魅了(※女性限定)持ち令嬢の受難
「女神様! 世界平和なんて、大それたことは望みません! 私はただ、平穏な普通の日々を送りたいだけなのです! できることなら……どうか私の加護を取っ払っちゃってください!」
大聖堂の中、女神像の前に跪いた令嬢は、胸の前で手を握り、切実な願いを口にした。
事情を知らない人間からしたら、ひどく無礼な祈りに聞こえたのだろう。大司教が険しい表情を浮かべ、彼女に苦言を呈した。
「プリシュラ嬢。そんなバチ当たりなことは、いくら貴女でも言ってはなりませんよ」
「あ……」
諌めの言葉を掛けられ、少女の顔からサァーーッと血の気が失せる。
「だ、大司教様、ダメです! 彼女にそのような物言いをなさってはーー!」
「え? は? な、なにがじゃ⁉︎」
慌てて神官が止めに入ったが……もう遅い。聖なる空間に不穏なエネルギーが満ちていく。
そして……
ガターーーーンッ‼︎
「おい! こら、クソジジイ! 愛しいプリシュラ様に、なんて口の聞き方してるんだよーー!」
「あぁ、お可哀想に……こんな真っ青なお顔をされてるじゃありませんか!」
「裏で色々悪どいことやってるクサレ爺さんが、天使のような彼女に意見するなんて、一体何様よーー!」
「こんな老害をのさばらせてるなんて、この神殿は腐ってるわ! 終わっているわ!」
「心の底から謝罪しろ‼︎」
「あっやまれーーあっやまれーー!」
それは異様な光景。敬虔なる聖女達が、最高神官である大司教に向かって、一斉に暴言を浴びせ始めたのだ!
「ひぃぃぃぃぃぃぃぃーーーーーっ‼︎」
言葉の暴力でボッコボコにされた大司教の悲鳴が大聖堂を超えて、この神殿中に響き渡る。叫喚と罵詈雑言の大合唱。まるで、聖堂内の壁に描かれた地獄絵図のようだ。
そんな混沌な状況の中、青い顔をしたプリシュラ嬢は慌てて立ち上がり、痩せた腹の底から精一杯、声を張り上げた!
「み、皆様ーー! どうかお止めくださーーいっ!」
ピタッ!
「あら? プリシュラ様がそうおっしゃるなら……」
「はぁーーい!」
「わかりましたわっ!」
彼女の一声で、獰猛だった聖女様達はコロッと態度を変え、またいつもの貞淑なお姿に戻ったのだった。
◇◇◇◇
カツンッ……カツンッ……
柔らかな光差す王宮の中庭。その一角にあるガゼホ内では、友人同士の二人が向かい席に座り、黙々とチェスに興じていた。
喧騒とは無縁の場所のせいか、駒を盤上に置く硬質な小音さえもよく響く。
テーブルに肘をついた青年が、僧正の駒をそっと持ち上げると、指差すように、その駒の底を正面に座る令嬢へ向けた。
「聞いたぞ? またやらかしたらしいじゃないか、ピィ。今回は大司教か。『名案が浮かびましたわーー!』とか言ってたのに、なぁ?」
そう言って彼はニヤリと笑う。
『ピィ』と呼ばれたのは、プリシュラ・シャルマン男爵令嬢だ。彼女を愛称で呼べる人間はそうそういない。王国内では片手で数えられる程だろう。
「う、うるさいわね、ジュジュ!」
そしてまた、第一王子であるジュリアス殿下を気安く呼べるのも、このプリシュラ嬢くらいなものだ。
「ははっ! そう怒るなよ。少し休憩しようぜ。なんか飲むか?」
「遠慮しておくわ。今、『お茶会恐怖症』なの。お菓子もけっこうよ。甘い物もしばらく見たくない」
「あぁ、そういえばそうだったな。誰か、プリシュラ嬢に水を頼む」
ジュリアス王子は彼女の言葉に軽く頷くと、側に控えていた従僕に指示を出した。
「かしこまりました」
給仕役として、二人の周囲に待機しているのは全員男性だ。侍女は一人もいない。
一見すると、見目麗しい男共を侍らせているように見えるが……違う。訳あってプリシュラ嬢の近くに女性は配置できないのだ。
◇◇
シャルマン男爵家の次女、プリシュラ嬢。彼女には特異な力がある。
女神様に愛され、『魅了』の加護を授かり、この世界に生まれてきた。加護を持つ人間なぞ、そう滅多に現れない。
『魅了』とは、無条件で相手の心を引きつけ、虜にする能力のことをいう。
