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嫌われ魔女と体が入れ替わったけれど、私は今日も元気に暮らしています!  作者: 江本マシメサ
第一部・二章 新米魔女は、騎士と邂逅する

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まさかの邂逅

 マリエッタが見たこともないほどの、美貌の男性である。

 絹のような金色の長い髪が、風を受けてさらさら流れた。後ろ髪の上部半分を、丁寧に結い上げた髪型である。

 王都では女性がよくしているハーフアップだが、妙に似合っていた。

 首の詰まった上着に、金色の飾緒モールが輝いている。それと繋がった、銀色の鷹獅子グリフォンの紋章に見覚えはなかった。

 手足はすらりと長く、背丈は見上げるほどに大きい。

 年の頃は、二十歳後半くらいか。

 王太子ユウェルよりも、大人っぽい顔立ちであった。二十歳である彼よりずっと年上なのは確実だろう。


「あ……えっと」


 冷たい印象を受けた青い瞳が、マリエッタを見下ろしていた。

 理解できない、といった様子である。

 出会い頭に、ジャムができたなんて言ってしまったので、無理もないだろう。


 この見目麗しい男性は、いったい何者なのか。

 マリエッタは小首を傾げる。


「ごめんなさい。知り合いのリスと、間違えてしまったの」


 そう言った途端、男性の眉間に皺がぎゅっと寄った。見たところ、機嫌はよろしくない。

 何事も、謝ったからといって許してもらえるわけではない。マリエッタはグリージャやリスの兄弟妹とのやりとりで学んだ。

 大事なのは失敗しても誠心誠意、悪かったという気持ちを示すことだ。


「あの、本当に、悪かったと思っているわ。まさか、人が訪ねてくるなんて、思ってもいなかったから。立ち話もなんですから、どうぞ中へ」


 そのまま回れ右されたらどうしようかと思っていたが、男性は素直に中へとはいってきた。

 魔女の家にあった客間に案内する。リスを歓迎するために掃除し、花を飾っていたのだ。

 以前までは申し訳程度の場所であったが、今はなかなか見られるようになっているのではと、マリエッタは内心思っていた。


「どうぞ、こちらの椅子へおかけになって」


 男性は勧められるがまま、長椅子に腰を下ろした。

 会釈し、客間をあとにする。


 茶を用意しなければ。ジャムとビスケットも添えよう。

 今、マリエッタができる最大限のもてなしをしなくては。それがせめてもの謝罪だ。


 台所にいき、杖代わりのおたまを掴む。

 水を魔法で沸き上がらせ、そのままヤカンへ誘導する。火魔法で沸騰させ、茶葉を入れたポットへ移した。

 茶を蒸らしている間、ビスケットを用意する。

 家に一枚だけある陶器の皿に並べ、霜ベリージャムをひと匙ずつ載せていった。

 これでよし。頷いているところに、グリージャが飛び込んできた。


『ちょっとマリエッタ!! どうして騎士が家にいますの!?』

「き、騎士!?」

『腰に剣をいていたでしょう?』

「あ、ごめんなさい。確かめていないわ」


 グリージャはこの世の深淵しんえんに届くのではないのかと思うほどの、深く長いため息をついていた。


『普通、家に招く前に、武器を所持しているか、いないかは確認するでしょう?』

「そ、そうよね。ごめんなさい」


 これまで、身辺警護は護衛の仕事だった。マリエッタが気にしなくても、守ってくれる人がいたのだ。

 これからは、自分の身は自分で守らないといけない。しっかりしなくてはと、決意を新たにした。


「リスの兄弟妹だと、思っていたのよね」

『あの男は、街の騎士ですわ! 鷹獅子の紋章が、ありましたもの!』

「鷹獅子の紋章って、なんなの?」

『街の領主、ヴァルク・リオン家の私設騎士団ですわ』

「騎士って、もしかして、夜霧の森の魔女の命を狙っているという、例の騎士?」

