謎が深まる
一度、情報を整理してみる。
ゾフィアは眉間の皺を解しながら、給仕係に質問を投げかけた。
「あなたがワインを注いだのは、ディディエ様の他にいるの?」
「はい。ランゲンブルグ公爵です」
受け取ったワインは執事の指示ですべて栓を開き、二名ずつに分けて注いで回ったという。
ディディエと同じワインだったのは、ランゲンブルグ公爵の他にいないようだ。
「お父様も飲んでいたということは、毒はワインではなく、グラスのほうに付着していたのかしら」
「そうかもしれないわ」
ひとまずワインに毒が混入していないか、調べる必要があるだろう。
「わたくしの鑑定魔法で調べたら、毒の有無だけでもわかるはず」
「だったら、ここに昨日のワインとワイングラスを持ってきてちょうだい」
通常であれば残ったワインは栓を閉め直し、料理などに使って提供される。
事件は昨日の話なので、ワインセラーにあるだろうと踏んで給仕係に問いかけたが――。
「その、残りのワインは……なんと言いますか」
「まどろっこしい言い方はしないで、はっきり言いなさい!」
ゾフィアがぴしゃりと注意すると、給仕係は泣きそうな顔で打ち明けた。
「実は、残りのワインは使用人達ですべて飲み干していたようで」
「なんですって!?」
あろうことか、ランゲンブルグ公爵が土産でもらったはずのワインは、使用人達がすべて飲んでしまい、瓶もすでに処分したあとだったという。
「待って。瓶まで処分したって、どういうことなの? 毒が入っていたかもしれないワインだったのよ?」
「末端の使用人達は、事件について把握していないので」
ディディエが倒れたあと、執事の命令でワインは下げられた。
「私どもは食堂の片付けをしていたのですが、その間に放置されていたワインを、厨房にいた使用人達がうっかり飲んでしまったようで……」
ただ、ディディエのように中毒症状を訴える使用人はいなかったという。
「そのあと、酒瓶は執事の指示で割って処分しました」
「なんてことなの……!」
執事を呼んで、さらなる話を聞き出す。
「あなた、酒瓶を処分させて、どうして事件をもみ消すようなことをしたのよ?」
「気が動転しておりまして……」
ワインを管理しているの執事が事件の責任を問われると思い、酒瓶を処分するように命じてしまったという。
ここで、黙っていたマリエッタが執事に問いかける。
「ディディエ様が使っていたワイングラスはあるのかしら?」
「ございます。ただ、洗浄しているので、どれがどれだか……」
「大丈夫! ワイングラスに残滓魔力があるはずだから」
人が触れた物には、かならず魔力が残っている。
魔法で調べると、個人個人で異なる魔力の色があるのだ。
「きれいに洗っていても、一ヶ月くらいは触れた人の魔力が残っているのよ」
ディディエが使ったワイングラスに、もしかしたら犯人の魔力も付着しているかもしれない。
「執事さん、厨房に案内してくださる?」
「はい」
気まずい表情を浮かべる執事と共に、厨房に向かうこととなった。
突然、ゾフィアが執事と侍女を引き連れてやってきたものだから、厨房にいた使用人達に緊張が走る。
あとに続いてやってきていた給仕係の顔色は、蒼白状態だった。
ゾフィアは料理長を呼んで、昨日の晩餐会で出したワイングラスを持ってくるように命じる。
すぐにワイングラスは調理台に並べられた。
マリエッタが鑑定魔法でワイングラスを調べている間、メルヴ・トゥリーが使用人達の魔力を調べて回る。
『コノ葉ッパニ、触レテネエ』
頭上から伸びる葉に触れると、色が変わっていく。
メルヴ・トゥリーの葉に触れることで、使用人達の魔力の色を示すことができるようだ。
ディディエの魔力は、海のような深い青。
マリエッタはその色を発見する。
「あったわ!」
そのワイングラスには、複数の残滓魔力が付着していた。
メルヴ・トゥリーが調べてくれた、使用人達の魔力と照らし合わせる。
配膳をした給仕係や、ワイングラスを用意した執事、それから洗浄を担当したキッチンメイドの魔力が確認できた。
「うーん」
ディディエのワイングラスに魔力が付着していた使用人達は、気が気でないような顔で佇んでいる。
「部外者の魔力は付着していないみたい」
「そう」
ゾフィアは深いため息を吐いたあと、使用人達を解散させる。
リビングルームに戻ったあと、紅茶を運んできたメイドに家令を呼びだすように命じる。
駆けつけた家令に、そもそもの疑問について答えるように言った。
「どうしてうちに調査は入らなかったの? まさかお父様がもみ消したとか?」
「いいえ、そのようなことはございません。調査がなかったのは、昨晩のうちにランゲンブルグ公爵が直々に、王宮へ事の次第を報告に行かれたからです」
「そう、だったの」
なんでもディディエの暗殺に関して王太子が過去に前科があったため、今回もそうではないのか、という方向で話が進んでいたらしい。
「王太子殿下も、否定はされていないようで……」
国王陛下は王太子に対し、謹慎を命じているという。
この辺の事情までは、執事や給仕係は把握していなかったようだ。
「晩餐会で残ったワインを、使用人達が飲んでいたようなの。これについてはあなたは知っていたの?」
「それについては、はい。以前から晩餐会の残り物は使用人達で分けるようにするよう、ランゲンブルグ公爵から許可がありましたので」
ただ、今回のように事件があったさいは、厳重に保管しておくのが普通である。
その辺は執事がしっかり管理しているものだと家令は思い込んでいたらしい。
「話を聞いていたら、頭が痛くなったわ」
「申し訳ございません」
「今回の件に関して、改めて調査をして、お父様に報告しておいてちょうだい」
「はっ!」
「もう下がってもいいから」
家令がいなくなったあと、ゾフィアは深く長いため息を吐いた。
「酷いとしか言いようがない状況ね」
「ええ……」
結局、調査しても犯人に繋がる情報は見つからなかった。
「ねえマリエッタ、本当に王太子殿下が犯人だと思う?」
「だとしたら、少し不可解な点があるような」
あれだけ大きな騒ぎになったのに、証拠品となる酒瓶やワイングラスが残されていなかったという点が引っかかる。
「誰かが裏で糸を引いているように思えてならないわ」
「だとしたら、どなたが?」
「あの場にいたアンハルト侯爵、ビュッセル伯爵、ゴーン伯爵の誰かとか?」
王太子に取り入ろうと思って犯行を働いたとしたら、動機としては十分なように思える。
「彼らについても調査したいところだけれど、私達だけでは難しい問題ではあるわね」
「ええ」
探偵に依頼し、情報を探らせるという。
「ゾフィアは探偵にお知り合いがいるの?」
「ええ。以前が、ディディエ様についての情報を探らせていたのよ!」
「だから、クリスタリザーシーの〝夜霧の魔女〟について、ご存じだったのね」
「え、ええ、まあ……」
ゾフィアは途端に気まずげな表情を浮かべる。
「あなたは、〝夜霧の魔女〟ではない」
「別人だって、分かっていたの?」
「ええ。夜霧の魔女はクリスタリザーシーの森からいなくなった、って調査報告が上がっていたの」
ディディエが別の女性と結婚すると聞いて、その相手が平民の、しかも魔女だと明らかになり、夜霧の魔女に違いないと決めつけて現実から目を背けていたようだ。
「その、ごめんなさい」
「大丈夫! 間違いは誰にでもあるわ」
ゾフィアは泣きそうな顔で「ありがとう……」と感謝の言葉を口にしたのだった。