ただし、プリシュラ嬢の場合は少し特殊だ。同性である女性にしか、この力が発動しない。男性には無効。
これが、かえって厄介だった。
プリシュラ嬢が生まれた瞬間、彼女の身体が金色に光輝いた……と、出産に立ち合った者からの報告を聞き、父であるシャルマン男爵は顔を綻ばせ、天を仰いだ。
だがすぐに、様子がおかしいことに彼は気づいた。
夫人だけでなく、まだ三歳の姉パトリシア嬢、屋敷で働く侍女達までもが、赤ん坊のプリシュラ嬢にメロメロになったのだ。
あまりに過剰な溺愛ぶりを男爵も訝しんだが、赤子がかわいいのは世界共通だと、彼は自分を強引に納得させた。
しかし判断の誤りを、男爵はすぐに後悔した。プリシュラ嬢の誕生から数日で、屋敷の中は酷い有り様となっていたのだ。
夫人とパトリシア嬢はプリシュラ嬢の側をけして離れず、侍女達は誰がお世話役をするかで揉め、他の仕事を全くしなくなった。
あまりの異常さを看過できなくなった男爵は、赤子のプリシュラ嬢を奪い去るように抱きかかえ、神殿に駆けこみ……そこで、彼女が加護を受けていることが発覚したのだ。
今でこそ、プリシュラ嬢の言葉に女性達は皆、素直に従う。だが、まだ自我が目覚める前、会話が成立しない乳幼児期は本当に酷かった。魅了された人間達の大暴走を止める手立てが無かったからだ。
悩みに悩んだ末、男爵は夫人達をプリシュラ嬢から強制的に引き離し、別宅に住まわせた。そして、侍女は全員、従僕へと入れ替えた。
男爵家なので元々、使用人の数は他貴族家ほど多くはないが、それでも侍女がいないと、なにかと不便なことが多かった。
特に、大事な娘の世話をいくら使用人とはいえ、他の男には任せられない。その為、領主である男爵自身が彼女の沐浴やらオムツ替えやらの育児をこなし、仕事の際は赤子をおぶって業務を回した。
貴族社会は案外狭く、噂の広まりが恐ろしく早い。加護持ち令嬢と子育て男爵の話は、あっという間に社交界へ知れ渡った。
ほどなく、物珍しさから『プリシュラ嬢に一目会いたい』という手紙が屋敷に殺到すると、男爵はまた頭を抱えた。
本来なら、彼女のお披露目会をして手紙の差出人達の要望を一発で叶えるのが合理的だが、そんなことをしようものなら大惨事、間違いない。
女性陣はプリシュラ嬢の魅力に発狂し、男性陣がそれを非難すれば彼女達から総口撃をくらう。ましてや『可愛い? は? どこが? 赤子なんて猿みたいだろ?』なんて彼女を貶める男がいたら、ダンスホールは血の海になるだろう。
様々な言い訳をして、男爵は他貴族家との接触を避けて避けて避け続けた。だが、とうとう『プリシュラ嬢を養子に迎えたい』と申し出てくる者も現れた。
末端貴族であるシャルマン男爵家では、上位貴族家から命令されれば断れない。
それでも男爵は、家族を諦めなかった。プリシュラ嬢が成長し、言葉を操れるようになれば、きっと事態は好転する、と。
家族が揃って暮らせる日を夢見る彼は、慢性寝不足な頭をフル回転し……一計を講じた。
後日、男爵の元に召集状が届き、親子二人は王宮へと登城した。
プリシュラ嬢が稀な加護持ちであることを理由に、陛下夫妻への謁見が叶い、そして……赤子に一目で魅了された王妃様は、高らかに宣言した。
『愛しいプリシュラ嬢にとって、暮らしやすい王国を作るわーー!』と。
男爵の策。それは噂を利用し、ラスボス……もとい、王妃様にお目通り頂くこと。
彼女がプリシュラ嬢にとって最強の後ろ盾となれば、他の貴族家は口出しできない。いや、国王すら妻に頭が上がらない。実質、行動力も発言力もある王妃様の方が、力は上。陰の支配者。
王と女王……チェスの駒は、まさにこの二人の動きを表しているかのようだ。
しかし、これは彼にとって賭けだった。失敗すれば王国は混乱し、赤子の愛娘は『傾国の乳児』として歴史に名を残すことになっただろう。
だが、天は男爵に味方した。もしかしたら、己の加護により迷惑をかけた女神様なりの『お詫び』だったのかもしれないが、真相は誰も知る由がない。
