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第1楽章 朝の風景

10月26日(日)


みんなの扱いが徐々に分かってきた。


『キオの青春サヨウナラ日記』より






「おはようございます」


快活に挨拶するキオを、アイリーンが眩しそうに見る。


「元気ねぇ」


言いつつ、大きな欠伸をひとつ。

眠たげながらも、常に一番乗りで、キッチンを覗くのは彼女である。


次に、ペーズリーが、ペタペタ降りてくる。当初は起こしにいっても、暖かい寝床を離れなかったが、今は自分で起きてくる。多分、夕飯が早いため、おなかがすいて目が覚めるのだろう。


そうこうしていると、リジーやディーンが、グランを交え、なにやら騒ぎながら、キッチンにやってくる。アイリーンのようにコーヒーの準備をするためでなく、朝ごはんのメニューをチェックするためにである。


起床のラストを飾るのは、十中八九ジルだ。


「リジー、ディーン、悪いんですけど、ジルを起こしてきてもらえませんか?ちょっと手が離せなくて」


ジルを起こすのはキオにとって少々危険なので、適任の危険人物にお願いする。2人は、わーい、今日はどうやって起こそーう、などと言いながら、寝室に駆けていく。


しばらくすると、ジルの悲鳴が聞こえてくる。


何をされたのかは、想像しないのが1番。






朝食のほとんどは、キオが作る。

働き者の修道士は、朝の5時に起きているため、殺人鬼たちがもそもそと起きてきて、朝ごはんを食べる頃には、昨日の洗濯物は中庭に干されているし、簡単な掃除も終わり、空気の入れ替えもすんでいる。


食堂のテーブルの上は、適当に切ったパンを中心に、ボイルした鶏肉と生野菜のサラダ、玉ねぎのスープ、卵、ソーセージ、ふかしジャガイモ、季節の果物などがぎっしり並ぶ。


朝は一日の大事な源。不規則極まりない生活の猟奇殺人鬼たちも、ようやくキオと同等の生活スタイルを築きつつある。


「天にまします我らの父よ、日毎の糧を今日もお与えくださり、感謝します」


食前食後のお祈りは、絶対やらない殺人鬼たち。しかし、最近は、キオが祈り終わるまで、食べないよう気をつけている様子だ。


猟奇殺人鬼の観察を欠かさないキオは、最近、食事時の配膳や配置にも気を配っている。


例えば、パンの食べ方。


アイリーンはバターで、ジルはプレーン。リジーは蜂蜜のことが多く、ペーズリーはパンに卵やハムなど、色々挟むのが好きだ。グランは、ストロベリージャムを使うことが多い。ディーンは気分によってだが、パンを千切って丸めて食べるなど、遊び半分のことがしょっちゅう。(もちろんキオに注意される)


みんな寝起きということもあって、大抵は、問題なく進む。


しかし、(まれ)にみんなが無駄に元気だったとき、もしくは極端に機嫌が悪かったときなどは、いけない。こういう場合は、ちょっとしたことで、猟奇殺人鬼モードに入るので、キオは、すみやかにテーブルの下へ潜る。


「それよこせ」


「ヤダ」


リジーとディーンが、気に入りの惣菜をめぐって、睨み合っている。なにやら、不穏な雰囲気……キオが止められる、レベル2を超えている。


彼は、食べかけのパンにサラダの残りを挟み、早々にテーブル下へ避難した。


「この前、ゆで卵あげたじゃん!よこせ!」


「そのかわり、デザートのプディングあげたじゃん!」


「キャラメルソースだけじゃん!」


「あそこが一番おいしいんじゃん!」


ガリガリガリと、フォークの突き刺さったチーズポテトウィンナーが、皿の上を行ったり来たり。




カシャン!




鋭く突き出されたナイフを、フォークが素早く受け止める。目に留まらない速さで、銀色の刃が飛んだ。リジーの大鎌が、ディーンのナイフを弾くが、それより先にディーンはその場から消えていた。もちろん、チーズポテトウィンナーもない。


「いただきまー」


「そうはいくか!」


空いた皿が、次々とディーンを追うが、なかなか当たらないのだろう。縦横無尽で陶器製品の割れる音が舞っている。しかし、そちらに気をとられていたディーンのフォークが、手から滑り落ちた。


「「あ!」」


それに、二人が手を伸ばし――


「おい、いい加減にしごふぁ」


ジル、リタイア。


「バカバカ!ちゃんと持ってろよ!」


「リジーが横から、あんなことするから落っこちたんじゃん!もう!」


落としたんだ……後で、キチンと叱っておかないと。


騒がしい席に苛立ちがピークに達したのか、アイリーンがテーブルを叩く。


「暴れるなっつてんでしょーが!この○○○○ども!○○○野郎!○○!」


爽やかな朝にも関わらず、放送禁止用語だって飛び出す。


そうこうしているうちに、別の惣菜争奪戦に移ったようだ。

もう、それが食べたいというよりは、ほとんど意地だろう。しかし、どうやら、そのおかずを狙っているのは、ディーンとリジーだけではなかったようで……。


「しまった……!」


「……身体が、動かない」


リジーとディーンが、低い声で呟く。


オイオイ!なにか技が飛び出したの!?


「にゃーん」


ペーズリー!?ペーズリーが、なにか新技を出したの!?


気になったキオが、そろりとテーブル下を移動し、ペーズリーを見ようとすると。


「ひょわぁあああ!?」


突然、大鉈(おおなた)が厚い(かし)のテーブルを突き破ってきた。


どう刺激したんだろう……眠れる獅子のグラン参戦。


ガシャーンとかバリーンとか、途端に派手な音が激しくなる。


「アイリーン・ネルソン、あのときの借りを返させてもらおうか」


リジーが完全に本気。あのときって、どのときよ。


「やれやれ、お前とはやりあいたくないんだがな、グラン」


わりと早い段階で、リタイアしていたジルが復活したのか、参戦。


「同じ手は、もうくわないもんねーだ!」


ディーンは、対ペーズリーか。さて、どこから止めればいいんだろう。


キオは、テーブルの下で、パンをかじりながら、嵐が収まるのを待った。


殺し合いが本気で面白くなりだしたら困るが、今はまだ冗談半分のはずだ。


「あらあら、それで、互角のつもり?」「お手柔らかに願いたいんだがね」「原型を留めないほど切り刻んでくれる!」「ミエテナイ バカ」「見えてないんじゃないもーん!」

「うごおおおあおあああああああああ!!!」








なんか、もう筆舌に尽くしがたい騒音。








しばらく好き勝手に暴れさせて、少しお互いに疲れが見え始めた頃に、キオは目覚まし時計をセットする。それは、最新式のもので、目覚ましベルのかわりに音声を吹き込むことができる。


設定時間を、現時刻にセットし、テーブルにそっと置く。


カチッ


音声が、再生される。









『おはようございます、愚民ども』









「「「「「女神ぃぃぃぃいいいいいいいい――――ッ!!!!!」」」」」


猟奇殺人鬼たちの怒りは一瞬ヒートアップするものの、大抵これでみんな我に返る。


女神の存在で、自分の状況を思い出すのである。




その後は、片付け。


いつも誰かがチョッカイをかけがてら、手伝ってくれる。大暴れしたときは、食堂の掃除もやらなくてはならない。これは、暴れた連中に任せる。




今日も怪我人ひとりなく、一日を始められた。


後片付けの終わったキオは、大きく伸びをする。


これが、修道士と猟奇殺人鬼の、朝の日常風景である。




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