表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/9

挿話 三

 【五日目】


「だから、それじゃだめだって」

「なんだよ、うるさいな。話しかけてくるな、気が散る」

「うるさいとか言ってないで、素直に僕の話を聞きなよ、教えてあげているのに」

「構うなっ」

 ブース内に最多数設置されている中型筐体、その中の一台のゲーム機の前に、彼は座していた。モニターに映じられているコンピューターゲームに興じているのだ。次々飛来する敵の戦闘機を、同じく飛来するパワーアップグッズを奪いながら、打ち落としていくシューティングゲーム。操作パネルの赤いボタンを、タイミングよく連打しなければいけないのだが、彼のゲームの扱いはどうにもぎこちなかった。

 彼の座るシートの両脇には、右にセブンス、左にエイツが立っていて、口々にアドバイスを伝えていた。だが、肝心のプレイヤーはまったく言うことを聞かず、何度も訪れるチャンスをものにすることができないでいた。すでにゲームキャラクターは無惨にポイントを減らし、瀕死の状態に陥っている。

「ああ、もうだめだ」

「せっかく教えてあげたのに」

「なんでこっちの話を聞かないんだ?」

「本当だよ。僕らの方がここの先輩なんだから、このゲームのことわかっているのに」

 セブンスとエイツは、少年らしい無邪気で遠慮の無い物言いで騒ぎ立てている。このブースで長期間暮らし、暇に飽かせてゲームをやり倒している二人にしてみれば、彼の操作はあまりにもたどたどしいのだろう。しかし、彼のような育ち方をした人間が、他人のアドバイスに素直に耳を傾けるとは思えなかった。

「いい加減うるさいっ。やってんのは俺なんだから、好きにさせろ。別に、ゲームなんだから、死んだっていいんだし」

 案の定癇癪を起こし、声を荒げる。

「何言ってんの? 次のステージに行けないから、コツを教えてくれって言ったのはそっちだよ」

 セブンスはつぶらな瞳を三角に尖らせた。

「そうだよ。なのに、ちっともこっちの言うこと聞かねえの」

 エイツが追い討ちをかける。二人から責められながら、彼はむすっとした顔でボタンを連打する。

 彼のような身の上では、高慢な性格に成長しても致し方ないのかもしれない。だが、根は素直な性質(たち)だから、行き過ぎたら反省したりすることもある。一度シャワー室で気を失って以降、彼はそれなりに現状を受け入れ、同室の者達ともそこそこうまくやっているように見えていた。それでも、彼が携えている聳え立つほどの自負心は、簡単に他人に折れることをよしとしないのだろう。

 そうこうしているうち、とうとうモニターに【GAME OVER】の文字が浮かび上がった。

「あー、終わっちゃったよ」

「結局行けなかったじゃない、次のステージ」

「本当お前らうるさいっ。別にいいんだよ、こんなのできなくたって」

「何? さっきの態度と随分違う。どうしてもクリアしたいから教えてくれって、自分からお願いしてきたくせに」

「勝手な奴だなっ」

 セブンスとエイツは責め続ける。だが、もし彼が心中では自分の非を認めていたとしても、それを口に出すことはないだろう。謝罪を求められるような経験は、今まで一度だって無かったのだから――。

 納得できない年少組は、とうとう年長組に助け船を求めようと動き出した。

 彼が加わったこのグループは、何をするでもなく、いつも寄り集まって毎日を過ごしている。目下も、ずらりと並んだゲーム機の前で、とぐろを巻いていた。年長組の三人は、一台ずつ間隔を空けて、ゲーム機の椅子に座っている。彼の右隣にフォース、そしてセカンド、ファーストという順だ。

 ブース内には、この六人グループ以外、他人とコミュニケーションが取れないため、単独で行動している者があと四人いる。他の場所で暮らす者達も、ほとんど単独行動が基本になっている。この六人のように、四六時中行動を共にするようなグループは、この施設では初めて見られる現象だった。だから彼は今、ここにいるのかもしれない――。

 年少者達は、一番近くにいたフォースに走り寄り、加勢を求めた。見ていた雑誌のページをめくるのを止めて顔を上げ、フォースはセカンドを指差した。

「そういうのは俺じゃなくて、あっちに言え。調整は俺の役目じゃない」

 セブンスとエイツは早速小走りでセカンドに近付き、騒々しく訴えた。

「ねえ、あいつ酷いんだよ。自分で僕達にゲームのやり方を教えてくれって頼んだのに、全然言うことを聞かないし。その上、逆に怒ってくるの」

「あのえらそうな態度はどうかと思う。だって俺達、ずっと一緒にいなきゃならないのに。できるだけ喧嘩しないよう、お互いソンチョウしあわないと駄目でしょ?」

 世界の不条理に初めて出会って憤る幼子のように、真剣な抗議を繰り返す二人に、セカンドは読んでいる本から顔も上げずに明言する。

「後で。今、物語が佳境だから」

「本ばかり読んでないで、僕らの話を聞いてよ」

「俺達ちゃんと言い付けられた通り、誰とも問題起こさず、平和に暮らしてるんだからさ。こんな時には、年上がどうにかしてくれてもいいと思う」

 食い下がる二人。セカンドは本から視線を動かさないまま、一台空けた右隣のゲーム機に突っ伏している男を指差した。

「じゃあ、あっちに頼んだ方がいい。あの新入りの担当はあいつだから」

 セカンドに突っ撥ねられたセブンスとエイツは、そそくさと移動する。最後の頼みの綱の背後で、餌をねだる雛のようにかまびすしく訴えた。ファーストは眠っているのか、操作パネルの上でぴくりともしない。だが、しばらくは動じなかったその男も、少年達のあまりのしつこさに辟易したのか、突然起き上がり、くるりと振り向いた。