こうして、東の片田舎にある小さな貴族家の令嬢と、第一王子が友人となったのだ。
◇◇
「こちらをどうぞ」
「ありがとうございます」
チェスは一旦、休戦。プリシュラ嬢はテーブルに置かれたグラスを掴むと、令嬢らしからぬ勢いで中身を一気に飲み干した。
ゴクゴクゴクゴクゴクゴク……
「ぷはぁ! あぁ、水が美味しいわ! 喉がスッキリしたら、なんか急にお腹が空いてきたような……今、無性にポテトが食べたい気分ね」
「ピィ……下手なことを口走ると、三食イモづくしメニューになるぞ? どこで誰の耳に入るかわからないんだからな」
「うっ! それは困るわ。私の一言一句でトラブルに発展するの、本当に勘弁してほしい」
「うちの母上もお前が絡むと相当ヤベー奴に豹変するもんな」
ジュリアス王子に言われ、プリシュラ嬢は苦笑いを浮かべた。
「はははっ……だいたいなんで、ただの男爵令嬢の話し相手が王子なのかしら、ねえ?」
「そりゃあ、俺以外だと色々、喚き立てられるからだろ? 『プリシュラ様に〇〇家のご友人は相応しくありませんわぁぁ!』とか……ピィの相手は俺にしか務まらないさ」
魅了された女性達が制御困難な状態に陥るのは日常茶飯事だ。ただ、流石に王族に暴言を吐けば一体どうなるかは、本能的に悟るらしく、何かを言いかけて皆、口を噤む。王妃様効果はバツグンだ。
それでも、『魅了』関連の事件は後を絶たなかった。
プリシュラ嬢が五歳の頃、彼女に『ブス』と言い放った同い年の伯爵令息が処罰されたのは、有名な話だ。王妃が愛でる、いわば国宝令嬢を侮辱した罪。処刑は免れたが、伯爵一家は国外に追放された。
後から聞かされたプリシュラ嬢が、慌てて刑罰の撤回を求めたが、もう王国内では生活が難しいということで、結局そのままとなった。
他にも、王妃の推薦でプリシュラ嬢の婚約者候補になった侯爵令息……の親族が起こした巨額投資詐欺事件というのも、まだ記憶に新しい。その貴族家がその後どうなったかは……言うまでもない。
「それにしても、今日も随分と地味な格好だな?」
「特徴あるドレスだと、買ったお店が特定されて真似っこされちゃうのよ」
「よっ! 流石は量産型女子製造機!」
「……褒めてないでしょ、それ」
「それより、ピィ。見たか? 最新の王国機関紙。『お嫁さんにしたい令嬢ランキング1位 プリシュラ嬢!』満票一致だってさ」
「……票の独占じゃ、そもそもランキングになってないじゃない。しかも、それ言ってるの殿方じゃなくて、お姑さん側の意見でしょ?」
プリシュラ嬢は深々と溜息を吐き出した。
「なんだ。少しくらい喜ぶかと思ったのに……」
「まさか」
「だいたいお前、『婚活』じゃなくて、何で『就活』してるんだ?」
ジュリアス王子がプリシュラ嬢の瞳を見つめると、彼女はすぐにプイッと視線を逸らした。
貴族令嬢達の多くは、学院の在学中に婚約を済ませている。それ以外のお年頃な彼女らは、卒業後に研究院進学か、就職する者が多い。
貴族学院の生徒は身分がしっかりしている為、ぜひ雇いたいと引く手は数多。学院の掲示板には、常に求人情報が所狭しと貼られている。
だが、ここをチェックするのは、婚約者不在の訳アリ令嬢達。それゆえか、就職後に家の都合で即離職してしまう者も一定数いる。
せっかく勤め始めても、それでは……と、最近では就労の前段階として『職場体験』が推奨されるようになった。学院側からは『本人の為』という名目だが、実質は雇い主による品定めである。
先日、プリシュラ嬢が大神殿に行ったのも、この制度を利用した聖女見習いの一日職場体験だった。結果は……まぁ冒頭の通りだったのだが。
「……私がジュジュと友達になれたのは……女神様の加護があるからよ」
王国一の訳アリ令嬢が、ボソリと言葉をこぼした。
「ん?」
「加護が無ければ、私……何も無いわ」
そう言って、彼女は悲しそうに俯いた。
日々、トラブルに巻き込まれ、家族にも周囲にも迷惑をかけてきた。己が不意に発した言葉や行動で糾弾される人々を見ては、騒動を鎮めて……そんな生活を繰り返し、プリシュラ嬢はすくすくと……見事なネガティブ令嬢へ成長したのだった。
