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廃棄された聖騎士団の副長〜裏切り者たちへ、俺はもう死んでいない〜

作者: じょな
掲載日:2026/06/15

「アルヴィン・クレイン。お前を聖騎士団副長の職から解任する」


言葉が会議室に落ちた瞬間、俺は笑いそうになった。


解任、か。穏やかな言い方をする。


実態は追放だ。騎士団の恥を、国境の向こうへ捨てる。それだけの話だ。


壇上に立つのは団長のゼオス・ラングフォード。かつては同じ修道騎士院で剣を磨いた男だ。騎士位を得たのも同じ年、初陣で背中を預け合ったのも同じ夜。それが今は、こうして俺を見下ろしている。


「理由を聞かせてもらえますか、団長」


問うと、ゼオスは少しだけ視線を揺らした。それだけでわかった。後ろめたいとは思っている。だが、やめる気はない。


「シェルノ砦の戦いで判断を誤り、騎士三名を死なせた。これは団の名誉に関わる。上からの決定だ」


嘘だ。


シェルノ砦で死んだのは、ゼオスが前線の報告を無視して強行突破を命じた際に巻き込まれた者たちだ。俺はそれを止めようとして、命令違反の烙印を押された。


「それが上の決定ならば」と俺は言った。「従います」


抵抗しても無駄だとわかっていた。会議室の外にはすでに六名の衛兵が控えていた。事実を証明する書類は、俺が提出しようとした夜に「紛失」した。


振り返ると、壁際に十数名の騎士たちが整列していた。


三年間、共に戦い、飯を食い、互いの傷に包帯を巻いた連中だ。


誰一人、目を合わせようとしなかった。


「……そうか」


俺は短くそれだけ言って、剣帯を外した。腰から聖騎士団の紋章入り長剣を抜き、テーブルに置く。金属が木を叩く音が、静まり返った部屋に響いた。


「お前たちの武運を祈る」


誰も答えなかった。


---


国境を越えたのは夜だった。


支給されたのは最低限の食料と、使い古しの革鎧、短剣一本、金貨十枚。「生活の足しにしろ」とゼオスが言った。最後の慈悲のつもりだったのだろう。


捨てられた、と思った。


怒りよりも先に、静けさが来た。


砂利道を歩きながら、俺は三年間の記憶を一枚一枚めくった。


部下のカルロ・ヘインズは、剣術を教えてくれとしつこくねだっていた。ダフネ・シールは偵察が苦手で、よく迷子になった。ヴァント・モレルは食い意地が張っていて、いつも俺の肉まで狙っていた。


