約束のパンケーキ
「同時進行で、娘達のほうも誘ったほうがいいわね」
ゾフィアがお茶会を計画し、娘らの父親が怪しい行動をしていないか聞き出したいという目論みがある。
マリエッタはコンシェルジュが言っていた、お友達をラウンジに呼んでもいい、という話を思い出して提案してみた。
「だったら、宿のラウンジに呼べないかしら?」
「そのほうが、彼女達も緊張しなくていいかもしれないわね」
ゾフィアが誘ってくれるというので、マリエッタは返事を待つこととなる。
「マリエッタ、あなた、そろそろ帰ったほうがいいんじゃないの?」
「そうね」
「帰りは魔導車にしなさいな。早いから」
「ええ、ありがとう」
そんなわけで、マリエッタはランゲンブルグ公爵家の魔導車で宿に戻り、身代わり役となっていた侍女と入れ替わったのだった。
ディディエとリードはまだ帰宅していないらしい。
マリエッタはホッと胸を撫で下ろす。
メルヴ・トゥリーは日当たりのいい場所を確保し、日光浴を楽しみ始めた。グリージャはマリエッタの影から出てくると、ふーーーと息を吐く。
「グリージャ、付き合ってくれてありがとう」
『いいえ、いいですけれど』
マリエッタがゾフィアと仲よくなったことについて、グリージャは驚いていたようだ。
『よく、あのような気難しい娘と仲よくなれましたわね』
「ええ、まあ、運がよかったのかな?」
『運任せで打ち解けられる相手ではないでしょうに』
「そ、そうかしら?」
グリージャとゾフィアは似ている部分があったので、仲よくなれるコツはそれとなくわかっていた、とは言わないほうがいいだろうとマリエッタは思う。
「ひとまず、コンシェルジュさんにお茶会のことを相談して、ディー様にもゾフィアと仲よくなれたことを言わないと」
『そのほうがよいかと。こそこそしていたら、騎士が怪しむので』
「ディー様はほんの少し過保護なだけで、わたくしを怪しむとかはないわ」
『はいはい、わかりました』
ただ、魔導昇降機で変装が気付かれそうになったときは、さすがのマリエッタも心臓が縮む思いとなった。
彼に隠し事はしないようにしよう、と改めて決意する。
ディディエとリードが帰ってくる前に、昼食作りを行うことにした。
グリージャと約束していた、パンケーキを作る。
ボウルに小麦粉、ふくらし粉、砂糖を入れ、さらに水とコッコの卵を加えて泡立て器で混ぜ合わせる。
浅い鍋にバターを落とし、生地を焼いていく。
おたまを杖代わりに、マリエッタはパンケーキ専用の魔法を唱えた。
「――ふわふわ焼き上がれ、パンケーキ!」
裏、表ときつね色になるまで魔法で焼いたら、マリエッタ特製のパンケーキの完成だ。
樹液から作ったシロップをかけていただく。
グリージャは尻尾でカトラリーを操り、器用にパンケーキを切り分けて頬張る。
『うーーん、おいしいですわ!』
「よかったぁ」
たくさん食べるよう、四十枚ほど焼いたが、グリージャは五枚でお腹いっぱいになったらしい。
『もう食べられませんわ』
「そっか。じゃあ、あとはディー様とリード様の昼食にしましょう」
グリージャはぽんぽこりんになったお腹を上に向け、寝そべり始める。
その隣で、メルヴ・トゥリーがマリエッタが作った蜂蜜水をごくごく飲んでいた。
ディディエ達には、もうひと品用意する。
朝作った薬草スープに、米みたいなショートパスタを入れてリゾーニ風に仕立てた。
そうこうしているうちに、ディディエとリードが帰ってくる。
「ディー様、リード様、おかえりなさいませ!」
「マリエッタ、ただいま戻りました」
マリエッタはディディエとリードを部屋に招き入れ、食事を振る舞う。
「昼食も作ってくださったのですね。ありがとうございます」
王宮でも食事の誘いがあったようだが、暗殺未遂事件に遭ったばかりだったので、丁重に断ってきたという。
「途中で、パンを買ってきたんです。それを食べようと思っていたのですが」
ディディエが持っていた長い包みは、パンだったらしい。
テーブルの上に置くと、カン! と金属音に似た硬い音が聞こえた。
「き、凶器みたいなパンなのね……」
「まあ、この辺りでは普通のパンです」
頬張ったときに口を切ることもあるという。
「ですので、マリエッタが作ってくれたふわふわのパンを食べたときは、感激しました」
「そうだったのね」
食べるときも無表情だったので、そこまで喜んでいたということをマリエッタは気付いていなかった。
当時は打ち解ける前だったので、微かな表情の変化などもわかっていなかったのである。
「このパン、いただいて料理に使ってもよろしいかしら?」
「もちろんです」
「ありがとうございます」
手に取ってみると、見ていたとき以上に硬く感じる。
はたして、このパンを活かせる料理はあるのか。
挑むような気持ちで、マリエッタはレシピを考えてみようと思ったのだった。




