第二話 【デスゲーム】
退屈な授業も、チャイムの合図でようやく四限目が終わり、待ちに待った昼休みが訪れた。
いや、待ちに待っていたのは私ではないけれど…。
「美佳、随分急いでお弁当を食べるのね♪」
そう、待ちに待っていたのは美佳ちゃんだ。
「い、いつもこれくらいだろ」
私と梓ちゃんは、今日何度目か分からないが、目を合わせて笑った。
「あたしの事は良いから、あんた達も早く食べろよ。彼方待たせちゃうかもしれないだろ」
「僕ならいくら待っても構わないよ」
突然後ろから声をかけられ、私はスプーンを取り落としてしまう。
「か、彼方急に声かけるなよ」
美佳ちゃんは"急に"声をかけられて驚いている。みたいな演技をしているが、間違いなく"彼方君から声をかけられた"からだろうなぁ。
なんて思いながらも机の下に落ちたスプーンを拾おうと手を伸ばす。届かない…。仕方なく頭を机の下に入れる。
「あ、気にしないで。僕屋上で暇つぶしてるからさ」
私がスプーンを拾おうと格闘しているうちに、また背後で女子が歓声をあげる。きっと彼方君が笑顔を振りまいたのだろう。
それから彼方君が遠ざかる気配がした。
「あ!!」
隣で美佳ちゃんが大きな声をあげたのは、私がちょうど落としたスプーンに手が届いたときだった。
「大変だ。大変だぞ!」
美佳ちゃんが何を思い出したかは知らないが、大きな声を出しながら人の背中を強く叩くのはやめてほしい。
さらに背中を叩かれ続けられたので、とっさに頭を上げてしまい、後頭部を机にぶつけてしまった。
「っ!痛ったぁ〜い」
「そんなことよりさ、彼方がヤバいって」
涙目の私に"そんなこと"って、美佳ちゃんそりゃないよぉ〜。
横から梓ちゃんが来て頭を撫でてくれた。
それをよそに美佳ちゃんは喋り続ける。
「彼方ってば屋上って言ったよね。今屋上に行ったら…」
あ…。
確かに私も後頭部を痛がってる場合じゃないかも。
「そうね、"デスゲーム"やってる時間だわ」
私の頭を撫でていた梓の手も止まっていた。
「彼方が強制参加させられちまう前に止めないと!」
「美佳ちゃん、ちょっと待って!」
美佳ちゃんは食べかけのお弁当もそのままに屋上目指して走っていった。
手にはフォークを持って…。
いざという時、きっと凶器になるのだろう。
「弥生、私達も行くわよ」
梓ちゃん、いつの間にお弁当なおしたの?
ってまぁ良いや!
私も急いで教室を出ると階段を一段飛ばしで登った。
「彼方!」
上の方から美佳ちゃんの叫び声が聞こえてくる。
どうやら彼方君は"デスゲーム"に強制参加されてしまったみたいだ。
"デスゲーム"とは、この稲穂高校の不良が集い、そこら辺の生徒を拉致し、1:1で喧嘩させ、自分達はその勝者を賭けると言う何とも危険なゲームだ。更に怖いのはその後、敗者には罰ゲームがある。それは…。
「弥生、やっぱり閻魔君が!」
私より少し前を走っていた梓ちゃんが息を切らしながら振り返っていた。
私も梓ちゃんと同じ段まで駆け上る。
そこで見たものは最悪の光景だった。
彼方君と美佳ちゃんが不良のグループで作られた円の中央で向き合っている。
しまった…。
彼方君を心配して屋上に来た美佳が、彼方君の対戦相手になってしまったのだ。
「梓ちゃん、どうしよう」
私は頭がパニックになってしまい、どう対処すればいいのか分からない。
何とかして助けなきゃ…。
でないと、美佳ちゃんか彼方君、どちらかが罰ゲーム…集団リンチされてしまう。
「ルールは、これで分かっただろ?負けたら、ここにいる全員と戦うことになるからな」
不良グループのリーダーらしき人物が二人の中央で大声で言う。
それと共に不良達も笑う。
…何が楽しくて笑ったのか分からない。
「それじゃあ、スタート〜♪」
不良のリーダーが叫び、不良達がそれをはやし立てる。
ヤバい、始まっちゃった!
