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英雄の災難と特訓の開始



祝賀パーティは何故かエイダの主催で、それ故に下町の有名なスイーツ店で行われた。浮かれているのはエイダとサラくらいのもので、サラは持参のスプーンとよだれ掛けで、早くも臨戦体制に入っている。

時刻は昼過ぎの、丁度エイダやリーメイムの休憩時間にあたる。店内のお客の入りはまぁまぁで、ベイク達もさほど浮いてはいない様子。

もっとも、テーブルを埋めている職種の雑多さには、多少難があったが。


「ところで、何であんたまでいるんだ、メーフィスト?」

「堅い事をおっしゃらずに、オットー君。ここの払いは経費で落としてみせますし、何より連中に狙われていた稼動可能な兵器製造工場の遺跡地図を、そちらの言い値で買い取ったのは私ですよ?」

「金を出すのは、どっちも王宮じゃねえか。お前の威張る事じゃない……」


早速運ばれて来たプリンアラモードを、甲斐甲斐しくサラに食べさせてやりながら、ベイクが不機嫌そうに呟く。不機嫌の理由は、メーフィストが醸し出す官僚の雰囲気が嫌なのか、それとも本人自体が嫌いなのかは定かでは無いが。

メーフィストを介して売った遺跡の地図は、彼の言葉通りに個人で発掘するには厄介極まりない代物だった。ただし、これはガイラスの所有していた地図の中の1枚である。

本当に狙われていた、リーメイムの出生絡みの遺跡の地図の事は、王宮側には秘密にしておこうと言うのが全員の意見の一致で。ダミーで売った地図の1枚は、しかし結構な金額に化けてくれて。

そんな経緯を全く知らず、メーフィストの滑らかな口調は今度はリーメイムに向けられる。


「これで当分お金に困る事はないですね、リーメイム? いえ、別に恩を売っている訳じゃないんですよ。ただ、危険な探掘師の真似事などは、あなたには相応しくない……」

「うわ~、本当にリーメイム君、男の人にくどかれてるわ……! そう言う趣味の人を見るの、私初めてなの♪」


エイダがどこか楽しそうに、話に加わって来る。彼女の前には豪華なバナナパフェが運ばれて来ており、サラの注意は今度はそっちに移っていた。

残りの面々はフルーツジュースを飲んでいて、ベイクは娘の残したプリンを黙々と食べている。リーメイムはどこか元気がなく、皆の話をぼんやりと耳にしていた。

店の内装は小洒落ていて、確かに女性を中心に人気があるのも頷ける。リーメイムは苺のタルトをつっ突きながら、何気なくベイク親子を眺めやる。

その親子、今は凄くのどかな雰囲気だが。


「食べ過ぎるとお腹が痛くなるぞ、サラ。これでお終い」

「あら、そうねぇ……リーゼさんに怒られたら嫌だしお終いね、サラ?」


父親とエイダにそう言われたサラは、少し唇を突き出して不機嫌そうにそっぽを向いた。そして自分を見つめるリーメイムと目が合うと、半分以上残っている皿の中身をうらやまし気に見つめる。


「甘いものは嫌いだった、リーメイム君? それとも調子が悪いの?」

「いえ、そんな事は……。考え事をしてただけですから、大丈夫です」

「そう、良かった。そうだ、これまでのお給料、渡すようにって親父に言われてたんだっけ……。良かったらこれからも宿屋の仕事、手伝って頂戴ね♪」


エイダが笑いながらそう言って、茶色い封筒を手渡して来た。リーメイムは暫しきょとんとした表情を浮かべ、何となく受け取ってしまった後おずおずと尋ねてみる。


「あの、お給料って……宿泊代と帳消しじゃなかったんですか?」

「何言ってんの、ベイク達だってしょっちゅう無断宿泊してるような宿屋よ? 君は従業員扱いで宿代は割り引きされてるし、本当に良く働いてくれたし……親父も感謝してたわよ」


何となくジーンと心の温まるものを感じ、リーメイムは言葉に詰まってしまう。他の面々もどこかしらホクホク顔なのは、つい先程、リーメイムの護衛料金の精算を済ませたからに他ならなかった。

その料金の大半は、メーフィストの用意した金から賄われたのだが。それは先程本人も口にした、遺跡の地図の買い取り代金だったり、ザックファミリーから押収した兵器の分け前だったり。

つまりは、リーメイムの懐は全く痛まなかった訳なのだが。


「みんな、忘れないでよねっ。お店の飲み食いのツケ分は、今夜きっちり支払ってもらいますからね!」


同意の呻き声と、そろそろ店を出ようかという雰囲気が生まれる頃、まっ先に席を立ったのはメーフィストだった。彼は優雅に会計を済ませ、ついでにフルーツ籠を注文すると、ベイクに向かって断りを入れる。

その顔付きは、きっちり仕事人のそれに戻っている。


「せっかく下町まで来たんですから、リーゼ嬢にも挨拶に伺わないと。今からお土産を持って伺わせてもらいますが、構いませんね?」

「勝手にしてくれ。そう言うとこだけは、本当にマメだな、お前って……」


メーフィストは当然と言わんばかりに胸を張り、あなたも一緒にいかがとリーメイムを誘って断られ、多少気落ちしながら店を出て行った。

サラがよだれ掛けを外して父親の膝から飛び下り、同じくドアから出て行く仕草。


「サラもお家に帰るつもりかな?」

「外で遊びたいんじゃないかな。さあ、俺達もそろそろ出ようか」


ベイクの言った通り、サラはちゃんと外で待っていた。人通りの多い商店街の道端で無表情に、何かと言うか誰かを待っているかのように。

エイダが近付くと、サラは追い駆けっこでも始めるように、こちらを振り返りつつ走り出す。リーメイムもつい気になって、エイダに続いて少女の後を追い始めた。

それを確かめる少女の瞳と、一瞬目が合った。


サラの小さな身体はまるで陽炎のように、人の波や建物の影に、ちょっとしたはずみで溶け込んで消えてしまう。リーメイムはいつしかエイダと一緒に、半ば本気になってサラの姿を追い求めていた。