あいつらは今頃、何を食っているのか。


俺が去った後、ゼオスに何を言い含められているのか。


夜風が吹いた。


「くだらない」


声に出すと、少し楽になった。


足を止め、空を見上げた。欠けた月が出ていた。満ちるまで、あと十日ほどかかる。


立ち止まっている場合じゃない。まず生きなければ、何も始まらない。


---


国境を越えた先はバルカン辺境領と呼ばれる土地だ。かつては豊かな農村だったが、魔獣の跋扈が激しくなってから人口が減り、今では騎士団の管轄外になっている。


つまり、ここには法がない。


そして法がない場所には、腕一本で生きている者たちがいる。


最初に辿り着いたのはティルム村という小さな集落だった。人口は百人ほど。村の入口に柵を作り、夜は全員が交代で見張りに立っているらしい。


「旅の剣士か?」


村長らしき老人が、胡散臭そうな目で俺を見た。


「ええ」と俺は答えた。「何か手伝えることがあれば、食事と宿を恵んでいただけると助かります」


老人は俺の身なりをじっと眺めた。使い古しの革鎧、埃をかぶった短剣。それでも、抜き身の剣士にしか出ない姿勢がある。老人は短く「ついてこい」と言った。


その夜、村の問題を聞いた。


北の森から出てくるグレイウルフの群れだ。三頭が定期的に家畜を狙い、先週は村人が一人負傷した。騎士団に援助を求めたが、「管轄外」と断られたという。


「一頭あたり銀貨十枚でどうだ」と老人が言った。


「一頭あたり銀貨五枚で構いません。全頭仕留めます」


老人が目を丸くした。


翌朝、北の森へ向かった。


---


グレイウルフは賢い魔獣だ。


通常の狼の三倍の体躯を持ち、群れを作って行動し、人間のパターンを学習する。正面から戦えば強いが、副長職につく前から対処してきた相手だ。


問題は別のところにあった。


聖騎士団には秘伝がある。騎士が己の信念を言語化し、魔力と結びつけることで、身体能力と剣技が飛躍的に向上する技法だ。正式名称は「誓約顕現」という。


条件がある。誓いが本物でなければ、発動しない。


シェルノ砦の夜、俺は初めてそれが発動しなかった。三年間ずっと「仲間を守る」という誓いで戦ってきたのに、あの夜だけは空回りした。今にして思えば、あの夜すでに俺の「仲間」の実態が崩れ始めていたのだと思う。


では今の俺に、何が誓えるか。


足元にグレイウルフの足跡があった。三頭分。一頭は少し足を引きずっている。


この村の人たちは、俺に食事と宿を恵んでくれた。それだけだ。過去も身分も、何も知らないまま信じてくれた。


それで十分じゃないか。


俺は静かに息を吸った。


「俺は弱い者を踏みにじる奴らを、全員格下に叩き落とす」


それが今の、俺の誓いだ。


体の奥から何かが広がった。


誓約顕現が、一年ぶりに戻ってきた。


---


三頭との戦闘は十分もかからなかった。


二頭は正面から仕留め、一頭は逃げたところを足を射抜いて動きを止め、そのまま仕留めた。短剣一本での対処だ。誓約顕現が乗ると、短剣でも十分だった。


村に戻ると、老人が目を剥いた。


「本当に三頭全部か?」


「ええ。しばらくは来ないはずです。また出たら声をかけてください」

銀貨十五枚を受け取り、村の端にある空き家を借りた。

その夜、初めてぐっすり眠れた。


三ヶ月が経った。


俺はティルム村を拠点に、近隣の依頼を受け続けた。魔獣討伐、荷の護衛、盗賊の追い払い。大きな仕事ではないが、腕が落ちるよりよほどましだ。


この土地には様々な者が流れ込んでくる。元傭兵、訳ありの商人、国を追われた術士。彼らは生き延びるために情報を売り買いし、連携し、時に騙し合う。俺はその中に静かに溶け込んだ。


喋りすぎず、約束を守り、仕事をきっちりこなす。それだけで信頼は積み上がっていく。聖騎士団時代に散々やってきたことだ。


三ヶ月目の終わりに、仲間と呼べる者たちができていた。


薬師のレナ・モーウ。二十代半ばの女性で、王都を離れた経緯があるらしくあまり多くを語らない。腕は確かで、グレイウルフの牙で腕を掠めた際に手当てしてくれた縁で顔見知りになった。


もうひとりは元傭兵のドーガン。体躯が熊のように大きく、口が悪く、酒が好き。だが戦場での勘が鋭く、依頼の際の情報収集を手伝ってもらっている。


そんな日々が崩れたのは、辺境の街バルクに立ち寄った日だった。


「お前、まさか……アルヴィンか?」


振り返らなかった。


一拍おいてから、振り向いた。


カルロ・ヘインズが立っていた。


俺の元部下。剣術を教えてほしいとねだっていた、あの男だ。今は精悍な顔つきになり、騎士団の紋章を胸につけている。上腕の章識が副長補佐を示していた。昇格したのか。


「……久しぶりだな、カルロ」


「生きてたのか。聞いてたぞ、国境の向こうに放り出されたって」


「見ての通りだ」


カルロは俺の全身を見た。使い古しの革鎧、それでも三ヶ月前よりはましな状態になっていた。俺の佇まいを見て何かを感じたのか、カルロの表情がわずかに歪んだ。


「……すまなかった」


低い声だった。


「あの夜、俺たちは何も言えなかった。お前が本当のことを言ってると分かっていても、ゼオス団長に睨まれるのが怖くて」


「知ってる」


怒りはなかった。正確に言えば、とっくに終わった怒りだ。あの夜から三ヶ月、何度もあの場面を反芻した。そして気づいた。俺が怒っていたのはカルロたちへではなく、黙って追放を受け入れた自分自身にだった。


