21、5W1Hについて
いやあ、なんだかちょっとウツになってきたぞ。しまったやっちんちん。
というわけで、ちょっと景気良くいかないといけません。お客さん来ないかなー。いい加減、お皿とかグラスをキュッキュと鳴らすだけじゃつまらないんですよ。え、お前は「魔の巣」のマスターか、ですって? そのツッコミをお待ちしていたんですよ!
って、今時の子たちに分からないネタを展開しても面白いことはなんにもないので、そろそろ本当にお客さん、来てよお!
お、いらっしゃいませー。
おや、あなたはアマチュアの推理小説家の佐藤さんではないですか。ご無沙汰いたしております。
え、公募に挑戦なさった? で、落ちた、と。うーん、それは残念ですねえ。え、で、講評が入っていた? ああ、最近ありますよね。「評価シート」とか、「講評」を全応募者に返すっていうコンペ。ふむふむ、その講評の中で、「5W1Hについて、もっと考えましょう」って書いてあるんですか。ずいぶんざっくばらんな講評ですねえ。
あ、そのお顔。きっと「5W1H」がわからないんですね。
よしよし、ではお話ししましょう。おっとその前に。カクテル・ターニングポイントです。いや、特に他意はないです。
5W1H。
小説に限らず、作文や映画、演劇などでも盛んに指摘される概念です。
なにそれ、初めて聞くんですけど、という人のために、簡単に説明しますね。
5Wとは「いつ、どこで、誰が、何を、何故」(When、Where、Who、What、Why)のことで、1Hとは「どのように」(How)のことを指します。ではなぜこれらが大事なのかというと、物事を説明する時、この5W1Hこそが情報の中心となるからです。小説というのは大なり小なり「事件」を題材にとります。ここでいう「事件」とは、殺人事件とか爆発事件とかそういう犯罪だけを指すのではなく、小説として書くに値するような特異な出来事、くらいに理解して下さい。そういった事件を説明する時に前提となってくるのが、この5W1Hなのです。
そりゃそうですよね。例えば、「お前の家、火事やで」と聞いたとしますよね。そしたら、皆さんはきっと、「今火事なの? どうして火事になっちゃったの?」という風に気になるでしょう? 完璧な情報が与えられないと、なんとなく人間は不安な気持ちになるのです。
じゃあ、この5W1Hを要領よく正確に伝えるのが小説なんだね! と早合点する人が出てきそうですが、それは違います。
たとえば。推理小説で、第一文から、
「昨日、東京タワーのたもとで、OLの田島亜希子(32)が胸を刺されて殺された。犯人は近くに住む新島悟(87)であった」と書かれていたら、どうですかね。もちろん、ここからまったく違う展開を見せるのであれば面白いお話にもなるでしょうが、OL殺しの犯人を追う推理物で第一文がこれだったらまずいですよね。
おわかりでしょうか。小説っていうのは、最初の内はお話のいちばん重要な部分について5W1Hを隠匿するものなのです。
これ、推理小説だけじゃありません。
たとえば、主人公たちの冒険を邪魔するキャラクターってファンタジーなんかでも出てきますよね。でも、大抵、その人物の目的について語られず、かなり後半の方になってから「実は……」とばかりに種明かしされるパターンがけっこうあります。あれは、登場人物の「何故(Why)」を隠匿しているんです。
また、ファンタジーなんかで、大切な宝物が誰かに盗まれた、みたいにしてスタートする物語もありますね。この場合、「誰が(Who)」の隠匿であるのと同時に、お話の転がし方によっては「どのように(How)」盗んだのか、とか、「何で(Why)」盗んだのか、とか「いつ(When)」盗んだのかを読者側に隠匿することも可能です。
ちなみにこの5W1Hの隠匿、上手いことをやるととんでもない効果を生むことがあります。
東野圭吾さんの「容疑者Xの献身」においては、5W1Hのある要素をあやふやにして読者にある誤解をさせることによって、いわゆる叙述トリックを作り上げています。
でも、ここで疑問が沸いてきませんか? なぜ、そもそも5W1Hを隠匿しなくちゃいけないんだ、って。
これはあくまで私見ですが、5W1Hが揃った情報というのは完璧な情報なるがゆえに想像の余地がないからではないでしょうか。そして、隠された事実があってその事実を明かしたい、という本能のようなものが人間には備わっているのではないでしょうか。
そしてこの「隠された事実を明かしたい」という欲望を刺激してやることが、小説書き界隈で言われる「読ませ力」、「リーダビリティ」というものの正体の一つなのではないでしょうか。
でも、だからといって、5W1Hすべてを隠してしまったら何も伝わらないので、あくまで隠すのは数個に留めるのがスマートなやり方なのでしょうね。
というわけです。
5W1Hってけっこう奥深そうですね。というより、これを突き詰めていけば、いい小説が書けるようになるかもしれませんね。
え、もっと解説してくれって?
いやいや、何をおっしゃる。ここからは説明できませんよ。
なんで? って?
決まってるじゃないですか。これ以上のことは全く考えていないからです。というわけで、あとは自分で考えてください!




