森に澄むものたち
『オイオイオイオイ! ベリーを独り占めしているのは、嫌われ者の魔女じゃねえか!!』
「え?」
『弟や妹達が、人がいてベリーが食べられないなんて、言っていたから、誰かと思っていたら!!』
振り返った先にいたのは、リスの兄弟妹だった。
声をかけてきたのは、ひときわ大きな体をしたリスである。二本の足で立ち、腕を組んでいた。弟や妹は、兄の後ろに隠れている。
「あ――そうよね。ごめんなさい。ベリー、採り過ぎてしまったわね」
まだ、霜ベリーはこの場にたっぷりある。けれども、リス達が好む場所に生えていたものをマリエッタが摘んでしまったのかもしれない。
マリエッタは素直に謝り、葉っぱの上にベリーを載せてリスの兄弟に差し出した。
まさか、譲ってくるとは想定していなかったのだろう。『ウッ!』とたじろいでいる。
「足りないかしら? わたくしも、ジャムを作らなければならないし、どうしましょう」
『ジャム、だと?』
リスの兄が、小首を傾げる。
それに続いて、彼の弟や妹が『ジャムってなあに?』と質問してきた。
マリエッタは座っている状態からさらに姿勢を低くして、リス達と視線を合わせる。
にっこりと微笑みながら、ジャムについて説明した。
「ジャムというのは、ベリーをあま~いお砂糖で煮込んだものなの。味は、甘酸っぱいのよ。パンに塗ったり、ケーキの生地に混ぜたり、紅茶に落として飲んでもおいしいわ」
『えー、おいしそう』
『どんな味がするのかなあ』
リスの弟や妹はマリエッタに懐柔されつつあるが、兄だけは違った。
ブルブルと体を震わせ、怒っている。
『おい、お前達、忘れたのか!? 夜霧の森の魔女のせいで、今年は木の実が少なかったんだぞ!!』
その言葉に、マリエッタは胸を痛める。
夜霧の森の魔女の、太陽の光を奪う魔法は、ここに住む人だけでなく野生動物にも影響を及ぼしているのだと。
マリエッタは深く深く、頭を下げた。
「ごめんなさい。わたくしのせいで、苦しい思いをさせてしまったわ」
『そうだ! そうだ! お前のせいなんだ!』
リスの兄は、マリエッタを指差しながら、『ほらみろ!』と叫ぶ。
犯した罪は、謝っただけでは許してもらえない。
わかっていたが、謝る以外にマリエッタがこの場でできるものはなかった。
誠意というのは、すぐに伝わるものではない。時間をかけて、時間をかけて、理解してもらうしかないのだろう。
『俺は、絶対に許さないからな!!』
『でも、お兄ちゃん。悪いことをしたら、ごめんなさいって謝って、きちんと反省しろって、いつも言っているよね?』
『は? そんなの、当たり前だろう?』
『謝ってきちんと反省したら、許してくれるんじゃないの?』
『ウッ!!』
弟や妹の曇りなき眼で見つめられ、兄は言葉を失っているようだ。
小さなリスの弟妹は、マリエッタに近づく。
頭を下げ続けるマリエッタに、優しく問いかけた。
『もう、しないよね?』
『大丈夫だよね?』
「ええ、もう、しない。森や街に住むみんなが、困るようなことは、絶対に、しないわ」
リスの弟妹は、頭を下げ続けるマリエッタの頭を優しく撫でる。
温かな心に触れて、マリエッタの目頭は熱くなった。
『お兄ちゃんも、仲直りしよう!』
『ほら、早く』
マリエッタがそっと顔を上げると、腕組みした兄リスの姿があった。
そっと手を差し伸べる。
弟や妹に急かされ、しぶしぶといった感じで小さな手を重ねてくれた。
マリエッタは嬉しくなって、ポロリと涙を零す。
そして、魔女の家でジャムを振る舞う約束を交わした。
悪いことをしたら、謝ればいいだけではない。
もうしないと約束し、きちんと反省し続けないといけないのだ。
継続して誠意を見せる。それが大事なのだろう。
マリエッタは今になって、やっと気づいた。
帰り道をてくてくと歩く中で、グリージャがマリエッタに問いかける。
『改めて思ったのですが、あなたはどうして、夜霧の森の魔女の罪をさも当然かのように背負っていますの?』
