ブスが人の醜悪を語るな
私は不細工だと認める。
私はぶっさいくだ。
どこを見ても、どう見ても、よく見積もっても赤点、欠点、
そして及第点も満たない顔をしている。
だから私は幼い頃からずっと、周りからからかわれていた。
顔について。
持って生まれたものなのに、それを非難されていた。
親は私を綺麗だと言ってくれた。
嬉しいとは思わなかった。
申し訳ないけれど、そう言ってくれるのは親だからだ。
たぶん、私と同じ顔がそこらを歩いていたら、
嘲笑していたに違いない。
私は私が嫌いだ。
顔もそうだが、自分を認められないこともだ。
私は「これが私だ」と、
この顔だと自信満々に言えないことが悔しかった。
だから私は進学してから、
いわゆる「いじられキャラ」としての位置を獲得した。
不細工と言われても笑って、
笑いに変える努力をした。
友達も増えたし、
知らない人からも気楽に話しかけられる存在になっていった。
そんな中で、私は貯金をしていった。
整形費用だ。
早く整形をして、生まれ変わりたい。
自慢の自分でいたい。
そう思った。
そして十分に資金が貯まり、
美容外科を予約して整形をした。
ダウンタイムが終わって自分を見ると、
まるで別人だった。
まあ、まったくの別人に生まれ変わることはできない。
それは仕方ない。
だが、まるで私を粘土細工で
こねくり回して整えたみたいに、
美しくなった私がいた。
私は泣いた。
号泣した。
こんなにも変われるのかと、感動した。
そこから私は自信がついた。
人前で素直になれた気がした。
人生も何もかもが好転した気がした。
恋人もできたし、
友達も増えた。
はずだった。
駅で見かけた、
昔の私によく似た顔の人間を。
無意識に思ってしまった。
「よくあの顔で外を歩けるな」
その瞬間に、息が詰まった。
あれほど嫌っていた言葉を、
今度は自分が吐いていた。
鏡を見る。
そこには整えられた顔がある。
綺麗だと思う。確かに。
けれど、目の奥にいるのは誰だ。
私は変わったのか。
それとも、表面を塗り替えただけで、
中身は何一つ変わっていないのか
ある日、顔を揶揄われている人を見た。
どこか、昔の私によく似た顔の人だった。
腹が立ちその人たちに言った。
「ブスが人の醜悪を語るなよ」
揶揄っていた人たちは逃げるように去っていった。
「ありがとう......」
その人はそう言った。
「いや、気にしないでいいから」
私は何がしたかったんだろう。
昔の私を救った気にでもなったのだろうか。
それとも、いや、分からない。
立ち去ろうとする私に、
少し怯えたように笑いながら、その人は言った。
「貴方みたいな綺麗で、強い人になりたい」
そう聞いて、胸の奥が、ひどくざわついた。
その言葉は、かつての私が
誰にも届かずに飲み込んできた願いそのものだった。
私は知っている。
その願いの先にあるものを。
私は知っている。
顔を変えても、何もかもが変わるわけではないことを。
私は知っている。
自分が、どれだけ醜い考えを抱えてしまったかを。
口を開く。
「違うよ。私は綺麗なんかじゃないよ」
「私は、貴方みたいになりたかった」
言葉が、まるで落ちていくかのように出ていく、
「真っ直ぐで、清らかで、そして綺麗になりたかった」
その人は、きょとんとした顔で私を見ていた。
鏡を見なくても分かる。
今の私は、きっと歪んだ顔をしている。
私が私である限り、きっとこの苦しみや嫌悪感からは逃げられない。
そんなことは分かっていたはずなのに、
表面的なものを変えたところで自分そのものは変わらないと知っていたはずなのに。
いつかの私へ。
ごめんね、自慢の私には結局なれなかった。




