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お題付き

放課後の王子

「王子ぃ。聞いてよぉ」

 教室の隅にある自分の席で静かに昼休みを過ごそうとする俺の耳に、甘ったるい話し方をする声が届いた。

 俺の記憶が正しければ、このクラスに“王子”などというあだ名の付いた人間は1人しかいない。そしてその王子はついさっきまで、俺の席から見て教室の間反対にある自分の席で読書に勤しんでいたはずだ。ともすれば王子に話しかけた女子の声の高さと大きさ、そして恥じらいの無さが窺える。

 声の方を見やると、文庫本から目線を上げた王子の薄い唇が短く開いて、閉じられる。おそらく「何?」とだけ聞き返したのでは無いだろうか。中性的な顔、細く長い身体、クールな物言いからその名をほしいままにしているあいつならやりかねない。

「またフられたよー」

 そんな王子の態度も気にせず抱き付く女子。そういえばあの女子は男に惚れやすいことで有名な中澤じゃないか。

 これは王子の奴、遊ばれてるな。

 そんなことを考えていると、案の定王子は困り顔で中澤の体を離そうとする。あいつ、女子からのディープなスキンシップは嫌いなんだよなぁ。

 もうすぐ王子は周りに助けを求めるために目線を動かし始めるだろう。そうなる前に俺は居眠りに興じようじゃないか。


     ○


「恭二、聞いてる?」

「ああ、聞いてる聞いてる」

 帰り道。腐れ縁の幼馴染みに「相談がある」などと誘われて喫茶店に入った。ポットで出された紅茶をカップに注いで飲む姿が優雅に見えて「王子の名は伊達じゃない」と思わされる。

「なんであんなに引っ付いてくるのかなぁ」

 昼休みの出来事を一部始終説明されたと思えば、件の女子への愚痴へと変わる。先ほど俺が「話を聞いているのか」と問い詰められた理由は、別に幼馴染みが紅茶を飲む姿に見惚れていたからではなく、全て知っている話を1から説明されることに辟易していたからだ。

 あの後すぐ、眠りに落ちることの出来た俺は中澤の迷惑行為に困らされた王子に巻き込まれることを逃れた。しかし、幼馴染みで帰る方向が一緒だからと、共に帰宅部だからと、これまでもそうしていたからと、そんな理由で王子と一緒に下校してしまった俺は思いも寄らない形でこの件に巻き込まれた。

「そんなに嫌なのか」

「僕が抱きつかれたりするのが苦手なこと知ってるでしょ?」

「知ってる。が、何がそこまで嫌なのかは知らん」

 今まで何度となく王子が女子特有のスキンシップを受けてそれを嘆いている姿を目撃してきたが、理由までは聞いたことがなかった。

 それまで勢いのあった王子の言葉が俺の問いかけで失速し、当の本人は顔を赤くしてしまう。

「お、ぱいが……」

 やっとの事で出た声も絞りかす程度の音量でしかなく、うまく聞きとれない。

「は?」

「だからね、おっぱいが……引っ付いてくるじゃん……」

 みるみると顔を紅潮させながら説明する王子に納得をする。

 なるほど。自分には無い物が密着することへの怖れか。しかも件の中澤と言えば“わがままなのは性格だけではない”などと言う2つ名を持つ女子。そんな女子から密着されてしまうと緊張もしてしまうのかも知れない。が……

「そうは言ってもお前も女だろ。央子」

 俺の目の前にいる王子こと高崎央子は生物学上女だ。

 自分のことを「僕」と呼んでいても、ベリーショートの髪型をしていても、中性的な美少年顔をしていても、凹凸の一切ない細長い身体をしていても、男子用の学生服であるスラックスを着用していても、女子なのだ。

「でも……」

 小学校時代にありがちな名前の読み間違いで付いてしまったあだ名や、自らが女子にも関わらず女慣れしていないことが災いして女子を丁寧に扱ってしまう性格のせいで「王子」という1つのキャラクターが作られていった場面を見ていると、こいつも被害者なんだが……。

「そろそろ、女としての生活にも慣れないといけないんじゃないか? 服装とか、態度とか」

 周りに流されて「王子」として過ごしてきて、もう高校生だ。そろそろ将来に備えてなどと保護者染みたことを考えてしまう。

「……スカートは恥ずかしいし、今まで以上に女子が寄ってくる気がして嫌なんだけど……。っていうか恭二はその方が良いの?」

 よほど恥ずかしく思っているのか、頬を赤らめながら俺の言葉に唇を尖らせる。しかし心は傾いているらしいし、あと一押しと言った所か。

「それとだな。俺たちに関しての悪い噂を聞いた」

「どんな?」

 王子の身体が少し前のめりになる。マイノリティな行動をしているとは言え、やはり他人からの外聞というのは気になるのだろう。

「俺たちはよく一緒にいて、今日みたいに喫茶店に入ったりするだろう」

 王子が相槌のように頷いているのを確認して話を続ける。

「それを見た一部のクラスメイトが俺たちをホモカップルだとのたまっている」

 最後まで告げると、王子の顔が何とも言えない表情になった。流石に男に間違われた上で、俺と付き合っているなどと噂をされれば考えを改めるのではないかという概算だ。

「……わかった」

 石の様に固まっていた王子がしばらくして、ようやく声を出した。そこには幾ばくかの決意が混じっているように感じた。

「とりあえず……おっぱいを、大きくする」

「……は?」

 何を言ってるんだこいつは。

「やっぱり、僕みたいな身体でスカート履くと変に見られると思うから、大きくなったら女の子っぽくしてみる。それに、恭二も大きい方が良いでしょ?」

「ま、まあ……。無いよりは良いんじゃないか?」

 突然な態度の変異に気持ちがついて行けず、そのまま気押されて答えてしまった。

「だよね! よし頑張るぞー。マスター、お会計お願いします」

 俺を放置して帰り支度を始める王子を見つめながら、俺はいつまでこいつに振り回されるのだろうか、などと考えてしまった。


               【了】

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