「それは、わたくしの罪でもあるから」
『いや、あなたは無関係で、悪くないでしょう?』
「無関係ではないわ」
マリエッタは体が入れ替わった結果、魔力が満ちた魔女の体を得て、喜びを感じている。
「もしかしたら、この入れ替わりは、夜霧の森の魔女が、わたくしの願いを察知してくれた可能性もあるわ」
『そんなわけないでしょう』
「でも、わたくしは魔法が使えるようになるのが夢で、王族としての役目を放棄したいというのは、心の奥底にあった願望だから」
もしかしたら、その願いを太陽の光と引き換えに叶えられるのであれば、マリエッタは実行していたのかもしれない。
「だから、夜霧の森の魔女の罪は、わたくしの罪でもあるの」
『おかしな人ですこと。でもまあ、あなたが納得して、受け入れているのならば、私はこれ以上何も言うつもりはありませんけれど』
「グリージャ、ありがとう」
『なんでそこでお礼の言葉がでてきますの?』
「わたくしを心配して、そういうふうに言ってくれたのだと思ったから」
『好き勝手に解釈をして……!』
グリージャの盛大なため息をもって、この会話は終了となった。
◇◇◇
帰宅後、マリエッタは早速ジャム作りを開始する。
先日作った、ジャム専用の鍋を使うときがきたのだ。
鍋の底に魔法陣が描かれた鍋は、ジャムの保存性を高め、果肉が色あせない呪文が書き込まれている。おまけに、食べると元気になる祝福が込められるようになっている。
おたまで混ぜるたびに周囲に漂う魔力を集め、祝福の効果が高まっていく仕組みだ。
マリエッタがおたまで指示を出すと、霜ベリーと砂糖、柑橘汁がひとりでに鍋の中へと入っていく。材料がすべて鍋に収まったのを確認したのちに、呪文を唱える。
「ぐつぐつ煮込まれてジャムとなれ――コンフィテューレ!」
霜ベリーが、手を加えずとも鍋の中でコロコロと撹拌されていく。
火の力が加わり、だんだんと煮込まれていった。
甘酸っぱい匂いが、台所の中で満たされていく。
とろとろに煮溶けたら、おたまでかき混ぜて祝福を付与する。
ジャムがルビーのように真っ赤に輝いたら、ベリージャムの完成だ。
煮沸消毒した瓶に詰めて、逆さまにしておく。
こうしておくと瓶の空気が抜けて、ジャムにカビが生える原因を除去する。
空気抜きしたジャムの瓶を、食品棚に並べていく。
マリエッタはしばし長め、満足げに頷く。
リスの兄弟妹がいつやってきてもいいように、ビスケットやパンも用意しておいた。
ビスケットは保存が利くように、二度焼きしてある。
誰かを家に招くのは初めてである。
マリエッタはそわそわと、浮き足だっていた。
その様子を、グリージャは呆れた様子で見ている。
『いく来るかわからないお客さんのために、お掃除するのは楽しい?』
「とっても!」
掃除も、魔女術で行う。
杖代わりにしているおたまを振って、箒や雑巾を操ってきれいにするのだ。
『あなた、世界一幸せな魔女ですこと』
「やっぱり、グリージャもそう思う? 実は、わたくしもそうなんじゃないかって、考えていたの!」
ここにやってきてからというもの、毎日が楽しい。
好きな時間に起きて、魔女術で生活を営み、夜は魔法で灯した灯りを頼りに魔法書を読む。
楽しすぎて、一日はあっという間に終わってしまうのだ。
『ちょっとは落ち着いて、刺繍でもなさったら?』
「刺繍! いいかもしれな――」
コンコンと、扉を叩く音が聞こえた。マリエッタはハッとなる。
「リスの兄弟妹が、きたみたい!!」
グリージャの『落ち着きなさい!』という言葉も聞かず、マリエッタは玄関めがけて走った。
怖がらせてはいけないと思い、外套の頭巾を深く被る。
一度、深呼吸してから扉を開いた。
「いらっしゃい! おいしいジャムが、できているわよ」
表情は頭巾に覆われて見えていないだろうが、笑顔を浮かべて明るい声で迎えた。
だが――玄関先にいたのは、リスのリスの兄弟妹ではなかった。




