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勇者のバックストーリー<注・ギブアップ>  作者: 髙田田
赤い糸より確かな質量、それは鞄でした
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第四話 勇者のバックストーリー(1)

 空は青く、雲の一つも見えない太陽だけの世界。白い雲海ならば遥か下方に存在した。

 ……もしかして、紫外線とか放射線とか、わりと危険地帯の天空さんですか?

「天空の王者よ!! 天竜王ヴェ……ヴェ……トカゲマンよ!! 俺に怯えず出てこい!!」

 まったく! 要らない時には出てくる癖に、必要な時に限って出てこないとは……。もしかして、異世界もマーフィーさんの法則に支配されているのかっ!?

 魔人マーフィー恐るべし。

『我を呼ぶなら、名前くらいちゃんと呼べ。人間風情が、我の領域に挑むとは良い度胸だ』

「あぁ、ようやく現れたか、天空の王者さま」

 呼び出しまでに三十分は待たされたぞ。紫外線がどれだけ強いと思ってるんだ。ちょっと天空の王者さまとしての自覚に欠けるんじゃないのか? よし、懲らしめてやろう。そうしよう。

「俺は領域へ挑みに来た覚えは無い。――――天空の王者、貴様自身へ挑みに来たんだ!!」

 巨体でありながら、器用にホバリングを続けるトカゲマンを指差しながらの宣戦布告。

 この指先、ちょっと気恥ずかしいというのが本音です。

『正気か? ……今ならその大言壮語、聞かなかったことにしてやるが?』

「正気じゃないが本気だ。ただひたすらに暴れたくなった。だが、ちょうど手頃な魔物が居なくてな。貴様しか遊び相手が居なかっただけの事。安心しろ、これは完全にただの八つ当たりだ。他意はない。悪意もない。殺意すらない。ただひたすらに暴力を振るいたいだけだ」

『――――そうか、理解した。では……死ね』

 いきなりのブレス。いきなりの諸手超高速気流。双方がぶつかった結果は、こちらの勝利だ。

 自らの火炎で自らを焼き、ようやく天空の王者さまの目の色が変わった。殺意あり。

 あぁ、これが本気のヴェスパールか……。なるほど、魔王と呼ばれるだけのことはある。

 ははっ、今更になって怯えが来るか。ちょっと遅いぞ? 俺の本能。

『驚いたな。まさか、飛ぶ以外にも技があったとは……。なぜ、今まで我に挑まなかった?』

「いえ別に、戦闘狂じゃありませんし。英雄願望もありませんし。戦う理由が無かったので」

『そうであったか……。では、一つ教えておこう。今のブレスは我の力の一割といったところだ。耐えられる程度に抑えてやった。己が正気に戻るようにな。……まだ、続ける気か?』

 まずは一割の力を見せてやろう。

 ……天空の王者さま、それは負けフラグの台詞ですよ?

「では、こちらも一つ教えておきますね? 俺のレベルは零です。一割どころか、その百分の一の力でも焼け死んだことでしょうね? 俺の魔力を感じられないのは、初めから魔力を持たないからですよ。魔力に潰されないのも、反発する魔力がないからです。では、始めましょう?」

 これで負けフラグもトントンだろう。これで公平。気持ち的には公平だ!!

 まずは下降! そのまま雲海の下まで突っ込む! これで仕切り直しのスタートだ!!

『待ていっ!! 魔力を持たぬ、その身で我に挑むというのかっ!? 汝は正気か!?』

「正気じゃないと言ったでしょう? 本気だと言ってるんですよ!! あぁ、しまった。声でこちらの位置を探られてしまいました。この卑怯なトビトカゲめ!!」

 秒速二百メートルの雲下の世界。目算なので適当なのだが、そのくらいだろう。

 実際、天竜王の大きさもただの目算だ。本当に二百メートルあるのか、それ以上なのか分かったものじゃない。だけれども、一つだけ解る事はある!

 ――――自分の体長よりも速度が遅いということは無いだろうさ!!

 俺の後方から迫ってきている。その位置はブレスが討ち放題じゃなかったのか?

 何を躊躇っている? 天空の王者、チャンスだぞ? この機を逃せばお前が死ぬぞ?

