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赤いキャットスーツの女

「それじゃあんたは、俺達が出ていた放送を見ていたって言うのか」

 ゲーム機の間を颯爽と歩いて行く女の背中を追い掛けながら、コータは驚きを露わにして質問した。

「そう。星の数ほどある有料放送の一つで、お洒落な服を着た男子達が暇そうにしているのを見るだけの番組。私はタダ見だったけど」

 切子は歩きながら首を捻り、顔を向ける。

「いつもは、ただ男子達がだらだらしているだけだから、基本的に環境映像みたいな番組なんだけど。でも、時々イベントが起こる。ああいう」

 前方に向き直し、切子は床を指差した。

 コータは彼女の肩越しに、そこに誰かの死体が転がっているのを見た。首と体が無惨に切り離されていて、途端に腥い臭いが鼻につく。だが、血痕は臙脂の床材に染み込んでしまったのか、目立たなくなっていた。

「この子、私が気に入っていた子だ」

 通路を塞ぐ死体を跨ぎながら、切子が残念そうな声を上げた。濁った大きな瞳を天井に向けて見開いている首が、道端に捨てられた鞠のように所在無げに転がっている。

 吐き気を押さえ切れず、コータは慌てて手で口を押さえた。そこで動かぬものになっているのは、親しくしていた数人の内の一人で、彼らの死体を見るのはこれで二度目だった。

 惨たらしいその姿を跨いで行くことがためらわれ、足が止まる。だがすぐ、切子に「早く!」と急かされてしまう。

 ぎゅっと目を瞑り、友達の体を飛び越える。着地した時、足に湿った血の感触が伝わった気がして、背中が凍った。

 もう一度死体を見るのは恐ろしかったが、このまま去るのは後ろめたく、別れを告げるつもりでちらりと振り返る。しんがりを務めているリュウが、僅かな逡巡も見せずに死体を一跨ぎするのを目にし、コータは遣り切れない気持ちになった。

「イベントって何だ?」

 網膜に残ってしまっている惨たらしい光景をどうにか追い遣ろうと、コータは先を行く切子にさっきの続きを尋ねる。

「知らないの!?」

 切子が声を上げ、また顔を向けてきた。コータはきょとんとし、聞き返す。

「何を?」

「この子って閉塞しているの? その割にはよく喋るけど」

 コータの背後にいるリュウに向かい、切子が声を張り上げる。

「そいつは新入りなんだ」

「それは知ってるよ、見ていたから。だけどここの新入りは、こんなことも知らずに入って来るもんなの?」

「いろいろだな」

 リュウが淡々と答える。

「何の話だよ!?」

 意味のわからない話を頭越しでされ、苛立ったコータは声を荒げた。切子の視線が戻る。

「あんた達の番組は、正式な許可を得ていない地下放送だった。今はほとんどそんなのばっかりだけど。大っぴらにしてないけど、スポンサーも付いているしね。過激なことができるから、正規の番組より人気があって。その中でもあんた達が出ているのは、結構な視聴率を稼いでいるらしいよ。だけど、ただ格好いい男達がきれいな服を着て映っているだけの放送が、そんなに見られているのは不思議でしょ? 普通は退屈だよね」

「だったら何だよ」

「だからさ、時々イベントを起こすわけ。残酷で刺激的な血のイベントを。それがあんた達の番組の売り。それがいつ起きるかは知らせず、視聴者が退屈な映像を想像と期待で膨らませて、見ずにはいられなくなるように」