食後の運動にしてはハードだと、ギブアップ寸前だったけれど。


「あれっ、また見失った……いつもこんな遊びしてるんですか? どこに向かってるか分かります、エイダさん?」

「まあ、だいたいの見当はつくけど……。到着してのお楽しみね♪」


エイダは、割とこの鬼ごっこを楽しんでいる様子だった。他の連中は、そもそも追い駆ける努力もしていない。従って、当然もう既に姿は見えなくなっていた。

周りの建物は、段々と古びた寂し気な佇まいを見せ始めていた。数分も走り回った頃、気付くと廃屋の工場跡地の真っ只中に二人はいた。

今は稼働していないらしく、人影は全く窺えない。


「ここ、どこですか? ボク、考えたら全然街を出歩かない生活を送ってたし……」

「レネ河沿いの工場跡地よ。中州の下町に近いから、人が不在の建物が多いの……あっ、サラ見ぃつけたっ!」


サラは建物の二階の、さらにその上の屋上か何かの、遥か上からこちらを見ていた。給水タンクから登るらしく、エイダは張り切ってその階段を登っている。

リーメイムは彼女がスカートなのを考慮して、彼女が登り切ってから後に続く事にした。錆びかけた階段と梯子を上り切ると、風がひと撫で彼を迎えてくれる。

そして、サラの見せたかった景色を目の当たりにした。


「うわぁ……凄いや! 抜群の眺めだね……お城と滝が、一遍に見渡せるよ!」


この工場跡地は高台に建っているらしく、他の建築物の屋根の波間の向こう、黒っぽい断崖の上に鎮座するする小さな城と、その右手の白く一直線な滝が見事に一望出来た。

その景色は圧巻で、人の造り出した建造物と言うよりは、人の手を離れて成長を遂げた一つの生き物の成長記録を見ているようだった。


「えへへっ、秘密のアジトって言うと、大袈裟かな? 私がサラに教えてあげたのよ。って言っても私も小さい頃、兄貴達に勝手に付いてって知ったんだけど……」

「エイダって、お兄さんいたんですか?」

「8年前の戦争で死んじゃったけどね。ベイク達と同い年で、遊び仲間だったの。私はいつも邪魔物扱いだったな~。遊んで欲しくって、勝手にみんなの後付いていって……」


どことなくしんみりした口調で、エイダは昔話を喋り続けた。サラはサラで、奥の木箱に詰め込んだ、自分の宝物を披露しようと奮闘している。大半は道端で拾ったがらくた類だが、きれいなガラス細工やメダルの類も混ざっていた。

エイダはそれについても説明を始めた。


「サラと私と、二人で集めた宝物よ。拾い物ばっかりで、お金は全く掛かってません」

「へえっ、凄いなぁ……綺麗な小物も混ざってますね、チェスの駒もいっぱい混ざってるけど」


サラが無意味に、それでも何となく楽しそうに床に品物を並べ始める。どこと無く誇らしげで、どうだと言わんばかり。リーメイムは収集エピソードを一々頷きながら、エイダの話に聞き入る始末。

波乱に飛んだ冒険譚とも、リーメイムが今朝に味わった恐ろしい戦闘風景とも違う。それは少女達の、日常の1コマに隠された些末で凡庸な物語だった。

リーメイムにとっては、何気ない日常的な苦労話でも。本人達には大切な思い出の数々、繰り返される日常の中のスパイス的な、自身が主役の英雄譚に違いない。

それは人々の数だけ、紡がれて行く冒険の記憶。


「ええっと、話は大体分かりましたけど……何で僕達、こんな所で無駄話してるんです?」

「さあ、お話面白く無かった……? 元々は、サラの遊びに付き合ってたんでしょ。それとも人形遊びの方が良かったかな?」

「いえ……それより、もう夕方ですよ?」

「うわっ、大変……!」


エイダは大慌てで、二人の先頭に立って帰路に着く素振り。ようやく到着した地下の酒場では、案の定に仕事が山積み状態だった。習慣というか何というか、リーメイムも材料の下準備を手伝わされ、数時間後には素材は料理に姿をかえていた。

厨房の忙しい時間帯を乗り切ると、今度はシーナと共に給仕係へ。シーナの手伝いは大歓迎だったが、酔っ払いへの給仕は今夜はさすがに腰が引けた。


変なノリの酔っ払いの中心は、今日の戦闘を自慢げに喋っているベイクで、酒の肴にと聴衆が鈴なりになっていた。リーメイムの本名こそ出てこないが、彼の事は不幸な依頼人として話の筋にちょくちょく現れた。

いやまぁ、名指しで晒されるよりは余程良いんだけどとリーメイム。


「そう言う訳で、とても放って置けなかったんだ。借金だらけのその不幸な赤毛の少年は、お金欲しさに貴族に身売りする寸前だった。貴族の中には女よりは若い美少年の方がいいという趣味の奴がいてだな……」

「うへえっ、腐れ切った性根の奴だな……それからどうなった?」


何なんだろう、この脱力感は。いや、いいんだ別に。皆が楽しんでいるなら……。リーメイムは思いっ切り気力を喪失しつつ、諦めて仕事に戻る事に。

歪められた話を耳にするより、百倍有意義だ。


ようやく客が引けてきた時刻、リーメイムは皿洗いの手伝いに向かおうと厨房に目を向ける。そこにエイダがひょこっと顔を出し、リーメイムを手招きした。

ちょっと困ったような表情は、彼女にしては珍しい事。


「リーメイム君、厨房の手伝いはもういいから、サラをベットに運んでくれないかな? ベイクがあの調子じゃ、今夜もここに泊りになっちゃうだろうし」

「はあ……いいんですかね、奥さんに連絡も無しに。じゃあ、お先に失礼します」


簡単に風呂に入って寝巻きに着替えた後、リーメイムはサラの姿を求めてフロアを見渡した。ベイクの周りにはまだ十人程度の客がいて、そいつ等は総じて酔っぱらっていた。

彼が近付いて行くと、ケイリーがこちらを見て軽く頷きを見せた。


「向こうの操る武器は、とにかくド派手で強力なんだ! こいつがその筒に苦戦して、火の玉を浴びてゴロゴロ転がってだな……」

「転がってにゃい! 転がってにゃいぞ~!」

「いや、転がった……」


まだあの話してるよ……。ケイリーの突っ込みに、酔っ払いは賑やかで的外れな歓声をあげる。オットーは既に前後不覚で、ベイクの目ん玉も完全に据わっている。

サラは、ちゃんと父親の隣にいた。ベイクとケイリーに囲まれるように、ソファの隅っこで丸くなり、騒音にも関わらずすやすやと寝息を立てて眠っている。

ケイリーが少女を抱き上げてリーメイムに手渡すと、導くように先に立って歩き出した。


サラはもちろん、宿泊客では無い。つまりは宿の宿泊施設でなく、家族用の休憩部屋に連れて行く理屈は分かる。だからケイリーが読書室と宿屋の親父の寝室へ向かう階段を上って行くのに、リーメイムは何の疑問も抱かなかった。

ただし、彼が自分も寝る準備をすると言い残し、リーメイムとサラを置いて去っていった後にふと疑問が湧き上がる。休憩室には、当然だが人の気配は全くの皆無だ。

サラだけここに置いていくのは、ちょっと可哀想な気が。


「ええっと……みんなはここで寝るんだろうけど、ボクはお客だから客室を使っていいんだよね? あっ、でもサラを連れて行くのは不味いか……」


リーメイムは独り言をこぼしながら、今の現状把握に忙しい。この棟は宿屋の親父や従業員専用の棟で、ベイク達が泊りに利用するのもここだった。エイダだけは、河に面する離れの部屋を持っているみたいだけれど。

サラの昼寝も、大抵は読書室の隣の休憩室だ。


リーメイムは、取り敢えずサラを抱えたまま部屋に入ってみる事に。部屋の中は真っ暗で、ランプを探すのも一苦労だった。それから、以前リーゼと二人で話した部屋に、何故かリーメイムの足は引き寄せられた。彼女の座っていた揺り椅子に、リーメイムはサラを抱いたまま座り込む。

あの時、何を話したっけ? そう……ボクはもう赤ん坊ではないのだから、自分の足で歩き出すべきだ、そう諭されたのだ。当然だ、彼らはいつまでもボクを守ってはくれないのだ。

強くなりたい……だが、何の為に? 守るものが、今のボクにはあるんだろうか?


サラの体温が、リーメイムの胸元に直接伝わってくる。ケイリーが仮眠室に入り込む気配を感じた。酒も嗜まず、質素が趣味のような彼は、仕事以外の日は恐ろしく健康的な日常を過ごすのをリーメイムは知っていた。

自分も、もう眠ってしまいたい……今朝の騒ぎを含めて、もうくたくただ。何で下らない話に耽る酔っ払いを、眠いのを我慢して待たなければならいのだ?