もしもプリシュラ嬢が、性別関係なしに全員を魅了できる力を加護されていたら、この国はとっくに滅んでいたかもしれない。
それでも、都合よく利用すれば一生遊んで暮らせるぐらいの強大な力。それなのに、彼女は常に控えめだった。むしろ、何かに追い立てられるかのように、プリシュラ嬢は努力を惜しまなかった。それは時として、鬼気迫るほどに。
下を向いてしまった彼女の頭を、ジュリアス王子がガサツにぐりぐりと撫で回す。
「ははっ。ピィは本当に真面目だな。他の令嬢だったらこんな無双状態、好き放題やるぞ? 母上に『ねぇ、この国ちょーーだい!』って言えばすぐ叶う。就活は即、終了。新王妃様、爆誕だ」
「止めてよ、ジュジュ。物騒なこと言わないでよぉ〜〜」
ガタンッ!
慌てた令嬢がテーブルに身を乗り出すと、その衝撃で、チェスの駒が一つ地面に転がった。
「あぁ!」
プリシュラ嬢がそれを拾おうとしゃがみ、彼女の姿がジュリアス王子の視界から一瞬消える。
「……お前に救われている人間も、ここにいるんだがな」
「ん? ジュジュ、何か言った?」
「別に……」
「あーーーーっ!」
突如、彼女が大きな声を上げ、立ち上がる。
「どうした、ピィ⁉︎」
「名案が浮かびましたわーー!」
そう言うと、摘み上げた騎士の駒を、目の高さにサッと掲げた。
「名案? 迷案の間違いじゃないか? また、どうせロクでもなさそうだが、一応聞いておこうか?」
そう言って、ジュリアス王子は呆れたように、プリシュラ嬢へ話の先を促した。
◇◇◇◇
一週間後ーー
いつもと同じ王宮の中庭では、小鳥のさえずりを聴きながら、ジュリアス王子が鼻唄交じりに新聞をバサリと広げていた。
今日の一面は『婚約破棄大量発生事件』。暫くの間、王国内はこの話題で持ちきりだろう。
おおかた予想通りな紙面にザッと目を通してから、彼は向かいに座る令嬢に声を掛けた。
「ピィ。今日は、東方にある島国産の茶と、甘くない茶菓子がある。これならきっと、お前も食べられるだろ?」
テーブル上には温かい緑茶とせんべいが用意されていた。だがプリシュラ嬢は、いい匂いの漂う卓上とは反対、椅子の背もたれに寄り掛かり、すっかりやさぐれていた。顎をしゃくれさせ、ご令嬢らしからぬ顔面。
「で、何やったんだ?」
「……わざわざ聞かなくても、ジュジュはざっくり知ってるじゃないの」
プリシュラ嬢は半目のまま、のそのそと正面に座り直すと、一礼し、そっとお茶を啜った。
「はぁ、美味しい……落ち込んだ心に、沁みるわぁぁ……」
緑茶に癒され、元のお顔に戻ったプリシュラ嬢が視線をすっと横に向けた。ジュリアス王子も釣られてそちらに目を遣る。
それは、いつも二人で遊んでいるチェスボード。その盤上には、既に駒がスタート位置に並んでいた。
「たしかピィの言う『名案』は、これだったかな?」
そう言いながら、ボードをテーブル上に持ち上げ、ジュリアス王子は騎士の駒をひょいっと摘んだ。
「この前、俺が聞いたのは『女人禁制の騎士団で職場体験してくるわ‼︎』って話じゃなかったか? てっきり炊事場か、洗濯係かと思ったんだが……なぁ?」
そう問われて、額に脂汗を浮かべたプリシュラ嬢が目を泳がせる。だが、彼は追求の圧を緩めるつもりはなさそうだ。
「で? どうなんだ? んん?」
「……」
少し間を空けてから、観念したようにプリシュラ嬢が重たい口を開けた。
「だ……男装して……騎士団の稽古に参加いたしました……」
………………
「はぁっ⁇ 男装⁇ ……あぁ、そうか! 見学に来ていた令嬢達のハートを、ピィがもれなく掻っ攫ったってわけか! なるほど、それで婚約破棄」
「女性のほぼいない職場だから、大丈夫かと思ったんだけど……」
「ダメに決まってんだろが!」
「ゔゔっ……ごめんなさい」
友人にピシャリと言われ、居た堪れなくなったプリシュラ嬢はすっかり下を向いてしまった。
「……あぁ悪い」