「じゃあ、今日のことは……」

「視聴者が待ちに待ったイベントが起きたってこと。殺戮者はいつもとちょっと毛色が違っていたけど」

 真実を知り、コータは頭をハンマーで殴られたように感じた。

「ふざけるな!」

 思わず怒声が口をついて出た。激昂のせいで体が震える。

「じゃあ俺達は、殺されるために、毎日のうのうとここで過ごしていたっていうのか!?」

「そういうこと。本当に知らなかったんだ? この新入り」

 切子の視線がリュウに移る。

「コータだっ」

 怒り心頭に発していたが、それでも新入りと呼ばれるのが気に障り、コータは思わず名乗っていた。

「へえ、コータっていうんだ。あんたらの名前、初めて知った。そっちは?」

「リュウ」

 名前を告げてから、リュウは問い返した。

「切子、だっけ? それで、あんたは何でここにいる? あんたもこの番組の視聴者なんだよな?」

 決まり悪げに眉を顰め、切子は前方に向き直った。歩調を緩めることなく答える。

「私は、何にも起きない退屈な映像の方を気に入っていた。いい男を見ると気持ちが和むからね」

「それで?」

「だからさ。人がせっかく気分良くしているところを、いちいち血腥い映像で水を差してくれるもんだから、いい加減腹が立ってきたわけ」

「それだけ?」

「そうだよ? ここに収録スタジオがあることは知っていたからね。って言うか、やばいことをしているところは、ほとんどこの街にあるものだし。侵入するのは、さして難しいことじゃないから、あんた達みたいなのが集められている場所は」

「じゃあ、あんたは本当に只の視聴者で、放送中の番組に乱入してきただけなのか?」

「そういうこと」

「それって犯罪じゃないか?」

「このスタジオから私が訴えられることは、無いだろうけどね」

 顔を向け、切子がにやりと笑う。混乱しながら二人の会話を聞いていたコータは、ふと近くに感じていた気配が消えたことが気になり、振り返った。リュウが立ち止まっていた。つられて自分も足を止める。

「あんたがまったくの部外者なら、俺が一緒に行く理由は無いな」

「リュウ」

 コータはリュウの言葉に戸惑い、思わず名を呼んでいた。その横を、切子が早足で通り過ぎる。リュウの前で仁王立ちになり、彼女は一息に捲し立てた。

「それはそう。今回のイベントの主役に選ばれたあんた達が、甘んじてその役目を引き受けるつもりなら、私は何も言うことはない。実際助けるって言ったって、あんた達はここから出た途端、何もかも自分でやっていかなくちゃいけなくなるんだし。ねぐらを探さなきゃならないし、食べ物だって自分で調達しないとならない。今みたいにきれいな格好なんて、絶対できなくなるね。ここから連れ出すことが、本当にあんたらを助けることになるのか、私もよくわからない。だから、あんたがこのままここに残るって言うなら、それは止めない。好きにすればいいよ」

「俺は嫌だ! あんたと行く、こんなところで死にたくない!」

 切子の背後で話を聞いていたコータは、我知らず叫んでいた。ここがどういう場所か事実を知ってしまった後で、ここに残ることはできない。行く先に何があるのかわからなくても、今、目前に迫る恐怖から直ちに逃げ出したかった。

 肩を捻って振り向いた切子が、にっと歯を剥き出して笑った。

「了解、そっちは一緒に来るのね。で、あんたはここに残るわけ?」

 問い詰めてくる切子に、不機嫌そうに顔を顰め、リュウが答える。

「そいつが行くなら俺も行く」

「何だお前? 別に付いて来なくていいんだぞ」

 これまで味方になってくれることなんて一度も無かった、特に親しくもない男の態度に不審を感じ、コータは言った。

「俺は一応、ここのブースのリーダーだからな」

「何がリーダーだよ。今までお前、そんな責任感溢れるようなこと、俺に一度だって言ったことなかっただろう。なんだかんだ言って、結局お前もここに残るのが嫌なだけなんだろう?」

「そうかもな」

 嫌味をたっぷり含ませたコータの言葉を、特に気にする素振りも無くリュウが受け流す。珍しく一方的に遣り込めるチャンスを得たコータは、もっと責めてやりたいという誘惑に駆られていた。だが、これからのことを考え、ぐっと堪える。顔見知りのリュウが一緒に来てくれるなら、その方が都合いいのだ。切子に付いて行くことは決めていても、先行きに不安が無いわけではない。例え不仲な相手であっても、知った顔が一緒にいてくれるのは心強かった。もちろん口が裂けても、そんな本心をコータが告げることは無いが、ここで余計なことを言って、リュウの気持ちが変わってしまうのが怖かった。