しかし、人生とは不思議で侭ならないモノだ。英雄の素性がこんなにはっきりくっきり分かるとは、依頼を持ち込む前には露程も思わなかった……。

その偶像が、こんなに完膚なきまでに壊れる事も予想だにしなかったけど。


我が侭な英雄……そして、その美しく聡明な妻。可愛いけど無表情な、英雄の娘。その寝顔はやっぱり可愛くて、年相応に無邪気に見える。

我が侭な英雄とその仲間達……ボクを鍛えて、一緒に遺跡探検に連れて行ってくれる約束なんだ……。そうすれば、ボクにも守るべきものが見つかるだろうか?

そんな想いを胸に、いつしかリーメイムは浅い眠りに落ちていった。



気が付くと、ランプの明かりが小さなテーブルの上で揺らめいていた。窓のない部屋で時間の推移を計るのは難しいが、まだ夜は明けていないだろう。

リーメイムが目覚めた訳は、すぐに分かった。胸元が、やたらとべちゃついて気持ち悪い。目覚めたばかりのぼやけた視線で観察すると、寝巻きの襟元にサラがしゃぶりついていた。

眠ったまま、ただ無心に……。


「よ、よだれ……?」


怯んだリーメイムが体を揺らせた拍子に、サラも目を覚ましたようだ。顔を上げて自分を抱いている人物を確認すると、シャツの味がお気に召さなかったのか、ペッとつばを吐き捨て、無表情に床に降り立つ。

それからトコトコと、父親を求めて歩き去って行く。


ベイクは隣の部屋の寝椅子で、窮屈そうな顔付きをして眠っていた。リーメイムが窺っていると、サラは父親に抱きついて、早々に再び夢の中。素早い……何となく感心するリーメイム。

隣の読書室から洩れる明かりに、リーメイムは少し驚いて顔を向けた。濡れた胸元を拭いながら覗いてみると、シーナが一人で読書に耽っていた。

戸惑いながら、何となく声を掛けてみるリーメイム。


「シーナさん……あの、こんな時間に読書ですか?」

「あら、リーメイム? まだそんなに遅い時間じゃないわよ……それに、あなただって起きてるじゃない?」


相変わらずリーメイムから見たシーナは、どこか不思議で例えようのない魅力をたたえていた。リーメイムは断わりを入れ、彼女の隣に腰掛ける。

少し緊張しながら、彼は話題になりそうな事柄を探し始めた。


「サラをどのベットに運んでいいか分からなくって……部屋に置き去りは可哀想だし。それより、少しお話していいですか?」

「構わないわよ、私もまだ眠るつもりはないし……優しいのね、あなたって」

「そんな……」


シーナにとろけるような笑みを向けられ、リーメイムは思わず口ごもる。顔が赤らむのを感じ、彼は気付かれないようにと顔を俯かせた。

目覚めてよかった……思わずサラに感謝するリーメイム。


「面倒見もいいし、手先も器用だし……どうして遺跡探検にこだわるの? もっと自分に合った仕事を探せばいいのに」


シーナの言う事はもっともで、リーメイムはどう説明すれば良いのかためらいを感じてしまう。父の後を継ぐとか、本当は言い訳でしかないのも自分では分かっていた。

結局、正直に心の葛藤を打ち明けるつもりで、リーメイムは口を開いた。


「……本当は恐いんです。その、遺跡探検がじゃなくて、その遺跡でボクの出生の秘密が分かるかも知れないって事が。だからって、逃げてばかりじゃ……」

「それは……そうかも知れないけど」

「それに、父と同じ仕事をしてみて、少しでも父と同じ気持ちを味わってみたいんです。ボクが恩を返す前に、養母も養父も亡くなってしまったから……上手く、言えないけど」


二人ともしばらく無言で、リーメイムはシーナの視線を何となく感じていた。勇気を出して顔をあげると、優しい笑顔がこちらをじっと見つめていた。


「……本当に優しい子ね、あなたって。そこまで言うのなら、私も及ばずながら力を貸すわ。ベイク程は頼りにならないけど」

「そんな! 彼みたいなひねくれ者より、あなたの方がよっぽど当てになりますよ!」


シーナが密やかな声をあげて笑い出すのに釣られ、リーメイムも嬉しくて笑い出した。穏やかな雰囲気が周囲を支配して行き、二人は顔を見合わせる。

それからシーナは、リーメイムの故郷の事を質問して来た。養父母に育てられて過ごした子供時代の事を、彼は思い付くまま語り始める。


少なくとも、愛情だけは不自由しなかった子供時代。穏やかな田舎の農場風景。養母が亡くなった時の悲しみ。近所の子供の面倒を見ながら、さらに家の仕事をこなしつつ、養父の仕事の助手の勉強を始めた事。

養父は、賛成もしなければ反対もしなかった。ただ静かに、彼のする事を見守ってくれていた。彼の心を常に支えてくれる、澄んだ優し気な瞳で……。

ただ、お前は荒事には向いていないよと、一度だけ言われた事があったっけ……。


自分がいつ眠りに落ちたのか、リーメイムは全く覚えがなかった。気が付くと自分の部屋のベットで、扉をノックする音をボーっと耳にしていた。

いつの間に、この部屋に戻ってきたのだろう? 扉を叩いているのはエイダのようで、リーメイムはのそのそとベッドから起き出し、眠た気な声で返事をする。

緊急事態では無いようだ、扉を開きながら呑気な声。


「珍しくお寝坊さんなのね、リーメイム君。起きて朝食にして頂戴。ついでに、酔っ払い共も起こすから」

「あっ、はい。お世話かけます……」


生返事を返しつつ、リーメイムは着替えをしようと服を脱ぎ始める。扉の前で、エイダがまだ部屋を覗き込んでいるのに気付き、彼は恥ずかし気に彼女に背中を向けた。


「あの、まだ何か用ですか?」

「リーメイム君、この部屋を使って何日目? 少し位なら手を加えても構わないのよ? 例えば、絵を飾るとか花や小物を置くとか……」


要するに、エイダは貸部屋の生活臭の無さに戸惑っている様子だった。リーメイムもそれは同様で、寝る時以外は厨房やフロアの方が、実際落ち着く感じすらする。

それはそれで、特に不便とも思わなかったけど。


「でも、いずれ出て行くんだし、あまり大きい物は……」

「それならいいお店紹介してあげるわ、リーメイム君。午後に一緒に買い物に行こう!」


陽気な口調でそう言われ、まさか人形とか売ってるお店じゃないよねと、変な勘ぐりを入れつつも。それでも下手に断り切れずに、リーメイムは渋々了承する。

エイダとの短い付き合いの中でも、彼女の奔放な性格は彼を度々救ってくれている。少なくとも、彼女はここの経営者の一人娘なのだし。

素直に従うに、超した事は無い.


