第二話 リスタートⅡ 無い
彼は目を見開いた。
それまで感情が見えなかったデトの明らかな驚き。
「なぜだ」
デトはリアをまっすぐ見つめる。
視線は逸らさない。彼女は答えた。
「強くなりたいから」
彼の目に金色の髪をした凛々しい少女が映っていた。
「そういうことを聞いているんじゃない」
「私は、五歳のときに両親に捨てられました」
*
――私は、とある貴族の家に生まれた。父と母、兄と姉、そして私。十三年も前のことだ。
あの人たちの顔や仕草は、霧の向こうにあるようにぼんやりとしている。辛すぎる思い出に、心が無意識に蓋をしてしまったからだろう。
ただ、一つだけ覚えていることがある。私の家族、家族《《だった》》人たちは、あまりにも優しすぎた。
屋敷の使用人たちまでもが、私を常に気遣い、優しさを向けていた。父や母の穏やかな気質が、屋敷全体を温かい空気で包み込んでいたのだ。それが、ある日を境に崩れ始めた。
そう、五歳になったころから屋敷の空気は一変した。私の前に立つ人々は、以前と同じように微笑んでいた。けれどその眼差しには、隠しきれない蔑みと、憐れみが混じっていた。子供の直感は、大人たちが懸命に演じる優しさの裏側にある、歪んだ嫌悪を敏感に感じ取ってしまう。
それから、しばらく後だった。真夜中、私は理由も告げられないまま、両親に馬車へと押し込められた。
ガタゴトと揺れる狭い車内。両親に挟まれて座る私は、一言も発することができなかった。
暗がりの中、こちらを見ようともしない父と母の横顔が、あまりにも冷たく、怖かったから。
屋敷を離れてかなりの時間が経った頃、馬車は森林に囲まれた街道の途中で、唐突に足を止めた。
「降りなさい」
感情の消えた母の声。言われるがままに私が外へ出ると、夜の森の冷気が容赦なく肌を刺した。
続いて、両親が馬車から降り立つ。
「ねえ、お父さん。お母さん。ここ、どこ……?」
振り返り見た二人の顔は、影になっていてよく見えなかった。母は扇で口元を隠し、父はハットを深く被って俯いている。でもきっと、酷い顔をしていたのだろう。
「あなたを、ここに置いていくわ」
すぐには、言葉の意味が理解できなかった。
「ちょっと……待って、お母さ……」
駆け寄ろうとしたが、足が動かない。不自然な痺れ。いつか教えてもらった――魔術。そうだと思う。
「あなたは、うちに居てはいけないのよ。」
「全くなぜ、お前のような人間が我が一族に生まれたのだ」
あんなに穏やかだった父の声が、今は耳を焼く毒のように響く。
二人は背を向け、馬車へと戻っていく。
「待って……」
「二度と、我が家には近づくな」
震える手を伸ばすが、指先は虚空を掴むだけだ。
声を、小さな絶望を置き去りにして、馬車の車輪が非情な音を立てて遠ざかっていく。
「待って――!」
声が枯れるまで叫んだ。でも、私にはわかっていた。家族には戻れない、あの街には戻れない。聞いてしまったから。父と母が話しているのを。
――あの子はこれからどうなるの。
――わからない。だが、このまま屋敷に置いておけない。リアには――
*
「魔力がない」
リアの目は乾いていた。
「後から調べました。魔力がどんなに弱い子でも、五歳のころには魔力を確認できるそうです。それが私にはなかった。誕生日の時に医者やらの難しい顔をした人たちに調べられたのを覚えてます」
どうしようもないというようだった。彼女はただ淡々と事実を述べる。
「うちの一族はその昔、魔術で栄華を極めたそうです。そして代々、優秀な魔法学者や魔術師を輩出している。父も母も一級魔術師と言われてました。もちろん、兄も姉も魔術が得意で、よく遊んでもらいました。そんな家系で、魔力がない私」
デトは黙って聞いている。
「捨てられて当然です」
リアは、自分を突き放すように言った。
デトは焚き火の前で焼いていた地龍の肉に手を伸ばした。
「それで、そいつらを見返したいと?」
「いえ。この話には続きがあります」
リアははっきり首を振って否定した。
自身の手元に目を落として、身に着けている腕輪を撫でた。
「両親がいなくなった後、大きな剣を背負った男の人が目の前に現れた」
デトの目が細められた。
「名前を ジーク と言います。ジークさんは捨てられた私を、拾ってくれたんです。彼の家は森の中にあった」
語るリアの目は、遠い日々を慈しむように潤んでいた。
「それからずっと、その人と森の中で過ごしていました。剣を教えてくれたのも、その人です。あの屋敷にいる人たちとは違う優しさ。不器用で、本当の温かさを持った人でした」
リアは溢れそうになる涙をこらえるように、強く目をつむった。急に乱れ始めた呼吸を整えようと、彼女は膝の上で拳を握りしめる。
「でも、一年前……あの人は、何も言わずに、私の前から去ってしまった」
思うようにいかない体を必死に制しながら、絞り出すように言葉を続けた。
「きっと、剣が上達しない私に愛想をつかしてしまったのだと思います。ジークさんは、剣は何より厳しかったから。……魔力がない上に、剣の才能もない。私は、自分なりにうまくやれていると勝手に思い込んでいたけれど、あの人の目には、失望しか映っていなかったと思います」
遂に頬を涙が伝う。
「〝生きろ〟だそうです。いなくなる前日に言われました。何なんですか、それ……。自分勝手にいなくなっておいて。私には、何もないのに。どうやって、生きていけばいいっていうんですか」
震える声で、リアは感情を爆発させた。内側に無理やり押し込めてきた絶望が、言葉になった瞬間に溢れ出した。
そんな彼女を、デトは表情一つ変えずに見つめていた。やがて、彼は静かに、だが重みのある口調で語り始める。
「だが、お前はそんな〝自分〟に命を救われた」
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