落ち込んでしまった彼女を宥めようと、ジュリアス王子がそっと手を伸ばす。すると、その手が……スカッと空振った。
「ん?」
パッと顔を上げると、プリシュラ嬢の身体は椅子ごと後方へ引き下げられていた。背もたれを掴んでいる見慣れぬ人物を、ジュリアス王子がジロリと睨みつける。
「ピィ。それは誰だ?」
「え? あぁ、ジュジュに紹介するの忘れてたわ。彼女は一昨日から私の護衛騎士となったクリスよ。彼女すごい精神力なのよ! 私の魅了に掛かってないの!」
「……」
プリシュラ嬢に紹介された細身の甲冑騎士は、機敏な動きで王子に敬礼する。
「……ふぅん。よろしくな。で……ピィは、まだ続けるつもりか、就活?」
「も、もちろんよ! だって、ジュジュ。考えてみて。もしもよ? 突然、私の魅了の加護がなくなれば、周りの反応は正常に戻るでしょ? そしたら、実家の男爵家に私の居場所はなくなるわ。パトリシアお姉様が家督を継ぐのに、私の存在は邪魔になるもの。結婚も絶望的でしょ? だから、手に職よ! 自立よ! そしたら平和よ!」
「いや……あの姉君がピィを追い出すとは考えられないが……」
ジュリアス王子は苛烈な妹愛ご令嬢を頭にポンと思い浮かべた。
友人である自分に対し、言葉にはしなくとも、顔に敵意がハッキリと書いてある。もし、仮にプリシュラ嬢に加護が無くなろうと、パトリシア嬢が可愛い妹を家から放り出すとは考えにくい。
だが、ネガティブ令嬢は、愛されている自分をも疑う。家族に守られているのは、加護があるからだ、と。
無条件に愛される魅了という力が、プリシュラ嬢の心を歪ませてしまうとは、なんとも皮肉な話である。
「私は……人に迷惑をかけずに生きていきたいのよ……」
「無茶言うなや」
プリシュラ嬢には、常に焦燥感がつきまとっていた。トラブルの元凶になってしまう自分を、ずっと責め続けてきたからかもしれない。
それに、魅了の加護があることで、自分にはまともな結婚は無理だと、はなから諦めている。
王妃様の提案で過去に数名、彼女の婚約者候補に令息達の名前が上がったが、誰一人とも婚約は成立しなかった。
理由は明白。王国の半数が姑&小姑のような存在になるからだ。お相手達は厳しく査定されてしまう。そんな状況に耐えきれない彼らでは、プリシュラ嬢の伴侶なんて務まらない。
また、婚姻によって彼女を利用しようと企んだ貴族も現れたが、皆、断罪された。関わりある親戚筋も連帯責任。どれだけの貴族家が粛清されたかは、数えきれない。
「ピィから女神様の加護がなくなることは200%ないと思うが、その時に備えての就活ってことなんだな。お前は……加護が憎いか?」
そう言って、ジュリアス王子はじっとプリシュラ嬢の瞳を覗き込む。すると、彼女はその視線を避けるように、ふっと目を伏せた。
「これは、私の身にありあまる能力よ。なんで私なんだろう……って、いつも思うの。ねぇジュジュ。女神様に加護をお断りするには、どうしたらいいかしら? 背神行為?」
「たしかに、それすりゃ、一発アウトだろうが……虫も殺せないお前に悪事はできないだろ? それに、よく考えてみろよ。ピィに魅了されたヤツら全員がお前の真似するぜ?」
「ゔっ! それは恐ろしいわね。王国が半壊するわ。犯罪者大国。あっ! じゃあ……」
また何か思いついたのか、彼女は盤上に置かれた城の駒をサッと摘み上げた。
「もういっそ、別な国に行って農業でも始めようかしら! この辺だと、どこがいいか……カルスタット王国とか……パルキャニス国もいいわね!」
「戦争の火種になるから、亡命はやめてくれ。なぁ、ピィ……もういっそ、腹を括って……お、俺と結婚してお前が王妃になっちゃえよ!」
「え〜〜、嫌よ」
冗談のように自分との婚姻話を振ったが、速攻でバッサリ断られるジュリアス王子。
「……」
「あら? ジュジュ、変な顔して……私、何かおかしなこと言った?」
あからさまにショックを受けた彼を見ても気づかない鈍感な彼女に、甲冑騎士が仮面の下でゴホゴホッとむせこんだ。
「クリス、どうしたの? 大丈夫⁉︎」
ガタン! バシャッ!