地下のフロアには、シーナとサラが既に着席して食事を取っていた。リーメイムが朝の挨拶をして食事に取りかかる頃、ようやく男衆が揃って降りて来た。

案の定、深酒のダメージを前面に露呈しつつの登場だ。


「あれ、ケイリーさん。遅いと思ってたら厨房にいたんですか?」

「うん、パンを焼くの手伝って貰ってたの」


エイダが笑いながらそう言って、給仕に駆け回る。ケイリーは平然といつもの態度を崩さず、皆と一緒に着席すると、黙々と出された物を口に運んでいく。

ベイクとオットーは顔色が悪く、オットーはいつもの二日酔いだったが、ベイクは主にサラの存在に沈んでいる様子だった。サラは父親の気分を感じているのか、いそいそと父親に給仕して機嫌を取っている様子。

堪り兼ねた様子で、シーナが口を開いた。


「ほら……やっぱり連絡を入れなかったのは私達にも責任はあるし。一緒に謝りに行ってあげるから……」

「行くなら早い方がいいと思うけどな……ここを修羅場にして欲しくないし」


エイダの突き放した一言に、ビクリと肩を震わせる白銀の英雄。サラは何の事か分からず、無表情に父親の膝の上で大人達を観察している。

無断外泊に多少も悪びれた様子が無いのは、或いは大物の証か。


「しゅ、修羅場……?」

「そりゃ、いくら父親同伴とは言え、四歳の子供が無断で外泊したんだもの。心配するなと言うのが無理な相談でしょ?」

「お、怒ってるかな……?」


痛々しい程蒼ざめた表情で、再び周囲の意見を窺う白銀の英雄。か細い声は震えていて、食堂の入り口を伺う視線は祈りすら称えている様子。

――どうか妻が、そこから現れませんように……。


「骨は拾ってやるぜ……ウプッ!」


二日酔いが余程ひどいのか、オットーの軽口もどこか沈みがち。どこかすさんだ雰囲気の朝食が終わると、ベイク親子は重い足取りで食堂を後にした。

差し入れのパンの詰まった籠を持った、シーナがそれに続く。


「ひどい雷が落ちなきゃいいけど……あっ、これは文字通りの意味ね♪」

「前の癇癪は凄かったからな……」

「2キロ先でも聞こえて来たもんね~、あの落雷の音」


世間話の体で、どこか楽し気に話すエイダにケイリーが頷きを見せる。この人達の話、どこまで本気にして良いのだろう? リーメイムの覚えでは、英雄の奥さんは聡明で優しい気風の女性に見えたのだけど。

ベイクはともかく、サラがひどく叱られなきゃいいと思う。


呑気にそう考えながら、親子が出て行った出入り口を何気なく眺めていたリーメイムだったが。ケイリーが席を立って食器を片付け始めるのを見て、彼も行動を起こす。

相変わらずマメな性格だと、ケイリーに感心しながら。


「あ、手伝います」


多少の下心と共に、リーメイムは物静かな若者に声を掛ける。二日酔いで半分死んでるオットーは、これはもはや論外と結論付けて。自分を鍛えてくれる約束を、ケイリーならきっと忘れていないだろう。

ところが、リーメイムがその話を持ち出すと、ケイリーは露骨に嫌な顔をして遠くを見つめてしまった。顎鬚を掻きながら、思案気に言葉を探している。

リーメイムの心は一気に沈んだ。


「結論から言うと……生兵法は怪我の元だ。付け焼き刃の自信をつけられる位なら、臆病でいて貰った方が余程いい。護る側の、立場としてはだが」

「だ、だって教えてくれるって……!」

「まあ、三下のやさぐれ者相手を仮想しての戦いなら、何とでも教えてやれるんだが。しかし、遺跡探検は全く違う技術が必要だ。どんな危険に対して、何の訓練をして欲しいんだ? 教えてくれ」


リーメイムは言葉に詰まって、ケイリーをぐっと睨んだ。ポーカーフェイスの色白の優男は、身じろぎもせずにそれを受け止めている。

彼の言う事は正論だが、素直に受け入れる程リーメイムは軟弱になりきれなかった。


「お願いします、ケイリーさんっ! ボク、強くなりたいんです! お師匠様と呼びますし、何でも言う事聞きますから!」


必死になってすがりつくリーメイムに、ケイリーも根負けしたのだろう。何事かと覗きにきたエイダに妙な誤解までされるに至り、とうとう彼は渋々と承諾の雰囲気を匂わせ始めた。

その前に、リーメイムの身体を引き離すのを忘れてはいなかったが。


「分かったから抱きつくのは止めてくれ。ベイクと相談して、何か考えてみる……」


どうしてベイク? 言い逃れだと金切り声をあげるリーメイムに、最初に教えを乞うた人物に対しての最低限の礼儀だとケイリー。確かに彼からも特訓を受けたが、それはほとんど虐待に近いレベルの筋トレのみだ。

心の中では釈然としないものを感じながらも、礼節を持ち出されたのでは仕方がない。ここはひとつ、渋々だが大人しく引き下がる事にする。

そして師匠と仰ぐべき人物の、何か始めようとする雰囲気を察して。


「それでお師匠様、これから何を?」

「クッキーを焼く……手伝うか?」


そんな訳で、彼らは厨房でお菓子作りに勤しんだ。どうやらケイリーは、お酒よりは甘い物の方が好きなようだ。趣味と実益を兼ねた作業は、いつの間にかエイダまで加わっての大作業に。

プロ並みとまではいかないまでも、焼き立てのクッキーは上々の出来。


「酒を飲めない奴はこれだから……。お前達は、絶対人生の楽しみを損なってるぞ?」

「あら、甘い物を食べながらお茶を飲む楽しみって、お酒より絶対上だと思うけど?」

「同感だ」


しかめっ面のオットーは、まだ酒が抜けずに気分がすぐれない様子。楽し気に喋るエイダの笑い声が響く度、頭を押さえてうめきを立てている。

それを見たエイダは、ますます楽し気に笑い声を上げる。


「第一、そんな後遺症があると分かってるのに、ちっとも学習しないんだから。毎回毎回、バカみたいに飲み過ぎて呆れちゃうわ!」

「へっ、甘い物に後遺症が無いとでも思ってるのか? ……太るぞ?」


うっ、としかめ面でウエストの辺りを押さえるエイダ。確かにそれは女性の気にする弱点だが、日頃エイダ程働き回っていれば、太る暇はないとリーメイムは思ってしまう。

男のリーメイムでさえ、毎日がへこたれそうな仕事量なのだ。


「お前も酒腹だけは気をつけろよ、オットー。あと、アル中もな……」

「放って置いてくれ」


オットーは、元気の無い声でケイリーに食って掛かる。しかしそれでも、しばらく後には、散歩と称して体を動かすために外に出て行ってしまった。

ケイリーも続いて外出し、後にはエイダとリーメイムが残された。護衛の依頼は、昨日の時点で既に打ち切りになっている。ファミリーの一網打尽を受けての措置で、それはリーメイムも納得済みの事。

 例のガーゴイルの襲撃に対しては、現状打つ手が無いとの判断である。


 それはそうだ、空間を裂いて襲って来る相手に対して、磐石の護衛など誰にだって不可能である。それに人生にたった一度遭遇しただけ、次にいつ来るかも分からないときている。

 永遠に来ない可能性だってある、それに備えて護衛料を払い続けるのも馬鹿らしい。


 そんな理由をベイクから聞いたのだが、リーメイムは護衛が面倒臭くなったせいもあるのではと勘繰っていた。だけどこちらの懐具合だって、永遠の財に恵まれている訳でもなし。

