ゾフィアの目的
なんだかんだと言いつつ、ゾフィアはコットンキャンディ茶を飲み干してしまった。
「はあ、おいしかった」
「もう一杯いかが?」
「いただくわ――じゃなくて!!」
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
ゾフィアはマリエッタの空気に呑み込まれそうになるたびに我に返るが、すぐに流されてしまう。
結局、二杯目のコットンキャンディ茶も楽しんだ。
おいしい紅茶を飲んで落ち着いたゾフィアは、本来の目的を思い出したようだ。
「そうだわ! 私はこんなところへお茶を飲みにやってきたのではないの!」
『二杯も飲んでおいて、よく言えるわね』
グリージャはマリエッタにしか聞こえないくらいの小さな声で呟く。
「私、ディディエ様のお見舞いにやってきたのよ! そういえば、大丈夫だったの? 昨日、たくさん血を吐いて倒れて……」
「ええ、メルヴ・トゥリーがくれた薬草のおかげで、なんとか助かったわ」
「そう、よかった」
ゾフィアは心からディディエを心配し、訪問してきたように見えた。
「ごめんなさい。ディー様は今、昨日の騒動の聴取をしているの」
「そうなの? だから会えないと言われてしまったのね」
どうやらゾフィアはディディエに会いにやってきたが、断られたのでマリエッタと会うことにしたようだ。
「でも、聴取ってどういうことなの? うちには誰も来ていないけれど」
「事件現場であるランゲンブルグ公爵家の調査は、まだしていないの?」
「え、ええ……」
すでに聴取が終わったからやってきたものと思っていたが、どうやら違ったらしい。
『病み上がりの被害者のところに押しかけて、事件について聞き出すなんて、図々しい人達ですわね』
「それは――!」
グリージャの率直過ぎる物言いに返す言葉が見つからなかったのか、さすがのゾフィアも口を閉ざす。
グリージャはさらなる追い打ちをかけるようなことを言った。
『あの騎士、ディディエが座っていたところは、本来であればマリエッタがいるはずだった席だったようですわね。まさかマリエッタを殺すつもりで、使用人に毒入りのお酒を運ぶよう命じたわけではありませんよね?』
「違うわ!! 私は毒なんて仕込んでいない!!」
『でも、ティールームの菓子にたっぷりお酒を染みこませたり、利尿作用があるお茶を飲ませようとしたりしていたでしょう?』
これに関してはゾフィアも心当たりがあったからか、何も言い返さなかった。
『あなた、認めたら楽になりますわよ? マリエッタを殺して、自分自身が騎士の婚約者に成り代わろうとしていた、ということを』
「違う! 私はそんなことを望んでいないわ! 少し、この人に恥をかかせようと思っただけ! それだけで、殺そうだなんて――っ!!」
グリージャは騎士を呼んで突き出したらどうか、と言っている。
『このお方が犯人に決まっているわ』
「いいえ、わたくしはそうは思えないの」
顔を俯かせていたゾフィアが、パッと顔を上げる。
『どうしてそう言い切れますの?』
「それは――ゾフィア嬢が食堂にやってきたとき、どうして案内された席に座っていないのか、と言ってきたのだけれど」
ゾフィアは王太子がやってきて席順が変わることを把握していた。
「その発言から、ゾフィア嬢はわたくしに恥をかかせることだけが、目的だったと思ったの」
ゾフィアは本来の席順を知っていた。
そのため、マリエッタを殺す目的で毒を盛らせたわけではないとわかる。
「わたくしを殺すつもりならば、変わった先の席に毒が運ばれるようにするでしょう?」
『たしかに、それは言えますわね』
しかしながら、ゾフィアが毒を盛ったという疑いが晴れるわけではない。
『騎士を殺そうとしたのかもしれませんわよ』
「ディディエ様を手にかけるわけがありませんわ!! 私は、ずっと前からお慕いしておりますもの!!」
そう叫んだあと、ゾフィアは口を両手で隠す。
「あ、あなた、まさかコットンキャンディ茶に自白剤を混ぜたの!?」
「いいえ、なんにも混ぜていないわ」
ゾフィアはみるみるうちに、顔を真っ赤に染めていく。
「大丈夫、ゾフィア嬢は嘘をつけるようなお方ではないとわかったから」
『まあ、マリエッタと同じように、腹芸ができるタイプではありませんわね』
マリエッタはゾフィアの癖に気付いたという。
「ゾフィア嬢は本当のことを聞いたら黙りこんで、そうでないときは言い返すみたいなの」
そのため、ゾフィアは毒を仕込んでマリエッタやディディエを殺そうと画策なんてしていない。
マリエッタはそう言い切る。
「信じてくれるの?」
「ええ」
「私、あなたに悪意を抱いて、嫌がらせをしたのに?」
「嫌がらせだと気付いていなかったから、今回の件に限っては大丈夫!」
悪意というのは、もっと邪悪で暴力的なものである。
マリエッタがクリスタリザーシーの領民らから受けた悪意や、クローデットがメイドや魔女から受けた悪意に比べたら、ゾフィアのやることはかわいいものだと思ってしまう。
恥をかかせてやろうと計画した嫌がらせを許し、毒を盛っていないと信じる姿勢を示したマリエッタを前にしたゾフィアは、素直に頭を下げて謝った。
「ごめんなさい……! 私が悪かったわ」
どうやって償い、詫びればいいのかわからない。
そんなことを言うゾフィアに向かって、マリエッタはあることを提案する。
「でしたら、わたくしとお友達になってくださる?」
「は!? 今、なんて言ったの?」
「お友達になりましょう!」
ゾフィアだけでなく、グリージャも突然の展開に驚いていた。
メルヴ・トゥリーだけが、にこにこと見守っている。
「あなた、友達って本気なの!?」
「ええ、もちろん」
「嫌がらせを企んでいた相手と、どうして仲よくなりたいと思うのよ」
「こうして面と向かって話してみたら、あなたが悪い子だと思えなかったから、かしら?」
再度、ゾフィアの顔は真っ赤になる。
「ダメ、かしら?」
「ダメ、ではないわ」
「本当? だったらわたくし達、今、この瞬間からお友達ね!」
マリエッタはゾフィアのほうへ回り込むと、ぎゅっと手を握る。
「さっそくだけれど、お願いがあるの」
「な、何かしら?」
「これからディー様に毒を盛った犯人を、一緒に探してほしくて」
「え、ええ、まあ、付き合ってやらなくもないけれど……」
二人の友達同盟が誕生した瞬間だった。




