第一話 【日常】
この連載小説『Death Eater』に興味をお持ち頂きありがとうございます。この小説はジャンル【その他】に分類されておりますが、一部グロテスクな場面や、怪奇現象等が表現されます。苦手な方はご遠慮ください。また感想・アドバイス等の方もお願い致します。
「やっばぁ〜い!」
遅刻だ!遅刻!!まぁいつもの事だけど…てへっ♪
ってアホなことやってる場合じゃなぁい!
ほら、美佳ちゃんが呼びにきてるよぉ。
「ヤヨ、ヤヨ〜!」
私は急いで白と青で彩られたTシャツに腕を通し、青に白のラインが入った清涼感たっぷりのスカートを履く。これは勿論コスプレではなく、学校の制服である。
「美佳ちゃん、あと20分だけ待ってぇ」
「アホかぁ!あと3分で出ないと完全に遅刻だぞ!」
私は苦笑いでタンスから取り出した白のソックスを転びそうになりながら履いた。
「ヤァヨォ〜」
もう半分諦めてる美佳ちゃんの声がドアの外から漏れてくる。
私は胸に赤いリボンをしめ、最後に茶色がかった腰まである長い髪を櫛で数回なでた。
「きっとあたしも…」
ついに美佳ちゃんはブツブツと愚痴り始めたみたいだ。
ごめんね、美佳ちゃん♪
机の上に散らかっている教科書を適当に鞄に詰め込み、玄関で黒の革靴を履いて、勢い良く外開きのドアを開けた。
「美佳ちゃん、おっはよぉ〜♪ …って、あれ?」
ドアを開けた場所には私と同じ制服を着て、肩口で綺麗に切りそろえられた金髪が特徴的な女の子、東西 美佳ちゃんが額を抑えて座り込んでいた。
「美佳ちゃん?」
「ヤヨ…頼むからドアはゆっくり開けてくれ」
それは美佳ちゃんの涙の懇願だった。
「もう、まだ痛むよ」
美佳ちゃんが額をさすりながら私を恨めしそうな目で見ている。今や美佳ちゃんの額は赤く腫れていた。
「ご、ごめんね。別にわざとやったわけじゃ」
私の釈明は美佳ちゃんの言葉によって中断される。
「あったりまえだよ!こんなんわざとでされたら、たまったもんじゃないよ!…でもなぁ、なんか遅刻って分かると、急ぐ気にもなれないな」
私はほぼ毎日遅刻だから今更って感じだけど。
「美佳ちゃん、ちゃんと遅れないで学校行ってるも…」
またしても私の言葉は中断されてしまう。だけど今度は美佳ちゃんが原因ではない。
私は言葉を発していた口だけでなく、歩いていた足、まばたきしていた目、息をしていた鼻までも活動を停止していた。
私が凝視していモノ、人みたいだが、歩いている足取りには生気を感じれない。
「ヤヨ、また見えるの?」
美佳ちゃんの声に軽く頷いただけで答えた。かろうじて耳は機能していたみたいだ。
ソレは重い足取りで徐々にこちらに近づいてくる。白いYシャツに赤い水玉模様のペイント。…ううん、赤い水玉模様はYシャツだけではなく、手や顔、そしてソレの通ったアスファルトにも点々とついている。
間違いない"血"だ。
「ヤヨ!ヤヨ!!」
急に私の目の前に現れ、肩を掴んだ美佳ちゃんに驚く。そして力なく笑顔を返した。
美佳ちゃんは急に現れたのではない。私の目に映っていなかっただけだ。それは学校に遅刻するほどではないが、よくあることなので理解するのは簡単だった。
「ヤヨ、大丈夫か?」
「うん、ありがとね。美佳ちゃん♪」
美佳ちゃんの声は、さっき私の目を覚まさせてくれた力強い声ではなく、心から私を心配し、そして癒してくれる優しい声だ。
美佳ちゃんは私にとって"守り神"であり、"女神"なのだ。
そんな美佳ちゃんは私は大好きだ♪
「さぁ、いくら完全に遅刻とは言え、HRが終わる前には教室につかなきゃ、さすがに一限目にまで遅れるのはマズいだろ」
美佳ちゃんは私の手を握って走り出した。美佳ちゃんが足早にココを去る理由はもちろん私を気付かってのことだろう。さっきの私の満身創痍の笑顔が原因…かな。
だけど私は何も言わずに美佳ちゃんについていく。
美佳ちゃんの気付かいが嬉しかったから。
私と美佳ちゃんは頭を押さえながら自分の席に向かった。私の席は廊下側の後ろから二番目。窓側には劣るが、なかなか良い席である。私の後ろが美佳ちゃんで、二人並んで席に座った。ちなみに私と美佳ちゃんが頭を押さえてる理由は遅刻が原因で担任から拳骨を貰ったからである。
「おっはよぉ、弥生、美佳」
綺麗な黒髪を二つのおさげが特徴的な私と美佳ちゃんの、もう一人の親友、真宮 梓ちゃんがにこやかな笑顔で出迎えてくれた。すぐに分かることになると思うが、かなりの天然である。