「――――≪アヴェンジャー≫」

 この速度域の中では、むしろ停止状態で後方に撒かれるアルミラージュの砲弾群。だが、相対速度なら威力は十分!!

 それでも流石は竜王。アルミラージュの角よりも鱗の硬さが勝ったか。やるね。

『――――汝の本気、承知した!! では、我も本気でいくぞっ!!』

 すでにバレルロールの機動に入り、ブレスの照準から逃げ回っている。流石にこの速度域では、首を前方以外には向けられないようだな?

 俺の後方より、照準を定めようと必死になって尾けてきている。

 何だか気持ちが静かだな。アルミラージュとの戦いの時はあんなにも無様だったのにね。

 嫌がらせの≪アヴェンジャー≫、全方位に射出できるというのは現実のそれより利点だ。

 ただし、射程も速度も激しく落ちる。空気抵抗も大きく偏差射撃もままならないか!!

 奴が狙いを定めたらしい。ブレスを吐くため口を開けたところで、俺は次のバレルに移る!

 バレルロールのバレルとは樽のことだ。樽の内側をなぞる様にして前方へと進む、だからバレルロール。でもね、隣のバレルに移ってはいけないというルールは無いんだよ!!

 本来の航空機なら180度の反転が必要なのだけれど、そこは少々インチキさせてもらった。飛行の方式が違う!! ヤクルトの力は偉大だな!! 乳酸菌は足りてるか!?

 天竜王はそのまま下方の樽を、俺は上方の樽へ。

 ちょうど8の字を二人で描き、接点でお互いが再び出会う。

 ただ、こちらは上昇に速力を使った分、若干到着が遅れる。つまりは背後を貰ったぞ!!

「≪アヴェンジャー≫!!」

 前方、偏差を考えた音速を超えない程度の連続掃射。

 上方から下方へと放つ分には重力加速も味方してくれる!!

 この速度域、下手に放つと空気抵抗で戻ってきたアルミラージュとの接触事故だからな!!

 命中してもツノが突き抜けない、だが、運動エネルギーそのものはそれなりに効くようだ!

『己に魔力がないからと、他の魔獣を魔法代わりに扱うとは……その外道、許し難き!!』

「……あ、そいつ等、俺を殺しにかかってきた奴等なんで、外道じゃないと思いますよ?」

『む、そうであったか。ならば汝は存分に使うが良い!!』

 ドラゴンなりの矜持や倫理があったんだね。


『では、そろそろ楽しい遊びの時間も終わらせて貰うぞ? ――――人間、名前を述べよ』

「レイジ=サクマ。俺の故郷ではサクマレイジの順番で呼びますけどね?」

『そうか、覚えておこう――――』

「俺も覚えておきますよ。ヴェ……ヴェ……トカゲマンさん」

『我が名はヴェスパールだ!! いい加減に覚えよ!! そして、さらばだ……』

 ドラゴンのブレス。それよりも更に簡単で効果的な、その肺活量の使い道。それは咆哮。

 ライオンの啼き声ですら身体の痺れるあの音量。二百メートルの巨大な竜が全力で叫んだなら、たったそれだけで周囲一帯の大気は激しく割れることだろう。

 音速を超えなければ逃げる事すら適わない、必滅の技。

 実に単純明快で絶命必死の王者の咆哮。その絶命領域内に俺は居る。

 鼓膜が破れ、その中も破壊される。きっとこれは、この国一帯に轟く咆哮だろうさ!!

 たった人間一人を殺すには、それは、ずいぶんと大袈裟な技だよ――――。


『                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                              』


 鳥達がバタバタと落ちていったり、パタパタと飛び立っていったり大忙しだ。

 巨大な竜は咆哮そのものが武器となる。それは本当のことだったらしい。洞窟の中なら少なくとも鼓膜が破れ、内耳がどうにかなり、脳震盪か脳挫傷くらいは引き起こすんだ。

 規格外に巨大な竜ならば、洞窟という拡声器すら必要としない。

 これが天空の王者の技か……喰らえば絶命。文字通りの必殺技だ……。


 ただし、そこに振動を伝える空気があればの話ですけどねー?

 人間は宇宙空間に放り出されても、三十秒は軽く生きていられるというのは本当みたい。

 信じて良かった。やっぱりNASAは凄いね!! 天空よりも宇宙の王者の勝利です!!


