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勇者のバックストーリー<注・ギブアップ>  作者: 髙田田
赤い糸より確かな質量、それは鞄でした
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冒険者ギルド、今昔(5)


 五体倒置法。男性が女性に示せる最大級の謝罪の姿勢である。

 ティータちゃんがマジ泣きしてしまいました。初めてのデートで、おめかしして、ちょっと背伸びしながらお出かけした先があの演劇場。そしてあの舞台演目。それからハイドラ雪像。

 九割の酒場。朝は仕込みの時間だが、一割の冒険者ギルドには関係が無い。

 なので、朝一番からずっと、ただひたすらに五体倒置法をしておりました。

 日雇い労働の斡旋を求める人達の目が痛いです。あと踏むんじゃない!! この野郎!!

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」

「もう、良いですよ。立ってください。ティータはギルドマスターですから。そんなことよりも、お仕事の話をしましょうか?」

「…………はい」

 あぁ、苦節二時間の五体倒置法。やっと許して貰え……たんだろうか?

 なんだろう、いつもの天使のような小悪魔ティータちゃんに違和感が……?

「手段は解りませんが、ハイドラヴァイパーを討ち倒したのは、おにいさんですね?」

「はい、その通りです」

 長考の沈黙。日雇いの斡旋業務は終わったので、厨房から仕込みの音だけが響いてくる。

 視線がつらい。刺すような目でもなく、冷たい視線でもなく、見たことのない瞳の色だった。

 ティータちゃんらしくない。無表情に務めた白面。感情が読み取れない美少女のお人形さん。

「しかし、換金するときに冒険者ギルドを通さなかった。それで間違いありませんね?」

「はい、その通りです。その方がお金になると思ったからです。事実、お金になりましたよ?」

 ティータちゃんに腕力で負けた仕返しでしたー! とは、言い出せない重たい空気。

 さすがに俺の鞄力でも、この空気圧は収納できないなぁ。

「…………では、おにいさんをギルドマスターの権限により冒険者ギルドから除名いたします。今この瞬間から、冒険者ではなく部外者になります。ですが、隣接する酒場を利用していただくことは御自由です。どうぞ、是非とも美味しい食事をお召し上がりください」

「じょ、除名って!? いきなりそれは横暴じゃない!?」

 待って待って!! 何でそんな一大事になってるの!?

「冒険者ギルドで情報を得ておきながら、冒険者ギルドに利益をもたらさなかった。除名の理由として十分だと思いますが? そうですね、この際ですから腹を割ってお話しをしましょうか。はっきり申し上げまして、ティータはおにいさんが大嫌いでした。今では嫌いではなく、憎悪の対象に変わりました。……多少は、私怨を含めての除名処分かもしれませんね?」

 あ、あの、デートでの悪戯がっ!?

「悪ふざけが過ぎました! ごめんなさい!!」

「一切、関係はありません。ティータは最初から嫌悪しておりましたので。おにいさんは魔物を相手に暴れて、小銭を稼ぎたい方には見えませんでした。おにいさんはスリルを求めて生きる方にも見えませんでした。おにいさんは生活に困窮して冒険者になった方にも見えませんでした。おにいさんが冒険者の仕事で日々の糧を得ているようにも見えませんでした。…………まるで、御貴族さまが道楽で冒険者ゴッコをしているように見えました。ティータは、そんなおにいさんが大嫌いでした」

 ティータちゃんの言葉は、きっと全てが本当だ。

 ティータちゃんの言葉が、その心が、重たく俺にのしかかってくる。

 知的巨人ウィルキンゲトリクスさんを前にした時に似た、でももっと険悪な威圧感。

「御存知ないのでしょうが、ティータが冒険者ギルドのマスターを務めているのは、代々その家系だからなのです。そしてその維持は、王命によって義務付けられた宿命です。こんなに小さなギルドなのに揃えるべき機材は数も多く、その維持費用も嵩みます。おにいさんが身に着けているゴーレムのプレートですが、本当はとても高価なものなのですよ? ですが、その対価すらも支払い終えずに冒険者を辞める人の方が圧倒的に多いのです。それが現状です。冒険者ギルドなんて、普段は日雇い労働者の斡旋所ですから。本業を得れば、もう用は無いのですよ」

