30、ジャンルの持つ空気を理解しよう
うーむ。いやあ、今日はなんだか暇だなあ……。どうしたんだろ。ってか、最近やけに暇なんですよねー。まあ、ここで繰り広げられている話があまりにつまらなくてお客さんが逃げちゃったんですけどねー。うーむ、こうなったら、わたしがまあまあ杵柄を持っている歴史の話にシフトチェンジしてみようか。いや、わたし、なまじ歴史が好きなもんだからめちゃくちゃマニアックなことを喋りまくってお客さんをドン引きさせることは必定……ッ! ならば、こうして石のように黙っているのが正しい姿勢というものです、はい。
おっと、ドアベルが! はいいらっしゃいませー。
ってなんだこの客は。
手には大きなダイヤがこれみよがしな指輪。ファーのコートを着ている貴婦人です。きっと体型から察するに、高級赤ワインでフォアグラのトリュフ添えキャビアソースかけを食べているに違いありません。
え、なんですって? 「フォアグラのトリュフ添えキャビアソースかけを食べたい」ですって? あのうすいませんお客様、うちはそういうお店じゃないんですよね。
あ、帰って行ったぞ、よかったよかった。
え、なんですって? あんな金持ちそうなお客さんをどうして帰した? ですって? 決まってるじゃないですか。うちの店の空気じゃあ、あのお客さんを満足させることなんてできませんもの! だってそうでしょ、みなさん、フィッシュアンドチップスとか鶏の軟骨揚げを安い焼酎でおいしそうに流し込む方々じゃないですか~。
さて、今日はおおむねそんな話です。
あ、今日はこれ。アイ・オープナーです。
知らないお店に入るときって、なんだか怖いのはわたしだけでしょうか。
いや、ご主人様がどんな人なのかなあ、とか、お店に怖い人がいないだろうか、とか、常連さん以外お断り、みたいな空気なんじゃないか、とか。そりゃファストフード店とかでそういう煩悶に襲われることはまずないですけど、縄のれんの居酒屋さんとか古そうなラーメン屋さんだと本当に悩みます。
というわたしの話はどうでもいいですね。
これ、場の持つ雰囲気の話です。
小説の世界にもこの雰囲気が存在します。
ジャンルがまさにこれです。
ウェブ小説の世界をのぞいていると、ときおり「小説のジャンルなんてただの飾りだ!」と気炎を吐いておられる方がおりますが、わたしはその考え方に大いに疑問を持っている人間です。もしもですよ、小説のジャンルに違いなんてなくて、ただ売り手側の事情でつけられたタグだったとしたら。SFと現代文学が同じ書き方で作られていなければならないわけですが、実際はそうなっていないわけです。もちろん、SFを現代文学に寄せて書くことはできるでしょうが、それも『ジャンル』という枠があってのことです。
やっぱり、ジャンルの持つ空気感って存在するんだと思うんですよ。
たとえば、現代文学においてはアメリカ文学的な空気(平たく言えば村上春樹さん的な洒脱な言い回しやお話全体に及ぶ比喩表現など)を有している作品が一群としてあります。また、私小説の流れやエログロの流れも存在しますね。
これ、歴史小説なんかだともっとわかりやすいです。
今日の歴史小説の世界にあっては、やっぱり司馬遼太郎さんや隆慶一郎さんの影響力を無視することはできません。さらにいえば、司馬さんより前にあった「歴史的事実はできるだけ盛り込もうぜ」的な空気は、隆慶一郎さんのようなエンタメに寄られた方が輩出されてもなお一つの大きな流れとして存在します。
日本に「Novel」が輸入されて早百年。この百年の間に「Novel」は「小説」になり、蓄積が重なっていきました。その結果が、小説のジャンルの中にある雰囲気の正体なのです。
で、ですね。小説を書くためには、この雰囲気についてしっかり理解しておいたほうがいい、というのがこの稿での結論です。
もちろん、知らなくても大成する人はいます。でもそれは一握りの天才か、あるいは天然さんかのいずれかです。しかし、このテクストを読んでいるみなさんは十中八九その中には納まりません(かくいうわたしもそうです!)。なので、山のように自分の主戦場の小説を読んでその空気を理解してやる必要があります。
え? 「俺はそのジャンルの空気を壊すような作品を書きたいんだ」ですって?
うーん、そういう方こそ、むしろその空気を学んでください。かつて、志村けんさんが、「非常識なことをしたかったらまずは世間の常識を知れ」とおっしゃってますよ。つまり、常識から外れたものを作りたいのならばまずはその常識の形を知るところから始めよ、ということです。もちろん、天然でそのジャンルの持つ雰囲気をぶっ壊してしまう天才はたくさんいますが、それは天才ゆえのことだということを胸に刻んでください。
われわれのような凡人は、「世間にどう風穴を空けてやろうか」と虎視眈々と狙うのが基本的な戦い方なのではないかな、というのがここでの結論です。
まー、空気を読め、っていう話ですよね。
空気を読んだ上で、その空気に迎合するかそれとも壊しにかかるか。それはあなた次第、ってことですね。
え? 「お前が空気読めないのはわざとなのか?」ですって?
え、ええ、ワザとに決まってるじゃないですか、あははのは。