「じゃ、決まったところでさっさと行くよ。今後は戻りたいと願っても無理だから、そのつもりで覚悟して。それから助けるって言っても、私の体は一つしか無いんで、複数の相手とやってる時は庇えないかもしれない。だからあんたらも、自分の身を守ることを考えといて」

「それは心配するな。俺は、元は兵士仕様だ」と、リュウ。

「兵士!? 何でそんなのがこんなところにいるの?」

「不良品だからさ」

 切子の驚きに、リュウがさらりと返答する。

「ふうん……ま、今はそんなのどうでもいいことだけど。でも、あんたが使えるなら、私も心置きなく暴れられる」

 切子は不敵な笑みを浮かべ、再び早足で歩き出した。追い越されたコータは慌てて後を追う。少し不安になり、背後を顧みてみる。リュウが付いて来ていることを確認し、歩くスピードを速めた。

「ああ、そういえばさあ。最近、一人いなくなったでしょう? あれ何で?」

 しばらく黙っていた切子が、唐突に聞いてきた。

「え? いつ?」

「一ヶ月くらい前」

「一ヶ月前? 俺達のブースで?」

「そう」

 その頃なら、コータはすでにここにいたはずだった。だが、そんな記憶はない。

「何の話だ?」

 リュウが尖った口振りで話に割り込んできた。

「まあいいけど」

 切子はそれだけ言って口を噤む。腑には落ちなかったが、命が危険にさらされている時に、そう重要とも思えないことにコータの気が取られることはなかった。

 三人は、ブース出口に近付きつつあった。あと数メートルほど歩けば、ゲーム機の波を抜け、何も置かれていない見通しのいいフロアに辿り着く。そうすれば、惨劇が繰り広げられたこの場所から脱出できるはずだ。コータは、恐ろしい状況に巻き込まれてから初めて少しだけ安堵した。

「隠れて」

 それなのに、微かに灯った希望の光を掻き消すかのように、切子の鋭い声が響く。

 乱暴に腕を引っ張られて、コータはリュウと共に近くのゲーム機の陰に身を隠した。うずくまるコータの背後に覆いかぶさるように立ったリュウが、身を乗り出して外の様子を窺う。

 しゅるるる……と、風笛のような音が聞こえた。

 何が起きようとしているのか知りたくて、コータは恐る恐る物陰から顔を出す。切子は通路の真ん中に突っ立ったままだ。すぐに目にも留まらぬほどの速さで腰の鞘から刀を引き抜いたかと思うと、彼女はそれを左から右に薙いだ。

 キンッと、甲高い音が響き、次に、ガンッと、硬質なものがぶつかり合う音がした。何かがゲーム機に当たったのだと思い、コータは辺りを見回す。切子の足下に、小型の投げ斧が落ちていた。右手に刀を持ったまま屈み、左手でそれを拾い上げて、彼女は何故かにやりと笑った。

「行くよ」

 隠れている二人に声を掛け、再び出口の方向に歩き出す。

「おい! 大丈夫なのか!?」

 突然斧が投げられたということは、どこかに敵がいるはずなのだ。不用意に身を晒して、狙い撃ちされないとも限らない。しかし、振り返りもせず先に進んで行く切子に、コータはゲーム機の陰から出て行くしかなかった。リュウも何も言わず、後から付いて来る。

 もう少しで通路が終わり、出口のあるフロアに出られるというところだった。不意に、行く手を塞ぐ人影が現れた。

 切子が足を止めるのと同時に、後に続いていたコータ達も止る。切子の肩越しに、一人の女が立っているのが見えた。鋲や鎖が縫い付けられた赤いキャットスーツを着た、長身の女だった。ぬめぬめと光る素材が、見事な曲線を描く体にぴったりと張り付き、なまめかしい。そのボンデージ風のコスチュームは、友人達の首を切り落した獣面の女達を連想させ、コータの身を竦ませた。だが、その女がさっきの殺戮者達とはまったく違う存在であることは、すぐに推断できた。