「お前が謝る必要はない。それよりも、今日ここに来たのは何のためだ」


カルロが少し迷ってから口を開いた。


「魔獣の大群がこの街に向かっているという情報が入った。騎士団に応援要請を出したが、到着は三日後だ。それまでの間、この街を守れる人間が必要で……お前のことを思い出した」


「ゼオスは知っているか」


「知らない。俺が個人的に動いている」


少し考えた。


断る理由はない。俺はすでに、弱い者を守ることを誓いにしていた。街の人間がその対象でない理由はない。


「わかった。やろう」


---


魔獣の群れはその夜現れた。


イビルボア、六頭。成体の雄で、牙が鉄壁を穿つ。通常なら十人の騎士が必要とされる相手だ。


カルロと俺の二人に、ドーガンが加わった三人で対処した。


戦闘は激しかった。カルロは三ヶ月前より明らかに腕を上げていた。俺は誓約顕現を全力で使い、六頭を一時間かけて全て仕留めた。


戦いが終わった後、カルロが俺をじっと見ていた。


「……お前、強くなってるな」


「そうか」


「いや、強くなってるどころじゃない。あの動き、ゼオス団長より上だ」


黙っていた。


「なあ、アルヴィン」とカルロが続けた。「騎士団に戻る気はないか。俺から掛け合う。今なら証人になれる奴だって何人かいる。シェルノ砦の件の真相を、今度こそ——」


「いらない」


はっきりと言った。


カルロが目を見開く。


「俺はあそこに戻る気はない。戻りたくもない。ただ一つだけ教えてくれ。ゼオスは今、何をしている」


カルロが答えた。


「北方の大規模遠征を計画している。三ヶ月後に出発する予定だ。十二の聖騎士団を束ねる大遠征で、国王の勅令も下りている」


「大遠征か」


空を見上げた。月が出ていた。今度は満ちた月だ。


三ヶ月前に欠けていた月が、満ちた。


「カルロ。お前が騎士として誇りを持って動けているなら、それでいい。俺はここで自分の仕事をする」


「……何かを考えてるだろ」


「さあな」


踵を返した。


背後でカルロが「また会おう」とつぶやいた。


答えなかった。でも口の端が、少しだけ上がった。



その夜、俺はひとりで街外れの丘に上った。


眼下にバルクの街の灯りが広がっている。三ヶ月前、国境を越えた日は何も持っていなかった。今は違う。


仲間が二人いる。拠点がある。信頼がある。誓いがある。


そして三ヶ月後には、ゼオスの大遠征がある。


ゼオスを憎んでいるか、と問えば、正直わからない。憎しみよりも、もっと静かな感情だ。あの男が間違った命令を下し、それを俺になすりつけ、それがまかり通ってしまった。そのことが、ただ気に入らない。


弱い者を踏みにじる奴らを、全員格下に叩き落とす。


それが俺の誓いだ。


ゼオスがその対象かどうかは、まだわからない。ただ、大遠征は多くの騎士と辺境の民を巻き込む。ここで得た足場は、その際に何かの役に立つかもしれない。


「面白くなってきた」


初めてそう思えた。


追放された夜は終わった。


俺の旅は、ここから始まる。


---


丘を下りる途中、レナが待っていた。


「遅かったですね」と彼女は言った。「戦闘後は栄養が必要です。ドーガンが鍋を作っています」


「鍋か」


「大きい鍋です。あなたの分も当然あります。来なければ全部ドーガンが食べます」


俺は少し笑った。


久しぶりに、笑えた気がした。


「行こう」


「はい」


夜風が吹いた。


今度は、温かかった。


* * *


アルヴィン・クレインの旅は、まだ始まったばかりだ。


辺境で少しずつ仲間を集め、かつての部下が戻り、新たな強者が加わり、大遠征の闇が姿を現す。


ゼオスとの決着は、まだ三ヶ月先にある。


廃棄された副長が、廃棄した者たちを格下に見る日が来るまで——


【了】


連載版では、アルヴィンが「廃棄された騎士団」を再建し、かつての仲間たちと向き合う過程をより深く描いていきます。好評であれば続きを投稿予定です。


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