突然はじまる魔女ライフ
マリエッタの一日は、太陽が昇るのと同時に始まる。
家中の窓を広げ、空気を入れ替えた。
いまだ微睡みのなかにいるグリージャからは『寒い!!』と抗議の声があがる。
「朝露を含んだ風は、家の中を浄化してくれるのよ」
『はいはい、わかりました、わかりました』
グリージャには、マリエッタがまとうカーディガンをかけてあげた。
朝食を作らなくては。
まず、庭に行って鶏から卵をもらう。
森には、〝コッコ〟という種類の野生種の鶏が生息していた。
庭に魔法陣を描いてパンの欠片を置いていたら、卵と引き換えてくれる。
グリージャの分とふたつ、回収してそっとかごに入れる。
そのまま、庭にしゃがみ込む。手入れがされていない庭には、森野菜が自生しているのだ。どれも小ぶりだが、マリエッタとグリージャが食べるだけなので十分である。
「レタス草に、茎ニンジン。それから――花トマトもある!」
どんどん摘んで、カゴの中へと放り込む。あっという間に、カゴはいっぱいになった。
家に戻り、朝食の支度を始めた。
慣れたもので、両手で魔女術を操り、ふたつの料理を作れるようになった。
片方の手では、チーズ入りのオムレツ。
もう片方の手では、サラダを作った。
昨日の残りのキノコスープとパンを温めたら、マリエッタ特製の朝食の完成だ。
食卓に並べ、グリージャを呼ぶ。
「グリージャ、食事の用意ができたよ!」
朝に弱いグリージャだったが、食事ができたとなれば起きてくる。
欠伸をしながら、椅子に跳び乗った。
「今日のオムレツは、チーズ入りなの」
『まあ、すてき!』
食材を与えてくれる森の生き物たちに感謝し、マリエッタとグリージャは食事を始める。
まずは、新鮮なコッコの卵で作ったオムレツから。
ふんわり巻いた卵は、黄金色に輝いていた。そこに、真っ赤なトマトソースをかける。
ナイフを沈め、一口大にカットした。
卵に包んだチーズが、みょーんと伸びる。それを、口の中へと運んだ。
「んんんんっ!!」
あまりのおいしさに、マリエッタの足がパタパタと動いてしまう。
グリージャも、口の端にトマトソースを付けた状態で、尻尾をピーンと立たせていた。
最高! と、ふたりの声が重なる。
マリエッタが夜霧の森の魔女の家にやってきてから、早くも一週間が経った。
料理をしたり、庭周辺を冒険したり、野草を摘んだりと忙しい日々を過ごしている。
食料は豊富にあり、困らなかったが限りあるものだ。いつか、買いに行かないといけないだろう。
「夜霧の森の魔女は、お買い物はどうしていたの?」
『竜に乗って、ぴゅうっと街まで飛んで行っていたみたい』
「へえ、そうなんだ」
夜霧の森の魔女の家から街まで、徒歩だと三時間ほどかかるらしい。
往復で六時間である。
そのような長い距離を、歩けるものかと心配になってしまった。
『あなたも、何か使い魔を召喚したらいかが?』
「うーん。どうししましょう」
正直、使役する自信はない。
それに、自分の力だけで生活したい、という野望もあった。
「街に行かなければならない状況になったら、考えてみようかな」
『それがいいですわ』
街に行くときは、姿を変えたほうがいいという助言を受ける。
「それは、どうして?」
『あなた、自身の姿を忘れましたの? 〝嫌われ者の、夜霧の森の魔女〟ですのよ?』
「そうだったわ!」
そういえば、屋根裏部屋に変化の巻物がたくさんあった。あれは、街に行くときの変装用だったのかもしれない。
「街の人達は、太陽が昇らなくて、大変だったでしょうね」
『それはもう!』
太陽が昇らなかった期間は、一年間。それでも、街の人々にとっては大きな迷惑だったらしい。
『畑の作物は腐ったり、地面のぬかるみから馬車の行き来が難しくなって物流が滞ったり、霧の発生で冒険者が遭難しかけたり……まあ、いろいろですわ』
ここへやってきていた騎士が、夜霧の森の魔女と戦いながら被害状況を捲し立てていたらしい。
思っていた以上に、街への被害は深刻だった。
「なんてことを……! 謝って、許してもらえるのかしら?」
『さあ?』
グリージャは許してくれた。けれども、領主や領民達はそうもいかないのかもしれない。騎士達だって、夜霧の森の魔女を敵と認識し剣を抜くだろう。
ごめんなさいと謝るだけでは、許してもらえない。
グリージャが言っていた話を思い出す。
ならば、どういうふうに接すればいいものか。
今のマリエッタにはわからなかった。
「どうすればいいのかわからないけれど、とりあえず、今日はベリー摘みに行かないと」
『能天気なお方だこと』
「グリージャ、ありがとう」
『褒めていないので!』
そんなわけで、マリエッタは森にベリーを摘みに行く。
このシーズン、森に自生しているのは霜ベリー。
冬の雪降る前の、霜が降りるシーズンに実を生らす。
湿気に強く、霧雨が多かった中でも、しっかり実を付けているらしい。
グリージャの案内で、霜ベリーがある場所を目指した。
「やっぱり、パンにはジャムを塗りたいよね」
『そうですわね』
魔女の家には、まったくと言っていいほど甘い物がなかった。
キャラメルソースばかりでは物足りなくなってきたので、こうして森にベリーを摘みに出たというわけである。
森の中は、霧の影響か一週間経ってもじめじめしていた。森の状況は、良好とはいえない。夜霧の森の魔女が、太陽の光を独り占めしてしまった弊害だろう。
木々は色あせ、大地に根を下ろす草花は元気がない。
マリエッタは魔法を使い、大地の水はけをよくし、植物には魔力を分け与える。すると、元気を取り戻すのだ。
「森がダメになると、魔物を呼び寄せてしまうって、本で読んだことがあるの」
『ええ……。実際、この森は以前に比べて、魔物が多くなりましたわ』
マリエッタは魔物避けの魔法をかけてあるので、接近どころか、気配すら感じない。
ただ、完璧な魔法はないので、グリージャから気を付けるようにと言われている。
『魔物よりも、警戒すべきは騎士かもしれませんわ』
「そうね」
しばらく歩いた先に、霜ベリーの自生している場所にたどり着く。
それは、マリエッタにとって初めて見る、野生のベリーであった。
「わ……!」
真っ赤に入れた霜ベリーを、ひとつ手に取った。
霜が降りて、実の表面が薄く凍っている。
『食べてみてくださいまし。とっても甘いので』
勧められるがまま、マリエッタは霜ベリーを口に含む。
薄氷は舌の上で一瞬にして溶け、果肉を噛むと甘い果汁がじゅわっと溢れる。
「冷たい。それから、甘い!」
『そうでしょう? 霜ベリーは、ベリーの中で一、二を争うほど、甘いベリーでしてよ』
冬の寒い気候の中で果肉が凍らないように、実にたっぷりと糖分を蓄えているらしい。
「これでジャムを煮たら、絶対においしいに決まっているわ」
『ええ!』
マリエッタはせっせと、ベリーを摘んでカゴに入れるという作業を繰り返す。
カゴがいっぱいになる前に、背後から声がかかった。




