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4、自縄自縛、楽しいですか?

 はあ、小説家の先生に逃げられてしまった。ゴマスリしておけばこの丸屋も小説家デビューだったかもしれないというのに。世の中人脈なのに! ああチクショウ。逃した魚は大きかった!

 仕方がない。しがない作者はこうして場末のバーのマスターでもやりながらチマチマ小説を書いて、公募に作品を出し続けるしか道はないんですね。さあさ、気を取り直してマスターの仕事をきっちりやるとしますか!

 おっと、マスターを呼ぶ声がするぞ! よしよし何だ! 時給720円のマスターが応対してやる! って丸屋、雇われマスターだったのか、今知ったぞ!

 って、えー! なんか凄い人がいる! 変態だ!

 だって凄いんですよ、二人席に座るこのお客さん、自分のことを荒縄で縛って、口で万年筆を咥えて小説を書いてるんですから。何のプレイですか。緊縛小説書きなんてプレイ、寡聞にして聞いたこともないんですが。どうしたんですかお客様。え? 俺には小説を書く時に縛りを設けている、それが作者としてのプライドなんだ、ですって?

 はあはあなるほど。そういうことですか。

 で、お客様、小説、書けていますか?


 創作界隈には往々にしてこういう人が本当にいます。

 自分の決めたルールの上に乗っかって小説を書いている人です。例えば、「下品なネタは書かない」とか、「必ずハッピーエンドで終わらせる」とか、中には、「尊敬する草野マサムネ(バンド・スピッツのボーカルにして作詞作曲を行なっている人です)が、『歌は所詮セックスと死しかテーマにならない』と言ったので、その逆を目指すぞ、と宣言してその二つのない小説しか書かない」という人まで(ああそれ昔の俺だ)。もちろんですね、書くものに縛りをつけるというのはその作者さんの思想や考え方、つまりは作風にまで影響を与えることなのでそう強くは言えないことなんですが、その縛りによって小説が書けなくなるんじゃあ本末転倒というものです。

 それに、こういった縛りがあるからといって面白い小説が書けるわけではないことも理解しておきましょう。こういった縛りというのは、むしろ小説をつまらなくするものだということを意識しておいてください。

 例えば、あなたがコメディ作者だとします。そして、ある笑わせどころで、どう考えても下ネタが一番きれいにオチるとしましょう。でも、もしあなたが下ネタを封印している作者だとしたら? きっと、他のネタを模索することになります。そうやって模索したネタが面白ければそれに越したことはありませんが、もしもそれを越えるものに出会えなかった場合、中途半端なものになってしまうのは目に見えています。

 そして、お客さんというのは厳しい生き物です。「ああ、あの人の作品、あんまりおもしろくなかったなあ」と思われたら最後、お客さんは潮が引いたように逃げていきます。そう、縛りというのは、一つの枷なんです。

 でも、実は初心者にとってはこれらの枷には意味のあるものです。

 どういうことかというと、やっぱり下ネタ絡みの話題なんですが、下ネタって面白いじゃないですか、めちゃくちゃ。もちろん苦手な人も一定数いますが、下ネタってけっこう安パイな笑いですよね。なので、駆け出しの方が取り回しのいい道具である下ネタに頼ってしまうのは、実力を停滞させてしまう大きな要因になるでしょう。そのために、ある意味で補助輪として下ネタを使わないというルールを作る分にはいいと思いますが、二十作も書いてきて、もう実力が伴い始めたあなたには、もうその補助輪は必要ないんではないでしょうか。

 また、プロを目指す方にとっても枷には意味があります。下ネタはやっぱり笑いのネタとして下品なものとされている場合が多いようなので、一般文芸的なウケは悪いです。なので、公募向けに書く小説では下ネタを書かない、と枷を設けるのは一つの戦略です。(ちなみに今、いわゆる文学界隈ではエログロが好まれる傾向にあるので、もし下ネタで世に出たいのならば、文学界隈(つまりは芥川賞を主眼にしたコースですね)を狙うのも一つの戦略です。でも、なんだか変だなあと思うのは丸屋だけ?)

 そして、さっき草野マサムネさんの話題を出したので。

 草野マサムネさんはすごく読解が難しい詞を書く人です。隠喩があっちこっちにちりばめられていて、ちょっとやそっとでは解読できない。特にデビュー当初に顕著です。

 でもですね、草野マサムネさんは自分で「セックスと死しかテーマにしない」と枷を明らかにしています。なので、その枷の存在を念頭において、リスナー側でその詞に向き合うことが出来るのです。とても複雑に結ばれたリボンを、その枷がほどいてくれるのです。

 そして、枷の存在は、その作者の作風を形作ります。草野マサムネさんが長年に渡りリスナーの心を捉えて離さないのは、「セックスと死」という彼の枷によって醸造された作風によるところも大きいのです。

 うーむ、こうして書いていきますと、枷があったほうがいいのかないほうがいいのか、悩みどころではありますね。

 でも、思うに、人間っていうのは自然体でいても常に枷、あるいは錨にとらわれているものです。それらに縛られ、あるいは繋ぎ止められて人間っていうのは存在しています。

 そして、自分のこだわりが自分の自由を奪う枷なのか、それとも自分を繋ぎ止める錨なのかは、常に自問自答していかなければならないところなのではないかと思います。


 というわけですよお客さん。

 なので、その縄、ほどいていいですか?

 え、なんですって? 俺はこういうプレイが大好きなヘンタイですって? しかもこのプレイ、緊縛小説書き、という立派なプレイなんですって?

 でもさっき、小説を書いてるって……。え、小説を書いている、というロールプレイなんですか、はあはあなるほど、世の中広いなあ。

 ってか、ああもう! うちはそういうお店じゃないんですよ、そういうお客さんは帰って下さい。

 え、踏んづけてくれって?

 いや、ですから、そういうことは他の店でお願いします!

 下ネタ反対!


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