 それを思うと真っ当な提案には違いなく、向こうを責めるのも筋違いではある。万一の襲撃に対しては、適切なアドバイスを取り敢えずは貰っていたりもするのだが。

 つまりは脇目も振らず、全力で逃げろ的な。


「それじゃ、私達も買い物に出掛けようか? とっても素敵なお店なのよ♪」

「はあ……まあ、それじゃ」


リーメイムの気乗りのしない返事も意に介さず、エイダははしゃいで出掛ける支度を始めてしまう。こうなったら仕方がない、覚悟を決めて付き合おう。

つまりは、妥協できる範囲までは。


ところが到着した店は、至って真面目なガラス工房だった。お洒落な鏡から美しい細工物まで、結構な数の売り物が所狭しと並べられている。

リーメイムが衝動の赴くままに店内を順次に眺めている最中、エイダは店の若い職人とずっと喋りっ放しだった。その横顔に、いつもの快活さと別に恥じらいを見て取って、リーメイムは何となく納得してしまう。

そう言えば彼女の部屋の物置き、ガラス細工の数はぬいぐるみより多かったような。


リーメイムは改めて、今度は財布の中身と相談しながら品物を見て回った。数点の小物と壁掛け用の鏡、色付きの花瓶は変わった形がとても気に入った。

花は好きだ、いつでも自分を励ましてくれる気がするから。


「毎度どうも……って、来店は初めてみたいだね。やあ、本当に男の子だ。女の子だったらサービスするのに」


隣にいたエイダの顔が、一瞬険悪になってすぐに元に戻った。だがリーメイムは、その一瞬険悪になった鋭い視線を、偶然だが完全に目のあたりにしてしまう。

女の嫉妬って恐ろしい……。


つくづく男で良かった……でも自分が女だったら、エイダは絶対この店を紹介しなかっただろうな。そんな他愛のない事を考えつつ、会計を済ませるリーメイム。

若者は職人気質で、体型こそひょろっとした頼りない風情だが、なかなかの好男子だった。口はやや軽いが、売り子も任されている以上、それは利点として数えてあげるべきだろう。

こういうお店は、やはり若い女性客が多いのだろうから。


「本当に素敵なお店でしたね。ちょくちょく通ってるんですか?」

「まあね……ああ言うの好きだから、私。今ではまぁ、常連よ」

「それは……やっぱり今の人が?」


エイダの顔がたちまち凄みを増して、リーメイムの瞳を射た。本能的な恐怖ですくみ上がった彼に、むしろにこやかな調子で語りかけるエイダ。

その口調に、脅しが含まれているのを本能で悟るリーメイム。


「リーメイム君、あのお店は二人だけの秘密よ? 酒場の常連、ましてや親父やベイク達には絶対に喋らない事……いい?」

「もっ、もちろんです……!」


生命の危険すら感じながら、リーメイムは何度も頷きを返す。実際エイダの顔に、裏切り者は死を以て償うべしと、はっきりくっきり書かれていた。

こんな事なら買い物に付き合うのではなかったと思うのは、全くもって後の祭りだ。





だがそれも、あの日のベイクの身に起こった惨劇に比べれば、些細な出来事に過ぎなかった様だ。がっくりとうなだれたシーナが宿に戻って来たのは午後の遅い時間で、既に地下の酒場は客を迎え入れ始める時刻の事だった。

弱々しく首を振る彼女のコメントは、とても短いものだった。


「私の力が及ばなかったばっかりに……」

「社会復帰に、今度は何日かかる事やら……」


オットーがしみじみ語る台詞は、含蓄があるようでまるでない気がして。リーメイムは正しく詳しい説明を求めて、隣に座るケイリーに視線を向ける。

リーメイムが師匠と仰ぐ若者の顔には、珍しく読み取れる程の表情が浮かんでいた。それは主に、未知の事象に対する恐怖と、友への心からの哀れみだった。

後は推して知るべし……。


珍しくオットーの口にした予想通り、ベイクは次の日も、その次の日も姿を現わさなかった。彼のいない酒場は、まるで普通の食堂のようで、手伝うリーメイムにとっては有り難かったが、どこか気の抜けた炭酸水のようだった。


ベイクのいない間、他の仲間は行動らしいものは全く何も起こさなかった。シーナは午前中は読書室で過ごし、午後からは酒場の手伝いをする。

男の二人は……無為に時間を過ごすばかり。


「時間がもったいないですよ、師匠……! 何か指事を下さい、特訓の!」

「……じゃあ、ベイクに言われた特訓を」


そんな訳で、リーメイムは半ベソをかきつつ、薪割りや腹筋を午前中のスケジュールに加えた。サラが遊びに来ていた頃は、この裏庭ももう少し華やかな気がしたのに。

苛めに近い特訓の邪魔をする者もなく、リーメイムはやりきれない寂しさを覚えていた。



三日目の午後に、ようやくベイクが顔を見せた。真新しい絆創膏を体中に張り、少しやつれた感じを漂わせて。外見ばかりでなく、以前の傍若無人で我が侭放題な気配が全く鳴りを潜めており、それによって内面のダメージもしっかりと伺えた。

覇気を無くした英雄は、不自然な笑みを浮かべて皆に挨拶する。


「ベイクさん……! だ、大丈夫ですか?」

「何がかな……俺はどこも悪くないよ?」


うわっ、無理に爽やかな人柄を装ってるけど……全く似合ってないや。リーメイムはどう反応して良いか分からず、他の面々をこっそりと観察する。

オットーが近付いてきて、ベイクの肩にそっと手を置いた。


「……そのうち元に戻るさ」

「人を病人みたいに言うな!」


ケイリーが小さく肩を竦め、皆に向けて言葉を発した。懐から、リーメイムから預かった鍵とセットの方の遺跡の地図を取り出し、何かの厄介事みたいに眺めつつ。

養父の形見のそれを見て、リーメイムの胸はチクリと鈍い痛みを発する。


「仕事の話、いいかな? ……お前の社会復帰のためにも」

「そ、そうね。過ぎた事は忘れて、日常に注意を払わなくっちゃ……! せっかくみんなが集まってるんだし」


ベイクが姿を見せたのを聞きつけて、慌てて食堂に入って来たシーナが、ケイリーの話題に相槌を入れる。変に気を遣う、妙な雰囲気がベイクの周りに溢れ返っていた。

当の本人はどこか気味悪そうに、仲間の気遣いに眉をひそめている。一団は仕事の話に移ろうと、場所を移動して例の読書室に揃って腰を下ろした。

リーメイムが最後に席につくと、シーナがベイクに議題を提出する。


「それじゃ、遺跡探検にこのメンバーで出掛ける件だけど……」

「うむ、何か問題があるのかい?」

「リーメイムが訓練を受けたいそうだ。彼は探掘仕事は素人だが、一緒に連れて行くと約束した手前、何らかの措置を講じる必要がある」


あっ、ケイリー師匠……わざと、ボクが誰に教えて貰いたいのか微妙に伏せてるよ。話を振られたベイクは、思案げな顔をして宙を見つめている。

リーメイムは発言すべきか迷うが、先んじて口を開いたのはベイクだった。


「そうだな、それじゃケイリーが面倒を見てやってくれ。俺はメーフィストと約束した手前、暫くは王宮仕事に戻らなきゃならん。オットーは、遺跡の場所までのルート偵察を頼む」


リーメイムは、思わず小さくガッツポーズして喜びを表した。そっとケイリーを見遣るが、彼は全くのポーカーフェイス。内心は嬉しくは思っていないだろうけど、親友兼リーダーの言葉に抗うつもりは無い様子。

