6、推敲地獄から脱出しよう!
なんだか知りませんがこのバー、やけに事件が多いですねー。
これじゃあ健全なバーではなくなってしまいます。健全なお客さんがいなくなってしまうと、お店にはヤンキーやヤク○さんしか居つかなくなっちゃいます。それは嫌ですねえ。というか、最近は丸暴さんを相手に商売するとこっち側にもペナルティがあるので、是非ともそういった道は避けたいところです。いっそのこと、「下ネタ反対」「暴力反対」の張り紙でもしておこうかしらん。
おっと、ドアベルが鳴ったぞ。いらっしゃいませー、ってああ、万年公募に落ち続けているイノウエ君ではありませんか。ええと、イノウエ君は確かカクテル・舞乙女がお好みでしたね。ってあれ、なんだか浮かない顔してますねえ。どうしたんですか? ふむふむ、書いている小説の推敲が終わらない、と。
ときに、その小説、公募に出したりどこかで発表するんですか?
え、しない? 腕を上げるために書いた短編で、一通り書き終わったから死蔵するつもり?
はい、イノウエ君、舞乙女ですよ。それを飲みながら、ちょいと老骨の愚考を聞いて下さいませ。
俗に、「社会保障費と軍事費は天井知らず」と申します。
これは大蔵省/財務省の役人の間で言われる格言だそうです。つまるところ、老人福祉や子供の養育などの社会保障や、いつ来るとも知れない敵から自国を守るための軍事費というのは、いくらでもお金を掛けることが出来る半面、掛け過ぎると国庫を破綻させてしまう。なので、その二つに関しては国力や税収規模を検討の上熟考して予算編成しなくてはならない、という内容です。一国民としては、特に社会保障の方でむっとする内容ではありますが、一方でこれが現実です。
そして、小説を書くにおいて、推敲というのは「天井知らず」の作業です。
推敲というのは、書き上がった文章の文法の誤りを正したり誤字脱字を改めるのみならず、文章を小説としての美文にまで仕上げる作業、とされています。ですので、何度も読み直したうえで間違いを正し、なんとなく変な文章を通りのいい文章に直すのがこの作業です。
そして、この作業ほど作者によってやることの量が違うこともありません。
世の中には色んな作者さんがいます。中には、推敲をしながらのんびりと小説を書くような作者さんもいる一方、とりあえずががーっと文章を書き終わってから長い時間を掛けて推敲に当たる人もいます。前者と後者では、まるで推敲の内容が変わってしまうんですね。
でも、はっきり申し上げましょう。推敲という作業は、小説家としてのあなたの実力を上げるものでは決してありません。
もちろんまったく実力を上げないとは申し上げません。でも、実際に構想を練って物語を紡いでいるあの瞬間と比べれば、その力のつき方ははるかに見劣りします。上手くなりたいなら、推敲している時間に構想を練る方がはるかにいいのです。なので、公募に出したりどこかに発表する文章でもない限り、推敲なんてあまりしないで次の作品に移ってしまった方が効率も上がります。
そして、もし推敲をしたいのなら、けじめをつけておいた方がベターです。
なので、あなたがまずやらなくてはならないのは、あなたは推敲をどれくらいしなくてはならない作者なのか、ということを知ることです。あなたの小説は、脱稿した瞬間にある程度読めるものですか、それとも手を加えないととても読めたものではありませんか? てにをはの間違いが多いですか少ないですか? 意味の通らない文章はどれくらいありますか? そうして自分を知ることから全てが始まります。
そして、そうやって自分のことを知ったら、「推敲をする日数」を決めましょう。つまり、締め切りを自分の側で決めてしまうのです。
そうすることの意味はいくつかあります。
締め切りを設けてやると、だらだらと推敲をして新作を書かなくなる、といったことがなくなります。また、ケツに火がつくので非常に集中して推敲が出来るはずです。
それ以上に、推敲という作業の持っている「天井知らず」に対抗するためには、期日を決めて対抗しないといつまで経っても推敲の終わらない推敲地獄に落ちてしまいます。
気持は判ります。目の前の文章に手を加えてやれば、文章は確かに美麗なものになっていきますし、新たなアイデアを書き入れていけばどんどん小説は面白くなるでしょう。それを知っていればこそ、ついつい推敲に力が入っちゃいます。けれど、この作業は作者の側でいつかピリオドをつけてやらないとならないのです。
と、いうわけですイノウエ君。
もし死蔵するつもりなら、とりあえず推敲は置いてしまって次回作を書きましょうよ。
おお、そうですか。次回作を書きますか。うんうん、それがいいですよ。
え? 舞乙女、おかわりですか。はいはい、分かりました。今ご用意しますね。
そういえば、イノウエ君はどんな小説を書いてるんですか? あ、原稿がある? 見せてください。ふーむなるほど……。
(文章云々以前に、そもそもてにをはから怪しい……、こりゃ相当手を入れないと読める小説にならないぞ。つか、それを差し引いてもこの文章、相当な悪文だな)
え。感想? そうですねえ、こ、個性的な文体ですねぇ、ハハハ。
ぶ、文学的? ああそうかもしれませんねアハハのハ。
(ああもう笑うしかないや、ちくしょう)
これを書いたのが約三カ月ほど前のこと(3013.1)なんですが、個人的には最近、推敲についてはもう少ししっかりやった方がいいんじゃね、という方向に針が振れ始めています。もっとも、またその針は逆方向に振れることでしょうから、まあいいんですけど。