『…………レイジ=サクマ。いや、サクマレイジ。魔力が無い故に我が前に立ち、魔力が無い故に我が前に落ちた。――――お前も、立派な勇者であったぞ……』

 なんだろう、この天空の王者さん。もう勝った気になってらっしゃるではないですか。

 なんて失礼な!! 無礼な王者さんは懲らしめてやりましょう!! 右手のカクさん、左手のスケさん、行きますよ!!

「いえいえ、俺の職業は勇者の鞄ですが? 職業? 道具? 分類? 名乗りあげが未だに決まらないんですよ。俺の道具は勇者の鞄だ! って名乗っても意味不明だと思いませんか?」

『何処だ!? 何処に居る!?』

「ボクはレイジさん、今、あなたの背中にいるの。ちょうど翼の付近ですねー。重心の真上ですねー。天空の王者さん、一つだけ意見を述べても良ろしいでしょうか?」

『――――申してみよ』

「乗り心地が最悪です。硬くてチクチクして、もう少しスキンケアに気を配った方が良いですよ? これじゃあ雌のドラゴンにモテませんよ? ……あ、ごめんなさい。そうか、こんなに規格外に大きい竜だと……。そっかそっか!!」

『それを、察するなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!』

 さてと、ペッタリと鱗にくっつきながらお喋りするのも楽しいが、こんな状態では普通の怒鳴り声も咆哮に聞こえる。俺の鼓膜が危険です。なので、さっさと決めてしまいましょう。

「では、今度は俺からの一方的な攻撃でも受けて貰うぞ!! 天竜王!!」

『先に言っておくが、効かぬぞ? アルミラージュの突進程度ではな! そもそも我に近づく合間に萎縮してしまっておったわ!!』

 流石は魔王。余裕の顔ですなぁ。見えませんけど。

 アルミラージュすら、ただのウサギさんか……。

「あ~っ!! 外れたアルミラージュ。ちゃんと墜落死しましたかね? もしかして地上が大変な事に?」

『ここは雲間の高さだが……あれは、色々と規格外なところがあるからな? だがしかし、角から先に落ちる故、増える心配もなかろう。角より落ち、ジタバタと足掻いているだろうよ』

「安心しました。それじゃあ、俺の攻撃いきますよ? 効きますよ? 苦しいですよ?」

『よかろう、存分に挑むが良い。汝の周囲の鱗には魔力を固めた。安心せよ……貴様の攻撃など一矢たりとも通さぬわ!! 我は天空の王者!! 天竜王ヴェスパールであるぞ!!』

 一矢も通さぬか……。

 大丈夫ですよー? 一矢も放ちませんから!!

「では、安心して……。お前に相応しいモーメントは決まった!! 首の方角には真空を、尻尾の方角には爆風を!! 真空加速式遠心法≪円環天輪王ウロボロス≫!!」

 遠心力による回転式末端部破壊術≪ウロボロス≫。理屈としては簡単だ。水を入れたバケツをグルングルン回しても零れな~い!! あいつを、ちょいとばかり高速回転で行なうだけのことさ!! 回れ回れ街娘!! 俺様がお代官様だ!!

 グルングルンと、棒も無いのに器用に高速逆上がりを続ける天竜王さん。いま、頭と尻尾が激しく充血中です。天空の王者さんは長さが二百メートル。秒間一回転なら……四百Gほどの遠心力が頭部に掛かっているが、一応は魔王だ!! この程度で死ぬ事もないですよね!?

 殺人アルマジロのように丸まって、ぺったりと中心部にくっつく俺は苦しくない。

「天空の王者さーん!! 元気してますかー!! 天竜王トカゲマンさーん!!」

『………………………………………………………』

 よし、落ちた。そして、そのまま大地にも落ちた。

 ――――天空の王者、大地に堕つ!! 俺の勝利だ!! チャンピョンベルトは何処だ!?


 ……。

 ……。

 ……。

 待ていっ!! 俺は自暴自棄になり無謀な戦いに赴いたはずなのに、なぜに勝利するっ!?

 そこの魔王!! 勇者の鞄風情に敗北するなど、ちょっと不甲斐ないとは思わんのかっ!!

 俺は勇者ではなく、その所持品だぞ!! この、役立たずの天空の元王者めがっ!!


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