恋物語 1通目 ←
彼女の物語
私の家には昔からお父さんがいない。
お母さんに、「どうして?」と何度も聞いたことがあった。
その度にお母さんは、「いつも見えない所で私たちのこと見てくれているのよ?」と悲しさを孕んだような笑顔を私に向けた。
幼い頃はそれが不思議でならなかった。
どうして私の目の前に姿を現してくれないの?
そればかり考えていた。
次第に時間とともに年齢を重ねるに連れて、私は現実を理解した。
お父さんは亡くなっていたんだ、ということを。
死因は過労だったとお母さんから聞いた。
最後の最後まで仕事に尽くし、家族を愛し、そして死んでいった……。
そう、お母さんは言った。
中学一年の夏だった。
―――――――――
高校生になった私は、二年からバイトを始めた。
二人暮らしのお母さんとの生活はとても楽とは言えなかったけれど、お母さんの悲しそうな顔はこれ以上見たくなかった。
だから、働いた。
学校が終わるとすぐにバイト先へ向かい、そのバイトが終わるともう一つのバイト先へ向かう。
苦しくてたまらない時も何度もあった。それでも、何があっても私は挫けなかった。
いや、挫けることが出来なかった。
高三になると皆が進路先を決め始めていた。
大学へ進学する人、就職する人、それぞれが自分の夢に向かって走り出そうと輝いていた。
だけど、私は暗いまま。何になりたいか、なんて決める余裕がなかった。
『 うらやましいなぁ 』
皆は大学に行けて、夢があって……、
お父さんがいて。
どうしてこんなにも悲しいんだろう。自分が不完全な存在だから? 何かいけないことをしたから?
どうして……、どうして……、なんで……?
悲しくてたまらなかった。下校中一人だったこともあったのか、涙が出そうでたまらなかった。
気を紛らわそう。そう思いながら近くのコンビニエンスストアに入った。
「何度言ったら分かるんだ!!!!!!」
入店したと共に男の人の怒号が突然飛び込んできた。皆が一斉に驚き、視線は一気に声の主へと集められた。
「すいません……」
怒られているのは最近バイトをし始めたらしい若い男性だった。
申し訳なさそうに肩を落とし、先輩からの説教をただただ聞いていた。
場所、変えようかな……。
そう思い、店を出てしばらく歩いていた時だった。
「お客様ーーーー!!」
あの怒られていた店員だった。
「ハァハァ、あの、これ落としましたよ?」
小さい時に母に買ってもらったお守りだった。
「あ、ありがとうございます。すいません、わざわざ」
「いえいえ、気になさらないでください。随分と年季の入ったお守りだったのでとても大事なのだろうなーって思って」
ニコリと白い歯を見せながら店員は笑って見せた。屈託のない笑顔とはまさにこの事だ。
「あの……、さっきは大変でしたね……。大きな声で怒鳴られて」
「あぁ……、ハハ、まあ僕のミスなんです。お客様にまで気を遣わせてしまって本当にダメだな、僕」
店員は先程までのことを思い出し自虐の色を浮かべた。
大変なんだ、この人も。
「そんな事言わないで、自信もってください!大丈夫ですよ、すぐ仕事場にも慣れますから」
「……ありがとうございます。あ、そろそろ戻らないと」
「頑張って下さいね」
店員は笑顔でハイ、と言い踵を返した。
「あ、そうだ。お客様、またいらしてくださいね!」
店員は店の方へと走って戻っていった。
あれ以来、私はよく彼のいるコンビニエンスストアへと足を運ぶようになっていた。
彼は仕事に忙しそうでとても私には気付いてくれることは無かったけど、ミスもそれなりに減ってきたのか、以前に比べて慣れた手つきで働いていた。
唯一気がかりだったことと言えば、彼一人がどこか大変そうに働いているところだった。
―――――――――
あれは雨の降っていた日のことだっただろうか。
その日も私は何となく彼が気になって、あのコンビニエンスストアへと向かっていた。
どうも彼が前に比べて長時間働いていることに疑問を募らせていた。他の人は何をしているのだろう?
降り続ける雨を傘で遮りながら私はコンビニエンスストアに到着した。
その時、店の裏側で一人傘もささずに立ち尽くしている男性に気が付いた。
辺りには袋の中からこぼれ落ちるように散らばっているゴミの数々、それでも男性は動こうとしなかった。
「うっ…………く……っ……」
男性は泣いていた。そしてそれが彼だということにも気が付いた。
どうしたんだろう。
声をかけずにはいられなかった。
「あの……どうかしましたか?」
その瞬間だった。なぜか彼の姿が過労で亡くなったお父さんと同じ面影を見た。
お父さんのことは全く覚えていない。それなのに鮮明に彼がお父さんと重なって見えた。
―――――――――
彼といると、いつも私の中の暗い世界を照らしてくれる。
彼にそのことを伝えると、彼も同じことを私に伝えてくれた。
お父さん、今まで私を支えていたのはお父さんだったんだと最近になって分かりました。涙が出なかったのもお父さんのお陰。
でも、もう大丈夫だよ。
私の隣には、お父さんと同じくらい暖かくて、それ以上に力強い光で照らしてくれる彼と一緒だから。
だから
もう大丈夫
今までありがとう
おやすみ
END