代わりにオットーが、難し気な顔で質問する。


「うん、一人で遺跡まで行くの? 俺一人で?」

「違う、遺跡までの道のりを確認して欲しいんだ。どんな危険があるかとか、近くに磁気嵐が来てないかとか。危ないと思ったら、すぐに引き返してくれればいい」


オットーは、納得したと言う顔で短く頷いた。何にしろ、遺跡探検に関してはキャリアの浅い面々である。どういった下調べが必要かなど、深くは理解していないのが現状っぽい。

それでもようやく、リーメイムにとって最初の探検のための計画が動き出したのだ。軽い興奮の感情が、リーメイムの内側から湧き上がる。

シーナが考えつつ、そわそわしているリーメイムに確認した。


「この遺跡の地図……あなたのお父さんが、赤ん坊のあなたを拾った場所よね? 正確には一緒に拾った物には何があるの?」

「ええと……古文書とボクの持っているカギと、剣かな? 地図は父の描いた物だし」

「それからその場所には、時空を移動出来る箱舟と、稼働可能な魔法生物兵器が眠ってるって話だ。兵器工場の遺跡の地図は、俺たちの手に余るから王宮に売っちまったけど……こっちもひょっとして、俺たちのポケットに入れるにはでっか過ぎるヤマかもな」


リーメイムが、シーナの問いに慎重に思い出しながら返事をすると、その後を引き継いでベイクが王宮との取り引きを口にした。どの道、そんな身に余るモノを手に入れても、使い道も無いし怖いだけだ。

 ただ、今回手掛ける遺跡の難易度の話では、皆が一斉に渋い顔付きに。


古文書はベイクの奥さんに預けてあり、解読はまずまず進んでいる筈。ただし詳しい記述内容は、まだ本人から聞いていないとリーメイムは付け加える。

シーナがポンと手を叩いて、それに対する意見を述べた。


「そうそう……リーゼ一人じゃ大変だから、こちらの手伝いの無い時間は、子守りでもしに行こうと思ってたのよ。サラも外出禁止みたいだし、ちょっと様子を見てくるわね?」

「そうだな……古文書の内容で、ある程度箱舟の正体については判読する筈だ。どう考えても、そちらが先だな」


ケイリーが考えつつも、そう賛同を口にするのだが。親友の家庭に下手な荒波を立てては不味い時期だと、多少ベイクの顔色を窺うのは仕方のない事だろう。

ベイクは完全にそっぽを向いていて、昼からは楽しい宮廷勤めだと関係の無い話を口にした。心にも思っていない台詞に、場の一同はシラケ顔だったりするのだが。

本人は気にした風も無く、探検と特訓に期待感バリバリのリーメイムを見遣る。


「そうそう、リーメイムの次なる特訓だが。そろそろ、実践的な対人戦闘の一つも教えてやらないとな……いつまでも足手まといじゃ、話にならん」

「だ、だからケイリーさんを師匠と呼んで、これから頑張りますってば!」

「……呼び方は普通でいい」


妙な盛り上がりのリーメイムに対して、ベイクは何やら思い付いた顔付きに。対するケイリーは、旧友の閃き顔に嫌な予感をひしひしと感じつつも。

取り敢えず上達するまでやれと言われた訓練は、ちょっと変わったゲームのようだった。お互いの利き手を布で縛って、行動を制限された上で、相手の急所を攻撃するのだ。

理にかなっているような、そうでもないような。


特訓が始まると、リーメイムはどう動こうかと考える前に何度もすっ転ばされた。その度に師匠のケイリーのつま先が、あばら骨やみぞおちを襲うのを、頑張ってブロックしなければならなかった。

さすがにナイフを主武器とするケイリーは接近戦に秀でており、その上敵の急所を知り尽くしていた。一度は力加減を誤って、リーメイムは失神させられた程。

利き手の自由を奪われているハンデはお互い様だが、ケイリーは不自由すらしていない様子。器用さには自信のあるリーメイムも、布で縛られての力比べで転ばされる度に息が詰まりそうな衝撃を味わう。

1時間も経過する頃には、既に泣きが入っていたりして。


これは敵の動きを察知する特訓だと思い至ってから、リーメイムは慎重に敵と自分の距離やバランスに気を配る重要さに気付いた。そうすると、途端に転がる回数が減少して行き。

ケイリーはそれを察知すると、今度はリーメイムのバックをやすやすと取って、頸動脈を締めて落としに掛かるようになった。一体何パターンの仕留め方を師匠は知ってるのかと訊ねたら、今度は関節技のオンパレード。

身をもって威力を知ったリーメイムは、夕方の給仕の動きがガタガタに。


「大丈夫、リーメイム君? ケイリーに言って、ちょっと手加減して貰ったら?」

「へ、平気です。すぐ慣れますから、きっと……」


エイダに心配される日々が、3日程続いただろうか。その間にオットーは旅の支度を整えて、独り偵察のために町を後にしていた。仲間達は何の心配もしていない様で、日々の日課を黙々とこなしている。

それはベイクも同様で、退屈と称する宮廷通いを案外真面目に続けている様子。夕方もこちらに顔を出す程度で、酒も食事も取らずに大人しく家路につく。

最初の印象からかけ離れた模範行動に、リーメイムは心配にすらなって来る。


しばらくそんな日が続き、英雄の受難から5日は経った日の朝だっただろうか。久し振りにサラが『木槌亭』に姿を見せ、リーメイムをほっとさせた。

エイダもそれは同様で、早速小さな友達と挨拶を交わして、今日は何をして遊ぼうかと持ち掛けている。サラは両手に大きな絵本を持っており、それをエイダに指し示した。

手作り感たっぷりのそれは、見事な色彩で表紙に青い龍が描かれていた。


「あれっ、この絵柄は見たことあるかなぁ。確か、シーナが描いてた奴じゃない? うわっ、絵本になったんだ、凄いっ!」

「えっ、そうなんですか? うわ~、いいなぁ、サラ。……ちょっと見せて?」


サラはきゅっと目を瞑り、リーメイムに向けて表紙の絵をチラリと見せつける。それからシーナが姿を見せたと思ったら、ダッシュでそちらに飛んで行った。

本当にちょっとだけしか見れなかったリーメイムは、その場で脱力。


向こうでは、サラがお礼と次の絵本を作ってくれるようにとの交渉が、シーナとの間で行われている雰囲気だ。珍しく肉親以外にじゃれ付く少女を眺めながら、エイダもどこか安心した様子を見せている。

いればちょこまかとお騒がせな少女も、いない間はやっぱり寂しいものだ。それはサラの父親も同様なのだが、家族のために真面目に勤めを果たしている当事者に向かって、あなたの行動は最近ヘンだともまさか言えない。

オットーが良い知らせを持って戻って来たら、この空気も変わるのだろうか?