「おはよぉ、梓ちゃん♪」
「アズ(梓)、おはよぉ」 美佳ちゃんは隣の席の梓ちゃんと話してるが、私は挨拶もそこそこに、席に座って持っていた鞄を整理する。
だって朝急いでたから何持ってきたか分かんなくって…てへっ♪
「なぁなぁ」
美佳ちゃんが後ろから肩を小突いてきた。
「うちのクラスにあんな男子いたっけ?」
小突いてきた本人は口を開けて教室の窓側の席を指さしている。
その指先をたどると窓側最後席に見知らぬ男子がいた。
肩下まで伸びた黒髪に無字の青のYシャツを上から二つまでボタンを開け、黒のズボンを履いている。ネクタイを締め、背広を着れば完璧なスーツ姿だ。更に首からは十字架を象ったシルバーアクセサリーまでしている。
うちの制服とは似ても似つかない…。よく先生達もあれで登校認めたなぁ。
「でも、何か間抜けたって言うか、呆けたって言うか、何とも言えない表情してるな」
言われてみれば、どこか力なく、焦点の合ってない目つきで黒板の方を見ている。
「あの子、名前何て言う子なの?」
同年代の男に"子"と言うのは正しいのか分からないが、興味本意までに聞いてみる。
「確かぁ…えっとぉ……え………え………え」
首を傾げて人差し指を頬に当てると言う可愛い格好をしてる。
「はぁ…要するに、忘れたんだな」
梓ちゃん、さっそくの天然パワーか。
それで美佳ちゃん、何で私の手を取るの?
「アズが思い出すのを待っても無意味…直接聞きに行った方が良いな」
美佳ちゃんは転校生に向かって一直線に歩き出した。
私の手を握ったまま。
「え、ちょ…美佳ちゃん!?」
私の声は聞いていない。いや聞こえてないみたいだ。
いや、あの、手…折れるから!強く握りすぎ!
「あたしは東西 美佳、こっちのちっこいのが奈玖 弥生だ。」
美佳ちゃんは転校生の前で勝手に自己紹介をすると、次に私まで紹介した。
ちっこいって、私150はあるもん……はい、嘘です。149しかありません。
私が150って考えた瞬間、遠くから梓ちゃんが本当に?みたいな顔するから本当のこと言っちゃった。恐るべし梓ちゃん!
転校生は話しかけられて数秒経ってから、ようやく焦点の合ってなかった目を美佳ちゃんに合わせ、そして私に向けた。
二重のぱっちりした、澄み切った黒い目。だけど、その澄み切った目の奥には…。
失礼だとは思ったが、私は美佳ちゃんの後ろに隠れてしまった。
「それで君の名前は?」
美佳ちゃんの言葉で、やっと私を見ていた目が美佳ちゃんに戻った。
「閻魔 彼方。よろしくね」
彼方君はそう言って爽やかに笑った。
私の後ろでは女子の黄色い歓声があがっている。
"異性"に疎い私は今更ながら彼方君が普通の人より美形であることに気付いた。
って…。美佳ちゃん!手が…私の手が!!
「彼方…ね。ここにくる前はどこに住んでたの?」
私の手の状況を知ってか知らずか、美佳ちゃんは会話を続けていた。
私は彼方君が返事をする前に美佳ちゃんの肩を叩いてギブアップを告げる。
美佳ちゃんは首を傾げた後、ようやく私の手を解放してくれた。
スポーツ万能の美佳ちゃんに、手を本気で握られたら折れるどころか、粉々に砕けちゃうよ。
「僕は…海外に行ってたんだ。父さんの私情でね」
皆は、
「へぇ、すごいねぇ」
だとか、
「そうなんだぁ」
とか言ってるが、私は彼方君が返答するまで何を考えてたのか、そして美佳ちゃんの耳が赤くなっている事の方が気になっていた。
私は美佳ちゃんの後ろから見ているだけなので分からないが、きっと顔も真っ赤なのだろう。
照れる美佳ちゃんを可愛く思いながらも、私は私の"守り神"であり、"女神"である美佳ちゃんをそうさせている彼方君に少し嫉妬していた。
「彼方、まだこの学校のこと、全然わかんないだろ?あたし達が昼休みに案内してやるよ」
え?今、私達って言った?
「な、ヤヨ?」
振り返った美佳ちゃんの顔はやっぱり赤かった。
「う、うん」
そう答えるしかなかった。
正直、私は彼方君が苦手だ。いや、正確には彼の目が…。
「ありがとう。助かるよ」
ここで一限目の始まりを告げるチャイムが鳴ったので、私達は自分の席に戻った。
「美佳、頑張ってたね♪」
梓ちゃんが悪戯っぽく美佳ちゃんに囁いた。
「な…何のことだよ」
その言葉に私と梓ちゃんは目を合わせて笑った。
普段は男勝りな美佳ちゃんの"乙女"の部分を見た気がした。