第1楽章 夜の風景
10月27日(月)
コミュニケーションは大事だ。
相手を知るために、必要不可欠。
『キオの青春サヨウナラ日記』より
「ありえない」
アイリーンが、つぶやいた。
「……昨日は、子守唄を歌われたわ」
隣でディーンが、コーヒーに山盛り砂糖を入れている。
「オイラ、結構楽しかったよ?絵本いっぱい読んでもらった」
ジルは、しきりに、もうちょっとだったのに、と呟いている。何がもうちょっとだったのかは、聞かなくても分かるため、誰も尋ねない。
「発狂しそうだよ……これで4日目か」
リジーは豪快に紅茶をかき回し、味わいもせず一気飲み。
なんの話か。キオが、つい最近始めた「おやすみの挨拶」についてである。
今日一日どういうことをしたか、それは楽しかったのか、など小学生の子供に親が聞くようなことを延々聞かれ、眠れない場合は子守唄に突入する場合もある、危険な新習慣だ。
特に、アイリーンが気に入らないのは、「額にキス」。
これでは、完全に子供扱いである。
最初はアイリーンが、大人の女として余裕を見せていたのに、キオは一旦頭を切り替えると非常にストイックで、天然だ。
「どうにかペースを取り戻したいわ!」
ぐぐっと拳を握るアイリーン。
無断で縄張りに侵入してきた相手を威嚇するのは、当然である。相手が、敵意を示してくれば、それだけこっちの士気もあがる。だが、相手があまりにも害がなく、悪意もない子ネズミだからこそ、みんな、どう追っ払っていいものやら悩んでいるのだ。
みんな、そんなに気に入らないなら、「来ないで」って言えば、キオは来ないと思うけど。
そうは思ったディーンだが、あえて言わずにおいた。
「次コレ」
「ディーン、これで5冊目ですよ?そろそろ、寝ないと」
「だって、眠くないんだもん」
まだ10時だし。
その夜も、やはりディーンは眠くなかった。
そもそも、今までは昼間眠って、夜起きていたのだから、そう簡単にリズムは直らない。
際限なく絵本を出すディーンを、キオは優しくたしなめる。
「そろそろ、みんなの様子も見てこないといけないし……ね?」
しかし、ディーンは、引き下がらない。他の5人が「挨拶」を不満に思っているのだから、その分自分といてくれればいいと考えているのだ。
「まだ、いてよぅ!」
つんつんと服をひっぱるディーン。
多分、ディーンの方がキオよりも年上なはずである。しかし、その仕草が、キオの父性愛というか、保護欲というか、そういう類のものをビシバシ刺激する。それで、ついつい、立ち上がる腰が重くなるキオである。
「じゃあ、もう一冊だけ」
しかし、その頃、他の5人は気が気ではなかった。時間には厳しいキオが、10時過ぎても部屋に来ないのは、おかしい。
無論、ただ待っているだけの彼らではない。
夜の闇に乗じ、それぞれ動き出していた。
キオは、目をこすりながら、自室へと戻っていた。
あのあと、ディーンに30分以上絵本を読まされてしまい、すっかりキオの方が眠くなってしまった。みんなの部屋に挨拶に行こうかとも思ったが、さすがに眠ってしまっているだろう。キオは遠慮することにした。
「ところで、いつまでついてくるの、ディーン?」
キオの後ろには、枕を抱えたディーンが、ついてきている。
「今日は、キオと一緒に寝る!」
満面の笑顔を浮かべるディーン。
彼だってイイ大人のはず。それに、ひとりだけ甘やかすのは、不公平だ。
さすがに断ろうとすると、その気配を感じたのか、ディーンが持っていた枕に顔を埋めた。
「……だって、窓がガタガタいって、一人怖いんだもん」
くっそう、僕の父性愛め。僕の保護欲め。
「……もう、遊ばないで寝るんですよ?」
「うん!」
非情になりきれないキオは、あっさり承諾。思うツボである。
電気をつけていない室内は暗いが、暗いままで寝るのが苦手なディーンのために、テーブルランプだけつけてやる。
キオは、ディーンの枕を並べてやり、ぽんぽんと叩いた。
「約束どおり、おとなしく眠ってくださいね」
「うん、分かった!」
「それじゃあ、眠れるように、とっておきのピロートークを」
待て。
「なんで、ジルがいるんですか!?」
ジルは、別段悪びれもせず、白い歯をきらめかせ微笑んだ。(念のため記載しておくが、服は着ている)
「キオが、なかなか来ないから、途中で遭難したんじゃないかと思って、様子を見に来たんだ」