『そうですわ!』

「だから、無愛想で、不機嫌な感じだったのね。どうしましょう。わたくしの命を狙う人を、わざわざ家に招いてしまったわ」

『まったく、呆れて言葉が出てこない……!』


 どうするのかと聞かれたが、このまま茶と菓子を振る舞う他ない。

 そう答えたら、グリージャは盛大なため息をついた。


『あなた、殺されるかもしれない相手に、お茶とお菓子を振る舞うなんて、ありえませんわ』

「でも、殺す気ならば、扉を開けたときに一撃与えているはずよ」

『警戒していたのかもしれませんわ。ここは、魔女の敷地内ですもの』

「うーん」


 確かに、魔法使いの本拠地は、よほどのことがなければ敵は足を踏み入れないという。

 魔法使いに有利になるような魔法が、仕掛けてある可能性が高いから。


 まずは探ろうというのか。

 けれども騎士の手は剣にかかっていなかったし、殺意というものはまったく感じなかった。


『あなたを睨んでいましたわ』

「あれは、わたくしを殺したいという気持ちからの、ひと睨みとは思えなくて」


 王太子ユウェルに睨まれたとき、ゾッとしたのを思い出す。

 あれに比べたら、なんてことのないものだった。


「とにかく、お茶とお菓子をお出しして、一度謝罪をしないと」

『謝罪って、何度も言うけれど、夜霧の森の魔女の行いは、あなたの罪ではないのに』

「いいの。わたくしは、彼女の罪ごと、この体を受け入れたのだから」


 マリエッタはグリージャの頭を撫でて、感謝の言葉を口にする。


「グリージャ。いつも、わたくしのために心配してくれて、ありがとう」

『あなたのためではありませんわ! ほ、保身です!』

「それでも、嬉しい」


 と、グリージャとじっくり話している場合ではなかった。

 騎士をあまり待たせないほうがいい。

 ちょうど、茶がいい感じに蒸らされた状態になっていた。


「お茶とお菓子を載せる手押し車は、あるわけないわね」

『残念ながら、お盆すらないわよ』

「そうなのね」


 魔女の家に、盆なんてものはない。

 きっと、これまで客をもてなすことはなかったのだろう。

 マリエッタはカゴに茶器とビスケットを入れて、客間へと持っていく。


 遅くなったので、帰っていたらどうしよう。なんて心配をしていたが、騎士は客間で待っていた。

 眉間に皺を寄せ、腕組みしたままだ。


「お待たせしてごめんなさい。森で摘んだ薬草のお茶と、ベリージャムを載せたビスケットよ。お口に合えばいいのだけれど」


 騎士は親の敵のような視線を、茶と菓子に向けていた。

 もしかして、毒が入っているのではないかと警戒しているのか。

 マリエッタは向かいの椅子に腰かけ、騎士の前に置いたカップを手に取った。そのまま口にする。続けて、ビスケットを食べた。

 にっこり微笑みながら、説明する。


「この通り、毒は入っていないわ」


 カップをもとの位置に置いたあと、騎士のほうを見る。

 一見して無表情だが、わずかに狼狽ろうばいしているように思えた。

 マリエッタが口をつけた茶を、そのまま戻したからだろうか。

 王族であったマリエッタは、毒味に慣れている。けれど、騎士の家は毒を気にするような環境ではないのかもしれない。

 他人が口を付けた茶は、飲みたくないのだろう。慌てて、自分のカップに茶を注いで、騎士のカップと入れ替えた。


 それでも、騎士は茶や菓子に手を付ける気配はなかった。

 どうしたものか。

 マリエッタは小首を傾げたが、すぐに原因に気づく。

 自己紹介を、していなかったのだ。

 王妃教育でも、互いに知り合う前に言葉を交わしてはいけないと習った。

 社交界では、身分が上の者が先に話しかけないといけない。

 騎士の身分はいかほどか。

 一挙手一投足の所作は洗練されているように見えたので、貴族の子息なのだろう。 

 ならば、相手の言葉を待たないといけない。

 が、相手も同じように、マリエッタの身分を考え、黙っているとしたら?

