リードの思惑
大通りから転移魔法で宿に戻ると、リードとメルヴ・トゥリーがスイートルームのラウンジで仲よく過ごしていたようだ。
『オカエリナサ~イ』
「早かったな」
マリエッタが用意していた、森リンゴから作ったジュースを飲みつつお喋りしていたらしい。
『メルヴ・トゥリーハネエ、ジュースニ、蜂蜜ヲ入レテ、飲ンダノ!』
「おいしそうね」
『ウン、オイシカッタ!』
ほのぼのしかけていたが、リードから聞かなければいけない話があったことを思い出す。
そんなディディエとマリエッタの表情から、リードは何か感じ取ったようだ。
「街で何かあったのか?」
「ええ……。王太子殿下が推し進める魔法開発と、商人らの衝突の現場を目撃してしまい」
「そうか」
やはり、リードは把握していたようだ。
「どうして、話してくださらなかったのですか?」
「お前はクリスタリザーシーの問題を抱えていて、それどころではなかっただろう」
「しかし、これだけの問題を知らなかったというのは、恥ずかしい気持ちになりました」
「そんなことはない。お前はずっとクリスタリザーシーの領民のために立派に働き、生きてきたではないか。王都での問題は、範疇外だっただろう」
やはりリードはクリスタリザーシーの問題を重く見て、ディディエに話していなかったのだ。
「マリエッタさん、驚いただろう。私の配慮が欠けていた」
リードもまさか食材を買いに市場に行くとは思ってもいなかったという。
「貴族御用達の商店街に行くとばかり思っていた」
ディディエはなんとも言えないような表情で、話を聞いていた。
「すまなかった」
「商人達に、感謝されましたよ。王太子殿下から経済的な制裁を受けていたから、助かったと」
ディディエは知らぬ間に、商人達を助ける結果となっていたのだ。
「王太子殿下は、私と商人との繋がりを知っていたのでしょうか?」
「だとしたら今回、ディディエの命が狙われたことについて、動機がはっきりするのだが」
何やらきな臭い話になってきた。
婚約をお披露目するために王都ディアマンテまでやってきたというのに、新たな火種を目撃してしまうなんて。マリエッタはどうしてこうなったのか、と脳内で頭を抱える。
「まあ、お前が商人側についているのは、悪い話ではないだろう」
商人が市民を味方にし、謀反を企てたら大変な事態となる。
国王の血を引き、貴族でもあるディディエが商人側につくというのは、悪い話ではないのだろう。
「このような事態が起こることについては、まったく考えていなかったわけではない。けれども王太子殿下が接触を図ってきたときに、お前に話すべきだった」
「王太子殿下の訪問は急なものでしたから」
この問題については、一度国王陛下とじっくり話したほうがいいという。
明日、国王陛下と謁見することになっているので、そのときに報告するようだ。
「マリエッタは酔い覚ましをするために、少し休んでください」
「そうするわ」
大量に購入した野菜を加工したかったが、今は休んだほうがいいと判断し、自室に戻って仮眠することにした。
ディディエらと別れて部屋に戻ると、グリージャが出迎えてくれる。
『おかえりなさい』
「ただいま」
『早かったですね』
「ええ、いろいろあって」
街での騒動を軽く説明すると、グリージャは呆れた様子でいた。
『問題が次から次へと、ですわね』
「本当に」
だんだん眠くなってきたので、マリエッタはそのまま眠ることにした。
◇◇◇
「んん~~~! よく寝た!」
いつの間にか、グリージャを抱き枕のようにしながら熟睡していたらしい。
グリージャは「今日だけですからね!」なんて、迷惑そうに言っていた。
「グリージャ、いつもありがとう」
『いつも感謝されるようなことは、しておりませんので!』
「そんなことないわ」
よく眠ったからか、すっきり目覚めることができた。
「夕食を作りましょう!」
まず、マリエッタが取りだしたのは、ディディエから譲り受けた硬いバゲットである。
「いろいろ考えたけれど、黄金パンにしようかしら?」
『なんですの、黄金パンって』
「カスタード液に浸したパンを、こんがり焼くの」
『初めて耳にしました』
「魔女術の魔法書にあったのよ」
魔法書には、数日経って石のように硬くなったパンを使うとあった。
それを思い出して、マリエッタは黄金パンを作ろうと閃いたのである。
まず卵をボウルに割って溶き、牛乳とホイップクリーム、砂糖を入れて泡立て器で混ぜてカスタード液を作る。
次に、石のように硬いバゲットを切るのだが、これも魔女術を使う。
「――さくさく切り分け、食材よ!」
魔法が発動し、マリエッタが思い描く通りにバゲットをカットすることができた。
切り分けたバゲットを浅い鍋に並べ、上からカスタード液で浸す。
あとは魔法をかけるだけ。
マリエッタは杖代わりのおたまをくるくる振り回しながら、呪文を唱える。
「――こんがり焼けろ、黄金パン!」
すると、あっという間に黄金パンが完成した。
グリージャは瞳をキラキラ輝かせながら、黄金パンを覗き込む。
『とってもいい匂いがしますわ!』
「これに、樹液シロップをかけて食べるのよ」
『ああ、なんて素晴らしい料理なのでしょう!』
さっそく、温かいうちにグリージャに食べてもらう。
頬張った瞬間、グリージャはとろけそうな表情となる。
『黄金パン、至福の食べ物ですわ』
「よかった!」
きっとディディエやリードにも気に入ってもらえるだろう。
そう思いながら、マリエッタは次なる調理に取りかかったのだった。