ベッドがやけに暖かい。結構長い間、ここにいたのでは。
いろいろ勘繰りたくなるキオ。
しかし、問い詰める前に、新たな敵が出現した。
「ふっふっふ、それで、出し抜いたつもりか、青髭」
声に顔を上げると、天井に張り付いた何者かが、高笑いをしている。
「うわぁ〜……ヤモリみたいなのがいるよ、キオ」
ディーンに引かれてるよ、リジー。
「……なにやってるんですか?」
「キオが来ないから、途中で死んでるんじゃないかと思って、様子を見に来てあげたんじゃん!感謝しろぃ!」
何故、威張る。
リジーは、天井から降り立った。
「みんなで、パジャマパーティーか?ぜひとも混ぜてもらおう!」
白地に赤いイチゴ模様が踊る、可愛いパジャマで、胸を張るリジー。どうやら、騒ぎに混ざりたいだけのようだ。
すると、キオの部屋の扉が、ノックされた。
「キオ、いるの?」
アイリーンだ。扉を開けた彼女は、盛大に眉をひそめる。
「なんだ、いるんじゃないの!」
アイリーンのネグリジェの裾を、しゃがんだペーズリーが握り締めている。ちなみに、アイリーン、元々全裸で寝ていたが、キオの強い薦めによりネグリジェの着用が、義務付けられた。
「アイリーンとペーズリーは、なんでここに?」
「キオが来ないから、途中でジルに拉致か、リジーに惨殺されたんじゃないかと思って見に来てやったんじゃないの!」
事例が、具体的すぎる。
「みんな、キオと一緒に寝たいの?」
ディーンの何気ない言葉に、アイリーンが眉を吊り上げる。
「違うわよ!そんな」
「私は寝たいよ」
「死ね!!」
理不尽にキレられるジル。
「じゃあ、グランの部屋行こうよ!一番ベッドが大きいし!」
「グラン、そこにいるよ」
リジーが指差した先、部屋の片隅に、大きな影が立っている。
「え?あれは、クローゼットで」
リジーが部屋の明かりをつけると、大きな大きなグランが浮かび上がった。
……えぇ、怖ッ!?……いえ、すいません……グランだったんですね……
本気でクローゼットだと思っていた、キオ。
「ねえ、グラン!グランのベッド使っていい?」
使う気満々のリジーが問うと、グランは頷いた。頷かざるを得ない状況を、きちんと汲み取る賢いグランである。早速、各々の枕を抱え、グランの部屋に移動することになった。もちろん、キオも同行させられている。
グランの部屋は、意外にも綺麗に片付けられており驚いた。というか、これが普通のベッドの状態なのだ。新聞紙やら綿やらを敷き詰めたペーズリーのベッドや、お菓子の袋がそこらじゅうから出てくるディーンのベッドや、枕元に凶器を並べられたリジーのベッドのほうが普通ではないのだ。
「なんか、修学旅行みたい!」
「じゃあ、怖い話しなくちゃ」
「あと好きな子の話も!」
すっかり旅行気分の6人は、グランのために特別に購入したキングサイズのベッドで、好き勝手に転がり始めた。全力で前転するリジーに、ペーズリーが轢かれている。
「なに言ってるんですか。夜更かしはダメですよ。もう寝ます」
キオのセリフに、一斉にブーイングが飛ぶ。
「えーいいじゃん、センセー」
「誰が先生ですか」
「ひどーい!きびしーい!」
「厳しくないです!もう消灯時間は過ぎてるんだから、寝ます!」
リジーとディーンのセリフにつられ、ちょっとノってきているキオ。
「もうちょっとだけーあと10分だけー」
「センセ ジップン チョウダイ」
ジルとペーズリーまで。
「……しょうがないですね……じゃあ、10分だけ」
結局は折れるキオである。
なにはともあれ、修道士と猟奇殺人鬼の夜は、こうして更けていく。
翌日、ベッドで思い思いに休む彼らを、例の女神ボイスが叩き起こすことになる。
いずれ、学園モノやっちゃいたいです。
多分、本編4楽章の制服事件あたりで差し込むことになるでしょう。
主人公は、明るさが取り柄、ちょっぴりドジな女学生★リジー。(大鎌込み)
気になる転校生★キオ。
顔を合わせると、すぐケンカになっちゃう幼馴染★ディーン。
寡黙だけど優しい、リジーと同じ図書委員★グラン。
成績優秀、生徒会長★ペーズリー。
カッコいいんだけど、謎が多い保健室の先生★ジル。
キオを巡って恋敵になっちゃった元親友★アイリーン。
諸悪の根源とも言うべき女校長★シアン。(←女神様)
ごめんなさい。調子こきました。
星マークは……魔が差して、つい付けてしまったんです。初犯です。