振り向いた衝撃でテーブルが揺れ、茶碗が横倒しになってしまった。勢いよくこぼれ出た中身が、彼女のスカートを緑色に染める。
「ああっ! ごめんなさい!」
「ピィ⁉︎ 火傷してないか?」
「大丈夫よ、もう冷めてたから」
「そうか、良かった。じゃあとりあえず……悪いが、着替えは従僕では手伝えない。大人しく侍女達の着せ替え人形になってこい」
そう言って、ジュリアス王子が親指をクイッと王宮へ向けた。それに対し、彼女は口角を引き下げて嫌っっそうな顔をした後、渋々、頷いた。
「……はぁい。あ、クリスはそのまま待っててもらっていいわよ」
「しかし……」
「いいから、いいから」
プリシュラ嬢の姿がようやく見えなくなったところで、護衛騎士に向かってジュリアス王子が口を開いた。
「気にするな。あれはピィなりの配慮だよ。女共のとこにお前を連れて行ったら針の筵だ」
「なるほど……」
「優しいご主人様で良かったな。っつうか、お前……男だろ? ピィの魅了に堕ちない女はいない。そうだろ、クリス……いや、クリストフ」
「おや、気づいていたんですね。ジュリアス殿下」
『彼女』と呼ばれていた騎士が、そっと兜を外した。
「急に騎士団を辞めたと思ったら、こんなところで何してるんだ?」
「プリシュラ様は此度、私の恩人。そこに、護衛を募集していると聞いて飛びついたんですが、まさか誤解なさるとは……」
「クリストフは女顔だからな」
「そういう殿下こそ、婚約者がいまだ決まっていないのは、そういうことだったんですね」
「……うるせえよ」
今回の騒動ーー男装したプリシュラ嬢によって騎士達の婚約が見事なまでに破棄されたが、その大半が、意にそぐわぬ婚姻を強制された者達だった。
実家の借金により、成金な極豚令嬢に身請けされかけていた彼らは、彼女のお陰で窮地を救われたのだ。
そう、プリシュラ嬢自身は、自分が騒動を引き起こし、周囲を不幸にしていると思い込んでいるが、逆だ。
裏で悪事を働いていた大司教は更迭され、王国内で悪質な詐欺に引っ掛かり破産寸前だった伯爵家は『ブス事件』により精算されて他国で幸せに暮らしている。
清らかな魂を持つ彼女によって、人々は良き方向へと導かれていたのだ。
「女神様はきっと相当な美人なんだろうな」
「え?」
「女の妬み嫉みの恐ろしさを知っている。だから、ピィにこんな半端な加護を与えて護ろうとしたんだろう。野郎相手には必要ない。使わなくても、次々と堕としていくんだから……なぁ?」
クリストフを見てジュリアス王子はニヤリと笑った。
「そうですね」
「もういいです〜〜っ‼︎」
その時、プリシュラ嬢の悲鳴に近い声が中庭にまで響いてきた。
「本当に、本当に、もう結構ですっ! どの服もとーーっても素敵だと思いますけど、いい加減これに決めさせてくださーーーーい‼︎」
「「……」」
この日、プリシュラ嬢に『ドレス着せ替え恐怖症』というトラウマがまた一つ追加されたようだ。
女神様に寵愛される彼女が、天職に巡り合い自立するのは、もう少し先の話になりそうだ。
おしまい
最後までお読みいただきありがとうございました。
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