第三話 【推測】
梓ちゃんは淡々と話し続ける。
「儀式の終わりはどちらかが"死ぬ"事、と昔はされていたが、実際に大事なのは"死ぬ"事ではない。二人で斬り合う理由。それは…」
「"血"」
今まで黙って聞いていた彼方君が一言そう言った。
それに梓ちゃんは頷き、そして急に倒れた。
「梓ちゃん!?」
「アズ!」
私と美佳ちゃんは急いで梓ちゃんに近寄り、声をかけながら体を軽く揺する。
だが反応がない。
「大丈夫だよ。少し眠ってるだけだ」
彼方君は梓ちゃんに無造作に近づくと、軽々と抱き上げた。
この細身の体のどこにそんな力があるのだろう。
「保健室に運ぶから案内してくれるかな」
あまりに彼方君が普通に話すので、私も美佳ちゃんも、普通に頷いてしまった。
「先生、梓ちゃんって…」
「あぁ、爆睡としか言いようがないな。寝息たててるし」
保健の先生の言葉を聞いて、ひとまず私は安心した。
「あんたら、五限目はサボるのか?」
保健の先生の厳しいメスが入り、私と美佳ちゃんは、気まずそうに目を合わせた。
「はい、もちろんです」
えっ!?
彼方君、それって勿論なの!?
「そうか、当然だな」
先生良いの!?
と、言うわけで、私と美佳ちゃんと彼方君は、五限目を梓ちゃんの寝ている隣で"サボる"事になった。
「それじゃ、私は用事あるから、留守番よろしくな」
先生はさっさと保健室を出ていってしまった。
先生、急病人が来たらどうするんですか…。
「彼方、夜の"デスゲーム"は来ない方が良い。間違いなく、あんた病院送りにされるよ」
美佳ちゃんは突如話を切り出した。
私も空いてるベッドに腰かけ、話をする体勢に入る。
ちなみに美佳ちゃんの意見には私も賛成だ。
「大丈夫だよ、それに行かないと、もっと大変な事になりそうだし」
壁に体を任せていた美佳ちゃんが彼方君に近づく。
「彼方、飛山はヤバいんだ。あいつは過去に人を刺してる…。あんただってどうなるか…」
「そうだよ、明日の昼休みに屋上に行って、もう一度、"普通"の"デスゲーム"をやれば…」
私の言葉に彼方君は首を横に振る。
「明日の昼に行っても、飛山って人は真の"デスゲーム"って言うのと、変わらない事をすると思うよ」
やはり彼方君は変わらなく笑顔を見せている。
「僕は少し調べないと行けないことが出来た。僕の事は心配いらないから、その子のこと、お願いね」
颯爽と保健室を出て行こうとする彼方君の袖を美佳ちゃんが掴む。
「っ待てよ!お前、下手したら殺されんだぞ」
その言葉にも、彼方君は微笑みながら保健室を出ていってしまった。
「美佳ちゃん…」
「ヤヨ…。あたし、どうすれば良いんだろ」
辛い顔を見せる美佳ちゃん。
「そうだ、先生達に言って止めてもらえば」
「ダメだ。先生達は不良にビビって相手にもしてくれやしない」
何か方法は無いか…。
私は頭をフル回転させる。
「警察は?深夜に喧嘩してるって言えば」
「………」
なぜか私の言葉に何も反応しない美佳ちゃん。数分、保健室で聞こえる音は梓ちゃんの寝息だけだった。
「なぁ、ヤヨ。何で誰も警察に通報しないんだろ…」
確かに…。
私達は所詮他人事、なんて思っていたからだが、今まで"デスゲーム"で犠牲になった人の人数から考えれば、誰か一人は警察に通報しそうなものである。
「通報出来ない理由があるってことかな…?」
私が行き着いた答えはそれだった。
「もしくは…」
美佳ちゃんは別な答えに行き着いたようだ。
口を重々しく動かしている。
「通報はしてる…のかも」
私には美佳ちゃんの言いたい事が分からなかった。
「美佳ちゃん、それってどういうこと?」
美佳ちゃんは椅子に座って自分の手を見つめている。
「警察が見て見ぬフリをしているとしたら?」
私は凍り付く。いや、私の周りの空気すら凍り付いた。
「もしも、あたしの想像が当たってたとしたら…」
もしも、美佳ちゃんの想像が当たってるとしたら…。
「「この町は狂ってる」」
私と美佳ちゃんの声が重なった。
「どこにでもある、"ただ"のイジメかと思ってた。私達も同罪なんだよね…」
私の口から漏れる真実。口から出すことで、私の脳は今起きている物事をリアルに理解した。
私の頬には涙が伝う。
「彼方…一体どうすれば…」
美佳ちゃんは頭を抱え込んだ。
スヤスヤと眠る梓ちゃんの寝顔を見ながら、私も俯いてしまった。
「弥生、弥生〜」
……ん。
「弥生、起きてぇ」
私の体を揺するのは…
「梓ちゃん?」
「弥生、私いつの間に保健室きたの?」
どうやら私は知らないうちに寝てしまったみたいだ。「梓ちゃん、体、もう何ともない?」
「うん、何でここに寝てたのかを聞きたいくらいだし…」
梓ちゃんは倒れる前とは違って、いつもと変わらない雰囲気だ。
