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雪の陰翳  作者: 苳子
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序章 5


 ようの歴史は古い。

 家のはじまりは神代とされ、もはや神話となっている。その成立の真実を知ることは不可能だ。

 現状に強い影響を及ぼしている歴史を求めるなら、それは百三十年ほど前と、二十五年ほど前の出来事に絞ることができるだろう。

 葉はその国の礎を気付いたのが女神であるとされ、上古においては母系社会であった。それは時代を下るにつれ次第に変わってゆき、男系での相続が一般的なものとなっていく。それでもなお、王権は母系で引き継がれてきた。現在もそうである。青蘭せいらん女王の次は、青華せいか王女が襲うこととなっている。しかし、それも時代の変化には抗えなかったのか。いつしか祭祀まつりごとは女性王族に限定され、まつりごとは男性王族が司るようになった。王位は女王に引き継がれていくが、実質的な統治権はその夫・王配である“国王”が握るようになっていった。それが葉の分裂の遠因ともなった。


 約百三十年前。葉王家に男女の双子が生まれた。姉は王位を継ぐべき王女であり、弟がその政治まつりごとを支えた。

 しかし、姉弟はいつかは別々の人生を選択するもの。それはやがて争乱の種となり、国の分裂を招いた。弟は翼波よくはとの緩衝地帯であった“東葉とうは”へ逃れ、東葉王家を起こした。姉は“葉”本家を引き継いでいったが、やがてそれは西葉さいは王家とよばれるようになる。

 東と西の“葉は”、それ以降百年にわたり争うこととなる。

 その百年間、東葉王家の直系に一人の王女も生まれることはなく、男系で受けつがれることとなった。西葉王家では、その間も直系の王女の血筋で受け継がれてきた。西葉王家の正統性はそこに根拠をおく。


 そして約二十五年前。

 東葉はついに西葉を破り、その王位を継承する西葉王女を東葉王太子の妻として要求した。それをもって東西の王家は新たな“葉”として統一されるはずであった。

 その時の西葉の王位継承権第一位が朱華しゅかの母である青蘭女王であり、西葉を破った東葉王太子が父である碧柊へきしゅうだった。その西葉王女青蘭と、東葉王太子碧柊の婚姻前夜に大規模な叛乱が起きた。

 首謀者は、青蘭姫の兄蒼杞そうきと碧柊王子の従兄明柊めいしゅうの二人だった。彼らは“葉”の統一を望まず、それぞれに東葉と西葉の王位を望むがゆえに、手を組んだとされる。

 当初、明柊は碧柊王子の味方であるかのように装った。その間に西葉王子蒼杞は東葉王都を制圧し、王太子の婚儀を祝うために王都に集っていた東葉の王族や貴族に粛清の刃をふるった。

 東葉きっての名家であった苴葉そよう家も、その刃をかわすことはできなかった。

 この時に、東葉の主だった重臣や貴族の当主たちもことごとく命を落とした。

 ことの黒幕は、東葉王子明柊だった。

 彼はやがては共犯である蒼杞すら裏切り、ついには祖国をも裏切って、隣国翼波の侵入の手引まで果たした。内乱で混乱状態にあったところへ、さらに異民族の侵入を受け、“葉”全土が揺らいだ。青蘭女王の即位はそのただなかで行われ、王配碧柊はそれを助けるために全力を尽くした。

 混迷の最中で、“葉”は統一を果たした。

 その後の道のりも険しいものだった。百年近く続いた東西の争いの根は深く、翼波はいつまでも強力な脅威であり続けた。

 それから約二十五年が過ぎ――

 第一王女青華せいかは王太女としてたち、すでに夫を迎えて女児も得ている。直系の王位をめぐる不安はほぼないといえる。

 王統家は、このように母系相続を守ってきた王家の逃げ口として設けられたともいえる。王位を継げぬ男性王族の身の振り先は王女の夫しかなかった。それすら得られなければ、生涯を独身として燻ぶらせたまま終えるほかなかった。