 女の顔には、特異なところが何も無かったのだ。外見は、どこからどう見ても、単なる普通の人間でしかない。ただ、相当な美人だということ以外は。つんと上を向いた鼻やぷっくりとした唇、長く濃い睫毛に縁取られたアーモンド形の目。そして、その色素の薄い瞳は、誘惑してくるかのごとく蠱惑的に潤んでいる。左足に体重を乗せ、突き出した右腰に片手を置き、豊満な胸を反らして挑発するようなポーズで立っている目の前の女に、コータはできれば、こんな切羽詰った状況下でなく、何事も無い平穏な時に会いたかったと思った。

「やっぱりあんたか」

 そう呟き、切子は間髪入れず、手にしていた斧を女に向かって投げ付けた。

 思わず、コータは息を呑む。

 しかし、キャットスーツの女は慌てる様子も無く、空を切り、自分の顔目掛けて飛んできた斧の柄を、刃が額を割る寸前で掴んだ。すぐに腰のホルダーに斧を収め、鮮やかに微笑む。

「ここであなたに会うとは思わなかったわ、切子」

「その台詞はこっちが言うことだ。さっきの猫女達は、あんたらが絡んでいるわけだ?」

「そう、あの子達はうちの新人。コミュニティの新しい資金源にするために、パパが開発した量産型よ。今日が初めての御披露目だったのに、あなたのせいで台無しになっちゃったわね」

 左手でウェーブのかかった長い髪を掻き上げながら、女は眉を顰めた。

「そりゃ悪かった。で、新人の敵打ちにあんたが乗り出すわけ?」

 切子の当てこすりに、女は小首を傾げて肩を竦める。優雅な猫に似た動作だ。

「冗談でしょ? こんなことであなたとやるのは割に合わないわ。コミュニティにとってこれは、ちょっとしたアルバイトみたいなものなのに」

「あ、そう。じゃ、そこ通してもらうよ」

 切子が前に出る。

「いいわよ。でもうちも契約上、このまま済ますわけにはいかないみたいなの。それから、今のこの状況、平常通り放送されているわよ。突発的な事件のお陰で、後からも売れる映像になるかもしれないって、逆に喜ばれているみたい」

 不快そうに女を睨み、切子が足を止める。

「放送事故になってないの!?」

「なってないわよ」

 女はにっこりと微笑む。

「元テロリストの切子が美男を守って戦うなんて、なかなか感動的なドラマじゃない?」

「テロリスト!?」

 その呼称に驚き、コータは声を上げた。女が、興味津々といった視線を向けてくる。

「その子、あなたが札付きだってこと知らなかったのね。この子達、不良品なんだものね」

「不良品……?」

 コータは唖然とした。そんな言葉が自分達に当て嵌まるなど、一度だって考えたことは無かった。

「不良品とはご挨拶だな。あんたらみたいな外れ者が生きていけるのは、俺達みたいなのがいて、食い扶持を稼ぐことができるからだろう?」

 リュウが皮肉めいた口調で言い返した。

「あら、閉塞しているのばっかりだって聞いていたけど、それだけじゃないのね。気を悪くさせたならごめんなさい、配慮が足りなかったわ。自分にはどうでもいいことだからって、投げ槍じゃだめね。うちのパパが本気で取り組んでいることなんだし」

 臆すること無く女は笑顔を向ける。その厚顔な態度に、呆気に取られていたコータも我に返った。途端に見下された怒りが涌き上がり、さっき彼女の美貌に見蕩れてしまったことが腹立たしくなった。