「すみません、ギブアップです」
…え?
騒いでいた不良達も一気に静まる。
「ダメですか?僕ギブアップを…」
「ちょっと彼方!」
「てめぇ、なめてんのか?それとも、よっぽどのドMなのか?」
静まっていた不良から嘲笑が聞こえる。
「そうですね、彼女を叩いたりする程、ドSではありませんよ」
彼方君の返答にまた不良グループは静まり返った。
不良のリーダーも彼方を振り返って言葉を失くす。
彼方君の理解不能な言動に怒りが込み上げてきているようだ。
「女、運が良かったな…。お前は不戦勝だ。帰れ」
不良リーダーが低くドスの効いた声で唸った。
周りの不良が後ろから美佳ちゃんを掴み、こちらに投げた。
「美佳ちゃん!」
「美佳!」
危うく階段から転げ落ちそうになるところを、私と梓ちゃんで支えた。
「さて、お前は敗者だ。早速罰ゲームを始めようか」
不良全員が指を鳴らし、不気味な笑みを作っている。
「っと言いたいが、特別ルールだ」
不良達はまた静まる。
忙しいものである。不良も大変だ。
「ここまで清々しいバカ初めてだからな…。俺が相手してやる」
「飛山さんが?」
「マジかよ」
不良達の間に動揺が走った。
「拒否権はねぇが、安心しろ。今すぐじゃねぇ。今夜0時、ここに来い。武器、凶器は何でもあり。今じゃ生温くなっちまった"デスゲーム"。今夜は真の"デスゲーム"の復活祭だな」
飛山と呼ばれた人は楽しそうに言うが、不良グループ達の動揺は尋常じゃない。
「分かっていると思うが、逃げたらてめぇは病院行きだ。"霊安室"だがな」
飛山はニヤつきながら私達の横を通って去っていった。
それに続いて不良達も続々と出ていく。
次々と進む話に私は何がどうなったのかも分からず立ち尽くしていた。
「彼方!」
美佳ちゃんが思い出したように彼方君に近づいた。
「彼方ごめん!あたしのせいでこんな事になって…」
美佳ちゃんの目には、うっすらと涙が浮かんでいる。
だが彼方君はそれに対して笑顔で答えた。
「大丈夫だよ。それより真の"デスゲーム"って?」
確かに私も気になっていた。不良達の動揺も激しかったし…。
美佳ちゃんが少し俯いて答える。
「私も詳しくは知らないが、元々"デスゲーム"ってのは、今のこんな喧嘩じゃなくって列記とした儀式だったらしいんだ。儀式は二人の人物が互いに刀で斬り合い、どちらかが戦闘不能になるまで続いたらしい…。」
戦闘不能ってゲームじゃあるまいし…。
「ただ…」
梓ちゃんが急に低いトーンで喋り出す。
「"デスゲーム"は正式には"死合い"と呼ばれていた。その"死合い"、江戸時代で取りやめられた。と、されている。だけど闇では祟りや呪い、神の怒りを恐れた民が密かに続けているとされてる。いえ、続けられてるの、今も…」
梓ちゃんは、いつもの天然キャラでは有り得ないくらいに淡々と話し続ける。
少しだけ恐怖を感じる。美佳ちゃんも顔を青くして梓ちゃんの話を聞いている。
彼方君だけは、何にも変わらない表情で梓ちゃんを見ている。
「儀式の終わりはどちらかが"死ぬ"事、と昔はされていたが、実際に大事なのは"死ぬ"事ではない。二人で斬り合う理由。それは…」