第6楽章 舞台裏リハビリテーション
『すいませーん!猟奇殺人鬼のみなさん、ちょっと集合してくださーい!』
残冬の夕暮れをひた走る、絶賛占拠され中のジョルヴァンナイト急行にて、唐突に、キオからアナウンスがかかった。
「ちょっと、どうしたの、キオ」
各々の場所で好き勝手に暴れていた猟奇殺人鬼たちは、わらわらと7号車に集まった。
乗客も強盗団もそのまま放置しているけれど、細かいことは気にしない。
「申し訳ないです。お忙しいところすいません、ぼくの勘違いだとは思うんですけど、ちょっと確認しておきたいことがあって……」
「確認したいこと?別にいいけどさ、やけにビクビクしてるね、キオ」
ぱちぱちと目を瞬かせ、リジーが首を傾げる。
いつも腰の低いキオだが、今回はまた一段と腰が低い。
まるで、初めて猟奇殺人鬼たちと対面したときのような挙動不審っぷりだ。
「うぅ、すいません……なんか、皆さんに会ったのがすごく久しぶりな気がして、つい警戒心が……」
キオが額を抑えてそう言うと、ディーンも大きく頷いた。
「あー!オイラもそう思う!なんか何年も寝てたような……具体的に言うと3年くらい寝てたような気がするよ!」
リジーも、ぽんと手を打った。
「やっぱり気のせいじゃないみたいだね。わたしもそう感じるよ。あんまり久しぶりすぎて、グランの顔でさえ、見たときにホッとしたくらいだ」
「…………」
リジーの発言に、微妙な不満を示すグラン。
「ま、まあ、それでですね、あまりにも久しぶりだから、いろいろとこれまでのことを確認したいなーと思いまして」
キオは、『猟奇殺人鬼改心&善行記録ノート』を開き、これまでの記述を目で追った。
「えぇと、まず……ぼくは修道士で、みなさんの更正を促す導き手ってことでいいですよね?」
「そうそう。それで、来週から、左手に隠された闇の力に目覚めるんだよね」
「目覚めねぇよ!適当なこと言わないでくださいリジー!ごっちゃになりそう!」
頭よりも先に身体が動いて、リジーに突っ込みを入れるキオ。
「僕のノートを見る限りでは……今年の1月頃ギルシアン・ブリジットから高飛びして、別の大陸に移動するため、外港のある国に向かう途中でしたよね。で、今は国境を越えるジョルヴァンナイト急行に乗ってると」
ジルが、遠い記憶を探るようにひとりごちる。
「ああ、そうだったな確か……一応、チケットを残してあるから間違いない」
「ですよね。それで、乗っている列車が盗賊らしき集団に占領されてしまっている、というのが現状ですよね」
そうだそうだ、と頷きあうメンバーたち。
そんななか、リジーの大鎌に新しい血液が付着しているのを見て、キオは神妙な顔をした。
「……えぇと、一応聞いておきたいんですけど、呪いのことは覚えてますよね」
ディーンが、授業参観の小学生よろしく、元気よく手を挙げる。
「覚えてるよ!青の女神の嫌がらせだよね!心臓が鉛になっちゃって大変だから、ゼンコウするんだよね!」
「そうだね、ディーンはちゃんと覚えててえらいね」
ディーンが褒められているのを見て、羨ましくなったペーズリーが、キオに擦り寄っていく。
「キオ ペーズリー オボエテル ゼンコウ オボエテル」
その傍らで、こくこくと頷くグラン。
グランも久しぶりにキオにかまってほしくなったらしい。
「ペーズリーも、グランもえらいね」
「それくらい、私だって覚えてる!」
「お前も羨ましいのかよ」
いきなりスイッチの入ったジルに、リジーの対処は冷静だ。
どうやら、猟奇殺人鬼たちは自分のおかれている状況や役割をすっかり思い出したらしい。
キオは満足して、なぜだか懐かしい感じのするメンバーを見回した。
「ありがとうございます。これまでの粗筋は、思い出しました。あと……」
キオは、少し言いよどんだ。
善行ノートの隅にある走り書きを見つめて、聞こうか聞くまいか迷っているようだ。
こんなメモ、本当にぼくが書いたんだろうか。
「……みなさんの特徴って、アイリーンは女王様で、ジルは変態で、リジーは外道で、グランは萌え系で、ペーズリーは猫耳で、ディーンは全身タイツでよかったでしたっけ……?」
「よかないわよ!なんなの、そのふわっとしたろくでもない特徴!!」
おずおずと繰り出された発言に、思わずアイリーンが声を上げる。
「やっぱり、グラン萌え要員だったんだな。なら、よかった!第4楽章のセーラー服って、実は全員分用意してあるんだ!」
「黙れ変態!ちょっとジルは引っ込んでてちょうだい!」
「いやいや、セーラー服だぞ!?メイド服じゃなくて、セーラーなんだから問題ないだろう!?」
「へこたれねぇな、お前はホントに!!」
セーラー服のなにがどう問題ないのか分からないが、全く学習する兆しを見せないジル。
キオは生暖かい笑顔でアイリーンとジルのやり取りを見守った。
「さて、じゃあ、ぼくはテーブルの下に戻りますね」
ごそごそとノートをしまい始めたキオに、アイリーンは心配そうな様子だ。
「ひとりで大丈夫?トイレとか一回行っておけば?」
「ああ、そうだな。後で行きたくなっても本編始まったら無理だからな。うしろの車両にあったから、今のうちに、そっと行っておくといい」
「お父さんとお母さんですか!?映画館に来た子どもみたいな扱いはやめてください!」
「キオ!ケガするかもしれないし、念のためオイラの鉤爪ひとつ持っていく?」
「どうしてもって言うなら、鎌、貸してあげてもいいよ」
ディーンとリジーに続き、そっと大鉈を差し出すグラン。
「いえいえいえ!ホント大丈夫なんで!そんなんぼくが持ってても使えないですから!」
ひとりになるキオが気になってしょうがない猟奇殺人鬼たち。
黙って成り行きを見ていたペーズリーは、背伸びをして、そろりとキオの頭に手を伸ばした。
「キオ サビシイ ヨシヨシ シタゲル」
「そっか、キオは、しばらくひとりだもんね!オイラもよしよしするよ!」
さすさすさすさす、と全力で頭をなでまわされるキオ。
複雑だ。
というか、恥ずかしい。
いや、でもこれはこれでいい気もする。
「……はい、あ、あの、もう大丈夫です……」
やや頬を赤らめ、キオはそっとみんなの手を外していった。
「じゃあ、所定の場所に戻ろうか、私とディーンは今3号車を出たあたりかな」
「わたし、屋根のうえー!」
「もう、ずっとそこにいればいいのに」
「なんか言った?青髭」
「いや、なにも。おい、ピースサインを目に向けてくるな赤頭巾」
「グラン イッショ 9ゴウシャ」
「じゃあ、後でね、キオ。もし、寂しくなったら大声出しなさい。絶対誰かに聞こえるから」
なんだかんだと騒ぎながら7号車を出て行く6人に、キオは手を振った。
それから、テーブル下に潜り込み、膝を抱えて、ぽつり。
「……早く、みんなと合流したいな」