 しかしその外の社会では、王家をのぞけば男系相続が主たるものとなっていった。そのような流れを受け、持て余された男性王族は王領をおさめる王統家をおこすこととなっていく。

 母系相続の王家にあってあぶれた男性王族が王統家を興し、その家督は男系で受け継がれるようになっていった。そうなると王家のみが異端ともいえる。

 その男性の相続が当然である王統家を、王女である朱華に継げというのだ。 


「――母上、そのような先例ためしはあらぬはずです」


 ようやく答えた朱華の声は乾いていた。


先例ためしがなければ、作れば良いのです。第一、吾等の祖先みおやは女神です。女神の興した王家の末裔が私たちなのですから、その子孫である王女が王統家を興すことに、なんの障りがあるというのです」


 乱暴な理論ではあるが、あながち間違ってはいない。それを女王である母から当然のように言い渡されると、朱華としては反論のしようもない。朱華は、それでも口をひらかざるを得なかった。


「それはそうかもしれませんが、私の手におえることとは考えられません」


 当主の妻として降嫁するならともかく、自身が当主となるなど、朱華にはとうてい想像もできないことだった。


「そなたの逡巡は分かるが、これはそなたにしかできぬことなのだ、朱華」

「……父上」


 重々しく口を開いたのは、父だった。

 絶望的とも思えるいくつもの局面を、母と共に打開してきた人の言葉には重みがある。


「青華と藍華らんかは王権を守らねばならぬ。銀華ぎんかは王女らしく華やかではあるが、軽薄ともいえる。茜華せんかでは器不足は否めぬ。その点、そなたは美人ではあるが雄々しくもある。五人の姫たちの中で、そなたこそがもっとも女神の面影を引き継いでいるともいえるのだ。苴州においては、誰よりもそなたが跡を継ぐことが喜ばれるに違いあるまい」


 父の云わんとするところは朱華にも理解はできた。が、それ以前の問題として、朱華は閉口せざるを得ない。褒められたのであろうが、そうは思いたくない言い回しが含まれていた。


「――碧柊殿、愛娘をつかまえて“男らしい”はないでしょう?」


 朱華の言葉にしたくない胸中を代弁してくれたのは、母だった。父はその言葉に、ようやく己の失言に気付いたらしい。


「朱華、気に障ったなら悪かった。しかし、決して貶したわけではないのだぞ。そなたは凛々しい。しかも賢い。うわついたところがなく、落ち着きを払っておる。それは兵たちの尊敬を集めるだろう。しかも美しい。吾らが御祖みおやである女神の末裔にもっともふさわしいのはそなただ。その美と武で、苴州を、ひいては葉を守ってもらいたいのだ」


 これもまた彼らしく、己の非を率直に認めて詫びてくれたのだが、いっそそうしてもらわない方が、朱華にとっては救いがあったかもしれない。

 すなわち父の言葉は、そのまま彼の偽る処のない感想だったともいえる。父にとって、朱華は男らしい娘であるということになる。詫びなのか、激励なのか分からない父の言葉に、朱華は笑っていいのか顔をしかめていいのかわからなかった。


「……父上の言葉は無神経にすぎますが、私の考えも同じです。あなたにしかできないことだと考えてのこと――引き受けるかどうかは、あなたに任せましょう。しばらく考えなさい」


 母は夫の言葉に溜息をついたのち、娘の心中はわかっていると言いたげに微苦笑した。それ故に、朱華にも甘えが生じる。


「――しばらくとは、どのくらいでしょうか?」


 朱華にできる、せめてもの反抗であったのかもしれない。


「苴州の件がいかほど重要かは、あなたも理解しているでしょう?」


 にこりと言葉を返されて、朱華は返答できなかった。云われずとも思案する余裕はほとんどないということは、彼女にも分かっていた。


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