 永遠に言葉を交わせないままだろう。


 マリエッタは元王女だ。

 今回は特別に、先に名乗ることを許してもらおう。

 そう思って、胸に両手を当てて、名乗り上げる。


「騎士様、申し遅れました」


 夜霧の森の魔女、と名乗るのはよくない気がした。

 もう、霧は晴れているから。

 けれども、この辺りは湖が多いので、朝方は霧がかってしまう。

 ここで、ピンときた。


「わたくしは、〝朝霧の森の魔女〟マリエッタ」

「朝霧?」


 騎士は初めて、言葉を発する。低く艶のある、美しい声だった。

 と、声を気にしている場合ではない。

 夜霧の森の魔女ではなく、朝霧の森の魔女だと名乗ろうと思いついたのは名案だと自画自賛していた。だが、騎士の眉間の皺はさらに深まるばかりである。

 これ以上、険しい表情にさせるわけにはいかない。マリエッタは騎士に自己紹介をするように促す。


「あの、お名前をお聞きしても?」

「私は、ディディ――」

「ディ・ディ様?」

「いえ、ディー、です」

「ディー様! お会いできて光栄だわ」

「光栄?」

「ええ――あ、ごめんなさい。あなたは、わたくしを亡き者にしにいらっしゃったのよね?」


 騎士ディーの唇は再びぎゅっと閉ざされてしまった。

 マリエッタは失敗したと、額を押さえる。

 本題に移るのが早すぎたのだろう。


「あ、そ、そう! 薬草茶と、ベリージャム・ビスケットをどうぞ召し上がれ」


 改めて勧めても、ディーの組まれた腕が解かれることはない。

 恨んでいる相手に茶と菓子を勧められても、食べる気がしないのはわかる気がする。

 マリエッタはしょぼんと、肩を落とした。


「ごめんなさい。こういうことをしても、迷惑、よね」


 口にした瞬間、涙がポタポタと零れる。

 慌てて頭巾で覆われた目元を押さえたが、涙がすでに机に落ちていた。

 まるで、降り始めの雨粒のような涙の跡だった。


 反応がないので、そっとディーのほうを見る。

 マリエッタの涙に驚き、どうしていいものかわからない、といった感じの表情を浮かべていた。

 魔女を前に、どういうふうにふるまっていいのか戸惑っているのだろう。


「わたくし、犯した罪は償おうと、思っているの」

「え?」

「今のところ、簡単な魔女術しか使えないけれど、いつか、街のみなさんを助ける存在になれたらいいなと、思っていて。でも、今のわたくしは、信用がないわ」

「それは、たしかに」


 肯定されたが、それでめげるマリエッタではなかった。

 顔を上げて、ある提案をディーに持ちかける。


「ですので、ディー様、わたくしを、監視していただける?」

「は?」

「悪さをしない魔女か、ディー様の目で、確かめてほしいの」

「私が、あなたを?」

「ええ」


 信用は、すぐに得られるものではないだろう。じっくり、時間をかけて誠実な態度を示さないといけない。

 ディーは、マリエッタを監督するのにうってつけだろう。

 問答無用で魔女を殺さず、今まで冷静かつ公正な態度でいた。

 きっとディーは清廉潔白な青年で、情にほだされるようなタイプでもない。

 マリエッタを見張ってくれるに違いないと確信していた。


「わたくし、街の方々から愛される、魔女になりたい」


 心を入れ替え、皆の役に立ち、頼りになれるような存在になることを望んでいる。

 物語の中で愛された魔女のように。


 マリエッタは頭を下げる。ディーがいいと言うまで、上げるつもりはなかった。

 ため息が聞こえた。

 無理もないだろう。魔女の監視なんて、厄介だろうから。


「無茶を、言ったわね。ごめんなさ――」

「わかりました。あなたが本当に善良なる魔女であると確認できるまで、監視させていただきます」

「ほ、本当に?」

「嘘は言いません」

「ディー様、ありがとう!」


 マリエッタはディーのほうへ回り込み、しゃがみ込むと膝の腕にあった手を握った。

 ディーはマリエッタを、信じがたいという目で見下ろしていた。

 ここでハッと我に返る。

 自分から男性に触れるなんて、はしたないことだ。

 喜びのあまり、ディーが男性だというのを失念していたのだ。

 慌てて離れ、頭を下げる。


「ご、ごめんなさい!」

「いえ……。私は別に構わないのですが、他の男性にはしないほうがいいでしょう」

「ええ、わたくしも、そう、思うわ」


