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「×××××××」

少しだけ残酷な描写が含まれます。苦手な方はご注意ください。


「雨」と「猫」のおはなし。

「×××××××」



雨が止まない。

服はぐっしょり濡れて気持ち悪いのにさらに濡らそうというのか雨は止む気配はない。

濡れるのが嫌ならその場から離れれば良いのにと思われるかもしれないが残念ながら彼は仕事の立場上それが出来ない。最悪。

一応彼だって、始めはささやかながら濡れないように格闘もしてみたがそれも早々に諦めてされるがままになっていた


(………来ねぇなぁ)


雨の中で突っ立っている男性の顔にはガスマスクがあり表情はわからないがきっと物憂げな顔でいるのだろう。こんな天気の中で晴れやかな顔でいることなど誰だって出来まい。

ガスマスクの男性…柴は溜め息を付くと手に持った拳銃を見た。結構な年代物だがきちんと手入れがされたそれは不気味に黒光りして柴のガスマスクを写し出している。

この拳銃こそ雨の中で惚けている原因になったものであり、柴にとっては何物にも代えられない唯一無二の相棒だった。


(今回ばかりはコイツがなけりゃよかったのに)


そう思うものの手放す事を考えると寒気がする自分に苦笑した。

…と不意に気の抜けたメロディが辺り一体に鳴り響いた。

一気に暗い雰囲気をぶち壊され何故音を消さなかったのかと過去の自分を責める。


…いやまずはこんなメロディに設定したあいつを責めるべきか?畜生オレが疎いのを知っててやるからタチが悪い!


出ないという選択肢はないので拳銃を腰のホルダーに戻す。ポケットから携帯を取り出して通話ボタンを押すと仕事仲間からだった。


「…もしもし?」

『あ、柴か?』


どことなく少年らしさを残したようにも感じるけれどハスキーで不思議な声が聞こえて柴は少しだけ緊張を解いた。


「運び屋。どうした?」


電話の相手である運び屋は運転中らしくかすかにエンジン音が聞こえる。コイツは結構…というかかなり運転に悪癖があるので運転中に電話をするのは嫌っていたはずだ。なのにエンジン音が聞こえるというのは…


『悪い、急いでんだがボスに掴まって仕事を押しつけられた。遅れそうなんだが…』


…嗚呼、ほら、やっぱり。


「…そうか、平気だ。多少はオレもやっておく。こちらこそ、すまないな。いきなり呼び出して」

『どうせ暇だし…いつもは。ま、平気だ。じゃあすぐ行くから』

「嗚呼」


柴は運び屋に礼を言うと電話を切った。


まだ雨は止まない。止んでも欲しくはないが…


注意深く辺りを見回すと柴はガスマスクを外す。そして息を吐いた。

このマスクは境界線。大嫌いなモノとの。


境界線を越えられると俺はついつい『拒絶反応』をしてしまう。

ほら、あの猫みたいにさ。


柴の鳶色の瞳に映ったのはうつぶせで地面に倒れる一人の女性。

正直もう触れたくないが多少はやると言った手前仕方がない。

女性を慎重にひっくり返して手首に触れる。そのとき少しだけ手に血が付いて顔をしかめた。


(まだ平気か。脈はあるな)


包帯の代わりになるもの…が無いので服を裂いて止血する。慣れた手つきで応急処置を済ませると柴は女性の顔を見た。


黒髪に白い肌、ゾッとするような美人だ。この魅力に落ちない男はそうそういないだろう。

甘え上手でこちらに擦り寄って来たかと思うとアッサリ逃げてしまう。

まるで猫みたいな女性だった。


(…サヨナラだな、お嬢さん)


柴は目を細めると女性の頬を撫でて立ち上がった。

遠くからエンジン音が聞こえてくる。すぐに濃い藍色の車が現れた。


「遅れた」


車から飛び出して来た青年は柴を見て訝しげに眉を潜める。


「柴、お前…」


泣いてんの?


「…あれ?バレたか」


長年の付き合いの彼は何か悟ったのか「お前」の後は言わない。

その代わり複雑そうな顔で後ろに倒れている女性を見て溜め息を付いた。だから忠告したのにとその目が語っている。

柴はガスマスクを元に戻すと苦笑しながらゴメンと謝った。


「…いい加減反省した?」

「全然」


柴がアッサリ返すものだから運び屋は意外そうな顔をする。


「運び屋、オレさあ」


ガスマスクの下で見えはしないけれど柴はニッコリ笑って言った。


「猫は嫌いなんだ」


だからその子とは上手く行くはずが無かった。それの何が問題なわけ?


「知ってるっつの。何でわざわざ嫌いな者に手を出すお前の気持ちがさっぱりわかんねー」

「運び屋、怖いモノ見たさに行動する奴がいるって知ってるか?」

「嗚呼、今よぉくわかった。馬鹿だ。ただの馬鹿だろ」

「そうともいう」

「……あっそ。で?お馬鹿さん、どうするこの子?」

「病院に突っ込んどいてくれ」

「了解」


運び屋は丁寧に女性を回収すると車を発進させた。

その後ろ姿を見送りながら女性に向かって叫ぶ。



「   」




…その声は雨に消されて届く筈もなかったのだけれど。







ねぇお嬢さん。

怖いモノ見たさ。オレはそれだけで行動する大馬鹿者だよ。

だからわざとあんたに近付いて、なんにも知らないあんたに怯えてあんたが乗り込んできた瞬間に拒絶した。

いや、撃ったのは悪かったよ。でもまぁ…あんたもスパイだったし仕事上仕方ないって事にしといて?


オレのことは適当に良い思い出にしてくれると嬉しいわ。

さすがに真夜中に背後狙われんのはオレでも怖いし。

あんたは結構綺麗な女性だったからいつかオレよりもっと良い奴みつかるよ。本当だって。


オレがほんの少し本気になるくらいにさ。


どうせ謝ったって許して貰えないだろうし。ちゃんとお別れ言ったって無駄だろうから。これだけ言わせて。どうせ雨が消してくれる。お別れと一緒に。あんたに届かない言えなかった言葉。


じゃあね、ばいばい、さようなら、永遠に、もう二度と会わないね。



あいしてました。


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