19、小説家のリズム天国
まったく、詩的な文章の次はリズムの話ですか。まったく、八面倒なテーマばっかり持ってくるお客さんですねえ。――ああいやこっちの話です。
「リズムのいい文章を書けば読みやすい文章になるんじゃないかと思う」? あー、正確には、「するっと読める文章になる」とは思いますけど。
え、何だその歯に何か挟まったような言い方は、ですって?
じゃあ、お答えさせて頂きましょう。
あ、X・Y・Zも切れちゃいましたね。じゃあ、これ行きましょう。はい、キールロワイヤルです。いやあ、これを出す時いつもドキドキしちゃうんですよね。しゃべる鳥と合体できる少年のことを連想する人がいるんじゃないかって。
何の話だ、ですって? あいや、何でもないです。
では、お話ししましょう、リズムについて。
創作界隈では合言葉のように繰り返されるこの言葉ですが、今一つ実態を持って見えてこないのが「リズム」という言葉です。なんでかというと、きっとそれは小説というものが強くリズムを有している詩に対置される存在だからでしょう。要は、元々文字数制限や配置に大きな決まりがある詩に対しての文芸が小説なので、どうしてもリズムというものが明確になりづらいのでしょう。逆に、ガチガチに文字数制限があったりした日には、詩と分類されるテクストが誕生してしまうのでしょう。
え、じゃあ、小説にリズムっていうのはないの? という話になりますね。
この質問に対する答えはこうです。「なくはない!」
実は、明確になりづらいだけで、小説にもリズムそのものは存在します。ただ、「存在する」ということと、「それを明確に形に出来る」ことの間には大きな隔たりがあります。
どういうことか。
例えば俳句ならば。リズムの正体を「5・7・5」という文字数制限に求めることが出来ます。普通の詩であったとしても、対句表現や対置された同一個所での押韻などの特徴を指摘することが出来ます。しかし、小説の場合、そんな露骨な方法でリズム取りをされることは稀です。大抵は、そういうセオリーや形式から外れた方法で、しかもある意味で作者さんの経験や手癖によって、小説のリズムというのは形作られていきます。
え、じゃあ、どうやって小説のリズムを掴んでいけばいいの? という話になります。
ハッキリ言いましょう。
小説を読んで、書いて下さい。
小説に触れることで、「おや、この小説はなんだか言葉の配置が気持ち悪いなあ」とか、「この文章とあの文章のつながりが非常にいいなあ」などといった経験が蓄積されていきます。そして、その経験が小説を作るにあたっての糧となっていくのです。そうして精進を繰り返していくことによって、気付けばリズムのいい文章を作ることが出来るようになっていきます。
え? 簡単にリズムをとれる方法はないのか、って?
ありますよ。
例えば、漢語を使うことです。漢語とは、「使用」、「贖罪」といった風に、漢字だけで構成された言語のことです。それに対して、「使うこと」とか「罪を償う」などが和語と呼ばれるものとなっています。
この漢語を使うことによって何が起こるかというと、きわめてスピーディに物事の説明が出来たり、漢語そのものの持つリズムの良さ(漢字の音読みって大抵二文字なので、意識しなくてもリズム取りが出来てしまうのです)のおかげで文章にリズムが生まれるのです。
ただ、皆さん、小説のリズムについて考える時、ちょっと胸に手を当ててみてください。
「本当に、小説にリズムって必要なのか?」と。
例えば、ラップってありますよね。あれってかなり歌詞に強く押韻等が見られるスタイルの詩ですが、ラップで歌われた文章の内容、頭に入ってきますか? あんまり入ってきませんよね。それもそのはず、ラップは「リズムの良さ」が前面に出された音楽であり、歌詞はある意味で二の次だからという事情があります。
この例は若干アンフェアなのでとりあえず隅においていただくとして、たとえば「平家物語」なんかどうでしょうか。確かにリズムはすごくいいですし、序文なんかはめちゃくちゃ覚えやすいですけど、その内容となると頭の中からすり抜けてしまうような感覚はありませんでしょうか。
それに、リズムがよくなると紹介した「漢語を使う」方法ですが、あれも創作界隈では「読者側からすれば意味が取れなくなる危険性があるので多用は危険」とされています。
そうなんですね、リズムのいい文章っていうのは確かに読みやすいものですが、一方で文章が伝えるべき「意味」が読みやすさによって流されてしまう、という現象が発生するのです。そして、リズムの良さなどの言葉遊びの妙を見せるのではなく、言葉で表現された世界を提示する小説にあっては、リズムがいい、ということは、必ずしもプラスに作用するばかりではないのです。
そんなわけで、リズムの良さというものは、そう強く意識しなくてもいいんじゃない? というのが、この稿での結論となっています。
というわけです。
まあ結局、出来るだけ小説を読んで書いて下さい、という結論になっちゃってスイマセン。
え? お前の喋り、リズムが悪すぎるだろ、って?
いや、それは、あえてリズムを悪くさせることで読者にエクスキューズを与えるテクニックでして。
あいや、目から流れているのは涙じゃありません! 魂の汗です!