 羞恥心に耐えつつ、ディーの向かいの席に戻った。

 穴があったら入りたい。そんな思いに駆られる。


 茶もすっかり冷えてしまった。

 手を付けないままだった――と思ったのと同時に、ディーはカップを手にする。

 マリエッタが淹れた薬草茶を、優雅に飲んでいたのだ。


「そんな、冷めたお茶を飲まなくても」

「猫舌なので、これくらいがちょうどいいと思います」

「ディー様……!」


 本当に猫舌なのか、マリエッタに気を遣わせないためか、わからない。

 けれども、ディーは茶を飲んでくれた。

 初めて行ったもてなしを、受け取ってくれたのだ。これ以上、嬉しいことはないだろう。 それだけではなかった。

 なんとディーは、ジャム・ビスケットも口にする。


「――ッ!!」


 感極まったマリエッタは、ここでも涙を流す。

 さすがにそれには、ディーも驚いた。


「なぜ、涙を流しているのです?」

「あの、ディー様が、ベリージャム・ビスケットを食べてくれたのが、う、うれしくて」

「たったそれだけで?」

「だって、初めて作ったんだもの」 

「これまでは、どうしていたのですか?」

「お菓子は体に毒だからと、あまり食べさせてもらえなかったの。ここに来てから、いろいろ食べられるようになったわ」

「そう、だったのですね」


 すべて食べ終えたあと、ディーはベリージャム・ビスケットの感想を述べる。


「おいしかったです」

「よかった! また、ディー様がいらっしゃるときには、何か作って――あ!!」

「どうかしたのですか?」


 マリエッタは大きな声がでたことを恥じ、口元を押さえる。

 もじもじしながら、理由を口にした。


「あの、小麦粉が、そろそろなくなるなと思って」

「これまで、どうしていたのですか?」

「家にあったものを、使っていただけだったの。お買い物は、これまで一度もしたことがなくて」

「は!? さすがに嘘でしょう?」

「本当よ。お金もないし……」


 再び、ディーの眉間に皺がぎゅっと寄った。


「あなた、これまでどうやって生きてきたのですか?」

「さ、さあ?」


 マリエッタの答えに、ディーは深く長いため息を返した。

 今日はため息をつかれてばかりである。マリエッタが突拍子もない発言をしているからだろう。


 自分で自分が恥ずかしくなる。

 魔女術はある程度使えるものの、普段の生活に必要な知識や経験はからっきしなのだ。

 これからまともに生きていけるのか。不安になった。


「何が必要なのです?」

「え?」

「小麦粉以外にも、必要なものはあるでしょう? 今度ここに来るときに、持ってくるので」

「ディー様が、食材を?」


 そうだと、ディーは頷く。

 暗く沈んでいた気分が、パーッと明るくなる。

 しかし、すぐにハッと我に返った。


「どうしたのです?」

「わたくし、食材の代わりに差し出せる品物がありませんわ」

「でしたら、この茶と菓子の礼ということで構いません」

「釣り合わないじゃない」

「価値を決めるのは、あなたではありません。私です」

「ありがとう。ディー様は、命の恩人だわ」

「大げさな」

「そんなことないわ。ありがとう」


 マリエッタは膝を折り、胸に手を当てて感謝の気持ちを込めて頭を下げる。


「あなたは――?」

「はい?」

「いいえ、なんでもありません。帰ります」


 マリエッタは感謝の気持ちとして、刺繍入りのハンカチと、霜ベリージャムをひと瓶ディーにあげた。

 少し眉尻を下げながらも、ディーは素直に受け取ってくれる。


「では、また!」


 大きく手を振ったが、ディーはすぐにくるりと踵を返した。

 それでも、マリエッタは手を振り続ける。

 ディーは最初こそ警戒していたものの、紳士的な態度を崩さず、マリエッタの話も聞いてくれる善良な騎士だった。

 けれども、彼の中には夜霧の森の魔女を恨む気持ちはある。霧のせいで生活環境ががらりと変わり、損害を被ったのだ。無理もない。

 正直な気持ち、街の人達に恨まれていると聞いて、何かされるのではないかと恐ろしかった。

 ディーはすぐに断罪せずに、更正の機会を与えてくれた。

 これからせいいっぱいの誠意を、示さなければならないだろう。

 自分は何ができるのか。

 改めて考えるマリエッタだった。

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