第1楽章 ピヨの逆襲
ギルシアンブリジット(国)
ラチュアドドール(県)バートン(郡) ルベルコンティ
10月20日(月)
10月18日の記念すべき夜。
女神様から啓示を頂いたキオ少年は、そのとおり、殺人鬼の導き手を引き受けることになった。自分以外の全員が猟奇殺人鬼だというのは、さすがに不安だが、聖典で導き方も分かったため、わりと気楽なキオである。
猟奇殺人鬼のひとりである、ジルのお屋敷に、(キオも含め)7人全員住むことになってしまったが、元来庶民生まれのキオには、彼の広すぎるお屋敷が落ち着かなくてしょうがない。
そういうわけで、キオは、屋敷の探検も兼ね、長い廊下を一人歩いているのである。
さて、ある部屋を通り過ぎた時、なにやら、ひそひそ話し声が聞こえてきた。この屋敷に今いるのは、キオと猟奇殺人鬼だけのはずだ。
ひょっとして、猟奇殺人鬼の皆さんが、僕の殺害方法とか死体遺棄方法とか話してるんじゃ……心配になったキオは、声が聞こえると思しき部屋の扉に、耳をくっつけた。
盗み聞きなんて関心しないでしょうけど、見逃してください、女神様。
「というわけだけど、どーすんの」
「すごいハショり方するね、アイリーン」
アイリーン、てことは、灰髪の食人鬼さんか。話してる相手は、快楽殺人鬼の代表リジー・ドットみたいだ。
「あの修道士、どう思う?」
うわ、いきなり核心をつく質問だなぁ……。
「小さいと思う」
まぁ、小さいけどさ……僕の印象って、その程度なのかな。
「可愛いと思う」
なんだろう……イヤというか、危ない感じがするなぁ。ジル・ヴィクトール……なんとかさんに、ああ言われると。なんで、こんなに名前長いんだろ。
「オイラ、分かった!」
手をポン!と打つ音。この声は――ディーン・クレンペラーだな。
「茶色いと思う!」
なんだ、その感想!?もう、人間に対しての感想じゃないじゃん!あ、髪の色のこと!?
「ああ、確かに茶色いな」
「うん、茶色い」
茶色さは、どうでもいいよ!もっともらしい同意すんな!
「そういえば、名前なんだっけ、あの修道士」
「えー……ティ……ミロだっけ」
「え、そんなんだっけ?そんな舌を巻く発音、入ってたっけ」
キオですよ!つい昨日、自己紹介したじゃないですか!というか、もう2日目なんで覚えて欲しいんですけど。
「なんか、こう……ぺロ?」
犬!?
「それ、違う。もっと、こう……ぺスとか」
だんだん離れていってる!誰でもいいから思い出せ!
「待った、待った、出てきそう……もう、この辺まで出てきてるんだがな」
頑張って思い出してください、ジル!変態貴族って思ったこと、訂正しますから!
それ、思い出せ!キーオ!キーオ!
「わかった、ポロだ!」
この変態貴族ぅぅぅうううう!!思い出してその程度か!
「あ、近い!それ近いよ!」
近くねぇよ!かすってすらいないよ!
「でも、ポロじゃなかった気がするわ……そもそも、パ行じゃなかったような」
ナイス、アイリーン!そのまま軌道修正してください!
「じゃあ、ピヨで」
じゃあ、ってなんだよ!パ行じゃないって言ってるのに、何故なおも執拗に半濁音を入れようとしてくるんだよ、変態貴族!
「あ〜うんうん、ピヨっぽい!」
「言われてみれば、ピヨっぽい」
な、なにそれ、満場一致でピヨっぽいの!?嬉しくないイメージが固定しちゃうだろが!
「ピヨでいいか、もう」
「キオ」
「そうね、思い出せないし」
「よかった、解決して!」
え!?今、答え言ってる人いたじゃん!カタコトの……ペーズリー・ハワード・ゲインだ!
「それで、善行をしないといけないわけだよね」
あああ、スルーされた!名前ピヨじゃないんだけど、もういいや!
「いいことなんかしたくないけど……そうしないと、女神の呪いがとけないんでしょ?心臓が鉛になって死ぬなんて、そんな屈辱的な死に方、絶対やだ」
さっき、リジーが言ったように、6人の猟奇殺人鬼たちは、青の女神様によって「善行を積まないと心臓が鉛になる」という陰険な呪いをかけられている。それを、キオが、サポートしなければならないわけだ。
「今まで、イイコトしたことある?」
「悪いことなら、数限りなくあるんだけどね」
でしょうね、殺人鬼だもんね。
「自販機の釣り銭出てくるところにガムとか」
「ジテンシャ ドミノ タオシ トカ」
「市民プールで放尿とか」
「マーケットのミンチを揉みまくるとか」
「列車内で、女子高生を終日なめるように観察とか」
スケール小せぇぇえええ!でも、なんかかんか人の迷惑になることしてる!人間としてやっちゃいけないことしてる!
よい子のみんなは絶対マネしないでね!
「やっぱ、なんでもコツコツ積み重ねていかないとね」
「そうよね、千の悪事も、まずは小さな一歩よ」
正しい!使い方は正しいけど、方向性を間違ってる!
大きな間違いに気付かず、なにやら、和やかに笑いあっている猟奇殺人鬼たち。
キオは、扉から耳を離し、立ち上がった。これ以上聞いてても、なんか無意味な気がしたからだ。
「明日から、大変なことになるだろうなぁ……」
彼は、今作ってある祭壇を、更に増やしてやろうと決意した。
今夜の嫌がらせも、かねて。