「何だよこの女は!? 切子、お前の知り合いなのか!?」

 振り返り、声を荒らげるコータを見て、切子が煩わしげに答えた。

「この女はナツ。《ラブ・ファクトリー》っていう、狂ったカルトの幹部」

「カルト?」

「犬丸っていうマッドサイエンティストを教祖と崇め、そいつの娘と名乗る女達が集う、最高に醜悪な宗教団体だよ」

 切子が吐き捨てるような口調で説明する。

「ひどい言われようね。でも、一つ誤解を解いておくと、私は今、幹部ってほどの位置にはいないわ」

「え? 何で?」

 女に視線を戻し、意外そうに切子が聞く。

「いろいろあったの。うちのパパって、変なものを作りたがるじゃない? 今日の新人みたいに」

 ナツという名の女は、寂しげな笑みを頬に浮かべた。

「あの女達は悪趣味だ」

 露骨な嫌悪感を示して、切子が言い捨てる。

「そう……かもね? あなたは、いつもパパのやることを否定するのね。だからパパは、あなたを目の敵にするのよ」

「気持ち悪いことばかりしているんだから、仕方ない」

「あなたに気持ち悪いって言われる度、軽くダメージを受けるのよね、私……」

 ナツが苦笑する。

「それなら、そろそろ見切りをつけたらどうよ? あの変態科学者がパパとか言われて奉り上げられているのは見苦しいから、信者が一人でも減るんなら喜ばしい」

「いい加減にしろ! こんなところでグダグダする時間は無いはずだろ!?」

 悪友同士が交わすような気安い会話を繰り広げる女達に、コータの堪忍袋は限界に達し、思わず怒声を上げていた。死ぬか生きるかの危機的状況にあるはずなのに、緊張感のない無駄口をいつまでも聞かされるのは我慢ならなかった。

「プリティ系を怒らせちゃったわ」

 ナツが唇を尖らせる。

「お前、話を聞いたら、俺達を襲った猫みたいな女達の仲間だってことだよな!? よく俺達の前で、そんなのうのうとしていられるな!? 何であんなことをした!? 一体何のために!?」

「それは、私に聞くことじゃないわ。私達はイベントに花を添えるために呼ばれた、特別ゲストだもの」

 悪びれることなく微笑むナツ。

「じゃあ誰に聞けばいいっていうんだ?」

「さあ? そっちのワイルド系に聞いてみたら? ここ、長いんでしょ?」

 振り返り、ナツが視線で示した先をコータは見る。指名された男の顔に、強張った蝋人形のような笑い顔が張り付いていた。ずっと寝食を共にしてきたのに、初めて目の当たりにする彼の異様な表情に、コータは息を詰める。

「じゃ、でしゃばるのはこの辺にしておくわ。ちゃんと伝えたわよ、この状況が放送されているってこと」

「私にギャラは払われるの? でないと割に合わないけど」

 声高にクレームをつける切子に、ナツが呆れ顔を向ける。

「わかって言っているんでしょうけど、本当はこんなところにしゃしゃり出てきた時点で、そんなことを言う権利、あなたには無いのだからね。こうして私が来たのは、顔馴染みへの一応の仁義と受け取って欲しいわ。パパを無理に説得して来たのよ」

「どうだか。あんたがあいつに逆らえるとは思えない」

 断定する切子にナツは小さく微笑んだだけで、否定も肯定もしなかった。

「それじゃ私は、あなた達がこの後どうなるか、視聴者気分で楽しませてもらうことにするわ。パパは本気よ」

 言うやいなや、ナツは横に飛び退いた。彼女が遮っていた視界が開け、彼方が見渡せるようになる。ブース出口の辺りよりもっと先、中央通路の方から、わさわさと蠢く黒いものが近付いて来るのが見えた。

 切子が駆け出す。ゲーム機の波を抜け出し、見通しのいいフロアに立った。コータとリュウも続く。

 コータの目の端に、一番手前のゲーム機に寄りかかっているナツの姿が入った。しかし、意識はすぐに、もうかなり近くにまで来ている黒いものに奪われてしまう。それは、コータ達を襲ったあの恐ろしい殺戮者と寸分違わぬ姿をした、化け猫のような女の一団だった。中央通路の端から端までを埋め尽くし、わざと隙間が出来ないように並んでいるのか、虫の卵のようにびっしりと密集して群を成している。

 女達は、ブース出口の手前で行進を止めた。コータは凍り付く。悪鬼のような女達が、獲物を待ち構えるかのごとく、行く手の通路を埋め尽くしているのだ。前面しか見えていないので、後方にどれほどの人数が連なっているのかはわからなかった。だが、ここからでも感じられる圧力から、相当な数が集まっているのだと推測できる。

 コータは、目前に横たわる恐怖の前で呆然と立ち尽くす。希望は打ち砕かれてしまったのだと、そう思った。



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