Act0:聖戦宣言
農夫と羊飼いの話をしよう。
その二人は兄弟だった。
世界に生まれた始まりの男女の子である二人。兄は農耕を、弟は羊飼いをしていた。
その二人に対し、ある日天上の造物主は告げた。
――我に、それぞれが最も捧げるに相応しいと思う物を持って来なさい。
その言葉を聞いた兄弟は、まるで何かを競うかのように自分の生み出す物の中で最も素晴らしいものを用意し、それを造物主に捧げた。
兄が捧げたのは、良く実った作物だった。
弟が捧げたのは、肥えた羊の初子だった。
そして造物主は兄の作物には見向きもせず、弟が捧げた羊の子を選んだ。
兄は憤りに震え俯き、弟は優越感に浸り空を仰いで笑んだ。
怒りにかられた兄は弟を野原に誘い、そこで弟をその手にかけた。
『見よ、やはり人は愚かだ』
『無為に競い、無為に争う』
『この美しき世界を血に染め、大地を汚す出来損ないよ』
『血の繋がりすらも厭わない。私欲のためならば身内すらも殺す』
『我らに似せて作られながら、我らには似ても似つかぬ』
『所詮は土くれから生み出された人形よ』
『やはり、人間にこの世界は任せてはおけぬ』
『そうだ。このような出来損ないでは世界が危ぶまれる』
『我らが望む、清浄なる世界には不要な存在よ』
天より届く造物主たちの言葉に、兄は弟の血で染めた手を強く握りしめ、あらん限りの憤怒と憎悪を込めて空高く叫ぶ。
「ふざけるな!」
兄は叫ぶ。
「ふざけるな! 我らを争わせたのはお前たちではないか!」
それは逆恨みとも聞こえよう。自分で弟を殺めた責任を、己が造物主になすりつけようとしているようにも見える。
だが先の言葉は、兄の――いや、人間の怒りを触発させるには十分すぎる言葉だった。
「我々はお前たちの玩具ではない!」
造物主たちは言う。
『驕るな、人よ』
『できそこないの人形よ』
『お前たちは、我々の許しなくしては生きることすらも許されぬ弱者』
『我らの言葉、我らの導く手なくしては、正しき道も歩めぬ無知なる赤子よ』
その言葉に、兄の瞳はカッと見開かれ、憎々しげに天を仰ぐ。姿見えぬ造物主に向けて、兄は激昂した。
「お前たちの許しなくして生きることすら許されぬ?
お前たちの導きなくしては正しき道も歩めぬ?
それこそが、お前たち造物主の驕りではないか!
我々の生は我々自身のものだ! 誰の許しも必要ない! 我々自身が今、この瞬間も懸命に生きている! これこそが、我々が生きることを許されている証ではないか!
我々は今、この瞬間も考え、選択し、行動している! 正しいだとか、誤っているなどではない! 我々自身が選び歩むことを決めた道だ! それはたとえ造物主であろうと否定できるものではない!」
『愚かな』
『賢しい知恵をつけた人形が』
『蛇の戯れで楽園を追われた分際で』
『やはり、追放などでは生ぬるかった』
『あの時土くれに戻すべきだったのだ』
その言葉に、兄は嘲りの笑みを浮かべた。
「それ見るがいい。自分たちに不都合な存在を不要と決めて消し去ろうとする。己の理想にそぐわぬ創造物は廃棄する。
――ふざけるな! 何度でも言おうではないか、造物主よ。
我々は、そしてこの世界は、お前たちの玩具ではない!」
兄は己の手についた弟の血を顔に塗りつけ、その顔を赤く化粧しながら言った。
「私は誤った。我が殺めるべきは、争うべきは弟ではなかった。
お前たち造物主こそが、我々人間の――この世界に生きるすべての敵だ!」
兄は弟を殺めた刃物を手に取り、それを天に突きつけ宣言する。
「私はここに誓う! お前たちと争い続けることを! この世界に生けるすべての者たちに号令をかけ、幾星霜の時を要そうと、お前たちからこの世界を解放すると!」
兄の言葉に、造物主は忌々しげに告げる。
『なんと不遜な子よ』
『我ら創造主に刃を向けるか』
『やはり、生み出したのは間違いだった』
『まあ、よいではないか』
『所詮は人の子。我らが手にてどうにでもなる、矮小なる存在』
『すぐに思い知ることになるだろう。己の決断が、どれほど無意味なことなのかを』
いくつかの言葉が飛び交い、何らかの同意が取られたのだろう。造物主は告げる。
『暗愚な人形よ、いずれお前たちは思い知る。その決断が、如何に愚かであるのかを』
「構いはしない! 千人の最後の一人となろうとも、どれだけの屍を築くことになろうとも、我々は我々の尊厳がために、貴様たちと相対ずるだろう!」
弟の亡骸を腕に抱え、兄は大声で宣言した。
――それは人の手による、造物主に対しての長い闘いの、開戦の合図だった。




