12、メタフィクションは劇薬です
いや、ですからねスズキ君。この店にはオーナーなんていないんですってば! まだオーナーさんの設定が作者の側で決まってないんで、お出しすることが出来ないんですってば!
え? メタフィクションネタはマジでやめろ、ですって? ええ? アマチュア創作家の間では、メタフィクションは基本的にNOですって? ええそれ聞いたことあります。小説を書く人って、どうもメタフィクションを好みがちですもんね。どんな作者さんも、一度は書こうと思い立ったこと、あるんじゃないですかね。
それに、メタフィクションネタって面白いですからね。そういえば、この前漫才番組を見ていたら、漫才ネタを本気と受け取って相方に説教するっていうメタフィクションネタで漫才をしている人たちがいましたね。いや、あれは面白かったです。
え? ああいう漫才みたいに、上手くメタフィクションを用いた作品を作りたい、ですって? さっき、人のメタネタを非難したくせに!
まあ、勝手に作ればいいですけど……。
え、やり方を教えろ?
もう、しょうがないですね。難しい話になりますけど、準備はよろしいですか?
アマチュア創作家の敵にして夢、メタフィクション。いやあ、かくいう丸屋もよく書きましたよ。
でも、そもそもメタフィクションとは何でしょう? じゃあ、早速辞書を引いてみましょう! 辞書を引くと、「メタ」というのが、「上位の」という意味を持っていることが分かりますので、直訳すればメタフィクションとは「上位の虚構」となります。虚構の上にかぶさっているもの。それは、「現実」です。つまり、メタフィクションとは、現実の世界との繋がりそのものが作品に強く影響を与える作品形式のことです。
はい、意味が分かりませんよね。もうざっくばらんに説明しちゃいます。例えば、小説のキャラクターが小説を読んでいる読者に話しかけている小説ありますよね。あれは「第四の壁を破る」とも言われるメタフィクションネタです。あと、自分の住んでいる世界が虚構のもので今あなたが読んでいる小説の世界だということに気づいているキャラクターが奮闘する小説、これもメタフィクションです。普通、小説というのはリアリティを出すために、リアルな造形をこころがけ、「こんな世界が本当にあるのかもしれない」と思わせる努力を怠らないものですが、メタフィクションではある場面でリアリティのある虚構をぶっこわし、見る側の感動や笑いを誘うテクニックなのです。
そうやって特徴を書いてみると、なんだか中二病みたいでわくわくしますね。ええわくわくしますとも!
でもですね、メタフィクションは本当に難しいです!
何でかというと、メタフィクションというのは、ある意味であなたの努力を損なうものだからです。
たとえば、あなたがリアルな警察小説を書いていたとして、真面目な推理シーンで突然ヒロインが、「ところで読者の皆、話についてきてるー?」と口にするとします。そうするとどうなるか。きっと読者の方はずっとあなたが作ってきたリアリティあふれる警察小説を読んでいたはずで、「うわー、この人たち、本当にいそうだなあ」と思っていたに違いありません。そんな状況で、ヒロインがそんなことを言えば、読者は一気に読書から現実に引き戻されて、「ああ、これ、どんなに凄いトリックでも、結局はフィクションなんだよな」と興ざめさせてしまうのです。まあ、もちろん小説には終わりがあるのでいつかはその世界が虚構であることが読者の前に立ちはだかりますが、途中で虚構であることに気づかされた読者が、またその続きを読んでくれる可能性はぐっと落ちてきます。ほら、よく、「リアリティが全然ない!」って批判される小説ってありますよね。ああいうことになってしまうわけです。
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難しい話をすると、虚構というのは一階層下の現実なのです。我々の現実から、我々の現実とは違うルールが適用されている現実を仮想体験する。これが小説を始めとした創作物のありようなんですね。そして普通、階層の違う現実はお互いに混じり合うことなく独立して存在しています。というか、独立していないことには存在しえません。でも、あえて一階層下の現実に小さなヒビを空けて、独立しているはずの現実同士をくっつけることで法則を無理矢理曲げてしまうのが、メタフィクションというやり方なんですね。
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きっと上記の説明では意味の分からない人がいるでしょうから、もうすこし簡単に。
例えば、このエッセイを読んでいるあなたはこの世界が現実だと思っています。そりゃそうです。だってあなたはこの世界の人間なんですから。でも、もし、あなたが、この世界が誰かの作った世界だと確信を以って知ってしまったら。きっと大恐慌を起こすことだと思います。それに、きっとこの世界の見え方が変わってしまうのではないですか? 自分の親兄弟や恋人、配偶者や子供や友達もすべて虚構。そんな状況なのだとしたら。足元がガラガラと崩れてきませんか?
そう。メタフィクションは、わたしたちの現実と虚構の境を緩くしてやることで、虚構の側を揺さぶってやるテクニックなんです。
そんなメタフィクションですが、どうしても書きたいという人は「メタは分かる人にだけ分かる程度に留めておく」やり方をお勧めします。
これ、直木賞作家の辻村美月さんの「冷たい校舎の時は止まる」でも使われたんですが、要は、基本的な筋にはメタフィクションを絡ませないで、まるで3Dアート(立体視)みたいに、「分かる人にだけ分かれ!」という風にやっておくことです。そうしておけば、メタが分からない人は本筋だけ読んで満足、分かった人は本筋とは別に作品に隠されたもう一つのかたちが見え二度驚くという寸法になっているのですね。
ここまで説明した通り、メタフィクションっていうのはかなり面倒です。上手くキメないと駄作になりますし、労力以上の効果が出るかどうかも分かりません。いずれにせよ、相当の実力が必要なテクニックだと思って下さい。
というわけですスズキ君。
おや、なんだか眠く……。
はっ! しまった、ちょっとうたた寝してしまった。いや、やっちんちん☆ 変な夢までみたぞ……、ってかスズキ君なんて聞いたこともない。誰だそれ……。
お客様、なんですって? この世界がフィクション? 何言ってるんですか、そんなわけないじゃないですか。
え? このお店のオーナーさんですか? ええもちろんいますよ。今日は所用で他のところに行っていますが、上から90、60、70のダイナマイトグラマラスな若い美女です。なんでも、香港の大富豪の娘さんなんですって。
……とまあ、こうやって、一度壊した虚構の壁を元に戻すのは大変なんですよ。
ああいえなんでもありません。独り言独り言。