「今日の深夜に"デスゲーム"するって言って、不良の人達が出ていって…それから……あれ?」
梓ちゃんは彼方君の名前を忘れた時のように、頭を傾げて頬に人差し指を当てた。
どうやら自分で言った事も忘れているみたいだ。
「あれれ?美佳と閻魔君は?」
そうだ、彼方君は元々出て行っていたが、美佳ちゃんの姿が見えない。
「美佳ちゃん、どこ行っちゃったんだろう…」
「弥生、取りあえず教室に戻ってみよう。もう帰りのHRも終わってる時間だわ」
本当だ…。
もう6時になっている…。私は何時間も眠っていたようだ。
教室に戻っても、そこには誰も居なかった。
静寂…不気味すぎる。私と梓ちゃんは帰る用意を整えると、すぐに教室をでた。
お互いに何も言葉は交わさなかったが、おそらく感じている事は同じだったのだろう。
「美佳ちゃんも彼方君も学校に居なかったね」
「美佳の携帯に連絡しても反応ないしね」
私と梓ちゃんは家までの帰り道をノロノロと歩いていた。
美佳ちゃん、どこ行っちゃったんだろう…。
「それじゃあ、私はこっちだから…」
梓ちゃんは沈んだ声で言った。
「うん、梓ちゃん、また明日ね」
「うん、また明日」
どこか私も声が沈んでいる事に気付いた。
………。
やっぱり気になる。
明日になって、また朝遅刻して学校に行けば、美佳ちゃんも梓ちゃんも、そして彼方君も普通に学校にいる。
その期待も多少はあったが、深夜の学校で何か起こる気がしてならなかった。
「僕のことは心配いらないから」
彼方君のその言葉と、美佳ちゃんの思いつめて俯いた顔…。
私は意を決して学校へ戻った。
時間は23時30分。約束の時間まで、後30分。
時間に近付いて、不良達が集まるかと思ったが、依然として校舎内も屋上も静かだった。
私はゆっくり階段を上り、屋上に続くドアをゆっくり開ける。
7月だと言うのに、冷たい風が私の肌を突き刺していく。
屋上は闇に包まれているものの、見える範囲には誰一人として動いている生物はいなかった。
「あんたは…」
突然背後から声をかけられて私は飛び上がる。
「俺だよ」
屋上の給水等のてっぺんから人が降りてきた。
「…彼方君?」
「あぁ、だが何でここにきた。心配はいらないと言っただろう」
…何かキャラ違くない?
「ご、ごめん。でも…美佳ちゃんが居なくって…もしかしたら、ここに来るんじゃないかなって思って…」
彼方君は顎に手を当てて何かを考え始めた。
「彼方君?」
名前を呼ぶと彼方君は視線を地面のアスファルトから私の目に移した。
忘れていた…。
やっぱりこの目は苦手だ。
「よぉ、女の応援つきで来たのか?」
屋上唯一のドアが開かれ、そこから飛山が現れる。
「こいつは関係ない。あんたの相手は俺だろう?」
彼方君は飛山を挑発するように前に出ていく。
「お前、昼間とキャラ違くね?」
私は奇しくも、飛山と同じ事を考えていたらしい。
「そんなことはどうでもいい。あんたに聞きたい事がある」
彼方君は目つきも鋭くなっている。
「聞きたい事ねぇ…俺と"デスゲーム"をした後、お前が聞ける状態なら答えてやらないことはないぜ」
飛山の両手には人差し指と中指と薬指の間にナイフが一本ずつ、計四本のナイフが握られていた。
これは本当に彼方君が殺されてしまう。
私はそう思い一歩前に出たが、彼方君が私の前に手を出して首を振る。
「彼方君……」
「大丈夫って言ってるだろう」
彼方君は笑顔だった。
ただ、昼間見せた爽やかな笑顔ではない、片方の口角を持ち上げた邪悪な笑顔だ。
「行くぞ」
飛山がナイフを煌めかせて彼方君に突進し、右手に持っているナイフを突き出した。
彼方君は、それを右足を半歩引いて体を軽く捻ってナイフをかわす。
飛山は更に裏拳のように右手を振るう。ただし、当たれば裏拳の痛みではなく、ナイフが突き刺さる灼熱感が襲うだろう。
だが彼方君は軽く身を引いただけで避ける。
その後も飛山がナイフを振るい、彼方君がそれをかわす。それが何度も繰り返された。
そのうち、飛山が動きを止めて腕を組んで話し出した。
「お前、なぜ反撃しない。お前の腕なら、俺はすでに倒れているはずだ」
飛山も彼方君も、あれだけ動いて、まったく汗をかいていない。
どんな体力しているんだろう。
「あんたが倒れたら聞きたい事も聞けなくなる」
彼方君が無表情のまま言うと、飛山は声を出して笑い始めた。
……壊れた?
「アハハハ!
いや、参った!この勝負は、お前の勝ちだ。何でも聞け」
私にはよく分からないが、彼方君が勝ちらしい…。
まぁ怪我なくて良かったよ…。
"勝ち"と聞いても彼方君は無表情のまま質問を開始した。
「まず…」
いや、開始しようとした。
「「「!?」」」
急に校舎が揺れ、屋上のドアが開いた。