「――――ッ!」

 下請け。孫請け。派遣労働者。その斡旋所。口入れ屋。コンビニエンスギルド。

 魔物退治は国や領主の仕事。軍か傭兵の仕事。

 その討ち漏らしを狩る依頼だけが魔物退治の仕事。他の魔物はただの趣味。

 冒険者ギルドに日々仕事が舞い込む世界なんて、危なっかしくて生きてられないよな。

「おにいさんはプレートの対価を支払いきった稀有な御方です。まさか、ツノ付きウサギと聞いてアルミラージュを持ち込むなんて、驚きでした。…………そして、勘違いから返却を求めないなんて、驚きでした。普通の方なら間違いだと分かれば、即時返却を要求します。差分の報酬を要求します。二度三度程度の押し問答ではなく、それこそ力尽くになりますね。でも、おにいさんはすぐに諦めました。それで、金銭については全く困っていない御方だと分かりました。道楽で冒険者を始めた方なのだと気付きました。ですから、その時からずっとティータはおにいさんのことが大嫌いでした」

「えっと、それは…………」

 …………ジャパン人は押しに弱いから。だけじゃないな。

 金銭に、生きる事について本当に困っていなかったからなんだ。

 あるいは、四桁のアルミラージュ持ちだったということもある。

 つまり要約すると、やっぱりお金持ちだったからになるんだな……。

「家系だから。その理由一つで冒険者ギルドに人生を縛られている、ティータ達の気持ちなど分からないのでしょう? 毎月毎月掛かるその設備維持費用。毎月毎月赤字を出して、家計を苦しめている現状。なぜうちが酒場を併設しているのか、その理由はギルドの赤字を埋めるためなんですよ? もしかして、道楽でやっているものだとでも思いましたか? 冒険者ギルドを維持するために、うちは必死で営業しているんですよ?」

 あぁ、だから俺に精肉ギルドの存在を隠していたのか。

 どうせ生活に困窮していないお坊ちゃまの道楽だ。毟り取っても構わないだろうさ。

「お姉ちゃんには両想いの殿方が居ます。でも、嫁いでしまえば今ほど酒場は流行らなくなってしまうことでしょう。ですから、想い合いながらも結婚することすら我慢していたのです。そして、昨日のことでした。稼ぎ頭のおにいさんの機嫌を損ねる訳にもいきませんでしたからね。渋々ながら、ティータはデートに付き合いました。そして、お兄さんが本当に遊びで冒険者をしていることを、しっかりとこの目に焼き付けさせられました。私が取り乱し泣いてしまった理由、解りますか?」

 女の子の初デートを踏み躙られた。から、じゃあないんだよね?

「…………ごめんなさい。俺には分かりません。教えてくださいティータ先生」

「そうでしょうね。――――金貨三百枚。銀貨にして一万五千枚。それだけあれば、お姉ちゃんを安心してお嫁に出せたんですよ。その儚い夢。おにいさんには御貴族様らしい手法で踏み躙っていただきました。ええ、これ以上無く残酷に。これ以上無く悪趣味に。私の涙は甘い味がしましたか? これが嫌悪から憎悪に変わった理由です。ごめんなさい。もう、ティータには堪えられないのですよ」

 生理的拒絶を示す、ティータちゃんの翡翠の瞳。

 ……ムシムシさんよりも、さらに醜い何かを見詰める瞳。

「えっと、金貨は合わせて八百枚になりました!! 全額、冒険者ギルドにお渡します!!」

「結構です。冒険者ギルドは物乞いではありません。ですから部外者の方に施しをしていただく理由が御座いません。それに、物乞いのギルドの領域を侵すわけにもいきません。…………おにいさんにとって、金貨八百枚はポンと投げ捨てられる金額なのですね? そういうところが、とてもとても大嫌いでした。今では冷めた憎しみしか感じられません。では、そろそろお引取り願えませんでしょうか? 酒場の営業は昼からとなっております。…………あっ! それとも冒険者ギルドになにかお仕事のご依頼が御座いましたか? いらっしゃいませー! 冒険者ギルドへようこそー! 本日はー、どのようなご用件でしょうかー? おにーさん!!」

 その笑顔から俺は逃げだした。ティータちゃんは回り込まなかった。

 何もかもが壊れた。何もかもが崩れた。何もかもが終わってしまった。

 ――――俺は、結局のところ冒険者として何をやりたかったのだろう?

 ファンタジー世界だから遊びたかった? …………だけかよっ!!


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