「わかった、わかったよ。だからそう喚くな」

 まだ言い足りなさそうな様子の二人を片手で制して、ファーストは椅子から立ち上がった。大きく背伸びをして、気怠げに忠告する。

「お前ら、あんまりあいつに構うなよ、面倒なことになるから」

「構ったわけじゃない。あいつの方から寄ってきたんだ」

「そうだよ。新入りだからって、あいつの肩を持つの?」

「そうじゃないが、あれは変わった奴だから……」

「そんなの関係ないでしょ? 僕らにはいろいろ注意するくせに。僕はだから、できるだけいい子でいるようにしているよ。みんなの和を乱すようなことはしない」

「ここにいる以上同じ立場なんだから、同じ対応をしてもらわないと納得できない」

 セブンスとエイツは、腰が引けているファーストを追い詰めていく。

「わかったよ。まったくお前ら、こんな時は特に息が合っているな」

 ファーストは大きな溜息を吐く。だが、少年達を見る目は、慈しむように優しかった。踵を返し、彼が陣取っているゲーム機へ向かった。

 訴えられている当事者であるはずの彼は、事の経過を他人事のような目で眺めていた。自分のことでクレームをつけられているというのに、その顔には不満も憤りも表れてはいない。まるで、目の前で起こっている出来事を、画面の中にしか存在しない、手の届かない遠い世界で行われている事態だと認識しているようだ。

「話がある」

 ファーストに声をかけられて、彼ははっと夢から覚めたような表情になる。今自分が見ているものの中に自分も存在しているのだと、ようやく気付いた様子だ。覆い被さるように前のめりに立つ、背の高いファーストを見上げ、彼は不遜な顔を作り上げて答えた。

「俺には無いけど」

「いいからちょっと来い」

 腕を掴んで引っ張られ、彼は渋々といった様子で立ち上がった。

「行くって、どこへだよ?」

「あっち」

 ぞんざいな口調でファーストは言い、早足で歩き出した。彼は、憮然とした顔をしながらも、逆らうことなく付いて行く。

 ファーストが向かおうとしているのは、ブースの一番奥、大型ゲーム機が集まるコーナーのようだ。筐体一台々々が大きいので、設置の間隔が広くとられている。

 彼らが通路を進む途中、一人、単独行動している住人の姿が見えた。ぼんやりと、浮揚しているかのようにふらふらと歩いていた。ああいった存在は団体行動には向かないが、与えられた指示にはよく従ってくれている。あのような者こそ、ここでは重要な存在だった。

 最奥まで来ると、ドライビングシートがずらりと横一列に並んでいた。それは、十人同時に参加できるレーシングゲーム機だった。ファーストはその前に立つと、一台のシートを指差し、「座れ」と指定した。彼がそこに乗り込むのを待ってから、自分も隣に腰を落ち着ける。

「ゲームのやり方なら俺に聞け。他の奴らと不協和音を起こすくらいなら、その方がいい」

 素っ気なくそう言って、ファーストは操作パネル上の小さなボタンを押した。シート前に設置されたモニターが明るくなり、色鮮やかなグラフィック映像が映る。ここのゲームはボタンを押すだけで遊び放題だ。

「別に、ゲームがしたいわけじゃない」

 彼は顔を顰め、自分の前のモニターにも現れた映像を凝視した。

「ゲームをしたくない? じゃあ何で、あいつらに教えてくれなんて言ったんだ?」

「だって……」

 彼は俯き、黙り込む。

「何だよ? はっきり言えよ。うじうじと面倒臭い奴だなあ」

 ファーストの見下した口振りが癪に障ったのだろう、彼はモニターを睨み付けながら怒り声を発した。

「俺は……一緒に遊びたかっただけだ……!」

「はあ!?」

 ファーストはひどく驚いた様子で、目を丸くして彼を見た。あまりにも意外な言葉だったのだろう。

「悪いかよ。だってこんなところで、一人で過ごしたって退屈だし」

 顔は仏頂面だが、彼の声は弱々しかった。この態度が、誇り高い彼が示せる、精一杯の譲歩なのだろう。

 唖然としていたファーストの顔が、ふっと緩んだ。さっき年少者達を見た時のような目をして、穏やかな声音で伝える。

「それじゃお前、せめて相手を怒らせたら謝れよ」

「謝る?」

「悪いことをしたら、ごめんって言え。それができたら、お前も仲間と遊べるようになる」

「ごめんって……?」

 彼は、生まれて初めて遭遇した珍奇なものを恐る恐る確かめるように、その言葉を繰り返した。

 果たして、彼がその言葉を口に出すことがあるだろうか。もしいつか、そのようなことがあったとしたら、それは私にとっても、感慨深い出来事であることは間違いないだろう。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