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さくらというひと。

すこしむかしの「桜」の話

さくらというひと



それは昔、一本の人喰い桜が誰も誰もいない丘にたっておりました。

これからお話するのはその桜の昔話にてございます。


それではしばしの間

私の戯言にお付き合いくださいませ。




私はいつも少し高い丘の上におりました。

風がよく吹き日もよく当たるとても心地のよい所でございます。

その丘で私はいつも日向ぼっこをしているのです。


私はいつも地味なのですが年に一度、春だけとても華やかに着飾ります。

その時は人々が集まってきて私を中心に「お花見」という宴を開いてくださりまして、その宴はとても楽しいものでした。

私は話す事が出来ないので会話に加われず…話せないこの身を恨めしくも思っていたのですが皆様の笑顔を見ているとこの体も悪くはないと思うのです。

そうそう、私のいる丘の麓には小さな村がございました。

決して裕福な訳ではなかったのですが一人たたずむ私にぬくもりと優しさを教えてくださった大切な場所にございます。

ただ一つ残念なことに私は読み書きが出来なかったゆえに村の名前を知らないのです。

聞きたくても聞けない為に知らぬままになってしまいました。



その村には一人の娘がおりました。

とても可愛らしい娘でそれは私でさえ見とれてしまうほど。その村でもあまたの男達が求婚していたのですがその度に涙を飲む結果となっていました。


お恥ずかしい話、私も村の男どもと同じように彼女から眼が放せなくなっておりました。

いつもとはいかぬものの彼女が訪れる度に私は心を踊らせ着飾らぬ時に派手に着飾って見せたりしたものです。

その時の娘の笑顔といったら!

私がいかに着飾ろうともかすんでしまう美しさでした。


ええ、正直に申し上げましょう。私はその娘に恋をしていたのです。

ですが私のような者が彼女とつりあう訳があるというのでしょうか?

私は見守ることしか出来ませんでした。ですが私はそれでも良かったのです。

私は彼女が他人に見せぬ笑顔を見る事が出来る。それだけで満足でした。



やがて時は過ぎ、娘はもう立派な女になっておりました。それでも私の元へ欠かさず通い続けて下さいました。

私は幾度貴方のために着飾ったでしょうか?

私が着飾る度に人々は私の元へ訪れ口々に言うのです。


『一体、誰の魂を喰うのだろう?』


季節が一巡りし春が来る度に宴を開く人は減り私の元へ来てくれるのは彼女のみとなってしまいました。

あの宴が見れないのは悲しい事ですがそれでも彼女が居てくれればと思い悲しみを紛らわせて居ました。


しかしある時を境に彼女は私の元へ訪れなくなったのです!

いくら待てども彼女は来てくれませんでした。

わずかな期待を胸に私はより一層着飾り彼女を待ちましたが二度と彼女が私の元を訪れる事はありませんでした。


仏は悲しみに沈む私を哀れに思ったのかある日、風の噂で『彼女が村の外へ嫁いだ』と教えて下さいました。

やはり彼女は私ではなく他の誰かを選んだのです。いつかは来るのだろうと覚悟はして居ました。

ですが余りにも痛みは大きく…。いつしか私は着飾る事を止めたのです。

そしてふと思い出したように着飾っては彼女を思い一晩中泣き続けました。



何年経ったでしょうか?

村の姿も変わり、どうやらあちらでは人々の姿も変わったようで刀を持ち歩く者は誰一人おりませんでした。

私は既に狂って居たのでしょう。着飾っては泣き、着飾っては泣きの生活を続けて居ました。



その日は何やら村が騒がしいようでした。

勿論、普段の私なら気付きもしなかったでしょう。ですがその日は何やら胸騒ぎがしておりました。


最初に見えたのは年老いた男でした。

その後からはまだ年端も行かぬ娘と凛として涙を堪える娘が見えました。その娘達にどことなく彼女の面影があり私は娘達が彼女の子だと言う事がわかりました。

始めに見えたのは彼女の夫でしょう。


では彼女はどこへ?


それはすぐにわかりました。

彼女は私の元まで板に乗せられてやってきました。

『眠って』いる彼女はすっかり年をとっていましたがそれでも美しく私は再び出会えた奇跡に喜びました。

人々は私の足下に穴を掘ると彼女を埋め、暫くの間黙祷した後一人二人と立ち去って行き最後には彼女の夫と娘たちが残りました。

彼らが余りにも暗い表情でいるため私は少しでも励まそうと着飾って見せました。

言葉は通じない…けれどこれが私の気持ちを伝える術です。

どうか泣かないでください。

彼女を不安にさせないでください。

私にはこれだけの事しか出来ません。

でも―…


『桜に心があるというのは本当だったんだな』


ふと老人が顔をあげて私に微笑みました。

そして背を向けてゆっくりと岡を降りて行き岡の上には私と彼女だけとなりました。


嗚呼、お久し振りですね。

貴女は向こうで一体どんな暮らしをしていましたか?

貴女がいない間の私の話をしましょう。

だから早く起きてください。

今なら貴女とお話出来る気がするのです。

ねぇ、貴女はいつまで眠るのですか?

私は貴女が目覚めた時この姿でいるため着飾り続けましょう。

『他の誰か』と同じように。


私は自分の周りを見渡しました。

『誰も』いない岡の上で。

数々の墓標の真ん中で私は咲き続けます。

だから


早く目覚めてください。




これで私の戯言は終いでごいます。

あの桜はどうなったかって?

知りたいのであればお話致しましょう。


あの桜は一人の女が埋葬されて以来咲き続けておりました。

一度も散る事なく、まるで狂ったかのように年を重ねるたび美しく華やかになっていったのです。

人々はその桜を恐れ、とある春の日その桜を切り倒してしまいました。

切り倒されてもなおその桜は咲き続け、やがてフッと消えてしまったそうです。

その桜の行方を知る者は誰もおりません。

ただ風の噂ではその桜は今もなおあの岡で咲いているそうな。

嘘か真か、信じるのは貴女次第でございます。


それではまた何時かお目覚めになる時に。


それまで


ゆっくりとお眠り下さいませ。


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