記憶 黄金の旅 その二 たとえば死
「君もそろそろ自分より強いものと馴れ合って生きることをおぼえたらどうかね」
「たとえば何よ?」
「そうだね。たとえば死だ」
「たとえば他には?」
「死さ」
「その他には?」
「死だ」
私の前に座る女はまだ若いのに、両手の指の数より多くの敵の命を奪ってきた。腰に下げた鋭利な武器は勿論のこと、その他の様々な手立てによって。
美貌よりも、自分の敵を倒す能力の方に自信を持っていることが、女の言動の端々からうかがわれる。かといって別に己の美しさを隠そうとしているわけではない。黒髪の下からのぞく茶色の瞳や艶やかな唇はなまめかしく光り、常に男を誘うようだ。
この女は愚かではない。知性無しで生き残ってこられるほど、この女の歩いてきた路が安易であったはずがない。にも関わらず、女の瞳に浮かぶのは狡猾さとは真逆に感じられる無垢の輝きだった。
「死を怖れないのかね?」
「怖れる?」
当たり前の物欲やそれを満たすための金銭欲はあり、現に今身につけている隕鉄銀の鎖帷子や龍鱗の装具などは、最低限の装飾しか施されていないにもかかわらず、並みの冒険者が一生かかっても入手できるようなものではなかった。
「怖れることで死なずにすむとでも?」
「現に不死の者は存在する」
「あなたのような?」
「私が不死者だと誰が言った?」
「エソスのルズ、あたしの知る中で不死者と言ってもおかしくないのはあなただけ。出会ってから少しも変わらずいつも同じ姿でいる」
「私は少し他の者より持ちがよいだけだ」
女は口元だけで笑い、何も言わずに立ち去った。私がその女、アイシャの死を知ったのはその半月後であった。
また取り残されてしまったという思いと、彼女が死に際して恐怖を感じずに逝ったのかという疑問を私に残して。