わからないことだらけ
マリエッタは森で煎じた薬草茶をディディエに運んだ。
「ディー様、こちらをお飲みになれるかしら?」
「マリエッタ、ありがとうございます」
リードの手を借りて起き上がったディディエは、マリエッタが淹れた紅茶を飲む。
すると、頬に赤みが差してきたので、マリエッタはホッと胸を撫で下ろす。
「迷惑をおかけしましたね」
「迷惑だなんて、そんなことないわ」
「そうだ。悪いのは、毒を盛った王太子だろう」
「お祖父様、兄が犯人だと決めつけないでください」
「あのお方の他に誰がいる?」
ディディエと王太子の間には、国王陛下が接近禁止令を敷いていた。
けれども今回は王太子からディディエに謝罪したいという申し出があったので、一度だけ信じて会ってみようと思ったのだという。
「まさかこのような形で裏切るとは……!」
リードは王太子が毒を盛ったと思っているようだ。
マリエッタは果たしてそうだろうか? と思ってしまう。
ディディエが吐血した瞬間、マリエッタは斜め前にいた王太子の表情を一瞬だけ見た。
あの場にいた人達同様、驚いていたような顔でいたのだ。
ただそれを、この場で言って王太子を庇うのもどうかと思ったので、マリエッタは口を噤む。
ディディエが持つカップが空になっているのに気付いて、二杯目はどうかと聞いてみる。
「いいえ、大丈夫です。ありがとうございます」
今日のところは休んだほうがいいだろう。そう促すと、ディディエはこくんと頷いた。
「マリエッタ」
「はい?」
「どこに敵が潜んでいるかわからない状況ですので、私達以外の他人は、全員疑っているくらいの心づもりでいたほうがいいでしょう」
「ええ……」
ディディエはメルヴ・トゥリーに、マリエッタの傍にいるよう頼んでいた。
「メルヴ・トゥリー、マリエッタを傍で守っていただけますか?」
『ウン、イイヨ!』
そんなわけで、メルヴ・トゥリーが同室となり、マリエッタは休むこととなった。
部屋に戻り、メルヴ・トゥリーに協力してもらってドレスを脱いでから、お風呂に入る。
温かい湯船に浸かりながら、ふーーーーー、と深く長いため息を吐いた。
いったい誰がディディエに毒を盛ったのか。
そもそも、ディディエの命を狙った犯行だったのだろうか。
わからないことだらけである。
ひとまず、疲れている中では頭も働かないだろう。
今日のところは休んで、また改めて考えよう。
マリエッタは明日の自分に期待することにした。
◇◇◇
太陽も昇らないような朝――マリエッタは張り切って起床する。
動きやすいデイ・ドレスに着替え、エプロンを身に着けた。
収納袋から取りだしたのは、食材と調理道具。
それらをテーブルに並べていく。
『朝から騒がしいこと!』
グリージャが眠そうな顔をして起きてきた。
「おはよう、グリージャ!」
『おはようございます。朝から元気ですのね』
「ええ! ゆっくり眠れたから」
そんな会話をしていると、カーテンレールにぶら下がって眠っていたメルヴ・トゥリーが目覚める。
『ウーン、オハヨウ』
「おはよう、メルヴ・トゥリー!」
『何ヲ、シテイルノ?』
「朝食を作ろうと思って」
食事は宿でも提供されているものの、昨日の事件があって、ディディエやリードは警戒しているだろう。
それに、消化にいい食事もないはずだ。そう思ってマリエッタが作ることに決めたのだ。
『メルヴ・トゥリーモ、手伝ウ!』
「ありがとう!」
何かあったときのために、と持ってきていた品々が、役に立つときがきたのだ。
マリエッタはドレスの袖を捲り、調理を開始する。
メインの食材は、森で収穫したばかりの雪ジャガイモ。
魔法を使って鍋に水を張る。
「――湧き出ろ、水よ」
水が満たされた鍋に皮を剥いた雪ジャガイモと薬草を入れると、メルヴ・トゥリーが不思議そうに覗き込んでいる。
『コノ葉ッパハ、森デ採ッタノ?』
「ええ、そうよ。ディルといって、消化促進、鎮静作用があるの」
『ヘエ、ソウナンダ!』
続いて魔法を使って煮込む。
「――ぐつぐつ煮込んで、料理鍋よ!」
あっという間に雪ジャガイモに火が通った。
お湯は魔法で蒸発させておく。
雪ジャガイモを潰し、バターミルクに塩を入れて、滑らかになるまで混ぜた。
すると、マッシュポテトが完成した。
続けてもうひと品。
細かくカットした茎ニンジンと乾燥ベーコンをたっぷりの薬草を、水を張った鍋に入れる。
ここで、昨日購入した新しい魔法書で習得した魔女術を使ってみた。
「――ぐつぐつ煮込め、あったかいスープよ!」
あっという間に、薬草スープができあがった。
「便利だわ!」
デザートに瓶詰めにしていた森リンゴのコンポートを添える。
リードにはパンを付け加えて、食べてもらうことにした。
ラウンジにあったワゴン車を借りて、ディディエの部屋まで運ぶ。
扉を叩くと、リードが顔を覗かせる。
「おはよう、マリエッタさん」
「おはようございます!」
朝食を作ってきたと言うと、リードは驚いた表情を浮かべていた。
「マリエッタさんが作ったのか?」
「ええ。すべて森で採れた食材で用意したの」
なんでも宿の料理も警戒していたほうがいいだろう、と話していたところだったらしい。
「朝食は抜く覚悟でいたのだが、ありがたい」
「よかった!」
リードがワゴン車を寝室まで押してくれた。
ディディエは起き上がっていて、昨日よりは顔色がよくなっているのに気付く。
「おはようございます、マリエッタ」
「ディー様、おはよう。お加減はいかが?」
「だいぶいいです。あなたと、メルヴ・トゥリーのおかげで」
朝食を作ってきたと言うと、ディディエは嬉しそうな顔を見せてくれた。
寝台用のテーブルを置いて、料理を並べていく。
「朝からこれを作ってくれたのですか?」
「ええ、そうなの」
「おいしそうです」
「リード様には少し味が薄いかもしれないけれど」
「いいや、薄味くらいがちょうどいい」
それを聞いてマリエッタは安心する。
ディディエとリードは、マリエッタが作った朝食をおいしいと言って平らげてくれた。




