冒険者ギルド、今昔(4)
メスタフの沼地。
その沼は鬱蒼とした人の手の及ばぬ森の奥。つまり人間にとってはどうでも良い場所であった。懸賞金が現実的だなぁ。さらに森の奥ともなれば、派兵するだけでも一苦労なのであった。
この大蛇については沼から出てきた時に考えよう。たしかにそれが大人の考えだと思う。
でも、俺には目的があったのだ。
ハイドラヴァイパーよ、お前に恨みは無い。
だがしかし、賞金首であるお前の首はいただくぞ!!
多頭の賞金首なんだから、もしかして首の数だけ賞金もらえたりしないのかな?
細工は流々。いざ、正々堂々と真正面から、卑怯と言われない範囲で打ち倒してやろう!!
「まずは、天空からの~≪大雪山降し≫!!」
標高の高い山から名残り雪を借りてきた。それはもう沢山。
雪に対して犬は駆け回る。猫はコタツのミカンで顔をクシャー。では、蛇はどうするか?
ハイドラ、多頭とはいえヴァイパー、蛇だ。変温動物に違いない。凍える泥は苦手だろ?
おぉ、出てきた出てきた。一、二、三、四、五、六、七。ヤマタノヴァイパーか。
首を切ると二本に増えるというが……切り刻み続けると百本頭とか千本頭の面白い生き物になるんだろうか? あ、多頭のプラナリアのことを思い出してしまった。あれは狂気の産物だ。
本当に毒の息を吐くんだな。進行方向の木々が腐れ落ちていく。ナチュラルな自然破壊。
なるほどね、こうやって引越しをするのか。自然とは良く出来てるもんだなぁ。どうやってこんな森の奥地に引っ越ししてこられたのか、ちょっと不思議だったんだよね。
さて、森から出たなら後は簡単な話だ。ちょっと離れた真正面に立って迎え撃つのみぞ!!
「お前に相応しい氷雪は決まった!! 右手には高高度超高速風! 左手には雲より集めた氷混じりの水蒸気!! ≪左右合成諸手噴射式永久凍土砲≫!!」
飛行中に収納される空気の速度は、俺が飛んでいる飛行速度そのものの速度になる。
つまり、俺が秒速二百メートルで飛んでいる際の空気は、秒速二百メートルの強風として収納される。そして解放時には秒速二百メートルの烈風と化す。それも高高度産、氷点下の超速気流だ。
もう一方は、湿度の高い雲の中の空気。雲の白は下層域では水の極小粒。上層域では氷の極小粒。
氷自身はおまけだが、左右が合わされば、起きる現象はただ一つ!!
永久ではないエターナルなフォースのブリザードだ! 相手は凍る! まぁ、大体は死ぬ!
変温動物だろうが恒温動物だろうが関係しない。ご自慢の毒の吐息は遥か後方の木を枯らしているぞ? ただひたすらに凍えさせ、ただひたすらに凍らせる。
蛇を相手に、それ以上の何かが必要ですかー?
大きかろうが頭が多かろうが毒を吐こうが、蛇は蛇だ。
魔力でバリアを張ろうが関係ない。そもそもこの周辺一体がすでに雪景色だ。お前も寒いが俺も寒い!!
一、二、三、四、五、六、七。全ての頭が冬の眠りについたが、まだ終わらない。終わらせない。心臓が止まるまで。血が氷に変わるまで、ただひたすらに凍らせ続ける永久凍土!!
あとは≪大雪山降し≫で万が一の復活の芽を封印。これで作戦の第一段階は完了だ!!
次に叩くのは巨大な門。この地方の御領主さまが住むお城の門である。
「たのもー! 本当に頼みまーす!! お話だけでも聞いてくださいませー!!」
不信人物が門を叩いたからって、いきなり御領主様に会わてくれる馬鹿な門番は居ない。
なんとか袖の下を潜り抜け、メルビル子爵さまと謁見できた。
ハイドラヴァイパーの懸賞金は国から掛けられた金貨の三百枚。
追加の金貨五百枚でハイドラヴァイパー討伐の栄誉を貴方にお譲りますと持ちかけたのだ。
メルビル子爵さまは、とっても話の分かるお方でした。とっても頭の回転が速い人でした。
そもそも、金貨五百枚の中には、ハイドラヴァイパーの血やその他の料金も含まれたもの。
剥製にするもよし。血を売るもよし。討伐の栄誉を語るもよし。どのようにして語るもよし。
突如、沼を離れたハイドラヴァイパー。その毒の吐息に多くの者が苦しめられた。しかし、流れ者の魔法使いと共に軍を率いたメルビル子爵がこれを討伐!!
そんな感じの良い具合な英雄譚を創作してみました。
メルビル子爵がパトロンを勤めている劇作家が、これを纏め上げてくれた。第二段階完了。
そして、冒険者の悪夢亭。今日もミレッタさんだけがサキュバスな女神様です。
でも、今日は、今日だけは違った。俺はティータちゃんの前に片膝を付き手を伸ばす。
「ティータちゃん! 最近ボクはキミを蔑ろにしすぎていたと思うんだ!! ……すまなかった! お詫びと言うわけじゃない!! 一人の女性としてキミをデートに誘いたいんだ!!」
「おにーさん? 私の歳を忘れましたかー? それに、言動がとっても怪しいですよー? ……ま、まぁ? デートのお誘いと言うことでしたらー。受け入れる事もやぶさかではないともうしますかー? ……もちろん、全額おにーさんの奢りですよー?」
「よろしいですとも!! 全て、わたくしめにお任せくださいましっ!!」
こうして俺はティータちゃんをあの悪夢の館から、今一番人気の演劇場へ連れ出した。
最初のデートは無難に映画館だ。ファンタジー世界なら演劇場がそれに当たるはずだ。
俺とティータちゃんはお隣同士で仲良しさんのVIPなお席。我は聖具さまなるぞ!!
――――こうして、悪夢の舞台が開幕したのであった……。
「ティータ、なぜキミはティータなんだい? キミがただの女性であったなら抱きしめられもしただろうに! だがキミは清らかなる聖なる魔女……。男の愛を受け入れられない身。なのに、そんなキミに恋焦がれてしまうなんて!! 私の胸は張り裂けんばかりだ!! ハイドラヴァイパーの毒よりも、キミへの愛の方が苦しいなんて!!」
「メルビル様。……あぁ、メルビル様!! 私は聖なる魔女。男性を愛してはいけない身なのに、どうして私の胸はこんなにも熱く、熱く……ああっ! 愛がこんなにも苦しいものだなんて! そうよ私は魔女。聖なる魔女なの!! メルビル様の愛を受け入れてしまえば、魔女でいられなくなってしまうのに!! メルビル様! どうか私を愛さないでくださいませ……。私のことを心から愛してくれているのなら…………」
メルビル子爵と聖なる魔法使いティータ。長く続く戦いの中で愛が芽生えるも、争いは悲劇を生んだ。聖なる魔法使いティータはメルビル子爵を守るため、その命を捧げた最後の愛の魔法によりハイドラヴァイパーを討ち果たしたのである。
…………悲恋だ。涙無くしては語れぬ悲恋だった。
そして、その演劇場の隣には聖なる魔法使いティータが愛の力で氷漬けにしたハイドラヴァイパーの姿。皆が悲恋の魔法使いティータと、名誉を手にしながらも愛を失ったメルビル子爵に感涙と賞賛の拍手を送ったのであった…………。