朝の掃除と食材の補充、その他の細々とした仕事をこなしてしまうと、ようやくぽっかりと暇な時間を取る事が出来た。いつもは昼からの特訓に備えて英気を養うのだが、エイダとリーメイムは、読書室へと軽いランチを持って移動する事に。

何しろ、久し振りの小さなお姫様の訪問なのだ。こちらも、力を入れてもてなしてあげないと。リーメイムが扉を開けると、シーナとサラは読書中だった。

エイダがお昼にしようと声を掛けると、一同は途端に和んだランチタイムに突入。


「シーナったら、いつの間にか絵本なんて作ってたのねぇ! ベイクが主人公なんて、ちょっと不思議な感じがするけど。向こうはどんな感じだったの?」

「ええ、向こうは向こうで、何とか落ち着いたみたい。リーゼの機嫌は直ったし、古文書もようやく前半部分は翻訳して原稿に書き写せたわ……」


そうだったのか、それでサラにもようやく外出許可が下りた訳だな……。リーメイムは納得しつつ、シーナの隣に腰掛けてサンドイッチをぱく付きに掛かる。

自作の絵本をもっと良く見せて貰おうと、一足先に食事を終えたリーメイム。ナプキンで手を奇麗にすると、ソファの端に置いてあったシーナの絵本を厳かに手に取る。

絵本は、文字通りに絵しか描かれていない仕様だった。台詞が1行すら無いのだが、鮮やかな色彩で描かれた英雄と青い龍の対決には目を見張るものがある。

その場にいたのかと思う出来だが、本人に訊くと完全な想像だとの答えが帰って来た。


シーナは少し照れている様で、まじまじと自分の作った絵本を見られ、あまつさえ素直に賞賛されるのには慣れていないようだった。話題を変えるように、リーゼが近い内に古文書の翻訳の報告に来るだろうと伝言を伝えて来る。

エイダはサラの給仕に忙しかったのだが、その言葉にはしっかり反応。その目は、その日までにはちょっと本気で掃除をしないと失礼だと訴えているよう。

自分の仕事量にも直結するので、リーメイムは女主人の思考を読み取るのが上手くなっている気も。


「そう言えばリーメイム、最近は例の監視されている感覚はあるの?」

「いいえ、無いですね。相手の素性も、まるで見当がつかないし……」


シーナは考え込んで、薄い色の付いた唇を指先でなぞる仕種を見せた。リーメイムは顔を赤らめ、言葉も無くただそれを盗み見る。

女性陣も食事は終わった様子、テーブルは綺麗に片付いてしまっていた。


「どういう現象なのかしらね。誰かがあなたを探しているのか、それが分かれば少しはヒントになるのに。やはり遺跡で、あなたの素性を突き止めるのが早道なのかしらね?」

「はぁ、ボクの素性ですか……」


そう言うものだろうか、やっぱり。自分の素性について、彼も今まで考えなかった訳ではない。だが、それが知れたからといって、何かの役に立つとは考えなかった。

それでも、この間のような危険があると知れたら、やっぱり放って置く訳にもいかないとも思う。周囲の人達にも危険が及ぶ可能性もあるし、何より四六時中気を張っているのも大変だ。

とは言え、それに対処する方法はとんと思い浮かばないけれど。


「それはそうと、ケイリーと秘密の特訓をしてるんですってね? 大変そうだけど頑張って頂戴、リーメイム」

「はっ、はいっ!」


リーメイムは元気良く頷いた。特訓を秘密にしてるつもりはないが、お師匠様が男同士で腕を縛っている所を見られたくないとの理由で、地下の物置きでの特訓になっているのだ。

憧れの女性に頑張ってねと言われ、リーメイムのやる気メーターはぐんぐん上昇。今では転んで汚れても良いように、特訓用の服も買い揃えてしまっていた。

そんな日々を過ごし始めて何日か後、ようやくオットーが調査から戻って来た。


久し振りにベイク達三人が揃ったのだが、旅行帰りにも関わらずにオットーは元気な様子。数日振りに味わう町の空気と酒の味に、気分上々のようだ。

一同は、何故か今や特訓の場と化した地下の物置小屋で、秘密の会合を果たしていた。今日はお城を早引けしたらしいベイクが、エイダに見つからぬように酒樽を失敬して来ている。

どうやら、宴会しつつリーメイムの訓練成果を見て楽しむ計画らしい。


笑いのタネになど、なってなるものかとリーメイム。例の利き手を結んだ特訓でも、何とか不様に転ばないまでの成果を上げ、師匠ばかりかベイクも目をみはっている。

オットーは、二人の馬鹿馬鹿しい格好を見て、それだけで受けていたのだが。


「ほう、生意気にも慣れて来たか。それならまぁ、つまらないから別の遊びを考えよう」


遊びだったんかいっ! リーメイムは思わず大声で叫びそうになって、代わりに思いっきり地団駄を踏んだ。オットーはさらに盛り上がり、やんやの喝采を上げる。

互いに繋がれていたケイリーは、疲れたため息をつき、独り言のように呟く。


「……いつもの調子が戻って来たようだ」


ああっ、お師匠様ってこんな時にも友人の心配をするなんて、なんて優しい。それに引き換え当のベイクは、倉庫の隅から木切れを拾うと、ホイッとリーメイムに投げ渡して来る。

どうやら次なる特訓は、武器を使った実践形式らしい。


「ようっし、次はいよいよ実戦だ! 安心しろ、リーメイム。今までの特訓で、全ての実戦の型はお前の体に染み込んだはずだ!」

「そんな訳ないでしょ、どう考えたって!」


さすがにこの台詞には、リーメイムも呆れ果てるしかなかった。ケイリーに至っては、脱力したように額に手をつき、その場にしゃがみ込む始末。

どうやら手渡された木切れは短剣に見立てているようだ。ベイクの顔を見て段々と怒りが込み上げてきたリーメイムは、彼と対峙しつつ、不敵に鼻を鳴らしてみせた。

絶対に一泡吹かせてやるもんねっ……お師匠様のためにもっ!


「……ほう、やる気だな。その気合に免じて、少々ハンデをくれてやろう。俺はここから動かないし、打ち込み箇所も小手と胴に絞ってやる。さあ来いっ!」

「たあっ!」


ベイクの掛け声と共に、リーメイムは大声をあげて突進した。両手で木切れを腰だめに構えて、勢い良くがむしゃらに目標めがけて。ぶつかった衝撃は大きく、リーメイムは小石のように吹き飛ばされた。

ベイクは涼し気な顔で、元の位置に立っている。


「あいたた……」

「イノシシか、お前は?」


ああっ、そうだった。特訓の成果を見せなければ、毎日付き合ってくれたお師匠様に申し訳がない。リーメイムは以前にちらっと見た、ケイリーのナイフの構えを思い出し、木切れを右手にベイクに忍び寄った。今の最善と言えば、この程度。

途端に右手をしたたか打たれ、リーメイムは悲鳴を上げた。大事な木切れが、カランと音を立てて地面に転がって行く。慌ててそれを拾い上げるリーメイム。

いつの間にか、相手の攻撃範囲に入っていたらしい……。


「愉快な奴だな、お前って。小手と胴しか打たないと言ってるのに、そこをわざわざ見せびらかすとは。少しは頭を使え」


そ、そうか……どうせ技量は天地ほどに違うのだから、ここはひとつ知恵を働かせなくては。こんな最初の段階で、お師匠様に見捨てられる訳には行かない。

リーメイムはベイクの周りをうろつき回り、相手の視界を幻惑する。もちろんこれ位の事では、ベイクの視線は自分からは離れてくれないけど。それから頃合を見計らい、素早くケイリーの影に隠れたのは、相手にとって計算外だった様子だった。

