32、一回りしたら、もう一度考えよう
はっはっは、にしても、ここのところ、どうもお客さんが少ないぞー! うわ、怖いぞー!
まあ、いいのです。そもそもこのバー、二十作以上書いている作者さんのうち、めちゃくちゃ小説が好きでずっと書き続けて悩んでいる、なんていうレアなお客様向けですしね。この忙しい現代、数作書いて小説を辞めちゃう人も多かろうことでしょうし。それに、いまどき、これは! と打ち込めることに出会える人というのも結構幸せな人らしいですよ。こうして、毎日のようにいらしてくださる方がいるだけでも、このお店を開いている甲斐があるというものです。……あ、これはオーナーの言葉です。
おや、またお客様が悩んでる。どうしたんですかー。おや、あなたは……、ええと初めましてですね。いかがしました? へ、「昔はびっちりと詰まった文章を書いていたのだけれども今は割と簡略な文体に変わってきた」? へえ、いいことじゃないですか。え、続きがある? ふむふむ、「そしてまた、詰まった文章を書きたい欲求にさいなまれてきた」? ふーん、お客様がそれでいいならいいんじゃないですか?
え、「無責任な野郎だ」ですって? 心外な。
いえね、そういう時期ってありますよお客様。それに、小説っていうのはそういうインスピレーションを大事にしたほうがいいんじゃないかと思うんですよね。
はいお客様、ウイスキーのカクテル・ゴッドファーザーです。ちなみに、結構度数が強いのでご注意くださいね。
人間っていうのは、往々にしてふらふらする生き物です。
でも、人間っていうのはそのふらふらを許容することができない生き物でもあります。やっぱり、あの頃のあのパフォーマンスを今でもできるはず、みたいに考えてしまうことがあるんです。
たとえば、文章の情報の詰め込み具合なんかは結構その傾向があります。変な話、情報を詰め込んだ文章が好きな時期もあればその逆もあって、その間をあっちにふらふらこっちにふらふらとしがちです。でもですね、そうやって変化することを恐れちゃいけないんです。なぜなら、そのふらふらに抗おうとすると、スランプに入ってしまうからです。文章内の情報量というのは、あなたのしゃべり口、ひいてはあなたの心と密接に関係しています。ですので、薄口なしゃべり口が気分な時期に無理して濃口なしゃべり口にしてしまうと、あなたは相当の無理をすることになり、場合によっては文章を書くことに一種の苦手意識を抱きかねないのです。
要はですね、その時々、あなたが思うように小説を書けばよろしい、ということです。
あれ、これでこの稿終わり? いいえ、違います。
わたしは、「あなたが思うように」と申しました。つまりこれはどういうことかというと、今まで、小説の世界ではタブーないしはあんまりやらないほうがいいという叙述法や方法論が本当に使えないのかを再確認してみましょう、というお勧めだったりするのです。
たとえば、ウェブの世界でよく言われる、「擬音死ねや」論。要は、「ドバーン!」とか、「ぎゃぎゃぎゃ!」などの擬音を小説で用いると途端に軽くなってしまうので使ってはいけない。擬音の代わりに、形容詞などで書き換えましょう、というアレです。
しかし、これって本当か? と疑うことは大事なことです。
あんまり個別の件について私見を細かく述べるのはどうかと思うのですが、わたしは、小説内における擬音はアリ、というか、ここぞという時には相当の効果を上げるものだという認識があります。形容詞をだらだらと重ねるくらいだったら擬音一つで表現してしまったほうがはるかに楽でわかりやすく印象的な場面って結構あります。
あと、もう一つあげるなら、「自己紹介から入る小説はあかん」論。
たとえば、「おっす、オラ悟空!」みたいな紹介から入る小説ですね。これ、ある意味でいきなり説明から入るのであまり好ましい文章とは言えない、なので使ってはならない! と言われています。
でも、そんなことをいったら、夏目漱石さんの「吾輩は猫である」なんて書けなくなっちゃいますしねえ。それに、読者様の側に、どうしても主人公の属性をはっきりさせておかないと面白くない小説の場合、この手法はかなりいい具合に作用します。
と、こんな具合で、いろいろと再点検してみると、小説の世界で「使ってはいけない」扱いされているものが、案外使えるじゃん、ってこともあるんです。
繰り返しますが、人間っていうのはふらふらしています。でも、ふらふらとした足取りながら、少しずつ前に進んでいる生き物でもあります。そして、前に進めば進むほどどんどん足も速くなっていき、次第に足取りもしっかりしてきます。でも、それまでは、あっちにふらふらこっちにふらふらしてみてください。案外、そうやってあがくことも、小説を書く楽しさだったりするのです。
というわけですよお客様。
いいんですよ、揺れるあなたが美しいのです!
え、口説いてないですよ、はい。




