙の了解として禁止されていた。

 殺しても法の罪には問われない。ただ、この時代の社会的制裁とは、死刑宣告と同じだ。

 逆さにして語るならば、彼等を助けることは善き事とされた。

 ――――はい、善きこととされたんです!! えぇ、善きこととされたんですよ!!

「偉大なる魔法使い、シャドーウッドの地に降り立ちて、ミルメコレオの群れを討ち払わん。さらにはその叡智の一片を用い、その女王すらも討ち果たさん。……私の智恵では、私の力では、どうにもならぬことでした。なんら報酬を求めることなく、なんら栄光を求めることなく、ただ助け、ただ過ぎ去った英雄の譚。これを知己の方々に伝えること、たったそれだけしか恩を返せぬ私の非力を情けなく思います……」

「それね!! 恩返しじゃないよ!? 隠れて去ったとか、それこそ格好付けてるっぽいじゃない!? 悪夢の酒場でこの歌を吟遊詩人から聞いたときには思わず逃げ出しちゃったよ!!」

 恥ずかしい!! 恥ずかしいったりゃありゃしない!!

 偉大なる魔法使い様は、ミルメコレオの大波に襲われたゴブリン達を憐れみ、地を裂き空を貫き、大嵐を呼びこれを討ち果たしたそうですよ?

 それから、≪狂乱の風≫なる偉大な魔法でミルメコレオの巣を襲い。単身にて女王と対峙。なぜかお喋り出来るミルメコレオの女王の名乗り上げ。そして偉大な魔法使いさまも名乗りあげます。そうして始まる壮絶なる戦い。

 偉大なる魔法使い様は満身創痍になりながらも、最後にはこれを討ち果たしたそうですね?

 そうでありながら、名を告げることも無く、姿を見せることも無く、黒き鎧の将軍に背中を向けてただ立ち去った……。隠れた英雄ここにあり!!

 いや、隠れてるんだから隠しておいてよ!! 英雄として謡っちゃ駄目でしょ!!

 おのれ真っ黒ベルガドット!! あの場で始末しておくべきであったわっ!!

 あと何が常勝将軍だ!! ウィルキンゲトリクスさんに負けてるじゃねーか!!

 ちなみに演劇にもなったらしいが、詳細は知らない。わざわざ俺が見に行くかぁっ!!


「なにか、気に入らぬことでもございましたのでしょうか?」

「えっと、その~、他人に自分の英雄譚を歌われるって恥ずかしいともうしますか? むず痒いと申しますか? なんだがムズムズすると申しますか~」

「名は伏せてあります。それがお望みであったことは分かりましたので」

「それが格好付けっぽいんですよぉ!! 名前出されたら、もう街を歩けませんけどね!!」

 ウィルキンゲトリクスさんは、これについては理解不能のお顔の御様子。

 この時代の人。名声欲に飢えすぎです。ジャパン人は奥ゆかしい生き物なのです。

 密林の奥地で眠ってる、伝説のポケットの中の小さなモンスタークラスなのですよー!!

 月光仮面のおじちゃんは、月光仮面じゃないときに自分の活躍を聞いて赤面してたんじゃないのかなぁ?

 あと、正義の味方を普通におじちゃん呼ばわりって凄いね!! 顔も見えてないのに!!

「ですが、人が求めているのです。魔王の脅威に晒された今の世。微かなる希望を心が求めているのです。この流れを止めることは誰にもできないことでしょう……。討ち倒されたヴェスパールの物語も詩となるのでしょうね……」

「あのー、そういえば気絶させただけで殺してませんよ? 多分ですが、死んでいません」

「なるほど……それは……」

 ウィルキンゲトリクスさんが、口元を抑えて身体を震わせている。

 何か? 何かおかしなことでも俺は口にしましたか?

「天空より引き摺り落とされし魔王の物語を、彼自身が耳にして怒り狂うさまを考えると……。偉大なる魔法使い殿は実に御趣味が……。あははははははははははははははははははは!!」

 笑った! ウィルキンゲトリクスさんが笑ったよ! くぷくぷ!!

 あぁ、なるほど。うん、それは実に愉快痛快な怪物退治のお話だ!!

 俺の歌を聞けー!! お前の歌でもあるがなー!! 魔王トカゲマンよ!!

 殺さなくて良かった!! 実に良かった!! 死ぬより辛い生殺しだ!! お前も俺の仲間入りだぁっ!!


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