仕上げにと、リーメイムはその背中を思いっきり押した。


「済みません、お師匠様っ……! ちょっとだけ盾になってくださいっ!」


その途端、リーメイムの視界は反転した。ぶん投げられた、お師匠様に。それが理解出来たのは、地面に背中から落ち、呼吸困難からようやく回復した後だった。

見上げるとベイクが笑いながら近付いて来て、彼のお腹をぐりぐりと踏み付けた。


「がはははっ、見事な攻撃だったぞ、リーメイム! 自分の師匠を盾にするとは、あっぱれな非道振り。土壇場で裏切られたのは計算外か?」

「ひでえっ、凄えっ! わははっ、お前ら街頭のコメディアンより面白いぞっ!」


笑いの止まらない両名の目の前で、泣き出しそうなリーメイム。全く反論出来ない事態に、後悔の念だけが押し寄せて来る。お師匠様のためにも、ベイクに何とか一太刀浴びせたかったのに。それが理解されないとは……。

だが予想に反して、ベイクは上機嫌だった。


「少しは鍛え甲斐がありそうじゃないか? ケイリー、ナイフを教えてやれよ!」


ケイリーは何も言わず、ようやくネタにされたショックから立ち直ると、静かな口調で講義を始めた。夕刻までみっちりと、構えから短剣の扱い、間合いの取り方に至るまで。

初めて受けるまともな訓練に、リーメイムは舞い上がり、必死になって教えを乞う。


「今日はここまで。明日、最初からおさらいをしよう」

「あっ、有り難うございましたっ!」


リーメイムは汗だくになって、お匠様に対し一礼する。身体に満ちる快い疲労感と、それを遥かに凌ぐ満足感。そして言うまでもない、明日への希望。

明日は絶対、今日よりもっと頑張ろう!


だが、リーメイムの思惑通りに事は運ばなかった。次の日の午後、リーゼが古文書の解読の清書を終え、それを持って宿屋に来訪したのだ。

呼ばれた彼が酒場に入ると、ベイクが赤ん坊を抱いて妻の隣に腰掛けていた。


「お久し振りですね、リーメイム。古文書の翻訳の写し書きが終わったので、それを渡しに参りました。これが訳書です……読めば分かると思いますが、前半はあなたのお父様の覚え書きが、後半はどうやら浮き船とガーディアンの仕様書が書かれているようです。何故か、風の民のかなり古い文字で」


リーゼの問い掛ける様な視線に思い至り、リーメイムは咄嗟に説明した。父親は博識で、風の民の文字も草原の民の文字も読み書きが完璧に出来た人だった。

だが、赤ん坊の自分と一緒に拾った古文書に、風の民の古い文字が使われていた訳は、リーメイムには答えられなかった。養父の推測も差し込まれた覚え書きには書かれていたが、いずれも憶測の域を出ない内容だったらしい。

つまりは、古文書の解読によっても、謎の大半は解き明かされなかったみたいで。


「あの、浮き船って何です? ボクの出生と風の民、何か関係あるんでしょうか?」

「浮き船とは次元を越えて航行出来る、飛行が可能な乗り物の事です。私の故郷にも何隻か存在しますが、古文書の説明を読む限り、仕様はかなり違うみたいですね。あなたと風の民の関係については、私にも計り兼ねます」


リーゼは落ち着いた声音でそう答える。純血の人間と言うのは、同じ部族同士なら大抵は一目で分かるものだが、何世代にも渡って薄まった血は簡単に判断出来ないのだ。

この場の面子で言えば、ベイクなどが良い例である。彼は純血の光の民ではなく、どの部族の血が一番濃いかすら全く分からないのだ。

エリート民族意識の強い王宮貴族たちは、その雑種性を疎んでいる節もある程で。


「お父様があなたを拾った遺跡と言うのが、恐らく稼働可能な浮き船なのでしょう。そうだとしたら、確かにひと財産ですね。方々から狙われていたのも、そのせいなのかも知れません。それからもう一つ、あなたは別の次元からの漂流者、いえ逃亡者なのかも……」

「はあ……」


リーゼの早過ぎる展開の説明に、生返事を返すしかないリーメイム。子供の頃から妙な疎外感を感じる度、ひょっとしてそうじゃないかなとは思ってたけど。

何となく決定的な雰囲気、まぁ別に今更な気もするけれども。


「その浮き船、本当に稼動するなら凄い価値がつくよな……場合によっては、王宮にもうひと押し催促出来るかも。よし、明日にでも出発するか!」

「早速かよ……まぁ、道案内はバッチリ任せとけっ!」


ベイクの威勢の良い言葉に、旅から戻って間もないオットーも釣られて相槌を打つ。逆にリーメイムは思案顔……えっ、もう明日出発なのっ!?

せっかくお師匠様との特訓も、いい具合に進んでいるってのに。ベイクは彼の気持ちになどお構い無しに、赤ん坊をあやしながら機嫌良く盛り上がっている。

まあ、それも仕方ない事だと無理に納得するリーメイム。偵察の旅から戻って来たオットーは、道のりは万全で磁気嵐の心配もないと請け合っているようだし。

変に出発を先延ばしして、天候が悪くなったら目も当てられない。


「充分気をつけてね、あなた……それにリーメイムも」

「はっ、はい!」


リーゼの言葉に、リーメイムは元気に笑いながら頷いた。本当に優しい人だ、英雄の奥さんは。サラが厨房から出て来て、真っ先に母親を発見する。それからすぐさま駆け寄って来て、リーゼの膝の上を占領した。

エイダが続いて顔を出し、緊張した声音でリーゼに話し掛ける。


「あの、よろしければ昼食はこちらでお食べになって下さい。今、用意しますから!」


リーゼが笑顔で会釈する。エイダは舞い上がって、厨房に引っ込んでいった。リーメイムも給仕に手伝いが必要かと、リーゼに一礼してエイダの後を追う。

 厨房では頬を染めたエイダが、感極まった表情を浮かべていた。


「ボクも食事の用意、手伝いますよ。でもエイダさん、何でリーゼさんと話す度にそんなに舞い上がるんです?」

「あれっ……知らないの、リーメイム君? リーゼさんが、風の民の元姫巫女だって事。つまり、彼女は風の部族の王女様だったのよ?」


ひ、姫巫女ってそう言う地位だったの? それじゃあ彼女は、王冠を投げうってベイクさんなんかと結婚したんだ……何て、何てもったいない!

エイダの話は、彼女の知る限りで、リーゼ嬢の高貴さや姫巫女だった頃の華やかさにまで及んだ。何の因果かベイクと知り合い、駆け落ち同然に結婚した経緯は、青龍退治の話よりもドラマティックに感じるリーメイム。

現在身近にいる存在だけに、臨場感があるような無いような。


もっと詳しい話が聞きたいが、ベイクに尋ねてもまず話してくれないだろう。昼食の席にはケイリーとオットーも当然のように同席し、彼の給仕を当たり前のように受けていた。サラは母親に食べさせて貰っていて、この上なく幸せそう。

家族的な雰囲気に、リーゼは難なく溶け込んでいた。風の部族の、元姫巫女。


彼女は迷わなかったのだろうか? ベイクを理想の男性だと疑いもせず、迷わず付いて行く事を決心したのだろうか? 目の前の彼女は幸せそうに、家族と食卓を囲んでいる。

少し前まで、リーメイムは無性に強くなりたいと願っていた。それが自分の幸せに繋がる手段に違いないと、心の底からそう思い込んでいた。

本当にそうだろうか、別の道もあるのかな?





気持ちの整理がつかぬまま、リーメイムは喩えようのない不安を味わっていた。それは心の中に靄のように広がり、いつまでもリーメイムを悩ませた。







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