お菓子といたずらと道端と
「ハロウィン」のおはなし
お菓子といたずらと道端と
「ハッピーハロウィーン!道端君」
「え?ああ、はい飴ちゃん?」
「…………」
あれ、なんか選択ミスった?ハッピーハロウィンってことは今日ハロウィンなんだよね。
「イタズラさせてよ、もう!」
「だが断る」
「道端君!」
「ごめんごめん」
僕をぽかぽか殴りながらも彼女は僕のあげた飴をしっかり握りしめている。本当そういうところが可愛いなあ。
僕を殴っている彼女、迷子ちゃんこと園山ユヅカちゃんは僕のお隣で一人暮らしをする女子大生さんであり片思いの相手でもある。
出来る事なら二人の馴れ初めを語りたいけど僕達の出会い方はちょっとばかし奇妙で不思議で運命的だったため、長くなってしまうから今回は割愛。
またの機会にでもお聞かせしよう。
んでもって今回の話とユヅカちゃんは全くもって関係ない。
じゃあなんで話したかって?だって、可愛いじゃんユヅカちゃん。話したくなっちゃうじゃんぽかぽかって可愛くない?
え、それだけだよ?
大学生のユヅカちゃんは午後からだというので玄関で別れると僕はそのまま高校へと向かう。越境というのもなかなか面倒なもので満員電車にもみくちゃにされて朝ユヅカちゃんから貰った元気をすでに使い果たしてしまった。なんてこった。
もうやだなあなんて思いながら重い脚を引きずって歩いていると足がさらに重くなる。見下ろしてみればめっちゃくちゃ不細工な黒猫が僕の足にまとわりついていた。
「うわっ、ぶさいく!」
「ぶなあ」
「うわわわわ…はなれて!はなれて!苦手なの!」
「ぶにゃーん」
「にゃんでもわんでもなんでもしていいから離れてえ!」
「ぶなあ」
急に足が軽くなる。不細工にゃんこは僕の足から離れるとじっと見てきた。まるでいいの?とでも言うように。
なんとなく気になったけど僕はにゃんことなんか睨みあう趣味は無いのでこれ幸いと逃げだす。
後ろで誰かがお菓子頂戴と笑った気がした。
「っす先輩、トリックオアトリート」
「……え、はやってんの?」
校門前で後輩に会ったかと思うと手を突き付けられた。
この時点ですでに彼を含む十人前後の後輩から同じ言葉をかけられている。うわあ僕モッテモテ―!じゃなくて
「先輩イタズラしますよ?」
「うわ勘弁。…はいハッピーハロウィン」
仕方なくポケットに押し込んであったカロリーメイト(チョコ味)を渡す。さよなら僕の非常食。
後輩はカロリーメイトを受け取ると「先輩面白みねぇ!」と言いながらも顔をほころばせる。あーちくしょー可愛いなもう。俺の後輩マジ天使。
「でも先輩マジで何かしら食いもん持ってるんすね」
「は?それどこから聞いた」
「秋織っすけど」
アイツか。
「後でシバくわあんにゃろー…」
「ははっ、手加減してやって下さいよ」
「善処する」
校舎入り口まで来ると僕と後輩は別れる。僕は西棟、後輩は東棟で入り口が微妙に違うからだ。
ここから先は三年が主に使う場所なのでもう後輩と合わないだろうと考えていると肩を叩かれた。
「んよっ、みっちーtrick or treat」
「へ?」
良い発音してんなあとかどうでもいい。なんでお前まで?
「菓子持ってんだろ?さっさとよこせや」
「やだよ、なんで僕があげなきゃなんねーのさ」
「お前の菓子は俺の菓子。俺の菓子は俺の菓子」
「ったく、どこで僕の菓子の事聞いたんだっての…」
今度はチロルを押しつけながら聞くと同級生はさも当たり前だというように言い放った。
「え、全校に広まってるけど?」
なんてこったい。
いやあ、怖いね!噂って。
一日中校内でハッピーハロウィンだのトリックオアトリートだの言われまくったよ。もちろん全部律儀に返したよ?漁ればなにかしら出てくるって僕のカバンどうなってんだ。
挙句下校中にも言われた。
まずは近所住まいの小学生チビ達。あ、やばいかななんて思ったけど平気だった。
次に秋織のお兄ちゃんと愉快なその仲間達。怖かった―。本当怖かった―。もう十センチ以上でかい男に囲まれるなんて経験したくない。
それからホストみたいなおにーさん。誰?って顔で見たら秋織兄の友達だそうな。
ああ、超ポジティブでネガティブ君もいたなー。これは秋織の友達。なんじゃそりゃって聞かれそうだけど一番いいあらわせてる気がする。変な子だった。
全部のうわさが秋織経由で流れてる…かと思ったら違うらしい。
だって、一番後に僕に声をかけてきたのが秋織だったから。
「先輩、ハッピーハロウィンです」
「秋織!なんでお前ここに!」
「兄貴によばれたんで。先輩お菓子配り歩いてるんですって?」
「歩いてないよ!…お前が言いふらしたんだろ?」
「は?まさか。だって俺、今日先輩の事一度も見てませんよ?」
「……え?」
「つか先輩本当に食いもん持ち歩いてるんですね。どんだけっすか」
ちょ、まてまてまて!秋織じゃない?じゃあ、誰が言いふらしたんだ?
「秋織、僕の事誰から聞いた?」
「あー、なんか変な笑い方するイケメンからでしたね」
誰?
ぞくりとする。まるでくらいくらい夢の中に入り込んだような。
重くて暗くて抜け出せない。
僕は多分、知ってる。これがなんなのか。正体が何なのか。
でも同時に思い出すなと何かが言う。
ハロウィンはオバケ達の集まる日。
まさかねえ。考えもしたくない。
僕はひきつった笑顔で秋織に別れを告げて猛ダッシュで家へと向かう。
そうだ、こんな時は彼女の笑顔を見て癒してもらおう。
忘れてしまえこんなこと。
塀の上に座り込んだ黒猫が笑う。
「神様のイタズラに決まってるじゃないか」